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婚約破棄とマッチングダンジョン

「すまない。パトリシア。君との婚約を破棄したい」


 王城にある小さな一室。そこでパトリシアが聞かされたのは、非情な宣告だった。発したのはツールシア王国の王太子エドワード。たった今まで、彼女の婚約者だった男だ。


「……り、理由を聞かせて」


 その身を小さくし、絞り出すような声でパトリシアは訊ねる。


「君は美しく強く聡明で素晴らしい女性だ。しかし、私には些か大き過ぎる」


「……そんな。以前は私の身長のことは気にしないって言ってたじゃない!」


「それは一年前の話だ。君はこの一年で私より頭一つ分以上、背が高くなってしまった。それにまだ伸びているらしいじゃないか。いずれ王になる私の横に立つには不釣り合いなんだよ。それに──」


 エドワードは視線を逸らした。


 パトリシアは最近聞いたある噂のことを思い出す。その噂とはエドワードが伯爵令嬢エレノアと懇意にしているというもの。


「──私は真実の愛を見つけてしまった。だから、君との関係を続けることは出来ない」


 容赦のない言葉がパトリシアを襲った。


「……分かったわ。今までありがとう」


 彼女は唇を噛んで下を向いたまま扉を開け、かがむようにして部屋から出た。


 しんと静まりかえった王城。まるでパトリシアを避けているかのように誰ともすれ違わない。今までは我が家のように感じていた場所なのに……。



 待たせていた侯爵家の馬車にも乗らず、パトリシアはぼんやりとした表情で歩き続けた。王城の門をくぐり、あてもなく王都を行く。


 王城とは打って変わって、大通りの人々はパトリシアに注目した。明らかに高貴な若い女が一人、虚な表情で歩いているのだ。しかもその場にいる誰よりも背が高い。気になるのは当然だ。


 王国民の多くは彼女を遠巻きに眺め、近づこうとはしない。しかし、王都にいるのは王国民だけではない。世界中から様々な人々が集まってくる。昼間から酒を飲むような無頼の徒も。


「おい、デカいねーちゃん! 暇なのかい? 俺達と遊んでくれねーか?」

「いいことしよーぜぇ!」


 冒険者崩れかヤクザ者か。野卑た顔つきの二人の男がパトリシアに声を掛ける。


 耳には届いているだろう。しかし彼女は一瞥もくれずに歩き続ける。その様子は男達を刺激した。


「てめえ! 無視すんなよ」


 一人がパトリシアの肩に手を伸ばそうと──。


 サッと身を躱したパトリシアはほとんど身体に触れることなく、男を地面に転がした。頭から落ちた男はくぐもった唸り声を上げて動かない。


「やりやがったな!」


 残された男が腰からナイフを抜いた。周囲から悲鳴が上がる。しかし依然としてパトリシアは心ここに在らずだ。まるで路傍の石でも見るような視線を男に向ける。


「な、なめやがってぇええ!」


 男は鋭くナイフを突き出した。素人の動きではない。熟練の冒険者だったのか。パトリシアの四肢を狙って流れるように何度も刃が閃く。しかし──。


「なんで当たらねぇんだ!」


 羽根のように舞うパトリシアにその凶刃が触れることは叶わない。男の顔に焦りが浮ぶ。


 ──バリンッ! と折れたナイフの刃が宙を舞った。一瞬の隙をついたパトリシアが膝と肘で挟んでへし折ったのだ。呆気に取られる男の頭に、彼女の踵が落ちる。


「カヒュッ」


 奇妙な音を出してから、男は崩れ落ちた。すらりと伸びたパトリシアの白い脚がゆっくりと地面に戻る。


 ──静寂。


 その様子を見ていた王国民は噂した。あぁ、あのお方はツールシア王国の武威の象徴、サンチェスター侯爵の御令嬢ではないかと。幼い頃から武芸百般に優れ、「何故男ではないのか」と現侯爵が嘆いたという。


 何事もなかったかのように、パトリシアは再び歩き始めた。



#



 パトリシアが足を止めたのは、ある文字が目に入ったからだ。王都の中心から少し外れ、今まさに開発が進んでいる区画にある新しい神殿。その外壁には「真実の愛を貴方に」と書かれてある。


「ここは……マッチングダンジョン?」


 貴族の子女が集まるお茶会で聞いたことがあった。最近新たに降臨した神「出会いの神」が信徒を集めるために世界中に創ったというダンジョン。そのダンジョンを攻略すれば真実の愛を見つけられるという……。


「そんな都合のいい話、あるわけないわ……」


 口では否定していた。しかし、そのダンジョンに縋りたい気持ちがパトリシアの中には芽生え始めていた。エドワードが見つけたという「真実の愛」が、ここに……。


 神殿の前でまごついていると、中から法衣を着た上品な女が出てきた。パトリシアを見て優しく微笑む。


「中へどうぞ」


「……はい」


 神殿の中は全面真っ白で、簡素なテーブルが一つと椅子が二脚置かれてあった。そして壁には幾つもの扉が並んでいる。あの扉の向こうにマッチングダンジョンがあるのだろうか?


