死との零距離
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【登場人物】
[バリス・スピア]
元軍医で、毒の能力を持つ医者。
薄紫で、天を衝くようなツンツン頭。目つきが死ぬほど悪い。
どんな病でも直す幻の植物を探すため、医星を出てプラズマと旅をすることになる。
[ヴィスタ]
医星でバリスと共に医者をしていた若い女性。死を極度に恐れている。
弱者を救うため身を挺して違法薬物を使い、遺伝子能力を強化し医薬品の入手に奔走する。
バリスとプラズマに止められ、現在は副作用で植物状態となる。
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【お知らせ】
ミッドナイト小説の方もペースよく進めていきたい!
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あれはまだ俺たちが9歳のときだった。
俺たちは大人から暴力を振るわれていた。
俺は抵抗したが部屋に監禁され、その間にヴィスタも殴られていた。
そのクズこそ、俺の親父だ。
俺の親父は診療所をやっていた。小さい診療所だ。
“スピア診療所”は医者の親父、お袋、そしてヴィスタの両親で回していた。
両家は診療所に併設され、2家による家族経営だった。
しかし俺がまだ5歳くらいの頃に、神立病院と研星会病院という医星の二大病院の追い込みを受け、半ば強制的に廃業した。
あの頃は嫌がらせなんて当たり前で、毎日強面の輩が怒鳴り込んできては看板や窓を壊していった。
廃業した後も止まず、お袋は心を病み半年後には自分で首を吊って命を絶った。
見つけたのは、学校から帰ってきた俺だった。
そして程なくして親父も精神的に崩壊した。
俺はというと心が冷たかったのか、今までと変わらず暮らしていた。
そしてヴィスタは両親とともにうちを離れ、少し距離のあるところで診療所を始めた。
また追い詰められるのは目に見えていたが、俺たち医星の民には医療関係の職に就くしかなかった。
医療以外の職業…食品や日用品の販売、電気水道ガスなどあらゆるものが公務員の仕事だったからだ。
そうしてヴィスタの両親は診療所を始めた。社会的経済的弱者を相手に格安で診察を買って出る良心的な診療所だった。
二大病院から排斥された弱者達が多く通うこととなり、なんとか生活をしていけるほどには経営は回っていた。
それを面白くないと思っていたのが、二大病院と俺の親父だった。
そして案の定二大病院からの圧力でヴィスタの両親は自殺。
自殺する2日間に、俺の親父に金を渡す条件でヴィスタを引き取る約束をしていた。
俺の親父はお袋の遺族年金をもらっていたが、それもギャンブルに擦り底が尽きそうになっていたこともありヴィスタを引き取った。
ヴィスタの両親からもらった金も底を尽きると、親父は荒れ始めた。
最初は俺にだけ手を上げていたが、ヴィスタが止めに入ったことでヴィスタにも手を上げ始めた。
俺は必死でヴィスタを守った。
当時遺伝子能力が発現して間もなかった俺は親父の遺伝子能力に敵う訳もなく麻痺させられた。
親父は俺を隔離……監禁して、反抗しない…力の弱いヴィスタを殴り続けた。
そんな日がどれくらいかは分からないが、続いた。
ある日……俺達にとって世界を変える日、親父が外出した隙にヴィスタは俺が監禁されていた部屋を開けた。
これがバレれば次はさらに抜け出すのが困難なところに監禁される。
俺は決意した。
その決意を感じ取ったのか、ヴィスタは震える手で俺を止めた。
震えが大きくなるヴィスタの手を見て、俺は俺自身も震えていることに気付いた。
夕方。
電気は既に止まっており、腰高窓から夕陽が差し込む。
部屋は暗く、その夕陽によって辛うじて室内が照らされていた。
