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マリアン・ストラード

 赤い瞳をもって生まれてきたマリアン・ストラード侯爵令嬢は、自分のやるべきことをしっかりと理解していた。


 ストラード侯爵家はルビリオン帝国南部に広がる広大な領地を有する大貴族で、その成り立ちは帝国の建国時にまで遡る。


 リース神が地上を去る際、各地に主眼となる4つの神殿を造り、帝国全土を覆いつくす大きな魔法陣を描き自らの加護を与えた。

 その4つの神殿は、火土水風を司る神々が護る。

 彼らはリース神が創ったルビリオン帝国、いわゆる『神の庭』を護るシモベたちだった。


 ストラード家はその1つである火の神殿を領地に有し、火の神を始祖にもつシモベの家系である。

 赤い瞳をもって生まれてきた者は、火の神の力を受け継ぎ代々当主となるのが習わしであった為、マリアンも幼いころから当主としての教育を受けてきた。


 しかしそんなマリアンが12歳になった頃、何故か皇太子ハミルトンの婚約者候補に選ばれてしまう。



「お父様。本気ですの?」

 ストラード家当主の執務室。

 マリアンは驚愕の表情で父であるストラード侯爵に尋ねた。


「ああ、お前はハミルトン皇太子殿下の婚約者候補の筆頭となることが決まった」


 ハミルトンは、マリアンよりも3歳年下。

 現皇帝は属国より妻を娶った為、生まれてきた子供たちは軒並み魔力が少ない。

 いや、ほぼないといわれている。

 皇太子ハミルトンも例外ではない。

 勿論マリアンは会ったことすらない。


「私は神の庭を守ることを第一に考えてきました。それなのにアレのおもりですか。それが私のお役目ということなのでしょうか?」

「いいや」

 ストラード侯爵は、マリアンの言葉をあっさりと否定した。


「あくまで婚約者候補筆頭だ。アレの本命はロッシーニ家のご令嬢だよ」

「それはまた大きく出ましたね。絶対に無理でしょうに。阿呆ですか」


 ロッシーニ家は、リース神と最愛の妻との間に出来た姫が興した家だ。

 我々シモベの家系とは格が違う。


 吐き捨てるように呟くマリアンに、侯爵は注意することすらせずに頷いた。


「これが、お前以外の婚約者候補たちだ」


 そう言って手渡された紙には、マリアン以外3名の令嬢の名が記されていた。

 彼女たちは皆、歳の近い教皇派の高位貴族の令嬢で、マリアンも親しくしている者たちばかりだった。


「……これは」

 マリアンはあからさまな人選に口元を引きつらせた。


「どうしても、アレらは教皇派の令嬢が欲しいようだな」

「今更です」


 現皇后を属国から迎えるにあたり、教皇派はきっぱりと反対した。

 他所の血を入れるべきではない。

 尊き神の血が穢れて失われてしまうと。

 しかし皇帝は、その言葉を一切無視して他国から妻を娶った。


「アレらはよそ者だ。そのように汚れた血にお前を嫁がせるわけがなかろう」

「ありがとうございます」

 マリアンはほっと息を吐く。


「現状、教皇様はひとまず静観しておられる。大掃除が近いのやもしれんな」


 どんなに穢れていても、やはり皇族はリース神の子孫であることには変わりはない。

 眷属ごときが許可もなく尊き血筋を屠ることはできない。



「それは楽しみです」

「二十日後に顔合わせがあるが、十日後には王宮に上がり前もって教育を受けてもらう。あくまでもお前は婚約者候補だ。他の候補者と共にそれなりに楽しむがよい」

「承知しました」


 ストラード侯爵とマリアンは暗く笑った。



 王宮に上がったマリアンと3名の候補者を待っていたのは、厳しい教育の数々だった。

 皇太子ハミルトンとの顔合わせまで、皇族としての礼儀を徹底的に叩き込まれる。


 彼女たちにつけられた教師陣は、まるで嗜虐癖でもあるかのように鞭を振り回し恫喝する。

 しかし、マリアンと共に王宮へと上がった令嬢たちも教皇派屈指の高位貴族であり優秀である為、多少驚きはしたものの、特に気にすることもなく十日間の教育を終えた。


 しかしそれ以上に彼女たちを驚かせたのは、皇族たちの愚かしい生態だった。

 欲望に身を任せ、権力片手に好き勝手に振る舞う彼らの姿。

 湯水のように金を使い、好き勝手に生きる姿。

 豪華絢爛な王宮内部は、腐敗臭漂うケダモノの巣窟だった。



 帝国の天候が安定していて豊かなのも、流行り病がないのも、争いごとがおこらないのも、リース神の庭が健やかで豊かであるように尽力するシモベたちのお陰である。


 全てはリース神の為。

 それなのに、それを当然のごとく享受する穢れたモノたち。




「ハミルトンだ。宜しく」


 手入れされた美しい金髪をなびかせて微笑む皇太子ハミルトンは、マリアンに向かって手を差し伸べる。

 何も知らない愚かなただびと。


「下等生物が……」

 マリアンは、吐き捨てるように呟いた。


 




 皇帝派と教皇派。

 今はまるで対立しているかのような2つの派閥だが、始まりはただの住み分けだった。


 教皇派とは、大神殿に住むリース神の眷属、いわゆる地に残った神々の総称の呼び名だった。

 一方皇帝派は、リース神が去った後のルビリオン帝国の皇帝の任に就いたリース神の子孫と、王宮に住まう人間の配下全般を指している。


 長い歴史の中、歴代の皇帝は薄くなっていく神の血を眷属の血によって補完する為、ある一定の間隔で教皇派から妻を娶った。

 そうすることで、魔力、神力を行使できた皇帝は、周辺のどの国の王よりも強かった。


 しかし、その均衡は崩れようとしていた。

 どうあがいても薄くなっていく神の血。


 神の庭である帝国の繁栄を護るには、人力だけでは到底不可能だった。

 教皇派は国力の低下を何とか食い止めようとしたが、現皇帝は帝国人ではなく他国から妻を娶ってしまう。

 これにより、皇帝一家の血は穢れてしまった。

 しかし、アズベルトが生まれたことにより、ミラー家へと神の血は受け継がれた。


 教皇派の誰もがこの慶事に歓喜し、安堵した。

 しかし、皇帝一家はアズベルトにまで手を出した。


 教皇派は怒り狂った。

 しかし彼らの仕事は箱庭の管理である為、独断で愚か者たちを罰することは出来ない。



 彼らは爪を研いで、来るその日を待ちわびていた。




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