ネネフィー・ロッシーニ10歳
今から5年前
10歳になったネネフィーは、リース神の為に更なる魔法の技術に磨きをかけていた。
早朝、ネネフィーは眠い目を擦りながらシーツの中から右手を伸ばすと、定位置に置かれた本をしっかりと掴む。
それからその本をシーツの中に引っ張り込むと、栞の挟まったページを開けて目を凝らした。
視界いっぱいに映りこむリース神の肖像画に、ネネフィーははっきりと目を覚ます。
「おはようございます、リースさま。はぅ……しゅき……」
ネネフィーは起きたばかりでありながら、紫の大きな瞳をうるうると輝かせ本に頬擦りする。
この本のこのページは、昨晩の内に秘密の小部屋で吟味に吟味を重ねて選んだネネフィー渾身の目覚めの一服ページだ。
「ああリースさま……私のキセキ……ふぅふぅ……」
ネネフィーはしばらくベッドの上で鼻息荒く本を眺めていたが、はっと我に返るとベッドから飛び起きた。
「こうしてはいられませんわ!!」
いつものように動きやすい服装に着替えると、屋敷に併設された礼拝堂へと向かう。
これから、朝の祈りと魔法の訓練が待っている。
いつも通り、ネネフィーは誰もいない礼拝堂の扉を開けて中へ入る。
ステンドグラスを通して七色の朝日が祭壇に降り注ぐ静かで厳かな雰囲気に、ネネフィーは思わず小さく身震いした。
ゆっくりと深呼吸しながら祭壇前まで歩くと、中央に鎮座する魔結晶で造られたリース神の彫像を見上げた。
「はわわわ……うちゅくしぃ……」
ネネフィーはその場に跪いた。
朝日に輝く魔結晶。
「はぁ……いつか私も作れるようになるのでしょうか?」
ネネフィーは寂しそうに眉を下げる。
彼女の母アマリリスは、大陸で5本の指に入る大魔法使いで、この魔結晶の彫像の製作者だった。
そもそも魔結晶とは何か。
魔結晶とはその名の通り魔力が結晶化したモノの総称で、洞窟や採掘現場で発見され非常に高値で取引される鉱石の1つである。
一般的に自然界にしか存在しない鉱石だが、アマリリスは自身の有り余る魔力を凝縮してそれを自ら作る事が出来た。
世界広しといえ、これが出来るのはアマリリスだけだといわれている。
「ああ、遠くを見つめて儚そうに笑うお顔が……遠い未来を憂いでいるのでしょうか? 日の光を浴びて……んぐふぉっ!!」
ネネフィーは、興奮の余りうっかり奇声を上げる。
ちなみに補足しておくと、鎮座している魔結晶の彫刻はほぼ無色透明なので、眼球まで緻密には表現されていない。
つまり視線や表情などははっきりと分からない。
全て彼女の妄想だった。
ネネフィーは像の足元にスリスリして匂いを嗅ぎたい衝動をぐっと抑えると、自身の右手をじっと見つめた。
「まずこうやって、手の中に魔力を集めて核を作る」
ネネフィーは、以前アマリリスから教わった通りに右手で拳を作って魔力を集める。
すぐにじわっと拳全体が熱くなって思わず手を開くと、手の平の上にころんと親指サイズの結晶がのっていた。
これが、いわゆる高濃度の魔結晶の核である。
小指の爪程の大きさでも市場で恐ろしく高値で取引されているのだが、勿論ネネフィーはその事を知らない。
「え~っと次に、作りたい物を頭の中にイメージしたまま右手に魔力を集中……」
ネネフィーは、当然のようにリース神をイメージして魔力を右手に流し込んでいく。
これは非常に繊細な魔力操作を必要とする為、まだまだ発展途上のネネフィーにとって、非常に良い魔法訓練となる。
「美しい瞳、わずかに下がった目尻……うっ。すっと伸びた鼻に少し厚めの唇……んぐっ……さらりとした髪と長い手足……んんん……厚い胸板……引き締まった腰……そこから伸びる、美しく長いおみ足……んぐっ、んはぁはぁはぁっ」
ネネフィーの熱い妄想と共に、魔結晶が手の平の上で形を変え始める。
しかし、ある程度の大きさになった途端に勢いよく弾け飛んだ。
「あぁっ?! また!?」
キラキラと砕けた結晶が辺りに降り注ぎ、ネネフィーはしょんぼりと肩を落とした。
「やっぱり……まだまだ愛が足りないのね……」
ネネフィーは呟く。
違う。
多すぎるのだ。
彼女はロッシーニ一族の力を十二分に受け継いでいる。
だが愛が重すぎた故に、作った核が魔力量に耐えきれずに弾け飛ぶのだ。
しかしそうとは知らないネネフィーは、固く心に誓った。
いつの日か魔結晶で自由自在に作品を作り、自分が想像しうるありとあらゆるポーズをした等身大のリース神の彫像を作って、色んな角度から余すところなく愛でようと。
「さあ! まだまだがんばるわよ!」
邪な決意新たに右手に魔力を集中させようとしたその時、勢いよく礼拝堂の扉が開きアマリリスが入ってきた。
「ネネちゃん。今から帝都に行くわよ~!!」
「え?」
アマリリスの言葉を聞いて、ネネフィーはこてんと首を傾げた。
2022.11.6修正