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五章

作者: @初



五章




4サブタイ




三日後、今日は午後からパーティーだ。

――憂鬱

愛想を振りまくことに自信はあるが、率先してやろうとは思わない。すごい労力がいるのだ。

「行きましょか」

匠が迎えに来た。会場は小澤邸だという。世界に名高いOZAWAホテルの小澤さんだ。

車は匠が用意してくれたものを使う。長いリムジン。

全員ドレスアップした状態で会場へ向かう。

「どうぞ」

車に乗り込む時、智一が光に手を差し伸べた。その行動と、タキシード姿が様になっていた。

「ありがとう」

ボリュームのあるパニエで膨らませたドレスがすごく邪魔。車にしては広くても、やはり狭い。

「光とパーティーなんて夢みたいだな。ダンスのお相手、願えますか?」

「そういうのは、曲が流れてから言うものよ」

智一の後に、お母様とお父様が続いた。そして最後に匠が車に乗り込んだ。

大した距離はないが、格好としてはリムジンを付けるのが王道だ。

「美味しいものいっぱい食うぞぉ」

智一は食事が楽しみだとずっと言っている。お坊ちゃまにしては、暖かい普通の家庭のように育てられてきた智一だから、きっとテンションが上がるのだろう。

「光、顔」

智一が光に言った。

「なぁに」

「もっと嬉しそうな顔しなよ、嘘でもいいから」

「まだいいでしょ。会場着いたらちゃんとするわ」

「機嫌わるぅ」

智一にも手に負えない。

「着きました、ドアを開けますのでお待ち下さい」

運転手が合図をして、ドアマンがドアを開ける。匠が降りると、周りは少しざわめいた。匠が光を連れてくる噂は、思っていた以上に知れ渡っていたのだ。

乗り込む時とは逆の順に、光たちは車を降りた。

「まぁ光さんだわ」

光が降りると、その周りにはすぐに人の山できた。

「道を空けてください、光様がお通りになります」

「早苗さんっ」

道を作っているのは早苗だった。

「祐太様から連絡があり、すぐにこちらに参りました。今日はお嬢様に仕えさせていただきます」

「ほんとう、ありがとう」

智一の手柄だ。

館内に入るまでのレッドカーペットの脇は中から光を見に来た人も含まり、大衆になっていた。

「有名人みたいだわ」

「自覚がないだけで有名人だよ、光は」

そう、業界では川崎子息はかなりの有名人だ。光を狙っている坊ちゃんも多い。

館内に入ると、小澤誠一郎さんが迎えてくれた。

「よくお出でくださいましたな。川崎財閥令嬢」

――その呼び方はもう古いわ

そんなことを言うと、面倒くさくなるので言わないでおいた。

「お招きいただき、光栄ですわ」

「あぁ、楽しんでいってください」

小澤グループは川崎財閥よりもずっと地位が下。光にも敬語なのが、それを表している。

大きな丸テーブルに早速食いつく智一。

「みっともないわよ」

「そお?」

まぁ、いつもこんな感じなのだろう。

「うまい」

ローストビーフを頬張る智一が微笑ましい。

「光さん光さん」

話かけてくる人の中には、以前会ったことのある人もいた。光は覚えていないが。

「お久しぶりです、光さん」

「お久しぶり。どのくらいぶりかしらね?」

「三年程前にパーティーでお話して以来ですわ」

「そんなに前になるの。元気にしていて?」

「ええ。光さんこそ」

「私はこの通り元気よ」

光の素晴らしい話術に智一が感心する。

お父様とお母様は仲良く誰かと喋っていた。

匠の周りには、光を紹介してくれと人が集まっている。

――面倒くさい

光の心の中では、その言葉が何回も流れた。

「智一、離れちゃ嫌よ」

「なんだよ、光」

ふと出た光の言葉に少々照れる智一。

「大丈夫、俺は光の隣にずっといるよ」

まるで恋人のようなセリフに自分でまた照れる。

「光さん、お隣にいる方は恋人?」

みんなが聞きたかったことを代表して言った彼女。

「違うわ。こちらは明王寺智一。川崎と提携した明王寺財閥のご子息よ」

「まぁ、そうなの。素敵な方でいらっしゃる。紹介していただけて?」

顔立ちがいい智一は、パーティーでは人気者だ。

ダンスフロアに曲が流れると、智一の周りが女の子でごった返した。逆に光の周りは、男でごった返している。

「だめだめ、今日は光と踊るって約束してもらってんの」

いつもの不思議キャラで交わす智一が羨ましい。

「光、お相手願えますか」

男性の群れを掻き分けて、智一が光に手を差し出す。

「喜んで」

今までに見たことのない笑顔を向けられた智一は、少し変な気分になった。

ワルツの三拍子に合わせてステップを踏む。

「なんだよその顔」

「なぁに」

「気持ち悪い」

「失礼ね」

光の笑顔に違和感を感じた智一は、愛想を振りまいている時の笑顔だと気づいた。自然な笑顔を見慣れている智一にとって、作っている笑顔には変な感じがした。そして、その笑顔を自分に向けられたことにまた腹が立つ。

「俺の前ではちゃんと笑ってよ」

「そうね。智一がちゃんと楽しませてくれるなら」

「難しい姫だなぁ」

そう言っても、智一と踊ると光の心は晴れて自然な笑顔に変わっていった。心のいがいがが取れた感じ。

「かわいい」

「何を言うのよ」

照れる光も、またかわいい。

「もう、ばか」

光はヒールで智一の足を踏んだのだった。


踊り終え早苗が持ってきたレモネードを飲んでいると、小澤令嬢が話しかけてきた。

「こんばんは」

縦ロールの、これぞお嬢様って感じの子。

「お話、いいですか?」

歳は一つ下だという。静雨たちと同い年だ。

「ええ、座って」

光は右隣を勧める。左には智一が美味しそうにスイーツを食べていた。

「小澤麗と申します」

麗は縦ロールを傾けて言った。

「私は毎年、この別荘に来るんです」

「そうなの。いいところよね、旧軽井沢」

「ええ。それで、毎年真晴くんに会うんです」

――どうして真晴の話題を出すの?

光の頭の中は疑問符が飛んでいる。

「やっと光さまが帰ってきたと思ったら、男連れなんて」

「何が言いたいの」

あえて智一が恋人ではないと言わない。

「光さまは覚えていらっしゃらないのですか」

「何を?」

「真晴くんとの約束です」

匠にも同じことを言われた。約束って、なに。

「ごめんなさい、私は人付き合いが多いせいか、あまり昔のことは覚えていないの」

「そうですか。真晴くん悲しむと思います」

「どうして?」

「言っていいのか分からないですわ」

「麗ちゃんが言いたくないのなら言わなければいいわ」

「いえ、私は言いたいんです!」

「そう、なら聞かせてちょうだい」

「……光さまは真晴くんと、婚約をしたんですよ」

「こんにゃく?」

「智一」

ショートケーキを口に入れたまま智一は言った。

「婚約です、明王寺さま」

「ひふれい」

通訳すると、失礼。

「光さまがここのお屋敷を出るときに、真晴くんに言ったの覚えていませんか」

『ちゃんと戻ってくるから、待っていて。結婚するとずっと一緒にいられるのよ。大丈夫、ずっと一緒にいるから』

「覚えてない……」

――そんなこと言ったっけ

「真晴くんは十三年間、その言葉を信じて努力をしていたんです」

例えば武術。例えばテーブルマナー。例えば茶道。真晴は光に見合う男になるため努力を惜しまなかったという。

「そんな真晴くんを十三年間ずっと見てきました」

「好きなのね?」

「………」

「そんな子供の時の話、覚えているわけないじゃない。真晴にはそう言うわ」

「でも真晴くんは必死でっ!」

「なら、あなたが変えてあげたら?」

「え?」

「あなたが婚約者をも振り切って真晴に飛び込んだら、真晴は変わるわ」

「そんなこと」

「立場は分かるのよ。でもそのくらい好きでないと恋は叶わない。そこまで好きでないならやめなさい。あなたの将来がかかっているのだから」

「光さまが真晴くんを選ぶという選択肢はありませんの?」

「ないわ」

光は凛と、きっぱり言った。少しでも同情を見せれば、悲しい思いをさせてしまう。

「光さまは嘘つきなんですか」

「そうね、七歳の頃の約束を果たせない、覚えてもいない白状者よ」

「そんな方に真晴くんは渡せません。真晴くんは一途で芯の強い人なんですから!」

「では私なんかに渡したらだめよ」

「光さまは勝手です! 真晴くんの気持ちも考えないで!」

「分かりたくもないわね。七歳の頃の思い出に縋り、恋することに逃げてきた人のことなんて」

「……見損ないました。光さまはもっと素晴らしい方だと思っていましたのに!」

「麗ちゃん」

智一が優しい声で麗を諭す。

「一応、地位も歳も麗ちゃんより上の方だよ。失礼な言葉を謝ろう」

「私が悪いのですか? 光さまは悪くないのですか?」

「私は誠意を持って素直に話しただけよ。麗ちゃんが怒るのも分かるわ。でもしっかり考えてほしいのよ。真晴は使用人なのだからね」

「分かっています!」

麗は巻いた髪を激しく揺らしながらその場を後にした。

「なんでそういうことを言うんだよ」

「だって。麗ちゃんがちゃんとした道を歩めるようにって――」

「そうじゃない」

智一は隣で拳を握りしめている。

「どうして自分を責めるんだい?」

久しぶりに、あの悲しげな智一の顔を見た。

「変に鋭いんだから」

麗に吐いた毒。昔の恋に縋り、恋することに逃げていたのは光だ。光は自分に向けて毒を吐いたのだ。

「私、真晴に酷いことをしたわね」

やっと分かった。真晴が光に馴れ馴れしい訳。あまりにもベタで面白くない。でもそれを簡単に信じてその甘い誘惑のために努力をしてきた真晴が哀れだった。

茶道を習う時間をなくしたら、どんなことをしただろう。光のことを想う日が減ったのなら、どんなことができただろう。真晴の自由を奪った光は、少し複雑な気持ちになっていた。

「俺はね、祐太さんから聞いてた。真晴は光のことが好きだって」

だから車の中での『気に食わない』が出た訳だ。双生児が羨ましいわけではなかったらしい。

「でもそんな約束をしてたなんてね。まぁ、忘れるのも仕方がないよ」

きっと祐太も覚えていない。もっと心を奪われる恋をしたのだから。

「まぁいいや。夜会に悩みなんて持ってきちゃいけないね、もう一度踊ろうか」

「そうね」

次の曲もワルツだった。テンポのいい曲に、足が着いていかない。

「大丈夫?」

「平気よ。これくらい踊れなくて、川崎を名乗れますか」

光は見世物のように華麗に踊った。相手が智一だったこともあり、注目度は非常に高かった。

その一曲を踊り終えた後、智一は黒いスーツの人に連れ去られた。

「何、何なの」

十分程経つと、部屋の隅にある黒く光るピアノの横に智一が立っている事を確認した。

「これより明王寺財閥御曹司、明王寺智一様によるピアノ演奏を始めさせていただきます」

司会は小澤グループのネクタイをしている。紺色に白の文字が映える。

「智一さまって、少し前まで音楽界では有名だったわよね」

「いつの間にか消えていて、どうされたのかと思っていたけれど」

「でも智一さまの生演奏が聞けるなんて感激だわ!」

近くにいた女の子の声が光の耳に入った。

――知らなかった

こんなにも近くにいるのに、光は智一のことを何も知らない。そう気づかされた瞬間だった。自分のことばかりを曝け出して、智一のことは何も知らないんだ。そう気付き、酷く惨めな気持ちになった。

智一は光の方を向いて、悲しげな笑顔を浮かべた。そして白いタキシードを折って一礼した。

――この感じ、どこかで……

少し懐かしい気持ちを抱きながらも、思い出せない自分に苛々する。

智一の演奏は、それはそれはいいものだった。みんなが騒ぐだけのことはある。暗譜して弾いているから、感情が入る。目を瞑る智一がどこか違う世界の人に見えた。

光は聞き入った。見惚れていた。智一の奏でるメロディーに。

――本当は遠いところにいるんだ

そう思わざるを得なかった。

智一の演奏が終わると、大きな拍手が会場を包んだ。智一の気持ちい演奏を、端から端までの人が聞き入っていたのだ。それ程人を魅了するピアノを弾く。

でも光は、智一がピアノを弾く姿を見たことがない。

辞めてしまったの? どうして自分は智一のことを何も知らないの?

