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12. 隠しごと

 レオナルドはしばらく黙った後、続けた。


「最初はセシリアのことを、どう接すればいいのか分からなかったが、今では……」

 その言葉に、エリウスの顔がもっと赤くなった。


「セシリア様のことが、もうすべておわかりになった、ということですか」

 とリリルが詰めた。


「いや。そういうことではないです。少しわかりかけた、というくらいです」

 陛下はリリルから目を逸らして、エリウスの肩を抱いていた手に、力をいれた。


「あなたは、この静けさをどう感じていますか?」

 レオナルドが問いかけた。


「ここは……落ち着きます」


「それはよかった」

 

 レオナルドが静かに微笑んだ。


「陛下は……なぜ、こんなにやさしいのですか?」


 レオナルドはセシリアが長いセンテンスを話してくれたので一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに大きな笑顔を浮かべた。


「理由などないですよ。あなたがここで少しでも安らげることを願っているだけです」


「私は」

 エリウスが言葉を呑み込んだ。


「無理に話す必要はないですからね」

 とレオナルドが優しく言った。


「陛下といると、静かな時間が心地良く感じられます」

 エリウスが囁くような声で言って、熱い瞳で陛下を見上げた。


 レオナルドの存在が、エリウスにとってどんどん特別なものになっていくようだ。


 非常にまずい。これは非常にまずい、とリリルは爪を噛んだ。


 陛下がエリウスに近づいて、何かを囁こうと顔を寄せた瞬間、リリルはわざとらしく咳払いをした。


「あの、陛下。そろそろ夜も遅いですし、セシリア様もお疲れでしょうから、お部屋に戻られた方が」


 リリルは笑顔で言いながら、さりげなく二人の間に割って入った。


 レオナルド国王は少し不満そうな表情を見せたが、リリルの言葉に逆らうこともできず、セシリアに別れの言葉を告げた。


「そうですね。では、また明日」


「明日も、お忙しいのでは」

 とリリル。


「大丈夫です。時間は作ります。明日も会えます」

 

 えっ。大丈夫って、やはり川遊びはできないわけ?

 あんなに、楽しみにしていたのに。

 リリルはまたも、陛下にしてやられてしまったのだった。


             *



 その夜、エリウスはベッドに横たわりながら、わけのわからない濁流のような感情に押しつぶされそうになっていた。

 

 レオナルドとの偽り結婚は、自分を縛りつけている鎖なのだが、同時に、彼のやさしさに触れるたびに、胸の奥が締めつけられ、悲しいような、甘いような痛みを感じていた。そして、それが決していやではないのだった。


 窓の外では、雨が降り始めていた。

 その音は、エリウスの心のざわめきを増幅させるように部屋に響き渡った。

 その時、部屋の扉が静かにノックされた。


「……どうぞ」


 リリルが扉を開けると、またあのお方。

 しかし、今夜、部屋に入ってきた陛下は、いつもの威厳ある姿ではなく、どこか物憂げな雰囲気を漂わせていた。


「セシリア、眠っていましたか」


「いいえ」

 レオナルドはエリウスのベッドのそばに近づき、静かに尋ねた。


「何をしていましたか」


「何も……」

 エリウスは目を逸らしながら答えた。


「そうですか。これから明日の夜まで大雨になりそうですから、……何か、あなたと話したくなりました」

 陛下はそう言って、ベッドの端に腰を下ろした。


「はい。何を」


「そうですね。あなたの故郷の話を聞かせてください。エルナリス王国は、どのような場所なのですか?」


「リリル、話して」

 とエリウスが咳をした。


「あなたはリリルがいなくてはだめなのですか。嫉妬しますよ」

 とレオナルドが笑った。


「セシリア様の喉の調子が悪いので、私がお話させていただきます」

 リリルは故国の風景や王宮での思い出を語った。レオナルドは静かに耳を傾け、時折質問を挟んだ。

 