夕陽の中を舞う埃は嫌に綺麗に見えたのを覚えている。
転がる酒の空き缶、散乱する食料品のゴミ。
俺は、俺を止めるヴィスタの手を上から包み込んだ。
「大丈夫」
ヴィスタと目が合った。ヴィスタも覚悟を決めたように俺の手を離した。
俺はヴィスタを置いて台所に向かう。
台所の収納戸を開けると黴臭い湿気が鼻をついた。
包丁差しに収納された包丁は蜘蛛の巣が張ってあった。
俺は何も考えず右手でその包丁を手に取る。
俺はヴィスタのところに戻ると、あいつはへたったように座り込んでいた。
この生活に憔悴していた。それと同時にこの生活が終わるかもしれない。けれどそのためには罪を犯さねばならない。
そのことに憔悴しているようにも見えた。
俺はというと…正直何も考えていなかった。
とにかくこの絶好のチャンスを活かして、生活を終わらせヴィスタを解放しなければ。
それしか頭になかった。
そしてその瞬間は訪れた。
夜…玄関戸の近くの窓から月明りが差し込んでいる。
ヴィスタには奥で待っているよういったが、頑なに俺から離れようとしなかった。
親父はいつも通り荒々しく玄関戸前のゴミを蹴り飛ばしながら帰ってきた。
その日もいつもどおり泥酔していた。
玄関戸を荒々しく開ける親父。奴の放つ酒臭が俺の鼻をつく。
奴の影が見えた瞬間、俺は包丁を胸の前に構えて奴にぶつかった。
錆びた包丁。上手く刺さらず何度も押し込んだ。
泥酔した親父は、何とか引きはがそうと俺の頭を押した。
俺はそれでも包丁を押し込んだ。錆びついた包丁では、刺さっていくというよりは喰いこんでいくというのが正しかった。
ヴィスタの人生がかかってた。俺は何が何でも奴の息の根を止めようと、それだけが頭にあった。
けど、暴れる親父を前に、包丁をさらに奥に押し込むことは困難だった。
親父が包丁を持つ俺の手を掴み抵抗した。酔っているとはいえ流石に大人の力だ。
このままでは包丁は引き抜かれ、押し返される。
その時だった。包丁を持つ俺の手に後ろから衝撃がはしった。
「ヴィスタ……!」
横を見ると、ヴィスタが俺の手元に体当たりをしていた。
「バリス……私も一緒に罪を背負うよ……!」
震える声。
月夜に照らされたヴィスタの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。髪は涙によって顔に張り付き、ヴィスタも人生を懸けているんだと感じた。
そこからは何がどうなったのかは覚えていない。
俺もヴィスタもそうだ。
気づくと、俺とヴィスタの荒い息だけが響いていた。
耳にフィルターがつけられたかのように、息切れの呼吸音が俺の意識を支配していた。
玄関戸に挟まれて倒れる親父。
胸と腹の間には包丁の柄だけが見えていた。
「バリス……」
ヴィスタの声で俺は我に返った。
「ハァハァ……大丈夫だ。俺がなんとかする……!」
「ねぇバリス……死んだの?」
「……あぁ」
そうは言ったが、俺にも分からない。人の死を見るのは初めてだ。
「人ってこんなに簡単に………」
ヴィスタは震えながら縋るように俺の手を掴んだ。
「私達も少し遅かったらこうなってたかもしれないんだね」
そう。大人が本気を出せば、俺たち子供は簡単に死ぬ。奴らはストレス発散だけのつもりかもしれないが、俺達からすれば命の危機と隣り合わせだ。
「“死”ってずっと先の事だと思ってたし覚悟する時間もあると思ってた」
「けどこんなにも“身近”で、こんなにも“いきなり”なんだね」
「はは、ははは……」
「バリス、死ぬのは怖いよ」
「大丈夫だ……俺がお前を守るから」
この世には力でしか追い払えない輩がいる。
話し合いでは無理だ。奴らには理性がない。凶暴な獣と同じだ。
俺が……必ず俺が力をつけてお前を守る。
俺がお前を死から遠ざけてやる。
必ず。
To be continued.....




