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あなたは神を信じますか?

「不敬である、地に伏せよ」


 ミッツァの言葉に、謁見の間にいた誰もが強制的に身体の自由を奪われて膝をつき、地に頭を伏せた。


「なっ!?」


 抵抗するも思うように動けない。

 ハミルトンは何が起こったのか理解出来なかったが、ひとまず玉座から滑り落ちて同じく地に伏した皇帝の無事を慌てて横目で確認した。


「ち、父上、大丈夫ですか?!」


 皇帝の顔色は紙のように白く、身体は震え、少し離れたハミルトンの耳にさえ荒い呼吸音が聞こえる。

 ハミルトンは、今まで見たことのない父の姿に驚いた。


(どういうことだ……。何かに怯えている?)


 不審に思いながらも、ハミルトンは光の中から現れた人物を確認するべく視線を上げた。


 謁見の間の中央に悠然と立つ美しい青年2人。

 ハミルトンは、その内の1人に見覚えがあった。



「アズベルト?!」

 その姿は、紛れもなくアズベルトだった。


「アズベルト、なのか?」

 しかしハミルトンが何度彼の名を呼んでも、リースとミッツァはその言葉に一切反応しなかった。


 ハミルトンは諦めずに再び名を呼ぼうと口を開いた。

 しかし、ふと覚えた違和感に口を噤む。


 何かがおかしい。

 自分が知るアズベルトと何かが違う。

 まとう空気もさることながら、よく見ると外見も少し大人びて見える。


 別人だろうか?

 しかしハミルトンは、何故かその姿に見覚えがあった。


「アズベルト? なのか……?」



 ハミルトンが再び名を呼んだその時、リースはゆっくりと右手を上げて皇帝を指差し告げた。



「お前の罪だ」

 決して大きな声ではなかったが、周囲に木霊のように響き渡る。



「ううううううるさい!! ぶ、無礼な!!」

 ガクガクと震えながらも皇帝は反論した。



「愚かな。無礼はお前だ。しかし……ふふふ、どんなに虚勢を張ろうとも身体は正直ですね。そんなに震えてお可哀想に。でもお前。こうなることはとっくに分かっていたでしょう?」


 ミッツァは皇帝を見下ろしながらふふふと笑った。



「だ、黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……」

「アズベルト様がお生まれになった時、何度も忠告しましたよね? 彼こそがリース神の生まれ変わりであり、次代の皇帝になるべき御方なのだと」

「っ……」

「なのにお前ときたら、自分可愛さに愚かな行いを繰り返した。エミリアを娶る際にも忠告してやったというのに」


 ミッツァはわざとらしくため息を吐くと、首を左右に振った。



「き、きき貴様ぁ!! 何者だ!?」

 本来のミッツァの姿を知らない皇帝は、彼が誰なのか分からなかった。


「ああ、この姿では分かりませんか。失礼。ではこちらで」


 ミッツァは笑いながら指を鳴らす。

 すると、あっという間に皆がよく知る教皇の姿に変わった。


「っな!! 貴様、教皇か?!」

「改めまして。我が名はミッツァ。リース神の眷属であり、時の神の名を頂いております。あとは……そうそう! 片手間ですが、ルビリオン帝国の教皇の任にも就いております」


 恭しく腰を折ったミッツァがゆっくりと身体を上げると、教皇から先程の美しい青年の姿に戻っていた。


「ああ、そうだ! 念のため紹介しまね。こちらが我が主です。この国を作った全能神リース様なのですが……皆さんご存知ないようですね」

 ミッツァは辺りを見回した。


「絵画や本などでよく目にして当然知っていると思ったのですが、どうやら私の勘違いだったようですね。絵師の力不足でしょうか?」

 ミッツァは残念そうに眉を下げる。


 謁見の間の誰もが絶句した。


 神は存在していた。

 にわかに信じられなかった。

 教皇派ならいざ知らず、皇帝派の貴族にとってリース神や帝国の秘話などあくまでも神話だ。

 今この時代に存在するなど夢にも思っていなかった。




「それにしてもおかしな話です。私はきちんと皇族とリース神の関係について文献を残したはずです。ハミルトン、お前もわざわざ禁書庫に行ってまで読んだのではないのですか?」