自分の中で渦巻く疑問に気持ちは着いていかない。

そして光は何人もの男性と踊った。答えが見つからない気持ち悪さを忘れるように。でもその行動に反して、心は曇る一方だった。手を添えるだけなのに、少し嫌な気分。智一の時には感じなかった気持ち悪さは、下心見え見えな男性の態度か。

光は一時間踊り明かした。誰ともなく、ただ自分を求める男と。そんな光を、智一は隅で眺めていた。

「光さま」

踊り終わった男が挨拶して立ち去ったとき、麗が今だと言わんばかりの勢いでやってきた。

「どうしたの」

光は次の男に断りを入れ、二人で端に寄る。

「どうぞ」

早苗がオレンジジュースを二人に差し出す。

「ありがとう」

「光さま、先程のご無礼をお許しください」

「いいのよ、そんなこと」

「光さまを見たら、頭に血が上ってしまって」

自己嫌悪に犯されている。少し言い過ぎたかもしれない。

「気にしてないわ。さぁ、お飲みなさい」

麗はオレンジジュースを口にする。

「私も酷いことを言ったと思っているわ。でも間違っているとは思っていない」

「ええ、分かります。だからこそ悔しいんです」

ダンスを踊る男女を眺めて話す二人は、まるで姉妹だ。

「光さまが真晴くんをずっと想っているなんて有り得ないことです。地位もおありですし、何より素敵な方ですから」

「まぁ。さっきは幻滅したようなことを言っていたのに」

冗談で場を和ませようとしたが、逆に麗は申し訳なさそうにした。

「何度も言ったんです。光さまはきっと新しい恋をしていらっしゃるって。でも真晴くんは聞かなくて。ずっと一緒にいるって言ってくれた、と何度も復唱するんです」

「あるわよね、そういうところ」

天井に輝くシャンデリアが美しい。

「それが苦しくて。だって、光さまは帰ってこないかもしれないんですよ。そんな状況でひたすら光さまの事を想っているんです。きっともう顔も正確に思い出せないのに」

「そんな真晴を救ってあげたかった?」

麗の顔が引きつった。

「最初はそうだったかもしれません。でも今は好きだとちゃんと言えます。真晴くんの、真っ直ぐな気持ちと努力を惜しまない素晴らしいところを知ってしまったから」

「真晴が羨ましいわね。こんな子に好かれて」

「でも真晴くんはまだ光さまが――」

「麗ちゃん」

光は麗の言葉を遮って、ジュースを早苗に渡した。そして麗の方を向く。

「一回しか言わないから、ちゃんと聞いてね」

「はい」

何事かと顔を強張らせる麗に、光は笑顔を一度向けた。そして真剣な顔で語り出す。

「思い出っていうのはね。いいえ、人っていうのはね。昔の素敵な思い出に縋りたがる生き物なの。それは今の自分が怖いから。だから自分を認めてくれた人に縋るの。私も最近までそうだった。私を理解してくれる人が現れるまで、昔の恋に縋って生きてきた。でもそれでは人間がだめになってしまうわ。人は前にしか進めない。どんなに足掻いたって、昔には戻れないもの。だからこそ昔の栄光に縋ってしまうのだけれどね。でもそれではだめなの。心の時計を止めてしまったら、何も得るものがなくなってしまう。もしかしたら身についていたかもしれない才能も自信も、自分のものにならなくなってしまう。そしていつかその相手に会ったとき、その人の時計は何年も経っていて。きっと惨めになってしまうのよ。そしてまた時計を止めてしまうんだわ。それの繰り返し。だから麗が真晴の時計を進めてあげなさい。どんな形でもいい。あなたが真晴と結婚する必要もない。ただ隣で、彼を見守ってあげなさい。そして時計を止めてしまいそうになったら、時計を戻してしまいそうになったら、ネジを回す方向が違うわと言ってあげなさい。今の真晴にはそういう人が必要なの。でも今はそういう人がいないのだわ。それは彼にとって、とても寂しいことなのよ。だからあなたが救ってあげなさい」

こんなに喋ったのはいつぶりだろうか。去年のプレゼンぶりくらいだ。

「光さま……。私は光さまになんてことを。こんなにも真晴くんの事を考えてくださっているのに。素敵な方なのに」

「麗、しっかりしなさい。今はそういう時ではないわ」

そう言われた瞬間、麗の顔つきが変わった。この子は出来る子だ、光はそう思った。

「どこまで出来るか分かりません。私が救えることではないかもしれません。でも私は真晴くんを放っておけない。だから出来ることをやるまでです。戻る時計など、見たくありませんから」

「いいわ。私も出来ることをやるわ」

麗は光の手を強く握った。

「光さまの言葉、絶対に忘れません」

「言葉しかあげられないけど」

光は舌を出して言った。

「いいえ、光さまは気持ちもくださいました」

「麗ちゃん」

「麗でいいです。光さま、どうか私のお姉さまになってください」

「お姉さま?」

「私を、妹のようにしてください」

「妹のように可愛がればいいの?」

「はい、私は光さまを姉のように慕います。お姉さまが困ったとき、悲しくなったとき、私はすぐに助けに参ります。ですから、光さまの温厚なお心遣いを、少しでいいんです。私に向けてください」

「いいわ。逆に麗が困った時、悲しい時、どうしようもない時は私に連絡をちょうだい」

今は笑顔しかあげることができない。真晴の気持ちを、手にとって渡す訳にもいかないから。

「ありがとうございます」

麗は泣きそうな顔をしている。

「何て顔。ここは夜会よ」

今にも泣き崩れそうな麗を光が抱きしめる。麗は光の胸の中で少しだけ涙を零した。

少し落ち着いたのを見計らって、早苗が新しいジュースを二人に渡す。

「何か食べるものをお持ちいたしますか」

「大丈夫よ、自分で行くわ」

「それでは私の仕事がなくなってしまいます!」

「そうね。ならお願い」

「はい。苦手なものはございますか?」

「いいえ」

「麗様は」

川崎財閥の使用人を使ってしまうの、とたじろぐ麗に光は妹でしょう、と言い聞かせる。

――本当に妹みたい。姉妹、欲しかったのよね

「お嫌いなものは」

「……ほうれん草」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

速足でテーブルに向かう早苗を二人で眺める。

「お姉さま」

「ん」

呼ばれ慣れない言葉に、少し戸惑う。

「お姉さまを理解してくださる方って、明王寺さまですか?」

「ええ、そうよ」

「でしたら、お姉さまは明王寺さまの事が?」

「みんな私と智一をくっつけたいみたいね」

日本に来てから何かと智一と行動を共にしている。それを周りは茶化したいのか。それとも美男美女で歩いているからか。

「違うのですか?」

「確かに智一にはいっぱい支えてもらっているわ。でも、私は智一の事を何も知らない。情けないくらいに知らないのよ」

「それはどういう意味で」

「例えばさっきみたいにピアノが敏腕なのも知らなかったし、誕生日も好きな食べ物も好きな映画も知らないわ」

「お姉さまは知りたいのですか?」

「それはもちろんよ」

「好きな人のことは、何でも知りたくなるものです」

「これは、そういうことじゃないわ」

光には冗談に聞こえ、可笑しくて笑みが零れる。

「そうでしょうか? 私から見て、お姉さまと明王寺さまは通じ合っていると思います。空気も息もぴったりです。目に見えないものを分かり合っているのに、目に見えるものが欲しくなるのは、好きだからではないのですか?」

笑う光を気にもせず、真剣な顔で話す麗。

「あなた、大人ね」

「いえ。私は逆のパターンですから」

分が悪そうに言う。

そこへ、早苗がワゴンを引いてきた。

「お待たせいたしました」

近くの椅子に座り、二人で食べる。

「麗のお家は毎年こんな風にパーティーを開くの?」

「ええ。父がこういうの好きなんです」

光にはない感覚だ。

「では毎年大変ね」

「今まではそう思っていましたが今年はお姉さまに出会えましたから、こういうのも悪くないと思います」

「可愛いわね」

照れる麗。仲睦ましい姉妹を早苗は微笑んで見ている。

「光さまにも、日本にこういう方が出来て嬉しいです」

「ありがとう、早苗さん」

二人は本当に、姉妹のようだった。


「そろそろ帰ろうか」

小一時間麗と喋っていると、お父様が光に寄ってきて言った。

「ええ」

光は立ちあがり、麗に笑顔を向ける。礼儀として、麗も立ち上がる。

「ごめんなさい、お暇するわ」

「はい。お姉さまに出会えて、本当に幸せです」

「私もよ」

すぐ隣に立っている早苗にペンと紙はないかと聞く。すぐにボールペンとメモ帳が出てきた。メモ帳を一枚千切って麗に渡す。そこには光の携帯番号とメールアドレス。

「何かあったらいつでもかけてちょうだい。なんならメールでもいいわ。あ、でもメールだと平仮名ばかりで読みづらいかも」

「構いません。ありがとうございます」

「じゃ、この後も頑張ってね」

「挨拶回りは終わってますから、あとは寝るだけですわ」

「そう」

笑い合う二人を明王寺家は微笑んで見ている。

「ではまた」

「お気をつけて。お姉さま」

二人は手を振って別れた。

匠が挨拶に来て、自分は自分の家に帰ると言った。

「今日はおおきに。あねはんのおかげで、わいの顔も保たれました」

「いいのよ。こんなことしかできないけど」

「あねはんにとってはこんなことでも、わいにとったらでっかいことでっせ」

匠は一礼して、知り合いの元へ帰っていった。

早苗さんの努力もあり、少ない時間で外へ出られた。また人だかりを抜けて、回してある車に向かう。リムジンには一郎が乗っていた。

「お乗り下さい」

一郎は自分の手でドアを引いた。行き同様、智一のエスコートで車に乗り込む。

乗り込む光の体は重い。麗と話しているのは楽しかったけれど、やはりパーティーとは疲れるものだ。

「大丈夫?」

智一は心配そうに光を覗く。

「平気よ」

「明日はゆっくり休むといい。朝食の時間には起こさないよ」

お父様は車の中でそっとそう言った。

屋敷に帰ると、洋子、直人、由美の三人が出迎えた。もう時間も遅かったので、真晴と静雨は寝ているのだろう。

全員部屋に直行する。

「待って」

大きな階段の踊り場で、光が智一を止めた。

「今日の演奏、素晴らしかったわ」

「ありがとう、聞いてくれてたんだ」

「もちろん。今度、もう一度聞かせて」

「光の為なら」

「楽しみにしてる。おやすみなさい」

「おやすみ」

そう言って二人は左右に分かれた。




5サブタイ




 次の日、いつもより遅く起きて仕事に手をつける。このペースでは期限までに終わりそうもない。焦りからか、読み返しているとミスが目立つ。

「どうぞ」

ドアをノックする音が聞こえて、光はペンを置く。

「起きていらっしゃいましたか。おはようございます、お嬢様」

「早苗さん」

そこには早苗の姿があった。

「今日まで、お嬢様のお傍にいさせていただきます」

昨日は夜が遅かったし、あのまま東京に帰るのは大変だろう。早苗は明日の朝ここを出るそうだ。

「お仕事ですか。大変ですね」

「私も立派な社長令嬢よ」

「ええ。私も鼻が高いです」

早苗は笑いながら言う。

「朝食の用意は出来ていますが、先にお茶を淹れますか?」

「いいえ、もう行くわ」

処理していたページを終わらせ、立ち上がる。

「やっぱり紅茶を淹れてちょうだい」

「かしこまりました」

「早苗さんの分も」

「え?」

「早苗さんとお話がしたいわ」

「分かりました」

テキパキと紅茶を淹れ、光が座っているソファの前のテーブルに出す。

「座って」

光に勧められ、向かいのソファに腰をかける。

「この前のこと、ちゃんとお礼を言っていなかったから」

「そんなこと、いいんです」

早苗の淹れた紅茶が懐かしい。

「私たちの為に泣いてくれたでしょう? あの時、本当に嬉しかった」

「そんな」

照れくさそうにする早苗。

「早苗さん、私たちに幸せになってほしいと言ったでしょう? 私は幸せよ。たまにお兄様がいたらどんなに幸せかと思うこともあるけれど。でもお兄様がいなくなって気付いたことも沢山ある」

