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11. バルコニー

 夕方になり、レオナルドがドアをノックした。

 リリルが出ていこうとすると、いいですからと手で制して、すっかりセシリアになって美しくおめかしをエリウスが出ていった。


 その後ろ姿がうれしそうで、リリルの胸が荒波に揺れる小舟のように騒いだ。でも、この小舟は、まだ座礁ざしょうはしていない、とリリルはまなこを見開いた。


「セシリア、あなたを案内したい場所があります」

 とレオナルドは満面の笑顔で言った。そして、リリルを見て言った。

「リリル、今夜は二人にしてくれ」


「それはできません、だめです」

 リリルは語気を強めて言った。


「いくら陛下に頼まれましても、できないことです。国を出る時に、私はエルナリス国王から、直に、セシリア様を決してひとりにしてはいけないと厳命されております」

 リリルのすごい権幕に、「陛下、お願いします」とエリウスは頭を下げ、レオナルドが「まぁまぁ」と苦笑した。


 レオナルドは長い迷路のような廊下を歩いて、エリウスを宮殿のバルコニーに案内した。そこから見えるアストリウス王国の景色は、広大で壮大だった。はるか遠くには天空をつくような山々がそびえたつ。その一番高い頂は白い雪を戴き、雲の流れに見え隠れする様子は、この世のものとは思えない。


「これが、私の最も好きな景色」

 とレオナルドが微笑んだ。


 エリウスがバルコニーの手すりに手を置いて、乗り出すようにして遠くを眺めた。すごい。


「これからは、私の好きなものを、全部あなたに見せたいのです」


 夕陽が地平線に沈むと、空は赤く染まっていった。その時、目の前の景色は、柔らかな光に包まれた。バルコニーから見える草原は黄金色に輝き、町の家々からは煙が上がっている。その景色は現実のような、夢のような景色である。


「これが、私の国」

「なんて……」

 なんてきれい、と続けようとしたが、そんな表現では失礼な気がした。どんな言葉がよいのだろう。


「今日、交渉の末、また新しい国が増えました。その国の名前をセシリア国にしようと考えています。どうですか」 


「困ります」

「どうしてですか」

「国の名前は、大切」

「そうですか」

 レオナルドは眉を上げて、冗談めかした口調で言った。


「あなたの名前だということもありますが、私としては、その響きがとても好きです。詩人が喜びそうな名前です」

「セシリアは、母上と同じ名前」

「もとはお母上の名前ですか」

「はい。もう亡くなりました」


「愛しておられたのでしょう」

「はい、とても」

「それなら、なおさら」


「でも、国民の思いは」

「なるほど。厳しいですね」

 レオナルドが肩をすくめた。


「では、あなたの意見を聞かせてください。あなたが名前を決めてください」

「その国を知らないと」

「では、お連れしますよ」

「はい」


「あなたの国エルナリスの景色も美しいのですか?」

「はい」

「どんなふうに」

「……」


 エリウスがリリルのほうを向いた。

「たとえば、冬になりますと、雪が降り、山も野原もまっ白になり、まるで絵本の中のような景色になります。国では、雪のことを妖精と呼んでいます」


 レオナルドはリリルの言葉を受けて、静かに微笑んだ。

「いつかその景色を、あなたと一緒に見てみたい」

「ぜひ」


「約束ですよ。セシリア、あなたといると、不思議と心が穏やかになります。こんな人に今まで会ったことがない」

 レオナルドが言葉を続けると、エリウスの顔に色が差し、リリルは思わず視線をそらした。


「だから、戦争中だというのに、あなたに会いたくなって、帰ってきてしまいました。ひどい国王です」


 エリウスはその言葉に、ただ無言で立ち尽くしていたが、心の中では、これまで経験したことのない感情が襲ってきて、混乱していた。

 ぼくは、いったいどうなってしまったんだろう。

 

 レオナルドがやさしくエリウスの背中を撫で、エリウスが目を閉じた。


「セシリア、あなたは、考えすぎです。あまり抱え込むと、顔にそれが現れる。そんな顔をしていると、私はとても心配になる」

 

 レオナルドがエリウスの背中で手を休めると、その温もりがエリウスの身体の奥まで届いた。温かいだけではない。手が何かを語っている。


 どうしてこんなにも心が揺れるのだろう、とエリウスは胸の中でつぶやいた。


 その一方で、リリルは陛下の穏やかな言葉と行動に反感を覚えながら、二人の間に芽生えつつある何かを感じ取っていた。


 エリウスの横には、冷徹だと言われている国王が立っている。しかし、今、こうして目の前にいる男は、そういう人ではない。


「やさしいお方」

 とエリウスが言葉を漏らした。


 その言葉を聞いて、レオナルドは少し眉を上げ、軽く笑った。

「私がやさしいですか?」

 と彼がははは、と笑った。


「私は冷血国王と呼ばれる男だ。人を罰したり、死刑にしたりする噂を聞いたことがないのですか?」

 レオナルドは少し冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。


「それは、本当のことですか?」

 とリリルが口を挟んだ。


「どう思いますか?セシリアはどう思う?」


 エリウスは何も言わず、ただ視線を伏せた。


「それはあなた方が判断してください」

 レオナルドは静かに微笑んで答えた。


「セシリア、あなたは、私がこれまで出会ったどの人とも違う」

 とレオナルドが続けた。


「陛下はたくさんの方々と会われたのですか」

 リリルがチャンスとばかりに質問した。


「そうですね」

「結婚は初めてですか」

「いや。結婚は二度して、二度別れました。それはお伝えしてあります」


「二度とも気にくわなくて、死刑になさったのですか」

「そういう噂があります」

 とレオナルドは笑ったが、肯定も否定もしなかった。


「セシリア様はこれまで会われた方々と、どこが違うのですか」

「その不器用さなのか、純粋さなのか、いいや、言葉では言い表せない何かが、私を惹きつけてやまない。理由がなく、ただ心から好きだと思える方と出会えたことを、奇跡だと感じています。このことを、あなたにはわかってもらえますか」

 とレオナルドが正直に答えた。


 それは自分ではなく、セシリアに聞かせたくて答えたのだとリリルにはわかる。 

 陛下はセシリア様に、いいえ、エリウス様に本気で惚れちゃったみたいだ。

 さて、どうすればよい。


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