 ハミルトンの身体がビクリと揺れる。


「この国は、リース神がお作りになった。数百年に一度、皇族の中に生まれるリース神の色を持った男児こそが、リース神の依り代である、と」

「っ……」

「リース神の子孫である皇族が、まさか神を信じていなかった? 自分の中に流れる神の血は信じているというのに? 実に人間らしく傲慢な考えだ。『ただびと』のくせに」

 ミッツァは吐き捨てるように言った。


「た、ただびと?」

 ハミルトンは意味が分からず復唱した。


「おや? 話していないのですか?」

 ミッツァは皇帝に問う。

 しかし皇帝は俯いたまま口を開かない。


「だんまりですか。まあいいでしょう」

 ミッツァは苦笑しながらハミルトンに視線を向けた。


「ハミルトン、聞きなさい。皇族の中に流れる神の血は、他国の血が交じると穢され神の加護は消失します。ですのでお前の代で神の血は消失しました。つまりお前はただの人間『ただびと』なのです」

「なっ……」

「でも安心しなさい。尊き血はミラー家がしっかりと引き継いでいますからね」


 ハミルトンは驚愕の表情で皇帝に視線を向ける。

 勿論全てを知っていた教皇は、黙って俯いて震えていた。



「素晴らしい親子愛ではありませんか。真の神がいるというのに、ただびとに皇位を授けようなど」

 ミッツァは笑う。


「ハミルトン。お前はアズベルト様を見て、幼い頃から劣等感に苛まれていたでしょう? 誰をも引き付ける魅力、尊さ、高貴さ、才能、神聖さ。何もかもアズベルト様に劣っていた。でもそれは仕方のないことです。お前のせいではないのですよ。全てはその身体に流れる血のせいなのだからね」

「はっ……」


 ミッツァの言葉に、ハミルトンは口から息が洩れた。

 知らないうちに瞳がじわりと滲む。


「ああ、そうそう。テレジア殿は無事に戻って来ましたか? 突然ミラー公爵家を訪ねて来ましてね、驚いて私が丁重に王宮にお返ししたのです」

「っ!?」

「皇后エミリアも自ら作った呪いに蝕まれ、今や虫の息。仕方ないですよね? アズベルト様に手を出し、さらに最愛の婚約者であるネネフィー様にすら危害を加えようとしたのですから」