「お嬢様のことですから、どんな状況でもご自分の糧になることを見つけられるのです」

「ありがとう」

素直で真っ直ぐなこの五文字が、早苗にとってどれだけの救いになっただろうか。

「明王寺の方々も、麗様もお嬢様のお傍におります。きっとこれから、楽しい人生になると思います」

「まぁ。お兄様もいてくださるわよ」

「そうでした」

久しぶりに二人で笑い合う。

「ああやって自分を慕ってくれる子がいるのは、とても温かいわね」

「そうですね」

紅茶を一杯飲み終わり、朝食をとりに食堂へ向かう。

「今日の朝食は早苗さんが作ったの?」

「ええ、大したものはご用意できませんでしたが」

「昨日も遅いのに、朝からありがとう」

早苗の作るご飯は美味しい。もう食べられないと思っていたが、予想外のところでまた口にできる。

「そういえば、麗様がいらしてますよ」

光との話で、すっかり忘れていた早苗。

「そう」

食堂につくと、早苗が料理をワゴンで運んできた。そこには無精白小麦のパンとマーマレード、ハムとゆで卵が乗っていた。

「いつお嬢様が起きるか分かりませんでしたので、温かいものはご用意しませんでした」

「いいのよ、夏なのだし。まぁ。ドイツを思い出すわ」

「ええ。今日はお嬢様だけの朝食を担当させていただきましたから、お嬢様に合わせてドイツ風にしてみました」

なんとも嬉しい心遣いだ。日本では無精白小麦のパンはあまり見かけない。恋しくなっていた頃だった。

「あら、今日は何曜日?」

「日曜日です」

「そう、これもそういうわけで?」

「ええ」

二人が話しているのは、ゆで卵のこと。ドイツでは日曜日にゆで卵が出てくる。

マーマレードを塗り、パンをかじる。なんとも懐かしい舌触りだ。

食後は運動がてら外を散歩することにした。もう朝もやはなく、日差しが肌を刺す。

「お姉さまっ」

広い敷地を散歩していると、最近覚えた声がした。

「おはよう、麗」

「おはようございます」

「もうお昼だよ」

真晴も一緒だった。

「昨日はありがとうございました」

「こちらこそ。美味しいお食事をいただけて、智一も喜んでいたわ」

「智一さまには先ほどお会いしました」

「そう」

光はまだ会っていない。

「二人もお散歩?」

「ええ。遊びに来たんですの」

トレードマークの縦ロールは、普段もセットしているらしい。

「お姉さま、お仕事が大変だとか」

「そうなの。家から書類を持ってきているのよ。この涼しい空間だと、仕事がはかどるわ」

「それはいいですね」

姉妹の会話を、横で真晴が聞いている。今日の真晴は口数が少ない。いつもは光を見るなり、何かしらアクションを起こしてきたのに。

「よろしければご一緒させていただけませんか」

「いいわよ。もう帰るところだけれど、少し歩く?」

「いえ、お姉さまに合わせます」

三人は屋敷に戻った。応接室で腰をかけ、真晴の淹れた紅茶に口をつける。

――ちゃんと淹れられるのね

初めて真晴の紅茶を飲み、しっかり淹れられているのを確認する。

麗と光は他愛もないことを話していた。昨日会ったばかりだったし、話すことは沢山ある。お家はどこなの、とかこの前のパーティーで、とか大抵は光が聞き役だった。

「僕は匠と会う約束をしているので、失礼します」

礼儀正しくお辞儀をした後、真晴は応接室を出て行った。もしかしたら、麗の前だからしっかり使用人をやっているのかもしれない。

「お姉さま」

真晴がいなくなると、麗は神妙な顔をした。

「なぁに」

「私、お姉さまに言われた通り真晴くんの時計を進めています」

「そう」

麗は行動力のある子だ。それは昨日のパーティーで分かった。だからすぐに真晴に接触した。さっき二人で歩いていたのは、何か話でもしていたのだろう。

「ですから、お姉さまも真晴くんを見てあげてください」

「ええ。言ったでしょう。私も出来ることをやるって」

「はい。信じています」

核心には触れず、その話は終わった。今、麗が言うことではないから。

「光、いるの?」

大きなドアが開き、智一が顔を出す。

「おはよう」

「おはよう、光。あぁ、麗ちゃん来てたんだ」

「お邪魔してます」

昨日、麗が言っていたことを思い出す。少し照れくさくて智一の顔を直視できない。

「どうしたの?」

「なんでもないわ」

――私が智一を好き? 違うわ

自問自答を繰り返し、戸惑いを見せる光。

「光がピアノを聞きたいって言ってたから、練習してたんだけど」

「そうなの、嬉しいわ」

そんな優しい智一に、光は甘えきっているだけ。

「ずっと調律してないらしくてさ、気持ち悪いんだよ。音が」

絶対音感を持っている智一にとって、それは一大事だった。聞く方が良くても、弾いている方は問題だ。合っていない音が気になり、演奏に集中できない。

「触れますよ」

そう言ったのは麗だった。

「私弾くのはだめなんですけれど、いじるのは出来るんです」

「そうなの? ならやってくれるかしら?」

「ええ、いいですよ」

三人は紅茶を片付け、演奏室に向かった。重い扉を開く。

「さすが川崎邸ですね。防音対策がしっかりしています」

楽器に疎い光には、あまり関係ないことだった。

「わぁ。これ何年も触っていないですね」

ピアノの蓋を開けた麗が驚いた。そして智一が見つけ出した工具を使い、てきぱきと仕事をこなしていく。

「すごいわね」

その知識がない光は、すごいの言葉しか出てこなかった。

「これで大丈夫だと思います」

音を鳴らしながら調律していた麗は、低い方から鍵盤を叩いていく。

「すごい。直った」

智一も大満足だ。

「この鍵盤が重いのは仕方がないです。私には直せません」

麗と智一は二人で何やら話している。光には分からない話。分からない世界。

「ありがとう、麗ちゃん」

「いえ。もっと直したいところはあるのですが」

「俺もそんなに敏感じゃないから大丈夫」

少し遠くにいる麗と智一を眺める光。それに気付いた智一は、光に近寄る。

「どうしたの?」

「何が?」

「なんか浮かない顔してたから」

「そう? いつも通りよ」

ここにいる智一の距離はこんなに近い。でもどこか遠くにいる。昨日から、ずっと前から。

「お姉さま。私も智一さまの演奏を聞きたいのですが、そろそろ帰ります」

「聞いていったらいいのに」

「いえ。また誘ってください」

もしかしたら気を遣ったのかもしれない。

「そうだ、お姉さまのご連絡先を教えていただいたのに、私の番号を教えてないですね」

バッグから紙を取り出し、ピアノの上でペンを滑らせる。

「お姉さまも何かあったらいつでもご連絡ください。不束者ですが、私にできることがありましたら何でもします」

「ありがとう」

紙を受け取り、スカートのポケットに入れる。

「送りは結構です。失礼します」

麗は重い扉を引いて、外へ出て行った。

「いい子だね、麗ちゃん」

「そうね」

お姉さま想いで、気を遣える子。

「じゃぁ光、聞いてくれる?」

「ええ」

智一はピアノ椅子に座り、腕をまくる。昨日みたいなタキシードではないけれど、その顔つきから一流の演奏家に見えた。光は大きなソファに腰をかけ、遠くにいる智一を眺めた。

智一が弾いた曲は、光の聞いたことのない曲だった。クラシック調の、ゆっくりとした曲。テクニックを魅せる曲じゃないのに、技が栄える。

「どうだった?」

曲が終わり、光が拍手しているところに近づく。

「すごいわ。言葉では表せない」

「言葉で表せないものを、音は奏でるんだよ」

たまに智一はくさいことを言う。

「ま、今即興で作った曲だからメッセージ性は少ないけど」

それはまたすごい。即興で曲を作るなんて、光には出来ない技だ。

「ねぇ、やっぱりどうしたの?」

いつも通り笑顔でいる光に、どうしても智一は引っ掛かる。昨日みたいな愛想の笑顔ではない。でも、何か変。

「今思ってること、言ってごらん」

智一は子供をなだめるように言った。智一は鋭い。ショッピングモールの時然り、パーティーの時然り。

「言いたくないの?」

光の口からは何も出てこない。変わるのは顔だけ。

「私も、何を思っているか分からないの」

ほら、またこうやって智一に甘えてしまう。智一には甘えさせないのに。違う。甘えてこないだけかもしれない。

「何で私は智一の事を何も知らないの?」

「は?」

智一は何の事だかさっぱり分からない様子。

「私ばっか頼っていて、智一の事を知ろうともしなかった。ピアノができたの? 誕生日は? 好きな食べ物は? 好きな映画は? どうして霞プリンスになったの?」

止まない質問をする口に、智一は一本指を立てた。

「しー。分かった、何でも答えるから。一つずつ質問して?」

「ごめんなさい」

我に返る光。

「昨日ね、智一がピアノを弾いているのを見て思ったの。私は本当に何も知らないんだって。誕生日すら知らないんだって。趣味も特技も」

「いいんだよ、そんなこと知らなくたって。ピアノが弾けようと弾けまいと、俺は俺だもん」

「それはそうだけど」

「ちょっとずつ知っていけばいいんじゃないの? 俺だって光の誕生日知らないよ。でも歌が上手いのは知ってる。それは音楽の授業が一緒だから。知るきっかけなんて、そんなものだよ」

わざわざ質問することじゃない、智一はそう言った。

「昨日のパーティーで、俺がピアノを弾けることを知った。それでいいじゃん」

「そうね。でも私ばかり甘えているのは」

「それも同じ。今俺が光に甘える時じゃないから。逆に今光は俺に甘える時だから。例えば俺が父さんとケンカしたら、光が一番に駆けつけてくれると思ってるよ」

「ええ、行くわ」

「そういうこと」

智一が遠いことを勝手に不安だと思っていた。でもそうじゃない。そのうち近くなっていくんだ。いつか知らない世界を知る時が来るんだ。

「でも嬉しい。光が俺のこと知りたいなんて」

そう言われて麗を思い出す。『好きな人のことは、何でも知りたくなるものです』そして一人で赤面する。

「俺にも脈があるってことかな」

智一が小さな声で呟いた。

「なぁに?」

「なんでもない。そうだ、いい機会だし誕生日教えてよ」

「九月八日」

「もうすぐじゃん!」

と言ってもあと一カ月くらいある。

「智一は?」

「一月二十四日」

「覚えておくわ」

「光の誕生日、お祝いするよ」

「ありがとう。ピアノを弾いてくれる?」

「ピアノくらい、いつでも弾いてあげるって」

「嬉しいわ」

悩みが一つ解決した。心が軽くなった。智一はちゃんと近くにいる。ただ、遠い智一がいるだけ。そういうことなんだ。

「ねぇ光、祐太さんの事も分かるけど、新しい恋したら? 昔の恋に縋ったらだめなんだろう?」

「縋ってなんかいないわ。ただお兄様を超える人がいないだけ。もう恋から逃げないもの」

「ならいいんだけど」

祐太を超える人なんているのだろうかとも思ったが、好きになるのは本能だから。真美も一弥もそう言っていた。だから今は待つだけだ。好きになれる人を、ただひたすら待つだけなのだ。

