パーティー結成
「えー!混浴っっっ!?ありえないんですけど」
ひなびたギルド会館いっぱいに若い女の声が響き渡った。
声の主、フォリア=カリーダはこの田舎町にはふさわしくないほどの洗練された美貌を持っていた。
年の頃なら二十前後。
全身を覆う白のローブが高貴さと知性を感じさせ、端正な横顔と金髪が、黙っていても周囲の人間の気を引く。
そんな彼女がいきなり混浴などと叫ぶものだから周囲にいた老人たちも何事かと驚いて振り返る。
テーブルをはさんで対面でフォリアをなめるように見やりつつ、高圧的な態度を崩さない男がいる。
紫の服に身を包んだ、四十代ぐらいの好色そうな男で、この地方においてはどこにでもいそうな人間であった。
男の名はアモラ、この畑と温泉しかない人口五百人程度の田舎町、アドストリンゲンにおけるほぼ唯一と言っていい冒険者ギルド「バルニウム」の長である。 その彼が言う。
「冒険の後はみなで混浴をする。これがうちのならわしです」
「布か何かで前を隠せないんですか」
思わずフォリアは問い返した。当たり前である。フォリアは人前で、しかも男もいる前で肌を晒したことなどなかったのだ。
「温泉というのは裸で入るものです」
(来るんじゃなかった…)
フォリアは早くも後悔していた。
冒険者になって早五年、魔導士として修行を積み王宮都市オリエで名門ギルド「アミクース」の正規メンバーに抜擢されたものの人間関係のいざこざでギルドを離れ、一人放浪の旅の途中資金稼ぎのために田舎町のたった一軒のギルド会館を訪れた。しかし数あるギルドの中でもまともに稼げそうなのはこの冒険者ギルド「バルニウム」だけだった。他は農業ギルドや工芸ギルドばかりで冒険者のフォリアのことはお呼びでない。また、周りを見渡す限りでは地元の爺さんたちの井戸端会議の場のようなギルドも多い。 背に腹は代えられない。ここでこのギルドに加入して報酬を得ないと帰りの旅費が払えないばかりか野垂れ死んでしまう。
「いいけど、一度だけですよ。報酬さえいただけたら、この街を出ますから」
「報酬は払いますよ。混浴の後でね。これは前金です」
アモラは5000マテラをテーブルに置いた。 これだと一泊分の宿代にしかならないだろう。 しかし困った冒険者の信頼を担保するためには十分な額だった。
「あと混浴の際、私の体に触れたり、自分の体を見せつけてきた男がいた場合は罰金をちょうだいしてもいいですか」
「それはもちろん。その場で注意、場合によっては除名とします。ここは紳士淑女のギルドですから。では明日、このギルド会館に日の出る頃に来てください。メンバーは私たちを入れて男二人、女三人。北方にあるアドスの洞窟にて、ヒルドラゴン狩りを行います」
「ヒルドラゴンと言えば、角が高額で取引されてるという?」
ラッキーだった。 都会では冒険者に狩りつくされてなかなか遭遇できないヒルドラゴン、それがこんな田舎の洞窟にいたなんて。 とりあえず角さえ手に入れたらさっさと売って分け前を売却、旅費に当てて王宮に戻ろう、と。
「ヒルドラゴンのことを知ってるんですね。あなたは」
「報酬はちゃんとくださいね。それがないと国に帰れないんです」
フォリアは半分涙目でアモラを見つめた。
「交渉成立ですね」
アモラがぐいとフォリアをにらみつけ、太い声で言う。フォリアも覚悟を決めざるを得ない、強いまなざしであった。
そして細かい契約事項の確認の後、フォリアはアモラと別れてすぐ近くにとってある宿に戻った。
宿と言っても小さな平屋。この宿にはフォリア以外の宿泊者はいない。めったに冒険者の来ない街であるから仕様のないことだが。
受付の老人にあいさつをして部屋に入る。
フォリアは風呂場に行った。服をすべて脱ぎ、鏡を前に自分の裸の姿を見てみる。
冒険の後混浴という、自分がこの二十年の人生の中でも体験したことのない恥ずかしい行為をしなければならないのだ。
王都に居ても噂には聞いたことがある。田舎に行くと混浴という風習があることを。
男と女が温泉に裸で入る、当然体のいろいろな部分を見られてしまう、普通裸というのは人には見せないものであるだけに、その羞恥は想像できないものであった。しかも身内であるパーティーメンバーに。次の日からどんな顔をして冒険をすればいいんだろう。
