“死”との距離
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【登場人物】
[サンダー・パーマー=ウラズマリー]
Gene of Thunderbolt
金髪の活発な青年。電撃系の能力を持つ。
サンダー・P・ウラズマリーから「プラズマ」というあだ名で呼ばれる。
遺伝子能力養成学校高等部を卒業し、輸送船に忍び込んで宇宙へと旅立った。
▼ヴィスタ診療所
[ヴィスタ]
医星で医者をしている若い女性。
[バリス・スピア]
医星で医者をしている青年。
目つきがとても悪い。
▼その他
[セリナ]
プラズマの幼馴染の女の子。
勤勉で真面目な性格。氷の能力を操る。
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廃ビルから出てトラックの荷台に乗り込んだプラズマはバリスに尋ねる。
「なぁ、どうしてヴィスタはこんな危ない橋渡ってまで貧民街区を助けようとするんだ?能力もないんだろ?」
――死が怖いの――
――自分であれ、他人であれ――
「死から自分を遠ざけるためさ」
「死?」
「お前は家族以外の人の死を見たことがあるか?」
「え?」
突然の問いに驚くプラズマを傍目にバリスは語り始めた。
「家族の死は悲しみが強く“客観的な死”を実感しにくい」
「俺は軍医として紛争地にも行っていた」
一行を乗せたトラックは医街区へと続くトンネルへと入った。
「人って死ぬとものすごく臭ぇんだ」
「死後数日経って、顔面が蛆に蚕食されて、目や鼻、口の中で濁った黄色いモノが蠢く」
「鼻から蛆が這い出て、目ん玉に入って行くんだ。異常だろ?」
「身体の色が黄緑色から茶色に変わって、真っ黒くなっていく。腐敗ガスのせいで腹もパンパンになる」
「腐敗汁が蒸発して鼻の粘膜にこびりついて、匂いが取れやしねぇ」
「中には迫りくる残酷な死を恐れ、木に縄を括り付けて首を吊って、何もかもを垂れ流して死んでるやつもいた」
「首から下が千切れて落ちてる奴もな」
「俺が“客観的な死”を見て何を感じたか」
――人ってこんな簡単に死ぬんだった――
――人ってこんなに汚いんだ――
――こいつにも生きてたときがあったんだよな――
――自分の人生に納得して死んだんだろうか――
「死ってのは案外身近にあるんだ」
「“人の形をした腐った肉塊”の写真を見た遺族は咽び泣く」
「だから見るなと言ったのに。こっちだって辛いんだ。人が死んで、腐って、骨になってるのを見るよりも、家族が涙を流してる姿の方が何百倍もキツかった」
「俺はもう何百、何千と死体を見たからもう慣れた」
軍医になる前、軍内遺伝子養成学校でも医療科であったバリスは、紛争地区での実務研修もあり死体を見ることは多かった。
「俺達医者も、軍人も、警察官も、救急隊員も死体を見過ぎてなんとも思わなくなった異常者だ」
「軍医の時の俺は深くてどろどろとした闇の中にいた。こんなあっさり人は死ぬのに何のために生きてんのか分からなくなってきたんだ」
彼が人の死体を初めて見た時と、いつしか死体を見ても何も感じていないことに気づいた時。
何か人から離れてしまったような焦燥感と不安に駆られた。
何度も“悲しいことだ”と自分に言い聞かせて、時には涙を流してみようともしてみた。
しかしそんなことをしようとしている時点で異常者だと突きつけられ、虚無感に襲われた。
「そんな異常者に、もう一度“何のために生きるか”を考えさせてくれたのが、ヴィスタだ」
トンネルの先には光が見える。
「医街区に入るぞ!!」
カースがそう言うと、医街区に続くトンネルを猛スピードで突っ切った。
トンネル出入口に立つ守衛がそれに驚き、緊急事態発生の無線を飛ばしている。
カースはさらにアクセルを踏んでスピードを上げている。
「俺はすでにその異常者だが……ヴィスタはそうじゃない」
「まだ数回しか人の死を見ていない上に、いちいち心を痛めてる」
「9歳の時に初めて見た“人の死”があいつの中でトラウマになってんだ」
ヴィスタとバリスが人の死を目の当たりにしたのは同じ時だった。
バリスも当時は、人の死や、人の脆さに驚いていた。しかし彼は他の感情に心のほとんどが占拠され、彼女ほど死がトラウマになることはなかった。
もちろんその後、軍に入って死体を多く見たことで感覚が麻痺したことも長期的なトラウマにならなかった一因だろう。
一方のヴィスタは、バリスとともに人の死を目撃し、彼以上に人の命の脆弱さを真正面から受け止めてしまった。彼女の真面目な性格もあるのだろうが、それ以上に彼女の死に対する不安が、より彼女に死の重みを突きつけたのだろう。