その後、何曲か弾いてもらった。中には聞いたことのある有名な曲もあった。小さい頃から演奏会などは両親に連れて行かれた光だったのが、興味がないものは覚えていないものだ。有名所しかわからない。

「疲れた? 何か飲み物でも持ってきましょうか」

「いいよ。そろそろ戻ろうか」

智一は椅子から立ち上がる。

「ねぇ、智一」

「ん」

「ピアノ、あんまり好きじゃない?」

「え?」

「いえ、ごめんなさい。失礼なことを言ったわ」

「いや。よくわかったね」

「え?」

自分から聞いておいてなんだが、光の顔は驚きに満ちていた。

「ずっと前は好きだった。でも今は嫌い」

「だから辞めてしまったの?」

「まぁね。そんなとこかな」

「ごめんなさい」

「何で謝るんだい」

「だって、嫌いなのに弾いてもらって」

あまり好きそうには見えなかった。でもそんなにきっぱり嫌いと言われると、罪悪感が襲ってくる。

「いいんだよ。光の為なら弾けるの」

「どうして嫌いになっちゃったの? レッスンが嫌だから?」

「違う。ただ……そうだね、その時になったら話そう」

智一は言いたくなさそうだったので、追求はしなかった。

「俺もさ、やさぐれてる時期があっただけ」

「想像つかないわ」

やさぐれている智一。どんな風にだろう。何がきっかけだろう。光の頭の中には憶測が飛び交っていた。

長い廊下を歩いていると、静雨が目に入った。

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう」

昼食の準備でもできたのだろうと思っていた。

「お嬢様、私についてきていただけますか?」

「ええ、いいけど」

「なんなら、智一様も一緒に。今から、危ないところへいきますから」

変わらぬ表情からは、何も推測できない。

「遅くに朝食をとったと聞きましたから、まだ昼食はいいですよね?」

「ええ、その心配は必要ないわ」

二人は黙って静雨についていくことにした。

「無礼承知で、お願いをします」

静雨が立ち止まったのは、使用人の部屋が集まる、別館の入り口のドアだった。そこから先は使用人の部屋などがある。少し汚くて、といっても普通の家くらい綺麗だけれど。薄暗いところだった。

「お嬢様方をこのようなところへ入れるのは、富井末代までの恥だとは分かっていますが」

「いいのよ、そんな前置き。入ればいいのでしょう?」

「はい」

「ついていくわ」

光も入ったことがない使用人室は、温かい家庭を匂わせる。富井一家は、ここに住んでいるのだ。当り前のことかもしれない。

「こちらです」

そう言って静雨はドアを引いた。お昼だというのに部屋の中は真っ暗だった。

「お先に、失礼します」

主人を先に通すのが礼儀だが、静雨は先陣を切って入って行く。

「っ……」

静雨が部屋の灯りを点けた瞬間、光は言葉を飲んだ。

「どんなところに案内しているんだ!」

智一は怒りやら驚きやら、いろいろな感情で声が大きくなる。

「汚い所ですが、お座りください」

静雨は智一の声にも動じず、その部屋には見合わないソファを指した。

「なに……この部屋」

初めて光の喉から音が出た。

そこは一般人が見ても分かる拷問道具が並び、先ほど歩いてきた温かい雰囲気とは全く異なる空気が漂っていた。少し冷気があるのは、壁がコンクリートだからか、無駄に広いからか。きっとどっちもだろう。その空気に似合わないのは、ソファとテーブル。ソファの下にはカーペットが引いてあり、優雅さを放っている。灯りは何本ものろうそくだけ。窓一つない部屋。薄気味悪い。

「何をしてるんですか、お二人とも座ってください」

と言われてもだ。この状況でのんびり座ってもられない。静雨は一つずつマッチで丁寧にろうそくに火を灯している。

「今お飲み物をご用意いたします」

完全に静雨ペースに呑まれ、二人はソファに腰をかける。近くで見ると、ソファとテーブルはもの凄く古いものだった。

「汚いのは勘弁してくださいね」

テーブルにワインを置いた。

「ちょっと、ワインなんて」

「違うのが良かったですか? ではコーヒーを淹れます」

ワインを片付け、コーヒーとミルク、お砂糖を置いた。

「説明してくれるかな」

智一は普段見せない戸惑った顔をしている。光は静雨を見たままだったので、智一の顔は見えない。

「あぁ、智一様は知りませんでしたね」

いや、光も知りません。

「ここは二百年程前に作られた拷問部屋です。川崎を裏切った者を処刑するために作られました」

いつもの無表情が怖く感じられる。

「それじゃ私刑じゃないか」

「そうですよ。私刑です。こういう部分があってこその、強大な力ですから」

智一は顔を強張らせた。まさか明王寺も、と嫌な憶測が過る。

「処刑だけではありません。当時の主は拷問を遊戯とされていました。ですから、そのようなソファがあるのです」

「なんてこと……」

「お嬢様もご存じなかったのですか?」

「ええ……知らないわ」

「でも大丈夫ですよ。もう川崎はそのようなことはしてません。お嬢様の曾お祖父様に当たる、清一郎様が改装して使う事を禁止しましたから。ここのお屋敷のように、残っているところもありますが殆どが取り壊されています。歴史の古い屋敷では、このような部屋があるんです」

衝撃の事実。光は本当にこれっぽちも知らなかった。

「さて、前を向いてください」

向くと、そこにはスペースを取った舞台があった。今は暗幕がかかっている。静雨はその暗幕を開けた。

「あ……」

光は声を出そうとしたが、喉が詰まって出てこない。怖くて智一にしがみ付く。智一はそんな光を抱いた。

「真晴、起きてください」

その舞台には、真晴が羽交い絞めにされていた。

「起きてください」

何度言っても起きない真晴に、静雨は鞭を振るった。

「静雨!」

光は自分でもビックリするほど声を荒げた。

「はい?」

静雨は悪びれた様子もなく、無表情を変えない。

「少し強かったかもしれませんね」

睡眠薬を真晴に投与したと言った。

「なんてことするの、おやめなさい!」

光の大きな声が耳に響いたのか、真晴は目を少しづつ開けた。

「近づかないでください、お嬢様。主はそこで、しっかり見てなきゃだめなんですから」

裏切った者を処刑するための拷問部屋。

「静雨……」

目を開けた真晴の声はか細かった。

「お嬢様に無礼を働いた罰、ここで受けてもらいます」

「おやめなさいと言ったのが聞こえなかったかしら」

そう言う光の手は、智一を強く握っていた。

「富井のしきたりです。主を裏切った無礼者は処刑されるべきなんです」

鞭を受ける真晴からは、嗚咽が零れる。

「きゃっ……」

光は耳を塞ぎ、目を背けた。

「静雨ちゃん、常識の範囲内でやろうよ」

智一は光の頭を抱き、静雨をなだめる。

「富井の常識です。明王寺様にはないかもしれませんが」

今まで静雨の無表情の裏には温かさがあった。でも今は冷たい。無表情でも表情を汲み取れることを知った。

「さぁ、真晴。今ここで懺悔しなさい。そして誓いなさい。七海光様にもう二度と近寄らないと」

少し前に静雨が言っていたことを思い出す。『真晴が大地を照らし過ぎて枯れてしまいそうになったら、私が雨を降らし恵みを与えるんです』

――恵み? これが?

雨が降っているこの空間に、太陽が恋しくなる。光はこれを恵だとは思わない。光の中の何かが切れた。

「静雨。命令よ、今すぐ真晴を下ろしなさい」

智一から離れて、静雨に近寄る。

「お嬢様は優しすぎるんです」

「違うわ。真晴のことを許したつもりはない」

「では何故止めるんですか」

「人には人のやり方があるからよ」

光の声が透る。

「あなたは雨かもしれない。真晴は大地を照らし過ぎたかもしれない。だからって、豪雨を降らしていいの?」

語尾が強くなる。時々、光が本当に強く見える。

「大地にいる人間のことを考えるなら、もっと違うやり方を考えなさい」

「私の仕事を邪魔しないでください!」

光は静雨の頬を思いっきり叩いた。

「っ……。何を……」

「兄弟で何をやっているの!」

光は真晴を下ろした。力の抜けた男の子は重かった。智一が手を貸す。

「姉さんのしたこと、間違ってはないんです」

真晴は光に向けて言った。

「弟だったの」

てっきり真晴が兄だと思っていた。

「でも、光様が言ってくれたんだ。結婚しようって」

光の胸は締め付けられた。自分が言った言葉で、こんな結果になるとは。せめて覚えていたのなら、もっといい処置が出来たはずなのに。

「お嬢様がお許しくださるのなら、私は続けません」

静雨は静かに部屋を出た。

「真晴を運ばないと」

智一は嫌な顔一つせず、真晴を背負った。そして真晴の案内で自室に入る。

「消毒、した方がいいかしら?」

ベッドに寝かせ、智一は服を剥がした。光は後ろを向く。

「消毒は必要ないよ。痣になる程度だ」

「そう、良かった。何か飲みたいものはあって?」

光が真晴に近づくと、真晴は逆を向いた。

「お嬢様を使うわけにはいきません。出て行ってください」

「でも……」

「いいから出て行ってください!」

真晴は声を張り上げた。二人は渋々部屋を出る。

「大丈夫かしら」

「体は大丈夫だろうけど、心がね」

好きな人を目の前に、鞭を打たれる気分はどんなものだろうか。惨めで惨めで仕方ないだろう。

部屋に戻るなり、光は携帯電話を手に取った。

「もしもし、お兄様? ええ、光です」

連絡はとらないようにしていたが、そうも言ってられない。

「お忙しい時間に、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。別荘はどうだい? 楽しんでいるかい?」

