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異変

 パトリシアとヨハンは順調にダンジョン攻略を進めていた。


 パトリシアは待ち合わせの日になると朝早くから神殿に向かい、"続きの間"からダンジョンに転移する。そうすると決まってヨハンの方が先にいて、石柱の側で待っていた。


「来てくれてよかった」


 パトリシアが姿を現すと、ヨハンは毎回そう言った。馬鹿なことを、とパトリシアは思う。彼女はもうすっかりヨハンに夢中なのだ。ずっと彼とダンジョン攻略をしていたいぐらいに。


 しかし、ダンジョンには終わりがある。ダンジョンを完全攻略した後に見つかるという、「真実の愛」。パトリシアにとってそれは既に見つかっていた。ヨハンこそが自分の運命の人だと信じて疑わなかった。



 そして、十回目のダンジョン攻略の日。


 法衣の女の話では、今回が最後のフロアらしい。ここを攻略すれば、ダンジョンクリア。ヨハンと永遠に結ばれる。


 パトリシアはまだ陽の昇らない内から屋敷を飛び出し、神殿の前に来ていた。彼女と同じようにダンジョン攻略を待ちきれない人達が列をなして神殿の前に並んでいる。


 皆、一様に明るい顔をしていた。自分もそうだろう。愛する人に会いたくて仕方がないのだ。


 やっとパトリシアの番がきて、"続きの間"に通される。そこにある石柱に触れると、"十"の文字が頭の中に浮かんだ。


「ロード!」


 そう唱えると、視界が暗転した。そして徐々に明るくなり、石柱が目に入る。その側にはヨハンが……いない。


 来るのが早過ぎたようだ。


 最後だと思って張り切ってしまった。緊張して早起きしてしまったのもある。とにかく屋敷にいるのが落ち着かなくて、飛び出してきてしまった。


 ヨハンは自分と違って落ち着いている。見た目は幼いけれど、中身はずっと大人だ。いつもと変わらない時間にきて、「あれ? パトリシア。今日は随分と早いね。楽しみで眠れなかったの?」なんて揶揄うのだ。



 ── 静黙。


 どれぐらいの時間が経っただろう。


 一向にヨハンは現れない。時を刻む魔道具を見ると、もう待ち合わせの時間を過ぎている。


 体調を崩したのだろうか? 心配になる。ヨハンの居る場所を知っていたならば、今すぐにでも早馬を飛ばしていただろう。


「ごめん。パトリシア。寝坊しちゃって」


 想像上のヨハンがパトリシアに話し掛ける。しかし、彼に限ってはそんなことはない。彼は自分とのダンジョン攻略をいつも楽しみにしてくれていた。寝坊なんて有り得ない。やはり、何かあった……? それとも……。


 ヨハンは自分と永遠に結ばれることを望んでいない? まさか? そんな筈はない。ヨハンは自分のことを愛してくれている。きっとそうに違いない。


 パトリシアはエドワードに婚約破棄された時のことを思い出した。あの日、あの時まで自分はエドワードと結ばれることを疑っていなかった……。


 不安がパトリシアを襲う。


 苦しい。苦しい。苦しい……。


 これは自分の勝手な妄想かもしれない。でも、ヨハンが、ここにいないのは事実だ……。


 前回のダンジョンアタックで何か嫌われるようなことをしてしまったのだろうか? 笑顔で別れたけど、本当は何か嫌だった……?


 よくない考えばかりが浮かぶ。それを振り払うように目を瞑り、ただ時が過ぎるのを待つ。


 ──再び静黙。


 パトリシアが目を開けて魔道具を見ると、もう昼時になっていた。


 諦めの感情が彼女の中に広がる。


「今日は帰りましょう」と自分に言い聞かせて、パトリシアは「リタイア」と唱えた。



#



 さらに七日後。


 パトリシアの顔にははっきりとした絶望が浮かんでいた。またヨハンが現れなかったからだ。


 彼は自分と結ばれたくなかったのだ。だから、マッチングダンジョンに来ない。いや、実はダンジョンには来ていたのかもしれない。ただ、パトリシアと一緒に攻略しなかっただけ。


