魔王フレデリカ その3
「了解しました。護衛にデスサイズを置きましょうか?呼べばすぐに来ますよ。どうせ惰眠を貪っているでしょうし」
「そうね。使者とのやり取りは彼女が上手いし。彼女にお願いしようかな。使者の方は客室に通してあげて。お茶とお菓子も忘れずに勧めてあげてね。よろしく」
「貴女はどちらに?」
「ちょっとお風呂行ってくる。返り血とかは浴びてないけど、このままじゃ何か嫌だし。それじゃ」
右手でバイバイしながら広間を出る。
私の居住地である、この魔王城には来客が多い。その種類は大まかに分けて二種類。
先程のように、いきなりラスボスである私を倒して王の座を狙う強い力を持つ者。
逆に、力の弱い者は、貢物をもって強き者に取り入る。そうする事で自分の種族は安泰を得られるからだ。
これから会う相手は後者。
自分より格下とはいえ、客人にあたる。
客を迎える時は身だしなみは整える。これは私のポリシー。
赤い絨毯が敷かれた長い階段を下っていく。
建物でいう三階分を降りると岩盤剥き出しの空間が広がっていた。
さらに階段を降りた先の扉を開けると屋外にでることが出来る。
この城で一番見晴らしのいい場所。
見晴らしがいいといっても、私が知っている人間界よりは格段に落ちるが、視界を遮るものはなく地平線を見渡せた。
遠くには火山の火口が見える。灼熱のマグマが空をほのかにオレンジ色に染めていた。
……なんかこの景色って人間界でいう『地獄』にそっくりだ,
まぁ、そんな地獄の中にも唯一、目の前に素晴らしいものが存在する。
温泉だ。
これを設計した魔族はなかなかいいセンスをしている……なぁんて。
この露天風呂を作ったのは、何を隠そう私だ。
地獄の中にある天国。
ここに来れば嫌な事やストレスが流れ落ちるような気がする。
身につけているものを全て脱ぎ、平らな岩の上に並べるように置いていく。
右足をお湯につける。
「あつっ……」
ゆっくりと体を沈めて身体にお湯の熱さを慣らしていく。
でも温泉はこれくらいが丁度いい。
肩までお湯につかり、伸びをする様に思いっきり両足を伸ばす。
「うぅーん……気持ちいい。この文化だけは人間界から持ち込んで正解よね」
昔……人間界で生活していたお家にも露天風呂があった。
こんな私にも家族がいて、お風呂は家族との憩いの場の一つだった。
あの頃……人間界にいた私の身体はまだ人間だった。
魔界からやってきた悪魔の策略によって。私は姿も性質も強制的に、魔界の住人……魔人へと変貌させられた。
まぁ、昔の話だから今さらなんだけど。どっちみちむこうに知り合いはいない。二百年経っているし。私たちと違って人間の寿命は短い。
ガコン
湯気の向こうで扉の開く音がした。誰が入ってきたかはわかる。
なぜなら、この場所が女湯ということになっているのは、城にいる者の中では周知の事実だからだ。
「あら。フレデリカ様ではないですか。こんな時間に珍しい」
「お遅ようデスサイズ。起きてきたという事は、お客の話は聞いているという事でいいのよね」
「天使くずれのガブリエルから聞いていますよ。全て穏便に収めますのでお任せください」
くっ……見せつけてくれる。
僅かな差で。ほんとうに少しだけ私より優れているプロポーションを持つ魔族。
で、でも。あんな大きな胸は戦闘の邪魔になる。あの細くて、くびれた腰じゃあ敵の重たい攻撃に耐えられるはずがない。お尻だって……
私は魔人になった時に不老になっちゃって。成長止まっちゃたわけで。だから発展途上なだけなのよ。
あーあ。戦闘向きの体型でよかった。嬉しいー。ハッピー。
「フレデリカ様?なぜ涙を流されているのですか?」
「いえ……何でもないの。悲しみの衝動がね……神様の呪いが私の体を蝕んで……ね」
「なんてこと。フレデリカ様ほどの力の持ち主でも……神め。いつか私の鎌で刈り取ってやりましょう」
「あ、ありがとうデスサイズ。私は大丈夫だから。この話は二人だけの秘密ね。絶対ね。特に天使には。ほ、ほら。みんなには心配かけたくないでしょ。ね?」
「フレデリカ様……なんてお優しい……ううっ……」
この女の子はソウルリーパーという魔界の者。簡単に言ってしまえば死神だ。名前はデスサイズ。
見た目は人間でいう二十代半ばくらいかな。
私も同じくらいだから親近感が持てる。
こう見えて彼女は先代の魔王だ。
この魔界での魔王は任期三十年の交代制だ。
交代制と言っても投票とかではなく、真剣本気の殺し合いだ。一番強かった者が王位の座に就くことができるのだ。
そして二百年前の王位争奪の時に私がデスサイズを倒して王位に就いた。その時から私はずっと王位を防衛している。
優れた交渉術や整っている完璧なルックスから、外交関係は彼女に任せることにしている。
欠点は、怠惰な生活とメルセリウムとの爛れた……
ま、まぁ……それはいいとして……
「フレデリカ様?今度はお顔が真っ赤ですよ。湯にのぼせてしまいましたか?」
「べ、別になんでもないわよ!」