「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」

「どうした? 声が元気ないみたいだ」

そんな気遣いが出来る祐太に、心を持っていかれそうになる。

「昨日は小澤様のパーティーだったの。だからちょっと疲れているかも」

「そうかい、光は大のパーティー嫌いだからね」

「ええ、もう本当に疲れてしまって」

麗の事を報告したかったが、今はそんな時間はない。

「お父様はご一緒で?」

「いや、今は本社にいるはずだが」

「そうですか、ではお父様の連絡先を教えていただけますか」

「急にどうしたんだい」

「いえ、大したことじゃありませんの」

「そうか。携帯でいいね?」

「はい」

祐太は追求せず、すぐに連絡先を教えてくれた。

「あと二日、楽しむんだよ」

「はい」

そうして光と祐太は電話を切った。今教えてもらった番号を携帯に打ち込む。

「あーもうっ」

なかなか通話ボタンが押せない。

「えいっ」

思い切ってボタンを押し、電話を耳に当てる。

「はい、川崎です」

ツーコールでお父様は出た。

「お、お父様。光です」

声が少し上ずった。

「なんだ、光。どうした」

「お兄様に教えていただいて、ご連絡させていただきました。お忙しい時間に申し訳ありません」

「気にするな。娘からの電話はいつでも取らなきゃな」

聞いたこともないお父様の優しい言葉に、困惑する。

「今、旧軽井沢邸にいるんですが」

「あぁ、そうか。楽しんでいるか?」

「ええ、おかげさまで」

祐太と同じ会話でも、心持が全然違う。

「お父様に折り入ってお願いがありますの」

「なんだ」

「使用人館に拷問室がありますでしょう?」

「ど、どうして知っているんだ」

「静雨がぽろっと口にしまして」

本当のことなんて、言えるはずもない。

「そうか、怖い思いをさせてしまってすまない。でも今は使ってない。曾祖父の代で禁止令が出た」

「ええ、それも聞きました。それでもやはり、あそこにあるのはどうかと思いまして」

「使用人の心配か?」

「ええ。これから何代も富井さんが住むわけですから、教育にも良くないですし」

「光は優しいな。取り壊してくれと言うのか」

「ええ。もう私は川崎ではないのに勝手とは思いましたが、どうしても取り壊していただきたくて。信用にも欠けますでしょ。費用は七海が持ちますから」

「何を言ってるんだ、光。お前もまだ川崎の娘だ」

「お父様……」

「よし、すぐに改装しよう」

「ありがとうございます」

こんなお父様はいつぶりだろうか。光の記憶には残っていない。

「それとだな、光。いつか私から連絡をしようと思ってたんだが」

「ええ」

「昔のことを、許してほしい。許さなくても、まだ父親をやらせてほしい」

「そんなこと。お父様はずっと、私のお父様です」

「悪いな。今はゆっくり話せないが、いつかご飯でも食べに行こう」

「はい、是非」

光の声は明るかった。お父様と話せることが、こんなにも早くくるとは。

「もうすぐ誕生日だろう。酒を飲める歳になることだし、一緒にワインでも飲みにいこうか」

「覚えていてくださっていたんですか」

「当り前だ。娘の誕生日を忘れる親がどこにいる」

光の胸は感動でいっぱいになった。今にも泣きそうだった。

「悪い、そろそろ会議の時間なんだ。また連絡するよ」

「はい、お待ちしています。改装、よろしくお願いします」

「あぁ。光もまた、何かあったら連絡するんだぞ」

「わかりました。失礼します」

お父様が切ったのを確認して、電話を耳から離す。

光の心は先ほどと打って変って晴れやかだった。こんな風に人生が変わるのか。早く来世で祐太と結ばれたいと思っていたが、お父様が自分を愛してくれるのなら、この人生も悪くない。

すぐに部屋を出て、今の事を智一に報告した。智一は自分のことのように喜んでくれた。

まだこの人生を楽しみたい。

そう、私を愛してくれる人がいるから。




6サブタイ




 次の日、朝食を知らせにきたのは真晴だった。

「おはようございます、お嬢様」

「あら、おはよう」

びっくりした。

「昨日は、失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」

「どうしたの、真晴らしくないわね」

椅子を引いて真晴を見る。その顔は哀愁とも恥ともとれる表情だった。

「自分の立場をわきまえてのお願いです、お話をさせていただけませんか」

「いいわよ。今?」

「いえ、今から朝食なので時間が空いたらでいいです」

「分かったわ。朝食が終わったら、歩きましょう」

「はい」

光は部屋を出て、食堂に向かう。後ろから真晴がつく。

「おはようございます、お嬢様」

食堂に入ると早苗が頭を下げる。

「よかった、まだいたの」

「はい、お食事が終わりましたら帰ります」

「送るわ」

「ありがとうございます」

定位置につく。

「おはよう」

明王寺家が微笑んで迎える。朝食の時間はいつも光が一番最後。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい」

「いいよ。食べよう」

食事に手をつけると、使用人は部屋を出た。四人は下らない話で盛り上がった。

食後のコーヒーも飲み終え、早苗を見送る。

「またいつか、早苗さんのサンドウィッチが食べたいわ」

「いつでも遊びにいらしてください」

「そんなこと」

苦笑いを見せる光。

「お嬢様の活動時間に旦那様と坊ちゃんはいませんから。あと、奥様もお出かけになっています」

奥様というのは光の母ではなく、祐太の継母だ。

「そう」

早苗の言いたいことは表情で察しがついた。きっと他に男でも作っているのだろう。

「いつか伺うわ」

「そんな言い方よしてください。奥様には申し訳ないですが、光様はまだ川崎のお嬢様なんですから。うちはお嬢様の実家なんですよ」

「ありがとう」

早苗は一礼して、黒塗りの車に乗り込んだ。そして笑顔で発車する。

「早苗さん、ずっとうちにいてくれても良かった」

智一がそう漏らしたので、光はあげないわよと言ってやった。

「どこ行くの?」

「お散歩」

屋敷の中へ戻り、真晴を探しに行く。

「お待たせ」

真晴はキッチンにいた。

「食後の運動に付き合ってくれる?」

「はい」

そうして二人は広い敷地を歩く。お互い少し緊張していた。

「僕は勘違いをしていました」

無言の時間が五分程続いて、ようやく真晴が口を開いた。

「いや、本当は気付いてたのかもしれません。お嬢様の心はもうここにはないと。でもその事実から目を背けていました」

「ごめんなさいね、約束覚えていなくて」

「いいんです。そりゃ、七歳のときにした約束なんて夢物語です」

「夢物語?」

「そう、お嬢様に恋する使用人なんですから」

「そんな言い方しないで」

真晴はそんな風に優しくしてくれる光が大好きなのだ。

「でももし覚えていたとしても、私は約束を破っていたかもしれない」

「大切な人がいるんですか?」

「正確には大切な人がいた、ね。もう私のところにはいないわ」

身体はいなくても、心はいるんだ。祐太はそんなことを言ったけれど、身体がいなくては意味がない。

「てっきり智一様だと」

「みんな同じことを言うのね。違うわよ」

また無言の時間が続く。

「お嬢様の心が僕のところにないのは分かっています。でもきちんと言わせてください。僕の気持ちを聞いてください。そうでなきゃ、進めない」

「ええ」

「僕は光様が好きです」

少し冷たい朝の風が二人をそよぐ。周りの木々たちは音を立てて二人を見守っていた。緑の優しい匂いが甘い言葉を誘う。

「ありがとう。でもごめんなさい。真晴のこと、そういう風には見えないわ」

「こちらこそ、ありがとうございます。今までのご無礼、お許しください」

そう言う真晴の顔を光は直視できなかった。今までに見たことのない、触れるだけで壊れてしまいそうな、少年の顔をしていたから。

「いいのよ。私を約束破りの薄情者だと思う?」

「いいえ。僕はお嬢様のお優しいところを知っていますから」

真晴は風に煽られ、髪を踊らせた。

「麗ちゃんに言われたんですよ。言わなきゃ何も進まないって」

「そう」

遠い過去を見るように、真晴は目を細めた。


――昨日の朝

「おはよう、真晴くん」

縦ロールを揺らして麗がやってきた。

「麗ちゃん。どうしたの、昨日はパーティーで遅かったんじゃないの? お嬢様も遅いお帰りだったし」

「きっと私はお姉さまより早く寝たわ。だってお姉さま見送ってすぐ部屋に帰ったんですもの」

「お姉さま?」

「あ、光さま。光さまにね、お姉さまになってくださいって言ったの。そうしたら、私を妹のように可愛がってくれるって。本当に優しいよね」

「お嬢様は優しいお方だよ」

「真晴くん、ずっと言ってたもんね」

少し寂しそうな顔をしてみたが、真晴は気付かない。

「ちょっと時間ある?」

「大丈夫だけど」

「じゃぁ、お話いいかな?」

「お茶でも淹れようか」

「いいえ。いらないわ」

川崎よりも地位は下だが、小澤グループ令嬢をこんな小汚いキッチンでおもてなしなんて良くない。

「じゃぁ、庭でも歩く?」

「そうする」

そうして二人は朝もやがかかる緑の中へ足を踏み入れた。

「話しって?」

真晴が自分より少し背の低い麗を見下げた。

「うん。まぁ、お姉さまのことなんだけど」

「お嬢様がどうかした?」

「真晴くんがずっとお姉さまの事を想っているのは知っているし、応援したいと思ってる。だけど、本当にお姉さまは真晴くんと結婚してくれるの?」

麗の厳しい質問に、真晴は口を閉じたまま。

「前も言ったと思うけど、きっとお姉さまは真晴くんを忘れてしっかり恋をしているわ。だってお姉さまは恋から逃げてないんですもの」

「逃げてるってなんだよ」

真晴の言葉には少し怒りが混じっていた。

「昔の恋に囚われて、新しい恋ができない真晴くんとはやっぱり違うよ」

「好きな人を想い続けることがいけないの?」

「そうじゃないわ。でも七歳の時の約束なんでしょう? 大人になったら、あれは夢物語なんだって気付かなくちゃいけないと思うの」

「夢物語?」

「お姉さまは業界でも本当に有名なんだよ。知らない人はいないし、お姉さまのキレる頭を恐れてる社長は多い。美人だし、気取ってないし、何より素敵なお方。そんなお姉さまの恋人になろうなんて、夢物語じゃない」

本当に、光は人気者なのだ。

「真晴くんが会ったのは七歳の時だったから、そんな未来のことは分からなかったと思うよ。でも大人になって、お姉さまの偉大さを知って怯むのが普通だと思うの。……でもねっ」

顔をあげ、真晴を見つめる。

「そんな風に怯まない一途な真晴くんはすごいと思うのよ」

「そりゃ、ありがとう」

麗の威勢に圧倒される真晴。

「でもお姉さまはそんな真晴くんを想ってないわ。今までは少し希望があった。でもお姉さまが来て分かったでしょ? 遠いところにいらっしゃるって」

「………」

言葉が出ないのが、図星の証拠だ。

「お姉さまはお優しいけど、芯がしっかりしている。だから同情とかで真晴くんを選んだりはしないわ」

「分かってるよ。でも俺はまだ――」

「言ったの?」

言葉を遮られた真晴は麗の顔を見た。

「好きだって、言ったの?」

目にした麗の顔は、光に良く似ていて凛々しかった。

「いや、言ってない」

真晴は呟くように言った。

「自分の気持ちを言いもしないで、勝手に想い続けて、それでお姉さまに見返りを求めようとしているの?」

今日の麗は真晴をグサグサ刺す。

「言えばいいじゃない。言葉にしないと伝わらないんだから」

「お嬢様が遠いところにいるって分かってるから言えないんだよ」

「お姉さまが約束を覚えていない事も、分かっているんでしょ?」

真晴の顔が歪んだ。

「言わないと、何も進まないよ?」

果たして自分は、真晴の時計を進めてあげられるだろうか。そんなことばかりが麗の頭に浮かぶ。時計の針を進めるには、率直に進めてと言うしかないと麗は思った。

「僕はいじけてただけなのかもしれないね。ありがとう、麗ちゃんのおかげで整理がついたよ」

そう言われた麗は少し安心した。これで本当に真晴の時計が動き出すかは分からない。だってそれは真晴次第なのだから。でも動かすきっかけを与えることはできた。あとはお姉さまがどうにかしてくれるだろう。いくら顔が凛々しくても、麗はお姉さまを頼りっぱなしだ。

「お姉さまはきっと謝ってくれるわ。でも約束を忘れてしまったお姉さまも責めないでね?」

「分かってる」

今まで、麗は真晴を縛ってきた女が嫌いだった。愛想振りまわして、男を振りまわすような仕事女だと思っていた。でも今は違う。麗にアドバイスをくれて、約束を忘れてしまったことを悔やんでくれる、そんな素敵なお姉さまなのだから。