「そしてあいつが死に対してさらに恐怖を抱き始めたのが貧民街区で子供の死体を見た後のことだ」
それはヴィスタにとって二度目の身近に起こった死だった。
病弱だった7歳の男の子。貧民街区の一画に両親と静かに住んでいた。
生きることに精一杯だったその家族に、闇市で回ってくる薬は高価すぎた。
また安価で出回っている品質の悪い合成薬ですら、継続して購入できるほどの経済力はなかった。
両親は元々神立病院の医者だったが、内部不正を指摘したところ追放された。
そのため彼らの息子には薬が必要だということはよくわかっていた。
ヴィスタは稀にくる一般街区民からの医療費をコツコツと貯め、生活を切り詰めては医薬品を買っていた。そうして得た医薬品をその子にも使っていたのだが毎回使えるはずもなく、往診して体調が急激に悪化した時のみに服用させていた。
徐々に右肩下がりになっていくその子の病状は、その両親にもバリスにも、そしてヴィスタにも明白だった。
そしてある往診の日、その子は帰らぬ人となっていた。
「病に冒された子供の死体だった。きれいな死体だ。外傷もないし、腐ってもいない」
「それでもその子供の死はアイツの心には大きな傷をつけた」
「それでもって言えるのが人の死をなんとも思わない俺たちの異常なところなんだろうな」
「それでさらに追い打ちをかけたのが、その子供の家族だった。母親が子供の遺体を見て泣き崩れてた」
「父親はただただ泣きそうな顔で、我が子に縋り付く妻と、血の気の引いた息子の遺体を見ているだけだった」
「それからアイツは貧民街区に足繁く通うようになったんだ」
「自分が注意深く診断して、もう二度と死体を見ないように。」
「もう二度と、悲しみに暮れる遺族を見ないように」
「だから俺もアイツがいけないときは貧民街区の往診に行っていた。ヴィスタのためだ」
「けど、圧倒的に医薬品が足りてなかったんだ」
「症状は分かっているのに、薬がない。そうして弱っていく弱者を見てあいつの心は段々と壊れ始めた」
「ある日、貧民街区に行くと、ヴィスタの診てた奴が死んだって言われてな」
「けどヴィスタは死亡確認をしには行かなかった。いや、行けなかった」
「“死”が……怖かったんだろう」
「そして………貧民街区に行かなくなり、俺に往診を頼むようになった。目を背けたかったんだろうな」
「思えば、あのころからヴィスタは俺の能力を羨むようなことを言っていた」
「俺が……気づいてやれなかった」
「だから、二大病院の奴らにすがってでも、貧民街区民を救いたかったんだろう」
「そして利用された」
「そうか……お前らってなんかすげぇな」
彼らの向き合ってきた“もの”。
それを聞いたプラズマから自然と出た言葉だった。
「俺だったら、お前やヴィスタみたいに向き合えるか分かんねぇや……」
異常者と自称した自分も肯定されたような気がしたバリスは茶化し、誤魔化した。
「なんだその語彙力の無ぇ初等部みてぇな感想は……」
「ついだぞ!!」
車が豪勢なビルの前に停車すると、その前に立っていた守衛達が排除しようと近寄ってくる。
「カース!頼んだ!!」
「任せとけ!」
カースは守衛に飛び掛かると鉄で地面に固定させた。
その様子を見て他の守衛達もカースへと駆け寄った。
「先に行け!バリス!!」
「よっしゃ!!いくぜバリス!!」
プラズマは入り口前に立ちはだかる守衛を押しのけるとビルへと入って行く。
2人は階段を駆け上がると、開けた場所へと出る。
「なんだここ……!内側は廃ビルみてぇじゃねぇか!!」
奥にポツンと立つ一つの人影。
その後ろ姿はバリスが求めていたものだった。
「ヴィ……ヴィスタ!!お前心配させやがって!!」
ヴィスタに特段の外傷が見られないことを確認したバリスは安堵し、駆け寄ろうとした。
「お前大丈夫だっ……」
「なんで来たの、バリス」
ヴィスタはバリス達に背を向けたまま、そう発した。
「え……?」
そしてヴィスタはゆっくりと振り返った。
「邪魔をするなら容赦はしない」
「ヴィスタ……?」
To be continued.....
【EXTRA STORY】
~8年前・医星某所~
「バリス………」
「ハァハァ……大丈夫だ。俺がなんとかする……!」
「ねぇバリス……死んだの?」
「……あぁ」
「人ってこんなに簡単に………」
「私達も少し遅かったらこうなってたかもしれないんだね」
「“死”ってずっと先の事だと思ってたし覚悟する時間もあると思ってた」
「けどこんなにも“身近”で、こんなにも“いきなり”なんだね」
「はは、ははは……」
「バリス、死ぬのは怖いよ」
「大丈夫だ……俺がお前を守るから」
To be continued to NEXT EXTRA STORY.....?




