14. 失踪
その朝、レオナルド国王の心は、これまで経験したことがないほどの幸福感に満ちあふれていた。戦争に勝った時の感覚、相手国を服従させた時の達成感など、さまざまな満足感を覚えたことはあるが、今、この身体から沸き上がる幸福感とは、全く違っていた。
私はあの小さなセシリアのちょっとした反応に一喜一憂し、きりきり舞いさせられている。しかし、それが少しもいやではないどころか、喜びなのだ。セシリアのためなら、いくらだってあたふたしてみせる。
昨日は、拒否されてしまったけれど、それは彼女が純粋ゆえだからだと理解している。国王の庇護の下で、世間のさまざまな汚れや厳しさから守られて育てられたのだろう。
その無邪気なセシリアに、今日は受け入れてもらえそうな気がする。
レオナルドはその朝、またセシリアに会えるのかと思うと、まるで自分がこの世に生を受けたその理由をようやく見つけたかのような気がした。生きる喜びが心の奥底から溢れ出していくのを感じた。生きていることの意味は、まさにこのひとときを味わうためにあったのだと思ったのだった。
部屋の前に立ち、衣服を整え、笑顔になって、ドアを叩いた。
ところが、何度ドアをノックしても、返答はなかった。
レオナルドはしばらくその場に立っていたが、人のいない冷たい空気が部屋の中を支配していることに気づき、軽くドアを押してみると、部屋の中には誰の姿もなかった。
「どこへ行ったのかな」
庭や朝食の間にいるだろうと思い、城内をあちこち歩き回り、ばったり会った時のことを考えて、心が踊ったりもしたが、セシリアの姿はどこにも見当たらなかった。それに、あのリリルという女官もいない。
「セシリアは、すねて、隠れてしまったのかな」
昨晩、迫りすぎたことで、機嫌を損ねてしまったのだろうか。少し強引すぎたかもしれないが、結局ここに来たのは結婚するためなのだし、署名も済ませたのだ。
それなのに、どうして彼女はまだあんなに子供っぽいのか。セシリアは純粋で、あまりにも未熟だ。しかし、その無邪気さが自分を惹きつけるところでもあるのだと、レオナルドは頭を掻いた。
最近は自分でも、すっかり変わってしまったと感じている。戦争にしか興味がなく、笑いもせず、苦虫をかみつぶしたような顔をしていると言われていた男が、若い女性にめろめろになって、それを喜んでいる。
それを反省する気など、ない。ただセシリアに会いたいという気持ちが泉の水のように沸いてきて、止まらないのだ。
そうだ、きっとリリルが何か入れ知恵したに違いない。
あの女官リリルはいつもでしゃばりすぎる。セシリアを自分の思い通りにしようとしている。まるで、誰が主人なのかを忘れている時がある。けしからん。
自分はこれまで、部下をこんなに甘やかしたことはない。しかし、リリルという女官だけに甘いのは、それはセシリアのお付き女官だからだ。自分はセシリアには嫌われたくないのだ。
しかし、こんな無礼なことが続けば、がつんと叱責して、行き過ぎた行動を止めさせなければならない。場合によっては、国に帰すことも考えなければ。
とにかく二人を見つけなければならない。
「宮廷中を探せ」と家来に命じたのだが、昼になっても、ふたりの姿は見つからなかった。
まるで、城のどこかに完全に隠れているかのように、彼女たちの気配は消えてしまっていた。見つかるまでの間、仕事を片付けようと思っても、やる気が出ない。ああ、何ひとつ、おもしろくない。
しかし、レオナルドは、大騒ぎすることはなかった。
ひとりで部屋に閉じこもり、考え続けた。
時間が経つにつれ、次第に冷静さを取り戻していく中で、彼はひとつのことに気づいた。この二週間、自分はまるで魔法にかかったようだったと。セシリアのことを思わずにはいられず、無意識のうちにその後を追いかけ、心は常に彼女に囚われていた。
冷血王と呼ばれ、冷徹で理知的だと自負していた自分が、どうしてこんなにも、十九歳の王女に狂ってしまったのだろうか。
どこから狂い始めたのだろうか。初めて出会った瞬間からだろうか。
何か催眠術にかけられたような気がする時があり、うすうすおかしいとは思ってはいた。そうだ、セシリアのいるところには、必ずリリルがいた。
もしや、リリルは悪魔の魔法使いで、彼女がセシリアを操り、そしてこの自分をも操っていたのではないだろうか。
もしそうだとしたら、セシリアがあまりにも無力で、可哀想だ。早く見つけて、呪いを解いてやらねばならない。
夜が更けても、ふたりは姿を現さなかった。
レオナルドはもはや疑う余地なく、彼らが逃げたことを確信した。部屋に残されたのは、衣服や装飾品、化粧品、日常的に使われていた品々。しかし、それらは無造作に放り出されたままで、持ち出された形跡がない。
レオナルドが衣裳部屋に足を踏み入れると、ドレスにサイズの違ったものがあることに気づいた。大半は大きなサイズのものだが、いくつかのドレスは明らかに小さく、誰かの手でサイズ直しが施されていた。小さいサイズのドレスは、あのセシリアが着ていたものだ。
しかし、なぜここに大きなサイズのドレスがこんなにたくさんあるのだろうか。
そう言えば、リリルはいつも裁縫をしていた。
レオナルドは門番を呼び寄せた。
「不審な若い女性がふたり、城を出なかったか?」
「若い女性は何人かはおりましたが」
「ひとりは金髪の長い髪で、もうひとりは黒髪の女性だ」
門番は神妙な面持ちで答えた。
「いいえ、そういうふたり組の女性は見かけませんでした」
「確かか」
「自信を持って言えます。確かです」
この城はその構造自体が防御を兼ねており、外部との接触を最小限にするため、誰も簡単には出入りできるはずがない。それにしても、何もかもが腑に落ちない。魔女の仕業だろうか。そんな疑念が頭をよぎる。
その時、レオナルドはふと思い立ち、セシリアが使っていた部屋に戻った。すべての引き出しを開け、最下段まで探ると、下着の下から金髪のウィッグが出てきた。
「セシリアは金髪ではなかったのか…?」
その時、レオナルドの高ぶりがすとんと落ちて、興奮の渦が引いていった。




