15. 逃走
エリウスにとって、セシリアとして過ごした日々は、やさしさに包まれた甘美なものだったが、同時に、複雑で辛いものだった。陛下はこの自分をセシリアだと信じて疑わず、愛してくれようとした。
このまま続けるわけにはいかないと思っていた時、エルヴィンの基地から手紙が届いた。
その内容は、エルヴィンが一週間前に、不幸な不慮の事故で死んだというものだった。
「不慮の事故って?」
とリリルはエリウスの青い顔を見上げた。
「エルヴィンが死んだなんて、そんなのは、うそだ」
子供の時から、姉とともに剣術を習っていたエルヴィンのことを、エリウスはよく知っていた。大きくて、頼りがいのあるやさしいお兄さんのような存在だった。
「姉上がいなくなり、ソフィラが消え、エルヴィンが死んだこととは、何か関係があるのだろうか」
エリウスが怒りで白い顔が赤くなり、無理やりウィッグを脱いで、床に投げつけた。
「こんなもの、もういやだ」
「エリウス様、落ち着いて、考えましょう」
「ぼくが身代わりになったことを知っている誰かが、やったことなのだろうか」
「だとしたら、何のために」
「それはわからないけど、もう、セシリアを演じるのはやめる」
エリウスはドレスを脱ぎ捨てた。
「次は、リリル、きみが狙われるかもしれない」
「私は狙われたって、かまいません」
「リリルは、自分のことはかまわないなんて、どうして、言うの」
「私のことなんか、いいんです。それよりも、エリウス様のことが心配です」
「いつもリリルはぼくのことばかり心配して」
とエリウスが拳で涙をぬぐった。
「ここにはもういられない。エルナリス王国にも戻れない。ぼくは、どこか遠い場所へ行く。自分の力で生きていける場所へ行く」
「はい」
「ぼくはひとりで行くから、リリルは安全なところへ逃げるんだ」
「いやです。私も行きます」
「リリル、きみは姉上に命じられた任務はよくやったよ。ぼくが手紙を書くから、それを持って、エルナリスの宮廷に帰るといい。あそこは安全だし、まだ仕事がもらえるはずだ」
「いいえ、私はエリウス様と共に行きます。どうか連れて行ってください」
「リリルが一緒に。大変だよ」
「いいんです」
「わざわざ難しい道を選ぶことはないんだよ」
「それが、私の願いなんです」
「狙われるかもしれないし」
「そんなの平気です。とにかく、ここにいるのは無理ですから、逃げましょう」
うん、わかった。一緒に行こうとエリウスが頷いた。
リリルが逃走用のボロ服を用意してあったので、エリウスは元の少年の姿に戻り、リリルもまた、少年の衣服を身につけた