 女はパトリシアに椅子を勧める。


「初めてですね?」


 パトリシアが頷くと、法衣の女は説明を始めた。


「ここは出会いの神様が創られた"マッチングダンジョン"。誰もがその容姿や身分に関係なく真実の愛を見つけることが出来ます」


「そんな夢のような──」


「ただし! いつ見つけられるかは分かりません。今日かもしれませんし、一年後。いえ、十年後かもしれません」


「……十年後……」


 パトリシアの表情が曇る。ツールシア王国の貴族の子女で、彼女より背の高い男はいない。自分より背の高い女を好む男がいるだろうか? 自分はこのまま一生相手を見つけられないのではないか? 暗澹たる気持ちが広がる。


「でも大丈夫です! その時間を縮める方法があります!」


「縮める方法?」


 女が法衣の懐を漁って何かをテーブルの上に置く。それは小指の先程度の大きさの七色に輝く石だった。


「これは……?」


「チェンジストーン! この石を使えばマッチングをやり直すことが出来るのです!」


「……すみません。もう少し詳しく説明してもらえませんか?」


 分からない単語が並び、パトリシアは困惑していた。しかし、これも女の術中。彼女は既に引き摺り込まれていた……。



#



 別の部屋で武具を借りたパトリシアは正に女騎士という出立ちで、扉の前に立っていた。


「自分に合わないと思ったら、躊躇わずにチェンジストーンを使うのですよ。時間は有限ですから」


「……はい」


 パトリシアが持つチェンジストーンは三つ。つまり、今日は三回までなら自分の意志でマッチングをやり直すことが出来る。


 このチェンジストーンは先程までしていたネックレスと交換したものだ。通常は金貨十枚でチェンジストーン一つと交換してもらえるらしい。


 ネックレスの価値は金貨三十枚程度ではなかっただろう。しかし、それはかつてエドワードから贈られたもの。パトリシアは捨てるつもりだったのだから、痛くも痒くもない。


「では、いってらっしゃい」


 女の声に押されてパトリシアはマッチングの間の扉を開けた。そこには七色に光輝く石柱がある。恐る恐る手を伸ばして触ると、ほんのり温かい。


「ふぅぅ」


 パトリシアはゆっくり息を吐いた。そして──。


「マッチング!」


 そう唱えると視界が暗転した。



#



 黒で埋められていた視界が徐々に色付き始めた。見渡すと、ここは岩で出来たドーム状の部屋らしい。壁には扉が一つだけある。マッチングが成立した相手とあの扉の向こうに広がるダンジョンに挑むのだ。完全攻略した暁には二人は永遠に結ばれるという。


 しかし部屋にはまだパトリシア一人。マッチングの相手はまだ来ないらしい。


 待つことしばし。部屋の中に光が広がり、それは人の形に収束した。


 現れたのは突き出た腹に油ぎった顔をした男だった。ジロジロと値踏みするような視線をパトリシアに向ける。


「ふーん。まぁ、顔は悪くないな。及第点だ。俺はジルドレだ。お前の名前は何という?」


 このマッチングダンジョンでは自分の家名や身分を明かすことは許されない。破れば神罰が下る。相手に伝えていいのは名前のみ。しかし、その名前さえもこの男には教えたくない。自分の中の大事なものが失われてしまう気がする。


 パトリシアは男から視線を外して、手の中にある石を意識した。そして──。


「チェンジ!」


 チェンジストーンは砕け散り、パトリシアの視界が暗転した。そして、再びマッチングの間。


「次は大丈夫。きっと素敵な人に出会える筈」


 彼女は再び石柱に触れ──。


「マッチング!」



#



 パトリシアは茜色に染まった王都の空を眺めていた。


 結局、彼女はチェンジストーン三つを使い果たし、挙げ句の果てには「チェンジ」をされて神殿の外に放り出された。相手に「チェンジ」されたり、自分で「リタイア」した者は出会いの神様の力により神殿の外に放り出されるらしい。


 そしてその日はもう、マッチングダンジョンがある神殿には

入れない。次に神殿に入れるのは「クールタイム」が終わった七日後だ。


 パトリシアに気が付いた法衣の女がわざわざ神殿の外にまで出て来て、優しく微笑む。


「今日は残念でしたね。また七日後」


「……はい」


 パトリシアは一人、トボドボと夕暮れ時の王都を歩く。相変わらず好奇の視線に晒されていたが、全く頓着する様子はない。


 彼女の頭の中はマッチングダンジョンのことでいっぱいだ。今日会った人達は自分の運命の相手ではなかっただけ。何度かマッチングを繰り返していれば、必ず真実の愛に辿り着く。


 その為にはチェンジストーンを沢山用意しないといけない。一日一人とだけマッチングなんてことをしていたら、自分は老婆になっても結婚出来ない。


 幸い、王都にある侯爵家の屋敷にはパトリシアが自由に出来る装飾品や金貨がそれなりにある。次こそは……。


 思わず拳に力が入り、周囲に闘気が漏れる。仕事終わりの職人達がそれに当てられて腰を抜かしていたが、彼女の視界には入らなかった。それほどまでに本気になっていたのだ。

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