 新しい誰かとマッチングして、また最初からダンジョンの攻略をやり直している。そんな妄想が絶望を深くする。


 パトリシアはまた昼時まで待ったあと、一人「リタイア」を唱えた。


 空は明るいが、パトリシアの表情は曇り切っていた。


「はぁ……」


 ヨハンにフラれてしまった。そうとしか考えられない。


 パトリシアは動くことが出来ず、ただぼうっと神殿の前にたっていた。ヨハンのことを惜しむように。


 すると気が付いたのか、いつものように法衣の女が出てきてパトリシアに話し掛ける。


「どうなさいましたか? 何かよくないことでも?」


「相手が待ち合わせ場所に現れないのです。しかも二回連続で」


 ふむ。っと法衣の女は考え込む。


「パトリシアさん達はとても順調だと聞いておりました。お相手の方に何かあったのかもしれません」


「でも、私には知るすべがなく──」


「ありますよ! ピーピングストーンを使えば、お相手の様子を覗き見することが出来ます!」


「ピーピングストーン?」


 聞き慣れない単語にパトリシアは困惑する。一方、法衣の女は嬉々として懐から何かを取り出し、彼女に見せた。


「これがピーピングストーンです。この石を握って愛する人のことを思い浮かべながら、"ピーピング"と唱える。そうすれば頭の中にお相手の様子が浮かび上がります」


「そんな、夢のようなことが──」


「出来ます!! ただし、これは非常に高価なもの……」


 法衣の女がピーピングストーンをしまおうとする。


「待ってください! お金は後からいくらでも持って来させます。だから私にそのピーピングストーンを譲ってください!」


「……いいでしょう。他ならぬパトリシアさんの願いです。特別にお譲りいたしましょう」


 そう言って渡されたピーピングストーンは人間の眼球ほどの大きさで、紅く怪しい光を放っていた。



#



 屋敷に戻ったパトリシアは自室に篭り、ピーピングストーンに真剣な眼差しを向けていた。


 今すぐにでもヨハンの様子を知りたい。でも、もしヨハンが別の女性といたらどうしよう。立ち直れる自信がない。かといって、今のままでは何も知らないまま終わってしまう。それは嫌だ。


「……よし」


 覚悟を決めたパトリシアはピーピングストーンをぎゅっと握って目を瞑る。そして──。


「ピーピング!」


 パトリシアの頭の中にぼんやりと絵が浮かぶ。意識を集中すると段々とはっきりしてきた。


 机の前に立つ背の小さな男──ヨハン──とその周りを囲む鎧姿の男達。何やら物々しい雰囲気だ。


 ヨハンは険しい顔つきで男達に指示を出している。


 意識をヨハンから離して部屋の中をぐるりと見渡すと、無骨な作りだ。何処かの要塞だろうか。


 ヨハン達は部屋から出て早足で何処かに向かっている。すれ違う兵士達の顔つきには余裕がない。何か大変なことが起きているようだ。


 ヨハン達は側防塔に向かっていた。最上階まで登り、皆がある方向を見ている。パトリシアもそちらに意識を集中した。


「……あれはモンスターの群れ? スタンピード!?」


 夥しい数のモンスターが要塞に向けて進んでいる。そのずっと向こうには森がある。森と要塞。この位置関係……。


 パトリシアの頭の中でカチリと何かがはまった。


 ヨハンを中心に視点を高く高く引き上げていくと、次第に地理が明らかになってくる。


 これは現侯爵によって武芸のみならず、軍事・軍略についても教育を受けていたパトリシアだからこそ気付けたことだ。


「侯爵領の南の国境を越えたところ。アルテシア王国のマルベルク要塞ね。そこに向けて、魔の森からモンスターの群れが……」


 パトリシアの頭の中の映像が、赤く点滅し始めた。そして──。


 バリンッ! とピーピングストーンが弾ける。しかし彼女に焦りはない。


「待っててね、ヨハン。絶対に助けるから」


 パトリシアは立ち上がった。

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