「頑張ってね」――


「麗はきっと、真晴を想って話してくれたのでしょうね」

「はい、きつい言葉ばかりでした。でも、僕のことを想ってくれたから、そんな言葉が出たんだと思います」

麗の気持ちをしっかり受け取った真晴に光は関心した。

「麗ちゃんは僕の止まった時計を動かしてくれました」

「……え? 今何て?」

「だから、僕の止まった時計を――」

「ふふ」

光は声を出して笑った。自分が用いた例えを、こんなにも正確に受け取ってくれるとは。麗も凄い子だ。

「どうしたんですか?」

「なんでもないのよ、気にしないで。そんな風に自分を想ってくれる子がいるということは、幸せなことなのよ」

「そうですね」

「だから前へ進みなさい。時計を動かしてくれた麗の為にも、あなたはしっかりと前だけを見なさい。それが麗への恩返しになるのだから」

「はい」

「なんて、私が言う事じゃないけど」

「いえ。お嬢様は本当にお優しい方です」

「そんなことないわ」

緑を踏みしめ、真晴は光の服を掴んだ。

「お嬢様、十三年前は僕なんかに構ってくださり、ありがとうございました」

突然幼く見えた真晴を抱きしめてしまいそうになった。でも、それでは辛い思いをさせてしまう。光には弟のようにしか見えないのだから。

「本当は悔しくて悔しくてたまりません。一生懸命努力して、誰よりも光さまを愛している自信があるのに……!」

「真晴」

「もしかしたら、この十三年間で光さまは変わってしまっているかとも思いました」

今にも泣き出しそうな少年は、光の服の裾をぐしゃぐしゃにした。

「でもやっぱり、僕の愛した七歳の頃の光さまと変わってなかった。優しくて、気が強くて、わがままで、横暴で。でも芯の通っていることを言う。今年はあんなことをしたのに見捨てないでいてくれた」

口も含まれている評価は、光にリアルさを与えた。

「……憧れにも似た恋でした」

そして少し高い光の背に届かすように、額にキスをした。

「今まで、僕に生きる希望を与えてくださってありがとうございます。あなたのおかげで一人前の男になることができた」

今日のことも含めて、と真晴は笑顔を作った。

「これから僕は、新しい恋をすると思います。でも絶対に忘れない。光さまを愛したこと」

真晴は強かった。光に出来ないことを真晴はやろうとしている。時計の針は、一気に何時間も進んだのだ。

「そうね、愛した人は忘れない方がいいわ。でも、縛られるのはだめよ」

それは自分に向けた言葉だった。

「はい」

輝く笑顔を向けて、真晴は元気良く返事をした。

それから少し歩いて、屋敷に戻った。

「真晴の淹れた紅茶、私好きよ」

帰り際、光は真晴にそう投げかけた。顔を赤らめる真晴は、普通の恋する男の子だった。

「ありがとうございます」

そうして二人は別れた。光は部屋のソファに体を投げつけ、天井を見上げた。そしてふと思った。静雨が行動を起こしたのは、最悪のタイミングだったのだと。あと一日遅ければ、静雨を止めることが出来たかもしれない。今回の事に関しては、後悔することが沢山あった。

「お嬢様っ」

ノックもせず入ってきたのは静雨だった。

――タイムリー

そう光は心の中で笑っていた。

「どこにいたのですか」

「真晴とお散歩していたの」

光の言葉を聞いて、少し顔を歪めた静雨。でもすぐ無表情へ戻り続けた。

「何をなさったのですか」

「え?」

何を、と言われても。何のことだろうか。

「うちを改装すると、さっき業者が来ました」

また光は笑った。今度は声に出して。

「何が可笑しいんですか」

「いえ、ごめんなさい。お父様に頼んで、あの拷問部屋を取り壊してもらうことにしたの」

「そんな勝手に」

「勝手? ここは川崎の屋敷でしょう?」

そういうと静雨は口を紡いだ。

こんなに早く改装をしてくれるとは。きっと光のいるうちに、と思ったのだろう。

「昨日電話したばかりだったのに」

「どうしてですか。真晴にしたことを怒っているのですか?」

「怒っている、とは違うわ。だってあなたはあなたの正義でやったことでしょうから。どっちかと言うと感謝しているわ。やり方抜きでね」

「やっぱりお嬢様は優し過ぎます」

「そんなことないわ」

「教育に悪いという名目でした。旦那様に報告されなかったんですか?」

「言えないもの、そんなこと」

「お嬢様は真晴をお許しになったのですか?」

「ええ。しっかり謝ってくれたから」

「何度も言いますが、お嬢様は優しすぎるんです」

みんなそう言う。

「だって、それが私の取り柄ですもの」

そういうことにしておいた。

「真晴がしっかりして、あなたも早くお嫁にいけたらいいわね」

「そんな……私は川崎に仕える事が使命なんです」

力強い顔を見せる静雨。でも光には、そのしっかりとした顔が怖かった。もしかしたら静雨も自分と同じなのかもしれない。信じている道を、周りも見えずただ進む。そしてそれを失ってしまったらこの子はどうなってしまうのだろう。光はそんなことを思っていた。

「その忠誠心、尊敬するわ。そしてありがとう。でも、ものには限度というものがあるのよ。今回、そのことを知ってちょうだい」

「はい」

「そして私は、静雨の幸せを願っている。うちに仕えるだけの人生なんて、もったいないわ。あなたは一人の人間。幸せになる権利があるの」

「私の幸せは川崎に仕えることです。趣味も川崎がバックアップしてくださります」

「そう。では言い方を変えましょう。もっと周りを見なさい。世界は川崎だけじゃない。もっともっと広くて深いものよ。その中で一番の幸せを見つけてちょうだい」

光は優しい笑顔を向けた。だって、取り柄だから。

「肝に銘じておきます」

「いい子ね」

「お嬢様に問いただしたかったのもそうなんですが、業者がお嬢様を呼んでいます」

「え? どうして?」

「それは私にも分かりません」

「そう、行くわ」

現場に行くと、既に工事は始まっていた。そして長と思われる男性が光を見るなり走ってやってきた。

「光ちゃん、久しぶりだね。と言っても君は覚えていないだろうけど」

「ごめんなさい、その通りです」

「いいんだよ。光ちゃんが産まれた時に見に行ったっきりだから、覚えていなくても仕方がない」

そりゃ、覚えているわけがない。

「川崎にこれを預かってね」

――川崎? お父様を呼び捨てにするなんて

そう思いながらも差し出された紙を開いた。そこには懐かしいお父様の文字が並んでいる。


――光へ

光に頼まれていた改装だが、光に見える形で手をつけたかった。

せっかくの休暇にすまない、と明王寺にも伝えてくれ。


光は優しい子だから、拷問部屋が外に漏れる心配をすると思って手紙を書いた。

今回依頼した業者の社長は、高校の時の学友だ。

だから心配はいらない。


怖い思いをさせてしまってすまない。

今度光と飲みに行くのを楽しみにしている。

川崎清一――


「お父様……」

「そこに書いてあるように、うちには守秘義務がある。もし漏れたら仕事がなくなるしな。だから心配はいらないよ。少しうるさいかもしれないけど、そこは勘弁してくれ」

「いえ、よろしくお願いします」

深々と頭を下げる。

「承った」

光の頭にぽんと手を乗せた。

真晴には悪いが、この拷問部屋のおかげでお父様との絆を回復することが出来た。早くお父様と飲みに行きたい。

――お父様をこんな風に思う日がくるなんて

気持ちが軽くなって階段をすいすい上る。

「こんちは。あねはん」

「まぁ、匠」

自然と笑顔も出てくるものだ。

「この間のパーティーはおおきに」

「いいのよ」

「あねはんも妹を見つけたみたいで、良かったです」

「あぁ、知っていたの」

「真晴から聞いたんや」

「そう。ありがとう、あなたのおかげね」

「そないなことはあらへんで」

「お茶でも頂く?」

手すりに寄りかかって喋る二人。

「いや、わいは真晴に会いに来よっただけやから」

「そう」

「じゃ、わいは行きますわ」

「ゆっくりしていってね」

「おおきに」

匠は一段飛ばしで階段を下りていった。

部屋に着いた光は、携帯を持って電話帳を開く。そして小澤麗と表示された電話番号を押した。

「もしもし、光よ」

「お姉さま!」

「今大丈夫だった?」

「はい、どうしたんですか?」

「明日の午後東京に帰るのだけれど、見送りには来てくれるかしら?」

「ええ、もちろん行かせていただきます!」

「そう。ありがとう。もしあなたの時間が許すならでいいのだけれど、午前中から来てくれないかしら」

「大丈夫です、お姉さまの為ならいつでも行きます」

「ありがとう。大事な話があるからね」

「……心して行きます」

「大丈夫よ。じゃぁ明日」

「失礼します」

光には光の出来ること。そう思ったら、真晴のことだけでなく麗のことも放っておけなかった。

それから光は部屋でゆったり過ごした。帰ってから三日後には霞川冒険イベントが待っている。それまで、ゆっくり休んでおこう。一時間程仕事をして、ベッドに飛び込んだ。


 次の日、麗は約束通り午前中に来た。

「お姉さまの言う午前中は何時かと悩みました」

そう言う麗は九時丁度にチャイムを鳴らした。

「そんなこと、気にしなくてよかったのに」

「そうは言いましても」

麗の顔は朝からブルーだ。

「何て顔しているの」

「だって、お姉さまいなくなっちゃうし、大事な話があるとか仰るし。私、昨日は寝付けなかったんですよ」

「それはごめんなさいね。でも大丈夫だと言ったでしょう?」

光は憐れみの顔を向けたけど、心の中では可愛い妹を微笑んで見ていた。

「今紅茶を淹れるわね」

光の部屋に招いたので、紅茶は自分で淹れなければいけない。

「やだ、私がお淹れします。お姉さまは座っていてください」

お姉さまを敬う麗は、本当に可愛い。

「では手伝うわ。勝手も分からないでしょう?」

「そ、そうでした」

しゅんとする麗を笑って、ティーセットを出す光。麗は電気ポットに水を汲み、お湯を沸かす。お湯が沸いた時点では手を止めた。麗はカップにお湯を注し、ティーポットにリーフを二杯入れた。

