魔王フレデリカ その1
薄暗い空。
草木も生えぬ岩盤地帯。
動くものは野生の魔獣ばかり。
少し離れたところには活動中の火山が連なる。山の火口からはマグマが湧き出ているが、魔法で結界を張っている。よって周辺に被害は出ない。
この世界にはあちらの世界のような、光輝く太陽が存在しない。しかし、魔狂星と呼ばれる太陽の代わりになるものはあるから植物は育つ。
ここは『魔界アクワ』。
神の加護も届かない闇の世界。
まぁ。このアクワという名前も、この魔界を統治する王様特権で勝手に付けた名前なんだけど。
私は魔王フレデリカ。
この『魔王』という肩書きも自分で付けた名だ。
『魔導王』とか『魔戒絶対王』とか候補があったけど、恥ずかしいから普通な感じで収まった。
ほんとうは、そんな名前いらなかったけど、自称『魔王指南役』の天使……と言っても元天使の堕天使なんだけど、彼が、
「威厳を保つ為には必要だ」
みたいな理由で、恥ずかしながら魔王を名乗っている。
他にも不満がある。
それは私の銀髪だ。
本当はショートくらいが好みだけど、
「魔界の王なのですから、髪は腰くらいまであった方がラスボスっぽい雰囲気が出ていいと思います。体の大きさも大きく見えて威嚇効果もあるかもしれません。はい。伸ばしましょう」
などと勝手な事を言って切らせてくれない。
そもそも口うるさくて偉そうなのだ。
二百年前に、一度私にコテンパンにやられて負けたくせに。
「フレデリカ。いますか?」
噂をすれば……
「フレデリカ。お客さんですよ。いるなら返事くらいしてください」
あぁ。またか。面倒なんだよね。
「ねぇ。暇だったら、あなたが相手してくれてもいいんだよ」
「いえ。客人は魔王フレデリカに用件があるのです。私が対応するのは失礼にあたりますので」
はいはい。どうせ面倒くさいだけでしょう。
ドガッ!
激しい勢いと音をたてて扉が開く。
結構な重さの扉なのに軽く開けるなんて。なかなかの力持ちだ。
「魔王フレデリカ!お前の命貰いうける。ここまで守りの兵士が一人もいなかったぞ。ここまで衰退しているとはな」
全身が茶の毛で覆われている。
耳は獣独特の大きなものが飛び出ている。
獣人ってやつだ。
四つ足を大地につけ力を溜めている。
今にも飛び込んできそな姿勢で低く構えている。
隙はない。なかなかの手練れだ。
「兵士がいなかったのは、こちらの指示で引かせていたからよ。ほら。城の中で戦闘すると、いろいろ壊れちゃうじゃない?ここまで来るの簡単だったでしょ」
「なっ……舐めてくれる。一撃で仕留めてやる。覚悟はいいか」
「覚悟がいいかとは、こちらの台詞よ。今なら見逃がしてあげる。そのまま『回れ右』して帰りなさい。できることなら命は奪いたくない」
「そんな手に乗ると思うか!怖気づきおって。一族最強の爪で細切りにしてやる。すれば我が一族が王となる!」
獣人の両手に秘められていた鋭い爪があらわになる。
爪の一本一本が鋭い刀のような鉤爪だ。
「わかったよ……あなたの事は……あなたの体は、ちゃんと家族の元へ届けてあげるから……ごめんなさい」
右手に魔力を込める。
今……私が必要とするものをイメージする。
目の前の空間が歪み、別の世界へと続く入口が開く。
大きさは三十センチほどの穴だから人が通ることはできない。
でも、それでいいのだ。今は一振りの剣を取り出すだけだから。
暗闇の中に手を突っ込み、頭の中でイメージしているものを掴む。
そのまま剣を鞘から抜くように、掴んでいるものを引き抜いた。
それは剣。
二メートル以上はある刃は反りがあり、そして片側だけに刃があった。刃渡りだけでニメートル弱。
その剣の名は『閃光』。
二百年前に生きていた剣の達人であり名工の作品。
ドラゴン族の長のもつ皮膚や鱗から造り上げた魔剣である。
私の為に作られた私だけの剣。
扱う者の魔力を百パーセント伝達。込めた魔力量に比例して剣のステータスが上限なしの無制限で上昇。
魔力のキャパが多い者なら、それなりの攻撃力を発揮できる。
でも、それには上限がある。
私は違う。私が最強でありうる事の所以。
私の魔力量は人間界でも魔界でも一番。底がない。この魔界に来てからは魔力切れどころかキャパの一割も使ったことがない。
だから私なら、この剣の能力を最大限に発揮することができる。
狙うは首。
そこなら一瞬で意識を断つことができる。
痛みや苦しみはないはずだ。
剣を中段で水平に構える。
長尺でかなりの重さの剣だけど、筋力強化の魔法を三回重ねているから、重さはナイフくらいの重さに感じる。
「魔力展開」
魔力のフィールドを広間全体の領域で展開する。
この中で私の体感時間は八倍以上になる。
準備はできた。
「いくよ。必中必殺奥義……閃光」