そもそもここのギルドの女性メンバーは何を感じているのだろう。男性のスケベ心を満たすためだけに参加させられていることに不満はないのか。緊張と不安が渦巻くのをフォリアは感じていた。
翌日。朝早くに起きるとフォリアは装備を整え、宿の会計を済ませた後ギルド会館に向かった。
白のローブに護身用のショートソードを装備している。これは王都で魔導士として活躍していたころからの戦闘服であり、彼女からすれば一番着慣れた服装でもあった。
フォリアがギルド会館に着き、一人で席に座っていると。
「ねえねえあんたがフォリア?いい体してんじゃん」
ポンポンと肩を叩くものがいる。短髪に赤の胸当て姿、下半身には赤の前垂れ。武器は装備していない。ガタイのいい十代の少年のようだ。
「無礼者、元アミクース正規メンバーのフォリア=カリーダと知っての狼藉か。我の体に気安く触れる男はわが最上位爆炎魔法で焼き尽くしてくれるぞ」
「おおこわ、僕は女だよ。名前はヴィス。君と同じギルド、バルニウムの拳闘士さ。もう三年はここにいる。女の子の体に触るのはあいさつがわりだから悪く思わないでくれよな」
「よく私のことがわかったな」
「そりゃあもう。リーダーから髪の色などの特徴は聞いてるし、そもそもここの村で朝一にギルド会館に来るのなんて、僕らぐらいしかいないじゃん」
「それは失礼した。でも女だからって気安く触っていいもんじゃないぞ」
「悪い悪い。でもさあ、君って色気ありそうなのにそんなローブで隠しててもったいないよ。混浴の時が楽しみだな」
「初対面でこんなことを聞くのは失敬だが、お主は本当に女なのか。先ほどから聞く限り…」
「ああ、自分のことを僕って言うのは子供のころからの癖だよ。悪く思わないでくれよな。疑うなら風呂の時にたっぷり見せてやるから。ついてないのをな」
フォリアは絶句した。
その時裏からもう一人の少女が。 年の頃なら十六ぐらいか。緑の法衣姿、背丈ほどもあるやけに長い戦杖を右手に持っていた。
「私は回復士セプティ。この街で生まれ育ち、このギルドに加入して一年になります。今日はよろしくお願いします」
「我は魔導士フォリア。よろしく」
やっとまともそうな女が来た。フォリアは静かに安堵していた。まあ、何かあったらこの少女に頼ろう、他は好色そうな男にセクハラ女しかいないのだから。
「フォリアさんは魔導士さんなんですね。いろいろリーダーから聞いてます。王都から来た聡明な方だと。こんな何もない田舎のギルドですが、よろしくお願いします」
そういうとセプティは頭を下げた。
「揃ったようだな」
まるで物陰から飛び出したようにアモラが姿を現した。昨日とはうって変わって紫色の鎧を身につけ、黒く古めかしい柄に納められたブロードソードを腰に差している。こうしてみると、田舎の騎士とは言えいちおう騎士らしく見える。
「新人君、期待してるよ」
フォリアになれなれしく声をかける。
「もう一人は。確か男二人女三人と聞いたけど」
フォリアが問いかけると横にいたヴィスが答える。
「先に洞窟に出かけて偵察してるよ」
アモラが思いついたように言った。
「そうだ。お前ら、俺は先に行ってツキカゲの様子を見てみる。女性陣は新人君の送迎、頼んだよ」
「はーい」
なかば投げやりに返事をするヴィスであった。女だけになったところで、フォリアはヴィスとセプティに問いかけた。
「あなたたちも混浴するの」
セプティが顔を赤らめながら答える。
「私もこの街で生まれ育った以上、周りの大人たちからいろいろ聞いて覚悟はできていました。この街は全国でも珍しい温泉の街。それも男と女が裸で入るという、古代からのしきたりを残す街ですから。この伝統を守るためにも、恥ずかしいけど、十五の時に裸になることに決めたんです」
「最初の時はどうだったの」
「それはもう…。でも先輩方の支えがあるからこそ、力のない私でもこうしてギルドに参加できてるのです。だから少しでもみなさんに喜んでいただかないと」
いい子だ。フォリアはそう思った。