「だめよ、麗」

「はい?」

「紅茶の淹れ方はね、レディーにとっては大切なことなの」

「あぁ、違いましたか?」

「いいこと、紅茶を美味しく頂くにはちゃんとした手順を踏んでからじゃないとだめなのよ」

麗は紅茶一つにもこだわる光を、憧れと尊敬の目で見つめた。

「教えてくださいっ」

「いいわ」

輝く瞳を持つ麗に光は笑顔が溢れた。

「光先生の紅茶の美味しい淹れ方講座」

光はカップに注したお湯を捨て、カップを冷ました。麗は布巾でカップの水気を拭いた。こういう気が利くところは評価しよう。

「温めるのはカップではなく、ポットの方」

ティーポットに入っていたリーフ取り出し、お湯を注ぎ温めてから流す。

「リーフは人数分ティーポット用にプラス一杯。ポットに匂いを持っていかれるからね」

さっき取りだしたリーフと、プラス一杯をポットに入れる。

「そして少し高い位置からお湯を注ぐのが理想的。電気ポットじゃちょっと難技だけれど、こうやってやれば出来るわね」

電気ポットを机の端へ持っていき、机の下へ下げたティーポットへお湯を注ぐ。

「そして蒸らす」

砂時計を逆転させる。

「美味しい紅茶を淹れるには、温度を下げないことが大切なの。だからティーコジーを使うといいわね」

「ティーコジーとは?」

「んーティーポットを覆う布ね」

「蒸らす時間は?」

「細かいリーフの時は二、三分。フルリーフと言って、大きなリーフの時は三、四分程度よ」

「意外と時間がかかるんですね」

「そうよ。だから優雅な飲み物なのね」

「勉強になります」

砂時計の砂が、落ち切った。

「ポットの中をかき混ぜて、濃さを均等にするの」

麗がスプーンでかき混ぜる。

「あまりやると冷めてしまうから、程度を考えてね。そうしたら茶漉しを通してカップに注いで完成よ」

「わぁ。いい匂い。なんだか嬉しい」

「でしょう?」

レディーにとっては大切なことなどと大きな事を言ったが、単に光が紅茶好きというだけなのだ。

「さて、座りましょうか」

ソファに腰をかけ、光の用意したクッキーをケーキ皿に乗せる。例の期限切れドイツクッキーだ。

「いつもは気にしなかったけど、ティーセットがすごく綺麗に見えますね」

「紅茶に興味を持ったからだわ」

優雅なティーセットもこの言葉を聞いて喜んでいるだろう。

「お姉さま、お話って」

一口紅茶に口をつけて、光に聞き寄る。昨日から気になっていることを、早く知りたいとせっかちになる麗。

「大した話しじゃないのよ」

「でも大事だと言いましたわ」

「そうね、あなたにとったら大事なことだわ」

麗が食べる前にクッキーを毒味する光。

――大丈夫

「私は私の出来ることをやると言ったでしょう?」

「はい、ちゃんと覚えています」

「その時ね、思ったの。真晴の気持ちを手にとって渡せたらなって。でももちろんそんなことはできないわ。でもね、麗を動かすことは出来るかもって思った」

「動かす?」

「遠まわしな言い方は嫌いだから、単刀直入に言うわね」

「はい」

麗は唾を飲んだ。

「真晴に気持ちを伝えたらどう?」

「あ……」

「もちろん、麗がまだ早いと判断するのならこれ以上勧めないわ。でも私はもう言ってもいいと思うのよね。ずっと真晴を想ってきたのだし、真晴の好きな部分も知っているはずだわ。今までは私がいたから言いだせなかったのだと思うけれど、私と真晴はもう何もないわ」

「じゃぁ」

「ええ。真晴、ちゃんと私に言ったわよ。麗に、言わなきゃ進まないと言われたって。いい子ね、ちゃんと真晴の時計を進めたじゃない」

「良かった」

「だから今度はあなたの番よ」

ケーキ皿に乗っているクッキーを麗に勧める。

「でもまだ私は私を売り込んでいません」

麗はクッキーを一つ取って口に放り込んだ。

「そうね。なら見てもらったら? ちゃんと、麗のことを」

「見てもらう?」

「これは私の考えだから、参考として聞いてちょうだい」

「はい」

「今真晴の時計は動きだした。だから何も分からないのだと思うの。何を見て、何に興味を持っていいか。今までそういうことをしてこなかったから。だからこれはチャンスよ。誰よりも先に、麗が真晴に入り込めばいいのよ。最初の衝撃は大きいものなのだわ」

「分かります、でも」

「怖いの?」

「はい。今までお姉さまだけを見ていた真晴くんですから、理想は想像以上に高いと思います」

「真晴が見ていたのは、七歳の私。あなたの魅力は十分にあるわ」

麗は黙り込んでしまった。自分の頭の中で考えを巡らせている。それを察した光は、何も言わず麗を見守っている。

「いいわ。よく考えなさい。私はもう何も言わない。でも何か聞きたいことがあったら言ってちょうだい。あくまでもそれは私の考えだと理解してね」

「はい」

そう言って光は仕事机に向かい、仕事に手をつけた。麗は少し考えたあと、紅茶を淹れなおした。お姉さまの教えを復習するように。

「どうぞ」

「まぁ、ありがとう」

仕事机にティーカップが置かれた。気が利く麗のことだから、分かっていたことだけど。実際出されると嬉しいものだ。しかしそのカップに違和感を覚えた。

「ソーサーが見当たらないんです」

さっき使ったティーカップは洗ってタオルの上。この新しいカップのソーサーが見当たらない。

「……そうね、見当たらないこともあるわ」

光は呟いた。

「はい?」

「考えている答えが見当たらないこともあるわ。でも分からないものは分からないの。だからそれを知るために突っ走るだけよ」

「えっと」

ソーサーを探している麗に思いがけない言葉が飛んできた。

「カップだけでいいわ、ありがとう」

それだけ言って光は再び仕事に手をつけた。

「お姉さま、ありがとうございます」

後ろからそう聞こえたけど、返事はしなかった。

それから麗は三十分ごとに光の紅茶を変えた。その手つきはスムーズになっていた。

「これ以上飲んだら、お腹が破裂しちゃうわ」

「あ、気を遣って飲んでくださらなくてもいいんですよ」

「それでも妹の淹れたお茶は飲まなきゃ失礼でしょう?」

「お姉さま……」

麗は椅子を持ってきて、光との別れを惜しむように光にぴったりくっついた。光はそれを気にせず仕事を続ける。

「邪魔ですか?」

「いいえ。温かいわ」

冷房の効いた部屋に、ただ一点だけ温かい空間があった。

仕事が終わり、麗の頭に手を回す。麗から言葉はない。

「麗?」

見ると麗はすやすや寝ていた。

「朝早くから、呼び出してしまったものね」

かすかに聞こえる寝息は、集中して仕事をしていた光には届かなかったのだ。

「どうしましょう」

動こうにも動けず、抱きかかえようにも起こしてしまいそうで怖かった。光は自分が座っていた椅子に麗の上半身を寝かせ、ベッドにあった布団をかけてやった。そして縦ロールを触ってみる。

「触ってみたかったのよね」

ゆっくり肩を揺らして寝ている麗の頬を撫でる。

「麗は私をいっぱい救ってくれたわね」

出会いはいいものではなかったが、光に懐く麗は心の癒しになった。

「ありがとう」

そう言って麗の額にキスを落とした。

「さて」

四時にはここを出発する。荷造りをしておこう。広げた書類をまとめ、タンスにしまった服をバッグへ放り込む。

「そうだ、昨日の服も持って帰らなきゃ」

光は部屋を出て真由子を探した。洗濯物はだいたい真由子の仕事だ。

「いたいた、真由子さん」

「お嬢様。どうされました?」

「昨日洗濯に出した服、乾いていますか?」

「ええ。荷造りですか」

「もうすぐ帰らなきゃいけませんからね」

「寂しくなります」

「私も、もう少しここにいたかったわ」

真晴と和解して、麗とも仲良くなって。静雨とはもうちょっと話したい。一週間って意外と短い。

「お持ちしますから、お部屋に戻っていてください」

「お願いね」

部屋に戻ると、布団の中はものけの空だった。

「あら? お手洗いかしら」

そんな程度に考えて荷造りを再開する。

五分程経った時、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。

「お姉さまっ!」

そこには昨日着ていた服を持った麗が息を切らして、すごい形相で立っていた。

「どうしたの?」

状況が把握できない光の顔も、酷いものだった。

「もう……行ってしまわれたのかと思いました」

麗が起きると、そこには光がいなかった。そして荷造り中のバッグも目に入らず、すごい勢いで部屋を出た。

「まだいるわよ。あなたに何も言わないで帰るとでも思っているの?」

「お姉さまぁ」

泣きそうな麗を抱きしめる。せっかく畳んだ服は、もうぐちゃぐちゃだ。

「嬉しいわ、私の可愛い妹」

光の手は麗の頭で上下に動いた。

「荷造り、お手伝いします」

体から離れ、光を見上げた。

「ではまず、ぐちゃぐちゃになったその服を畳んでくれる?」

「あっ。ごめんなさい」

光は笑顔で返した。そして麗は服を畳み、バッグに詰める。

「もう、お姉さま意外と雑なんですね」

「そう?」

光が放り込んだ服を再び出して、きちんと畳んで入れ直す。

「ありがとう」

「書類は綺麗にお書きになるのに」

「仕事で手いっぱいなのよ」

「大変ですね」

二人が話していると、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

「お嬢様、昼食の準備ができました。良かったら麗様もご一緒にどうぞ」

「ありがとう」

お言葉に甘えて、と麗も食堂についていく。

「やぁ、麗ちゃん来てたんだ」

一番に食いついたのは智一だった。

「と言っても、知ってたんだけどね。よかったらさ、ピアノ聞いていく?」

席につくなり、智一は麗にそう言った。

「あ、先日は聞けませんでしたからね」

「麗ちゃんのおかげで、ちゃんと光に聞かせてあげられたよ。改めて、ありがとう」

「いえ。あの程度の調律でお礼を言われることはありません」

智一の前では、少し違った麗だった。

「そのお礼代わりに、聞いていったら?」

光が勧める。

「ええ、是非。この前のパーティーでは感動しましたもの」

「嬉しいよ」

智一が笑顔を麗に向けた。その笑顔もいつもと違う。仰々しい感じ。

「あ、小澤麗と申します。光さまとは仲良くさせていただいていまして――」

麗は智一の両親に立って挨拶をした。本当に、良くできている子だ。

「堅苦しい挨拶はいらないよ。ほら、座って君も食べなさい」

「はい、いただきます」

「ホテルの小澤さんでしょう? 私たちも良く利用するのよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

「麗ちゃんはお嫁に行ってしまうから継げないわね。残念だわ」

お母様が一目見て、いい子だと絶賛した。

「いえ、一人娘ですので継ぐのは私です」

「そうなの、是非利用するわね」

「お願いします。もうちゃんと働いているんですよ。研修として、ホテルウーマンをやっています」

「そう、だから礼儀正しいのね」

そうか、麗は世界に名高いOZAWAホテルのホテルウーマンだからこんなにもはきはきとしているのか。光の謎がまた一つ解けた。

「うちのホテルは高級感が売りなんですが、もうすぐ私が提案したビジネスホテルもできるんです。過ごしやすさが売りの、ビジネスホテル」

キラキラと輝く瞳に、誰もが目を向けた。

「今企画段階に入っていて、私が取り仕切っているんです」

「すごいわね。しっかりしているわ、うちのと違って」

「なんだよ、それ」

「智一さまはきっと従業員に優しい経営をなさると思いますよ」

フォローもばっちしだ。

「光が認めた妹はさすがだね」

光は大きく頷いた。

食後、三人で演奏室へ向かった。お父様とお母様は部屋へ戻ると言った。

「嬉しいです、有名な智一さまの演奏をこんなに間近で聞けるなんて」

「有名なの?」

「お姉さま知らないんですかっ?」

麗はこれでもかって程驚いて見せた。

「光はね、こういうことに疎いんだよ。小さい頃から強制的に見させられたから嫌いなんだ」

「なら智一さまの演奏だけでもいいので、好きになってください。すごくいいんですよ」

「智一はもうピアノを弾かないわ」

「光の為なら弾くよ」

そんなやり取りを麗は微笑んで見ていた。

智一も荷造りは終わっていると言ったので、のんびりできる。麗は嬉しそうに紅茶を淹れに行った。

「麗ちゃんは紅茶淹れるのが趣味かい?」

「いいえ、さっき私が淹れ方を教えてあげたの」

「可愛いね」

楽しそうに紅茶を淹れる麗を後ろから眺める。

「どうぞ」

「ありがとう」

光が口をつけるのを凝視する麗。分かっている、光の評価を待っているのだ。

「美味しい。もうちゃんと淹れられるようになったわね」

「はい!」

元気よく返事をした麗の縦ロールは激しく揺れた。

それから智一が何曲か弾き、麗がフルートを持ちだした。

「麗はフルートを吹くの?」

「ええ、ピアノが苦手ですから専行はフルートです」

そして智一が奏でるピアノの音に合わせてフルートの音色が混じる。

「素晴らしい演奏だったわ」

麗がお辞儀をして、光に駆け寄る。

「私を妹にしてくださってありがとうございます」

「なぁに、いきなり」

「今の演奏は、そのお礼です」

「ありがとう、ちゃんと受け取ったわ」

そして麗はピアノ椅子に座ったまま眺める智一の方を向いた。

「私は智一さまみたいにお姉さまとずっといることができません。もちろん、智一さまみたいに正確な慰めをすることもできません。でも私はお姉さまを愛しています。だからこの愛は智一さまに託します。どうかお姉さまが悲しいとき、苦しいとき傍にいてさしあげてください」

