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演目~運命の出会い~

「えっと……アズ様?」


 状況が全く理解できないネネフィーは、こっそりアズベルトに助けを求めた。


「くくく、ああ、ごめん、ごめんね。余りにもおかしくて……くくく」

「?」


 しかしアズベルトは何やらツボに入ったらしく、笑いをこらえて小刻みに震えるばかり。


 何がそんなに面白いのだろうか?

 ネネフィーはさっぱり分からず首を傾げていると、不意に大気中に魔力の流れを感じ取た。


 ネネフィーは急いで立ち上がると、重心を低くして臨戦態勢をとる。

 どんな攻撃がきても問題ないように周囲を警戒するが、待てど暮らせど一向に攻撃は来ず、代わりに目の前の噴水が勢いよく水を吹き上げた。


「え……っと?」


 ネネフィーは困惑しながら周囲を警戒していると、背後からアズベルトに腰を抱き込まれる。

 見上げると、アズベルトは水を吹き出し続ける噴水を指差しながら悪戯っぽく笑った。


「?」


 ネネフィーもつられて噴水を見ると、吹き出した水は霧のように辺りに降り注ぎ、周囲にいくつもの虹を作り出している。


 魔力を伴って輝く水の粒子が舞い落ちる先には、狙ったかのように、ハミルトンがポーズを決めて立っていた。


 ライトアップされた光と舞い落ちる粒子のせいで、彼の金髪はより輝き、着ている白い軍服に飾られた黄金の装飾が眩しい程に反射している。


 しかしその姿はアズベルトたちからは完全に逆行になっており、彼の表情はほぼ見えず、ネネフィーに至っては眩し過ぎて目をつぶっていた。


「ん、ん、こほん。先程の魔力の流れは、きっとあの噴水の水を操る為のものでしょう」


 笑いを堪えているのだろう、アズベルトの肩が小刻みに震えている。


「水を操る? どうして?」

「出会いを美しく演出する為ですね」

「誰と誰の出会い?」

「それは勿論、ネネとあの男だよ」

「え~」


 ネネフィーはますます意味が分からず、目の前に立つハミルトンの顔を改めて観察した。

 視線を感じたハミルトンは、まるで示し合わせたかのように騎士たちを厳しい口調で問い詰め始めた。


「今日は新年を祝う素晴い日に加え、デビュタントで王宮に初めてくる者も多くいる。なぜ理由も聞かずに一方的にご令嬢を恫喝しているのだ!」

「で、殿下。しかし……この者たちが許可もなくここに立ち入っており……」

 騎士たちは口ごもった。


 皇族専用の温室内に部外者の令嬢が入り込む。

 そんなことが起こった日には、間違いなくその場で令嬢の身柄は確保され、最悪牢に入れられてしまうだろう。


 騎士に問い詰められ、乱暴に扱われ、事情の分からない令嬢は恐怖に震える。

 気の弱い者ならそのまま気を失ってしまうかもしれない。

 そこに颯爽と現れたハミルトンが、彼女を救い出し、そのうえ優しくいたわったとしたら?


 彼が皇族であり、しかも次期皇帝であることなど帝国貴族であれば誰もが知っている。

 一般的な令嬢であれば、間違いなく恋に落ちるだろう。

 余りにもありふれたお粗末な展開に、アズベルトはこのシナリオを書いた者を小一時間説教したい気分になった。


 一方ネネフィーは、目の前に立つハミルトンの正体が分からず、先程からずっと悩んでいた。


(本当、あの人誰なんだろう……? 見たことあるような、ないような……う~ん、やっぱりないかな! 気のせい気のせい! それにあんな魔力の少ない人、知り合いはいないわ!)