それだけに、この少女をも納得させてしまうほどの混浴の魅力を知りたくなった。いかに伝統とは言え、みなが嫌がるようであれば継承はされないからだ。
ヴィスにも聞いてみようか。
「ヴィスさんは混浴って楽しいの」
フォリアの問いかけにヴィスが明るく答える。
「あったりまえだろ。女の子の裸は眼福だしなあ。目の前で乙女が脱ぐ、そこにドラマがあるんだよ」
「ヴィスさんってその、女性の方が男性より好きなの」
「そういう趣味はないよ。でも男の裸なんて見ても面白くもなんともないじゃん。それに引き換え女の子の裸の魅惑的なことと言ったら。特におっぱいとかお尻のライン。僕ももっとボインボインに生まれたかったぜ」
「恥ずかしくはないの」
「そりゃ恥ずかしいよ。僕の胸なんてぺったんこだもん。でもじきに慣れて気にならなくなったよ。周りも僕なんて男と同じに思ってんじゃないかな」
不思議な子だ。
この子は自分のことを男の子だと思っている、もしくはそう思いたいのだろうか。
こんな田舎町では女が男のように振る舞うことにも、誰も何も思わないのかもしれない。
なんせ大人は農作業に夢中で子どものことにかまいもせず子どもは自由に野山を駆け回るだけだから、中には男の子のような口調になってしまう女の子もいるのだろう。
一行はギルド会館を出る。日の当たる草原をひたすら進むと小山が見え始めた。小山には細い山道がああり、周囲をうっそうとした木々が覆っている。一行は山道を登り始める。傾斜は急ではないが、ところどころくねくねと曲がっていた。洞窟は村からそんなに離れてはいなかった。朝出発した一行が、日が天高く上がるころには洞窟の前に来ていた。他の冒険者が通った跡はほとんど見られなかった。
洞窟は山の中腹にあった。なだらかな山道を脇に抜けた、木々の中の人の背丈ほどある茂みの先にちょうど人が五人は通れそうな深い穴がぽっかり開いていた。中はどれぐらいあるのか想像もつかない。
洞窟の入り口の横にアモラとともに見慣れぬ黒づくめの少年がいる。黒の頭巾で顔を覆い、黒の装束、腰に見慣れぬ刀、忍者刀を刺していた。年齢的にはフォリアとそんなに変わらないように見えた。
「初めまして。私はアミクースの暗器士、ツキカゲと申す。よろしく」
その少年、ツキカゲは静かな声であいさつをした。
「我はフォリア。昨日からアミクースに入った魔導士だ。よろしく」
「私は入って二年になる」
そう言うとツキカゲは一行の最後尾に移動した。どうやら目立ちたくない性格のようだ。
「あいさつも済んだところで、だいたいの段取り確認やるよ」
アモラが声をあげる。
「洞窟の中は見通しが悪い。各自足元に気を付けるように。ドラゴンに出会ったら全力で戦え。以上」
「以上って、そんな適当でいいんですか」
さすがにフォリアには理解できなかった。
田舎のギルドとは言え、命がけのダンジョン攻略に挑む態度とは思えない。
「普通にやればいいんだよ。洞窟と言っても一本道だ。そしてここのザコはたいしたことない。ドラゴンが出たら俺が先頭に立って挑発する。ツキカゲが暗器で目つぶし。セプティがブレス軽減魔法をかけてヴィスが殴る。だいたいだけど、そのプランで行く。フォリアは適当に爆炎魔法遠くから撃っといてくれたらいいよ」
「爆炎魔法撃つだけでいいんですね。他のことはしませんよ」
「うん。それでいい」
フォリアはなかばあきれつつもアモラの判断に従うことにした。アモラが魔法でたいまつに灯をともす。この程度の下級魔法なら騎士であるアモラも習得しているようだ。そして一行は洞窟に洞窟に入った。
洞窟は一本道だった。人が三人ほど横に並んで通れるぐらいの歩きやすい道。上り道下り道はあるが勾配もそんなにはなかった。たいまつの明かりをたよりに奥に進んでいくと、人が百人は入れそうなぐらいの広い空洞に出た。天井ははるか闇の先。奥の方もどうなっているのか暗くてよくわからなかった。
そこにたいまつに照らされ、巨大な怪物がたたずんでいた。ヒルドラゴンだ。全身が灰色の鱗に覆われ、人の身長の二倍ほどの体躯。四本の足と大きなしっぽを地面につけている。頭も人の二倍ほどの大きさ。カッと目を見開き、横に大きく広がった口からは有毒性のガスが漏れているようだった。幸いこの洞窟はガスが充満するほどの密閉度はないようだった。