「言われなくても。そして麗ちゃんの愛がなくても俺は光の傍にずっといるよ。安心して仕事に専念したらいい」

「はい。やっぱり智一さまは――」

「麗ちゃん」

智一は優しい声で麗の言葉を遮った。

「その先は、言っちゃだめだよ」

「それは分かっているんですが……もどかしくて」

「大丈夫、俺は言うことはちゃんと言うから。でも今はその時じゃない」

光は何の話をしているのかさっぱり分からなかった。また麗と違う世界を共有している。そう思うと少し寂しい気もした。

「光、麗ちゃんはお姉さま思いの優しい子だ」

「そんなこと、智一に言われなくても知っているわ」

と少しむくれてみたりもした。

「最後だし、三人で遊ぼうか」

そう言って遊戯部屋へ行き、ダーツやビリヤードをして遊んだ。

三時四十五分、一郎がやってきた。

「お嬢様、お帰りのお時間です」

「そう」

光と麗は寂しそうな顔をした。

「お姉さま、少しお時間をいただけませんか」

だいたいの察しはできていた。

「いいわよ。どこへ行く?」

「街灯の下で」

「では私は先に行って待っているわ」

「はい、お願いします」

麗は智一にしっかりと挨拶を済ませ、部屋を出て行った。

「ごめんさい、十分だけ待っててもらえるよう頼んでくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「麗の一大イベントよ」

そうとだけ言い残して光も部屋を出た。

街灯は屋敷の外を出て、少し歩いたところにある。敷地内に街灯があるのは、その広さを物語っていた。

「お待たせしました」

現れた麗の横には、真晴がいた。

「どうしても、お姉さまのいるところで言いたかったので」

「そう」

真晴は不思議そうな顔をしていた。姉妹水入らずのところ、邪魔をしているのではないかとも思った。

「私はいないものだと思って構わないわ」

そう真晴に言いつけ、街灯に寄り掛かる。麗は光に背中を見せ、真晴と向き合った。

「大事なお話があって、呼びました」

少し麗の声が震えている気がした。そして少しの沈黙。それでも光は声を出さなかった。ただただ、優しく見守っていた。妹の成長を。

「ずっと前から真晴くんの事が好きでした」

揺らぐことのない真っ直ぐな目は真晴だけに向かっている。

「えっと……」

突然の告白に真晴は戸惑いを隠せない。

「すぐにとは言わない。きっとまだお姉さまの事が好きだろうから。でも私がいるのも忘れないでいて」

麗の声は透き通っていて、力強かった。

「ごめん、正直びっくりした。今までお嬢様の事を話してきた相手に告白されるなんて思わなかった」

麗は少しだけ笑った。

「辛かったなんて言わないよ。だってお姉さまを一途に想う真晴くんに惹かれたんだもの」

「ありがとう。でも今はまだ……でもいつか、ちゃんと答えるよ」

「うん、待ってる。ありがとう」

振り返ると微笑んでいる光が見えた。

「お姉さま、ありがとうございます。私も少し成長したでしょうか?」

「ええ。それも大きな成長よ。大丈夫、だって私の妹ですもの」

「はい!」

真晴を残して姉妹は盛り上がっている。

「真晴」

「はい」

「今まで長い間、私を想ってくれてありがとう。そしてその気持ちに応えられなくてごめんなさい。でも今あなたには想ってくれる人がいる。それを忘れないで」

「はい、麗ちゃんにはいっぱい助けてもらいましたから」

「そうね。だけどその恩返しとして麗を選ぶのはだめよ。ちゃんと好きでなきゃ好きと言っちゃだめ。それは麗の為にならないのだから」

「そうですね。お嬢様もそうしてくださったように」

「いいわ、真晴なら大丈夫ね」

麗は光の腕に絡みついた。

「お姉さま、本当にお帰りになりますの?」

「そうね、そろそろ行かなくちゃね」

引き留めるような言葉を発した麗だったが、それは行きましょうの気遣いだった。

「真晴も見送ってくれるかしら」

「もちろんです」

最後に一人一人時間を取って話したかった。でもそんな時間はない。

エントランスへ行くと、もう皆揃っていた。

「お待たせしてしまってごめんなさい」

「いいんだよ」

その中にはお父様の学友なる人もいた。

「光ちゃん、これから大変だろうけど頑張ってね」

「ありがとうございます。父によろしくお伝えください」

「承った」

そして匠が走ってやってきた。

「あねはん!」

「どうしたの、それ」

その手には顔が隠れそうな程大きな花束があった。

「真晴とお金を出し合って買ったんや」

「お嬢様、もうすぐ誕生日ですから。ちょっと早いですが」

「まぁ。ありがとう」

バラが二十本、光の歳と同じだけあった。

「私も買ったんです」

そう言って静雨がピンクのチューリップを一本差し出した。バラよりは寂しいけど、その一本には気持ちがいっぱい詰まっている。

「ありがとう。静雨は主人想いの正義感の強い恵みだわ。真晴と仲良くね」

「はい」

返事をした静雨は少しだけ表情を崩した気がした。

「愛されているな、光君は」

「はい、使用人に恵まれています」

「お姉さま」

腕を引っ張る麗は頬を膨らませていた。

「お誕生日、知りませんでした」

「私の誕生日は九月八日よ」

「ならまだ先ですねっ。その日は何か送らせていただきます!」

「そんな、気を遣わなくていいのよ」

「気なんて遣っていません。これはお姉さまへの愛です」

麗は光を笑顔にするのが上手い。

「楽しみにしているわ」

一通り挨拶も終わり、車に乗り込む明王寺一家。麗は光の腕をいつまで経っても離さない。

「麗ちゃん、あねはん困ってまっしゃろ」

子供っぽい一面もあるのだと光は気付いた。

「何かあったら、いつでも連絡をください!」

「それはこっちのセリフよ。寂しくなったらいつでも連絡をちょうだい」

「はいっ」

麗がようやく腕を離し、光は車へ乗り込んだ。

「お嬢様っ! 僕のために必死になってくださり、ありがとうございましたっ」

出発しそうな車に、必死に投げかける真晴。笑顔で応える光。

「元気でいて。また遊びにくるわ」

そしてお父様はアクセルを踏んだ。

「お気をつけてお帰りくださいませ。またお越しください」

「ありがとう。お元気で」

計八人が頭を下げた。

旧軽井沢では濃い一週間を過ごした。いろんなものを目にした。

ありがとう、旧軽井沢。

また来る機会があったら、今度は今よりもっと親しくなりましょう。

帰りの車で、光は寝言でそう言った。




あとがき



 百合百合してるっ!



こんにちは。美波です。

ちょっと百合表現が入っているのは、気のせいではありません。

いつの間にか、そういうキャラが出てきました。

四章で言った通り、五章最後までを一気に書きました。

そして分割しました。

それでも一章が長い……。

原稿用紙にして十枚、二十枚多いです。

たった二章での完結は無理がありすぎたかな?

根気良く読んでくださった読者様に感謝です。

 さて、前回も言った通り苦悩した旧軽井沢編です。

でも後半はすいすい出てきて、楽しく書けましたよ。

後から読み返してみると、なんか欲張りなだなぁ、旧軽井沢編。

裏を返せば、浅い作品になってしまったなぁ。なんて反省もしています。

後付で必死に深くしたつもりなのですが、まぁこの程度です。

技量をもっと高めなければいけませんね。

 旧軽井沢編で主張したいのが、究極の愛です。

真晴の不器用な愛。

どうして真晴は最初、あんな近づき方をしたのでしょうか。

本当はやっと近くに来て、大切に大切に優しく触れたいのに……。

真晴の中の何かが切れてしまったんでしょうね。

全く自分のことを覚えていない光を見て。

そして、愛を言葉にする勇気は麗が与えました。

麗は真美のような立ち位置ですね。(四章・三股事件より)

十三年間も想い続けた相手を心から消す瞬間、必死に追い求めるのです。

でも光はちゃんと導きます。

真晴には麗がいる。

それだけでいいから分かって欲しかったのだと思います。

 一方、静雨は主人への愛。というか忠誠心かな?

主人を敬愛するが故、弟を傷つけてしまいます。

本当は示しをつけたかっただけかもしれません。

だから最後は何もしないで部屋を出て行った。

光は許していないと言ったけど「お嬢様がお許しくださるのなら、私は続けません」と言ったのです。

そんな風に感じて頂けたら、私の想いは伝わると思います。

 そして麗は二人を愛しています。真晴と、お姉さま。

これはちょっと百合を匂わせるようなキャラですね。

書いていて楽しかったです。

実は作者、麗がお気に入りです。

全くのノープランで進めて、突然浮かんだキャラです。

そんな子がこんなに成長するなんて(感動)

以降、麗のことについて長くなるのでご了承下さい。

麗は素直で、しっかりしていて光自身は気付いていない恋を知る人物ですね。

智一といるときはずっと光に気を遣ってたんじゃないかな。

接客業ということもあり、人当たりはかなりいいです。空気も読めます。

そんな麗に少なからず光は助けられたんだと思います。

もちろん、麗は光に助けられました。

見えるとこでは紅茶の淹れ方も教わったし、真晴のことにしてもそうです。

麗のお姉さまを想う気持ちは、きっと女の子一番だと思います。

いつか麗と真晴の物語を番外編で書けたらいいな、と思っています。

 最後に、智一単独で触れておきましょう。

智一は常に第三者目線で光を見ていますね。祐太編然り。

一歩引いて周りを見る、これこそが智一の優しさだと思っています。

だから適切なアドバイスをしてあげたり、光の窮地を救えるのですね。

――そんな男、この世の中には絶対いませんね(笑)

そんな智一でも、祐太と重ねられるとむっとします。

パーティーの時は嫉妬します。

健全な男の子ですから。

そんな智一ですが、ピアノを褒められただけで練習をするほど機嫌が良くなってしまいます。

優しくて純粋な男の子。

――光が羨ましい!

 光にとってはいろいろ発見できた物語だと思っています。

智一のピアノの件は、まぁなくても良かったのですが。

光が少なからず智一を意識している、という描写です。

鋭い麗はそれに早くも気付いています。

あまり口を動かすと次の章へ影響が出るので止めておきますが、真晴に関してはちゃんと教訓を得ました。

そして沢山の人から愛をもらいました。

そして愛することを知りました。

三章まで、光は祐太以外の愛は知らなかったんです。

でも今は麗を愛していたり愛されたり、明王寺家を愛していたり愛されたりと男女間以外の愛情を知りました。

本当に麗が可愛くて仕方がなかったでしょうね。

光は着実に成長しています。


 さて、次回はいよいよ霞川冒険イベントです。

光はここで巻き返さないと南美に勝てません。

今頭の中は五章のシナリオでいっぱいです。

四章とは違って、すらすら書けると思います。(最初はね)

そして、五章は衝撃的な章になる予定です。

楽しみにしていてください。


 長くなりましたが五章も読んでいただきまして、ありがとうございました。

また六章でお会いしましょう。

皆様、ごきげんよう。


美波海愛


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