 ミッツァは皇帝とハミルトンを交互に見ながらニコリと笑った。

 2人が青白い顔で絶句していると、


「退け」


 リースは右手を払った。

 その瞬間、皇帝の身体が勢いよく後ろに吹き飛んで壁にぶつかって床へと落ちた。


「ち、父上!! 父上!! だ、誰かおらぬか! 誰か!! 父上を助けろ!」

 ハミルトンは周囲に向かって声をあげるが、謁見の間にいる殆どの人間が泡を吹いて気を失っていた。


「う、うううう……」

「父上、父上、大丈夫ですか!?」

 ハミルトンは何とか起き上がろうと試みるも、思うように身体が動かない。


 そんな中、突然謁見の間の扉が勢いよく開いたかと思うと、ミラー公爵を筆頭に教皇派の貴族たちが大勢入って来た。

 ハミルトンがほっとしたのも束の間、教皇派の貴族たちはミラー公爵の指示の元、皇帝派の貴族を捕縛し始めた。


 殆どの者が気を失っていた為、あっさりと皇帝派の貴族は制圧され、両手両足を縛られ床に転がされた。

 勿論、皇帝もハミルトンも例外ではなかった。


「ミラー公爵、こんなことをして唯で済むと思っているのか!?」


 ハミルトンはミラー公爵を睨んだ。

 皇帝は先程の衝撃でいつの間にか気を失っている。


「逆に聞くがお前たち、ここまで神を怒らせて、ただで済むと思っていたのか?」


 問いに問いで返される。

 ハミルトンは返す言葉が見つからなかった。











 一方その頃、冥府では。


「おげぇぇぇぇぇぇっ、おげぇぇぇぇぇ…………うっぷ」

「ねえ、大丈夫?」


 仄暗い空間。

 ネネフィーは目の前で盛大にえづいている子犬の背中を優しくさすった。

 想像よりも柔らかい毛が非常に心地よい。


「っ! お前のせいだろうが! ふざけるな!! なんだ、あの突然の大量の神力は!! うっぷ」

 目の前の子犬がきゃんきゃんと吠えている。


「え~だって……」


 テレジアが持っていた懐刀。

 ネネフィーはそれを見た瞬間、その内に溜まっていた神力に気付き、直感的に『欲しい』と思った。

 気が付くと、無意識に引き寄せてその力を吸収していた。

 勢いあまって下腹部の結晶石に直撃したのはご愛敬。


 懐刀からぐんぐん吸い上げる神力と、ネネフィーを助けるべくアズベルトが注いだ神力が完全にコアのキャパシティーを超えてしまったのだった。


 ネネフィーのコアは冥府にいる子犬と繋がっている。

 突然恐ろしい勢いで注ぎ込まれた神力に子犬は驚いて、ネネフィーを自分の元へと呼びつけたのだった。


 そして現在、体内に取り込まれ過ぎた神力のせいで、子犬は盛大に神力酔いに陥っていた。


「何が『だって』だ! ったく……おえっぷ」

 子犬はよろよろと立ち上がる。

 すると、ネネフィーの胸の前でふわふわと飛んでいた光の塊がパンッと弾けた。


「?」

「人間としての魂が昇華した音だ。お前、本当に規格外だな……。馬鹿みたいに神力集めやがって。もう十分だ。良かったな、精霊を通り超して新な神の誕生だ。これで念願の輪廻を超えられたぞ」

「え?!」

「お前の願いは叶えられた。もっと時間がかかると思ったんだがな~」

 最上位の神であるリースの神力を側で浴び続けていたお陰だろう。


「これで、リース様とずっと一緒にいられるの?! やったぁ~!!」

 ネネフィーは両手を上げて喜んだ。


 しかし、

「頭が高い! 控えろ!!」

 突然子犬が牙を剥き出して吠えた。


「え?」

「今この時をもって、お前は我が眷属の神となった。序列にのっとり、今後は我の手足となって馬車馬のように……って、おいこら、お前、聞いているのか!」

「あ、聞いてます、聞いてますわ」


 嬉しさの余り周囲をぴょんぴょんと跳ね回っていたネネフィーは、急いで子犬の前に走り寄って正座した。


「ところで、今更ですけど、クソわ……お犬様は何の神様なんですか?」

「お前、今クソわんこって言いかけただろう。まあいい、本当に今更だな。聞いて驚け! 我は混沌と冥府を司る泣く子も黙る恐ろしい神、その名もケイオスだ!!」

「へえ~~~~~~すご~い、すごいですわ~」

 ネネフィーはぺちぺちと拍手した。


「ちなみに私って、何の神になったのですか?」

「えっ」

 子犬ことケイオスはじっとネネフィーを観察した。


 神は、持って生まれた神力の種類によって司るものが決まっている。


 しかし、

「いや、お前。いろいろ混じり過ぎてさっぱりわからん」

「え~~!!」


 長い時間かけて懐刀が吸収した多種多様の神力。

 それに加えて最上位の神であるリースの神力を余すところなく体内で受け止め、何だったらアクアやミッツァの神力もふんだんに側で浴び続けていた為、もはや訳の分からないことになっていた。


「す、好きに決めるといい。うん、そうしよう。お前の好きなものをあげろ。それを司れ!」

「えっ? 意外と適当なんですね~。私の好きなものは、勿論リース様です!」

「いや、神が神を司ってどうする。却下だ。他にないのか?」

「じゃあ、厚切りベーコンとか?」

「はぁ!? 却下だ。なんだ厚切りベーコンを司る神って」

「じゃあ、ぷりぷりのソーセージ」

「却下ぁ!」

「ステーキ!」

「一回肉から離れろ!!」




 地上では緊迫した状況が続く中、まさか冥府でネネフィーたちがこんなバカげたやり取りをしているなどときっと誰も思うまい。




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