ただ、誤ってガスを吸ってしまうと洞窟から出る前に命を落としてしまうかもしれない。フォリアはドラゴン狩りに慣れているとはいえ、他のメンバーは大丈夫だろうか。特に入って一年という回復士のセプティは。
「行くぞ!」
アモラが叫ぶ。段取りではここでアモラがヒルドラゴンを挑発するようだが。
「やいやいやい!こんな田舎でいい年こいて情けないぞ!能無しのノータリン。バーカバーカ。お前のかーちゃんでべそ」
フォリアはその姿に驚愕した。
(いったい何なんだこれは!挑発というのは敵の攻撃を一人に集中させ、そのすきに他の人間が行動するための戦闘の要。ドラゴン相手なら、当然強い光やにおいなどが出るような魔法具などを使うのが常識。ドラゴンに人間の言葉なんて通じないのに言葉で挑発してどうする。バカなのかこいつは)
そうこうしてるうちにセプティが魔法を唱える。
「護りの鎧よ出でよ。クリスタルアーマー!」
(おいおい、事前の打ち合わせではブレス防御の魔法を使うはずだったぞ。物理防御の魔法を使っちゃって。これじゃドラゴンの毒ブレスをモロに浴びてしまう)
さすがになわばりを荒らされてヒルドラゴンも怒り狂ったのか、大きな咆哮をあげた。
そしてその人間三人分はあろうかという長さの、フォリアたちを軽く吹き飛ばせそうな太い尻尾を鞭のようにしならせ、こちらに叩きつけてきた。
「危ない!」
窮地を救ったのはヴィスだった。 彼女は尻尾の中ほどを両手でガッチリと押さえつけた。
「ツキカゲ、頼むよ」
「承知」
ツキカゲがいつの間にか腕の長さほどある細身の忍者刀を両手に構えていた。
「はーーーっ」
叫ぶと彼は跳躍し、ヴィスが押さえているヒルドラゴンの尻尾に切りかかる。瞬きする間もないほどの刹那にヒルドラゴンの尻尾が切り取られ、大きな地響きを立ててそれは床に転がった。
(いったい何なのよ。全然作戦と違うじゃない。作戦だとツキカゲが目潰し、ヴィスが殴って私が爆炎魔法よね)
フォリアは何も考えないことにした。両手をかかげ、爆炎魔法を放つ。杖から火の玉が生まれ、ボールを全力で投げるようなスピードで一直線にヒルドラゴンの頭に飛んでいく。
しかしヒルドラゴンは素早かった。闇の中でも目は効くようで、ひょいと頭をかがめると火の玉はそれ、はるか漆黒の闇に消えていった。
「ゴオォォォォォォ」
ヒルドラゴンは地に響くような叫びをあげた。
(もう終わりだ。殺される…)
その瞬間である。アモラが持参した道具袋に手を入れると、ヒルドラゴン目掛けてその中身を投げつけた。と同時にフォリアが放った火の玉が洞窟の壁にあたり、大爆発を起こす。
爆炎で照らされた洞窟内をさきほど投げつけた謎の物体が舞う。それは金色の粉であった。まるで星屑のようにまたたき、ゆっくりと闇をゆらめく。
そのあまりの美しさに、ヒルドラゴンでさえも見とれてしまった。
「今のうちにずらかるぞ」
一行はアモラの言葉を合図に、一斉に来た方向に走って戻っていく。
フォリアはついていくのが精いっぱいであった。
洞窟を出て山道に戻る。さすがにここまではヒルドラゴンも追ってこられないだろう。
「今日の収穫~」
アモラがそう言いながら道具袋に手を入れ、いつの間にか収奪していたヒルドラゴンの尻尾の先を取り出した。人の腕ほどの大きさの、灰色の長い物体。
「これを売ったら今日の食事代と皆への給金ぐらいにはなるさ。おっといけねえ。温泉代にも。なんせこの後、新人のフォリアちゃんへの歓迎会も兼ねた楽しい楽しい混浴があるんだもんな」
「その前に、お前に聞きたいことが山ほどある。どうしてお前はリーダーのくせに、自身の下した命令に反する行動をする?」
フォリアが詰めるとアモラは困ったような顔をして言った。
「それは混浴の時にでもゆっくり話すよ。とりあえず疲れたからいったん山を下りよう」
フォリアはなかばあきれ果てていた。
次回。
初めての混浴。フォリアは恐る恐る全裸になり、昨日初めて会った男たちと混浴をする。もちろんヴィスやセプティも一緒だ。
そこで今回のバトルの行動の真意をアモラに問いただすが…。