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ネネフィーの行方

 腕の中から跡形もなく消えたネネフィーに、アズベルトは驚いて辺りを見回した。


「ネネ? ネネフィー? どこ? どこに行ったの?」


 呆けていたミッツァも、すぐさまネネフィーの気配を探った。


「……どうやらこの付近にはいないようです」

「どういうことだ!?」

「……分かりませんが、転移でもなさったのでしょうか? しかし、何かに吸い込まれたようにも見えましたが、あれは一体……」


 初めて見る現象にミッツァは首を捻りつつ、自ら持つ神力で時間を巻き戻して先程起こった出来事を眼前に映し出した。



 テレジアの握った懐刀が、まるで意思を持ったようにネネフィーの腹に吸い寄せられていく。

 そのあと発光したかと思うと辺りに光の粒子が舞い上がり、まるで腹部に吸い込まれるようにネネフィーと共にその場から消滅した。



「ネネフィー様の辺りに漂う粒子に、神の気配を感じます。いずこかの神に強制転移させられたのやもしれません」

「どこのどいつだ」

「多分……会ったことのない神です。辿ってみますが、既に形跡は消えておりますので、なかなか骨の折れる作業かと」


 人間である今のアズベルトに、神力を判別することは不可能だった。


「……まあいい。理由は何にしろ、転移したのならネネフィーは無事だろう。一度大神殿に戻る。神器を使って探せば、すぐにネネフィーを見付けることが出来るはずだ。どこの誰だか知らないが、許可なく攫った落とし前は必ずつけてもらう」

「承知しました」

 2人は急いで温室の出口へと向かうも、


 バチッ


 不意にアズベルトの身体に軽い衝撃が走った。


「……は?」 

 アズベルトは呆然と立ち尽くした。


「いかがされましたか?」

 ミッツァが尋ねる。


「ネネの、ネネフィーとの繋がりが……消えた……? は? ありえないんだけど……」

「まさか?!」


 アズベルトの言葉にミッツァは驚いた。

 リース神は過去、フルール(ネネフィーの前世)が死ぬ間際、彼女が輪廻転生する際に見失わないよう魂自体を神力で繋いでいる。

 先程アズベルトが感じた衝撃は、その繋がりが途絶えたことによるものだった。


「そんな……まさか? あり得ない!!」


 アズベルトは絶叫した。

 過去千年、こんなことなどなかった。


「……ああ、どうして? 全く君の存在を感じない……、感じないよ。ああネネ、ネネ、ネネ、ネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィーネネフィー」


 アズベルトは頭を抱えて座り込んだ。

 ミッツァはどこかにネネフィーの痕跡が無いかと、改めて先程拾った懐刀をまじまじと観察した。


「……この刀、どうやら神力を吸い取る刀のようです」

「……吸い取る? 魔剣の一種か」

 アズベルトは顔を上げた。


「はい、それに近いかと。しかし、この程度の刃では、神には傷すらつけられません。お遊び程度に作られた玩具でしょう……」


 ミッツァは、ふと思い出した。


「ネネフィー様は確か、腹部に結晶石を抱えておいででしたね」

「……何が言いたい」

「いえ、この刀。神には全く効果がなくても、精霊程度の存在なら傷を与えることができたかもしれません。もし刀があの瞬間、ネネフィー様の腹部にある結晶石を砕いてしまっていたとしたら、それは……」


 ミッツァは言葉を切った。

 コアである結晶石を砕かれると、精霊は消滅する。


「つまりネネフィーは、転移ではなく消滅したと言うのかっ!?」

「分かりませんが、あり得ないことではないかと」

 ミッツァの返答に、アズベルトの身体がぶるりと震えた。


「すぐに大神殿に向かう!」


 アズベルトはすぐさま立ち上がると、早足で温室を出て行った。

 ミッツァは、ちらりと足元で倒れたままのテレジアに視線を落とした。


「う……うう……わ……ぁ」

 か細い声をあげながら、地面をずりずりと這うように温室の扉へと向かっている。


「おや、お帰りになるのですか?」

 ミッツァは、にっこりと笑いながらテレジアの顔を覗き込んだ。


「ひぃっ!! か、か、帰る……帰りますわ……」


 先程アズベルトに蹴られた衝撃で、骨でも折れているのだろう。

 テレジアの手足はおかしな方に曲がり、痛みのせいで立ち上がることすら出来ずにいた。


 他人を痛めつけることはままあっても、まさか自分が暴力を振るわれるとは思っていなかったのだろう。

 しかも相手はアズベルト。

 大きなショックを受けたテレジアは、理解出来ない感情に身体を震わせ、生気を失った顔はまるで死人のようだった。


「そう、帰るのですか。でしたら私が手を貸してあげましょう」

「え? あ……」


 ミッツァはニタリと笑うと、テレジアの腕を掴んで力任せに引っ張り上げた。

 彼女の腕から、ゴリゴリと鈍い音が鳴る。


「いだだだだだだ!! やめて! 痛い痛い痛いっ!!!」


 テレジアは悲鳴をあげた。


「おやおや、元気ですね。それではいきますよ」


 ミッツァはそう言って神力を身体に纏わせると、彼女を勢いよく王宮目掛けて放り投げた。


「っ!?」


 テレジアの身体は、まるでボールのように放物線を描きながら王宮目指して飛んでいく。

 テレジアは余りの恐怖と衝撃にすぐに気を失った。


「ふふふ、いい感じですね」


 ミッツァは無惨に落下していくテレジアの身体を見届けると、すぐにアズベルトの後を追った。


 残されたテレジアの侍女と護衛騎士は、いつの間にかミラー家の騎士に引き摺られ温室から消えていた。






 大神殿に到着したアズベルトは、神器を使ってネネフィーを探したが、やはり見付けることは出来なかった。



「いない、ここでもない。ここにもいない。いない、いない、いない。ああ、ダメだ。この身体では神力が分散する。クソッ」



 しかしアズベルトは諦めなかった。

 彼の身体からゆらりと大きな神力が立ち昇ると、一気に空に向かって放たれた。


「主。それ以上はその身体がもちません」

「構わない。人間の身体のままでは力が制限され、正確な場所を特定することができない」



 アズベルトから眩い神力が放たれる。

 大神殿が神力で満たされ始めた頃、光の中からアズベルトがゆっくりと姿を現した。

 その姿は既に人ではなく、全能神リースそのものだった。



 リースは首を傾けながら、神眼を使って砕け散ったであろう彼女の魂の欠片を探した。



 次の転生先は人間でなくてもいい。

 野に咲く花。

 雑草でもいい。

 虫でも動物でも何だっていい。

 生命の循環の中、輪廻に乗った彼女の魂の僅かな欠片だけでも見つけ出せたなら、それはもう彼女自身だ。

 絶対どこかにいる。

 絶対に見つけ出す。

 リースは世界を探し回った。



 だが結局、どれだけ捜してもこの世界にネネフィーの魂が無いことを悟った。



「……ああ、私の最愛、私の乙女。もうこの世界に、君は存在しないのだね」

 リースの瞳から、大粒の涙が流れる。


「……主」

「ねえミッツァ。それじゃあこんな国、もう必要ないよねぇ」


 リースは無表情で涙を流しながらミッツァにそう告げた。


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