魔王フレデリカ その2
全てが止まって見える。
でも時を止めたわけじゃない。
魔力で無理矢理に意識を、体感時間八倍の超ゾーンに突入させた。
さらに能力向上魔法で身体能力を大幅に底上げする。
そうする事で私は、超高速で行動する事ができる。
八倍速にするだけでも常人の動きは止まって見える。
このスローモーションの世界で動けるのは私だけ。
今、ここは私だけの世界。
だから、この獣人は気付いていない。
自分の首と胴体がすでに繋がっていないことに。
誰も追いつけない超高速と。魔力を全開で込めた魔剣の斬撃。
これらが合わさる事で完成する私の最速の技。
それが『閃光』。
展開した魔力フィールドを解除する。
この場にいる私以外には何が起きたのか分からない。
皆には、私が瞬間移動した様に見えただろう。
「終わったよ。ねぇ?メルセリウムいるんでしょ。またお願い。この獣人の故郷を探して帰してあげて」
天井に向かって声をかける。
「これはこれはフレデリカ様。私めを頼ってくださり光栄の極みでございます。必ずや、この者を一族の元に届けてみせましょう」
いつの間にか目の前に一人の魔族がひざまずいていた。
彼はインキュバスの『メルセリウム』。
私の元で動く隠密役だ。
情報収集のエキスパート。
前魔王の側近だったが、今は私の駒として動いてくれている。
「いつもごめんね。面倒な役割ばかりを押し付けて。でもこの手の任務に関しては、あなたの右に出る人なんていないし。頼りにしてるよ」
「その言葉と信頼。私にとってはそれだけで絶頂に達してしまいます。今宵こそ、フレデリカ様の肌を隅々まで。私が心地よくケアして差し上げましょう。そうすればフレデリカ様は幸福の頂へと到達いたしましょう」
「はいはい。その提案はいつも通り辞退させてもらうわ」
淫魔インキュバスという種族の性質上仕方ないけど、よく魔王を名乗る私に近付こうとするものだ。
まぁ遠方の任務に就かせて、常に私自身から遠ざけているから彼の欲求が満たされることはない。この先永遠に。
「では任務完了次第、速報をお届けいたします」
音もなく姿が消える。
すでに獣人の亡き骸もなくなっていた。
「さぁて。今日はこれ以上何も起きないでしょ。天使もお仕事終わりでいいわよ。休んで」
入口のところで待機している元天使に声をかける。
「それよりもフレデリカ。毎回、襲撃者の死体を一族の元へ帰す行為には理解ができません。いい加減やめてはどうですか?余計な稼働がかかっていますよ」
「仕方ないじゃない。もし彼らに家族がいたら可哀想でしょ?自分の家族が帰ってこないまま行方不明とか辛いと思うの。まぁ、あなたには理解できないでしょうけど」
「さすがフレデリカ。貴女の言う通り私にはさっぱりです。さすが私の良き理解者ですね。あなたについてきて正解でしたよ。さすが」
「へぇ。何かトゲのある言い回しだね。『さすが』とか連呼しても褒められていないことくらいわかるから。それに別にあなたの理解を得ようとは思ってないわよ。文句があるなら相手になってあげるよ」
「ところでフレデリカ。今日はもう一人客人がいるのですが。面会を求めてきてます」
この元天使は。部が悪くなると一方的に話を打ち切る。
「あなた。私の言うこと無視するのやめなさい……って。客人なんて聞いてないわよ」
「はい。いま言いましたので。ちなみに貴女を殺しにとかではなく、純粋に面会です。何か持っていたので、おそらく貢物ではないかと」
そっちの方か。
そういうのも結構ある。
強い者にバトルするよりかはマシね。
「いいわよ。面倒は、さっさと終わらせてしまいましょ。今すぐ通してちょうだい」