 リリルが話しているうちに、レオナルドはエリウスの頭を自分の膝に乗せたので驚いたが、そのうちに、だんだんと陛下の表情が和らいでくるのがわかった。


 エリウスは目を閉じて、やはり穏やかな表情で聞いていた。

「よくわかりました。でも、セシリア、あなたからも何か言ってください。では、言ってみてください、私の故郷は」


「……私の故郷は、美しい」


「その調子です。続けてください。私の故郷は」


「寂しい」


「寂しい時は」


「夜」


「夜は、」


「こわい」


「こわいものは」

 エリウスは答えを探していた。


「セシリア、あなたが恐れているものは」


「それは」


「あなたが恐れているものは」

 レオナルドがもう一度、尋ねた。


「……それは……」


 リリルがティカップを大理石の床に落としたので、ものすごい音がして割れた。この誘導尋問を、どうにかしてやめさせなくてはと思ったのだった。

 

 エリウスははっとしたようだった。

「……、よくわからない」


 陛下はエリウスの顔を撫でて、自分の顔を近づけて、じっと見つめた。エリウスはその強い視線に耐えずに、下を向いて、顔を逸らした。


 陛下はしばらく沈黙した後、静かに言った。

「セシリア、あなたは、何かを隠していますか」


「……ないです」


「そうですか。しかし、私は、あなたのことをもっと知りたいと思っています。あなたの過去、あなたの感情、あなたのすべてを」


 レオナルドは、真剣な眼差しでエリウスを見つめた。


「……ないです」


「あなたは、私にとって、世界で一番特別な存在です。だから、あなたのことを知りたいのです」

 

 陛下はエリウスの手を取り、優しく握りしめた。そして、両手で頬をはさんで、キスをした。今度も逃れることができずにキスを受けたが、エリウスは、その突然のキスに不思議な感覚を覚えていた。ふたりの顔はなかなか離れなかった。

 ようやく顔を離した時、エリウスは耳まで真っ赤になっていた。


「……陛下……」

 エリウスが、小さく呟いた。

 レオナルドがもう一度キスをした。


「セシリア、あなたは、私を恐れていますか?」


「……いいえ」


「では、なぜ、そんなに怯えているのですか?」


「……それは……」

 エリウスは、言葉に詰まった。


「……それは、陛下がセシリア様のことを、どう思われているのか、まだおわかりになっておられないからでしょうか」

 とリリルが口をはさんだ。


「リリル、ここはふたりだけの大切な会話ですから、どこかへ行っていてもらえますか」


「だめです。私は国を出る時、エルナリス国王から」


「それはもう聞きました。部屋を出て行けとは言いませんが、少し離れていなさい」

 強く口調で命令されて、リリルはしぶしぶ部屋の端に行った。


「セシリア、私は、あなたのことを、深く愛しています。あなたの美しさに、すべてに心を奪われています」


「顔がお美しいからお好きなのですか」

 とリリルが叫んだ。


「あなたは黙っていなさい。部屋を出ていって、もらえますか」

「いやです」

 

 エリウスは戸惑って、顔を赤らめていた。

「セシリア、あなたは、私を、どう思っていますか?」


「……私は……」


 エリウスの言葉は、続かない。エリウスがリリルのほうを向いて、助けを求めた。


「……セシリア様は、陛下のことを、もっと知りたいと思っておられます」

 リリルがまた助け舟を出した。


「セシリア、仕方のない人ですね、あなたはリリルなしでは、何も言えないのですか。でも、そんなところも、嫌いではありません。そうですか。では、これからは、私のことを知っていただけるように、努力します」


 陛下がまたエリウスの頬を優しく撫でたので、エリウスはうっとりと顔を赤らめ、それを見ているリリルの胸は波打つのだった。


 陛下が帰った後、エリウスが言った。

「ぼくは陛下のことが好きになってしまったのだろうか。胸がどきどきするんだ」


「そうですか。それは、まぁ、よくあることです。私なんか、青空を見たり、きれいな花を見ても、どきどきします。エリウス様もそうでしょう」


「うん。でも、ちょっと違う気が」


「同じですよ、ですから、気になさらないように」

 とリリルは平静を装った。

 

 陛下がエリウスに惹かれ、エリウスが陛下に惹かれているとことは確かなのだ。

 リリルはこの先を思い、不安に押しつぶされそうになりながら、今夜も、ドレスの修理をするのだった。


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