 ネネフィーはあっさりと諦めた。


「確かにネネの知り合いではありませんが、見たことはありますよ、しかもついさっき」

 いつも通り駄々洩れのネネフィーの心の声にアズベルトが答える。


「えっ……本当?」

「ええ、ほら、しっかり見て」


 ネネフィーは、ハミルトンの顔を再び観察するべくじっと目を凝らした。

 すると、何故かハミルトンは驚愕の表情でこちらを凝視している。


「お、お前は、アズベルトか。……いたのか……」

「ええ、ようやく気が付きましたか」

 ハミルトンの言葉に、アズベルトは素っ気なく答える。


 アズベルトたちのいるベンチ側は、ライトアップされた噴水の弊害でかなり暗くなっている。

 おまけにハミルトン自身、まるでスポットライトを浴びたように発光しているため、必要以上に周囲が暗く見えていた。

 そのせいで、ネネフィーの側にアズベルトがいることに今の今まで全く気が付いていなかった。



「ハミルトン皇太子殿下、私共に何か用でも?」

 アズベルトは問う。


「……いや、何やら温室が騒がしいと思い、急いで来てみただけだ」

「あなたが直接?」

「ああ」

「……」

「……」

 沈黙が落ちる。


 ここは皇族専用の温室。

 皇族であるアズベルトがいても何ら問題はない。

 先程までアズベルトとネネフィーに向かって怒鳴っていた騎士たちは、顔色を無くして震えている。


「アズベルト。そちらの令嬢を紹介してくれないか?」


 沈黙を破ったハミルトンは、アズベルトの隣に立つネネフィーに視線を向けた。


「……彼女は私の婚約者、ネネフィー・ロッシーニです」

 アズベルトとネネフィーは書類上婚姻しているが公表していない。

 その為、アズベルトは敢えてハミルトンにネネフィーを婚約者として紹介した。


「あ、はい。ネネフィー・ロッシーニです。以後お見知りおきを」

 ネネフィーはカーテシーを行おうとするが、腰をアズベルトにガッチリ掴まれて動くことができなかった。


「ああ、やはりロッシーニ家の令嬢だったのだな。先程の挨拶でも会っているが、改めて。私はハミルトンという。お前に私の名を呼ぶことを許そう」

「え……あ……」

 ネネフィーはここでようやく、彼が誰なのかを思い出した。


「ネネフィーと呼んでも?」

 ハミルトンは手を取れと言わんばかりにネネフィーに右手を差し出した。


 皇族が目下の、しかも令嬢の身体に触れようとする行為は、自分の周囲に侍ることを許す行為の1つ。

 つまりハミルトンはネネフィーに対し、自分の傍にいても良い、お前のことが気に入ったと周囲に宣言したのだった。


「……皇太子殿下。彼女は私の婚約者です」

 アズベルトはハミルトンに冷たく告げた。


「アズベルト。彼女はロッシーニ家の令嬢だ。しかもこのように愛らしければ、誰だって傍に置きたいと思うだろう。いかにお前の婚約者だとしても、彼女本人に選ばせてやるのが筋というものだ。そうだろう? ネネフィー。私の部屋に来るがよい」

「え……」

(気持ちわるっ!)


 当然自分が選ばれるだろうという傲慢さがにじみ出ている彼の物言いに、ネネフィーは身震いしながら両腕を擦る。

 そんなネネフィーの背中を、アズベルトが優しく撫でた。


「……あなたには、マリアン嬢がいたと記憶しておりますが」

「アレは所詮候補だ。私が別を選んだならば、自ずと身を引くだろう。何ら問題はない」

「……」

「アズベルト、私に同じことを言わせるな。さあ、ネネフィー、こちらへ」

 ハミルトンはネネフィーに一歩近付いた。



「ふふふふ」

 不意にアズベルトは笑い出した。

 それを見てハミルトンは眉を顰める。


「何だ?」

「いいえ、どうですか? マリアン嬢。なかなか面白い演目だったでしょう?」


 アズベルトが笑いを堪えながら、ハミルトンの背後に視線を向けると、そこには教皇とアクアが立っており、その後ろから1人の令嬢が歩み出てきた。


「はい、とても」


 ボリュームのある美しい黒髪と赤い瞳を持つ彼女は、扇で口元を隠しながら優雅に笑った。


 彼女の名はマリアン・ストラード。

 ストラード侯爵家の令嬢であり、云わずと知れたハミルトンの婚約者候補筆頭の地位にいる令嬢だった。



「とても面白かったですわ。おまけにこんな特等席にご招待頂けるなんて、光栄の極みですわ」

 マリアンは優雅に扇を動かす。


「それは良かった。お久しぶりですね、マリアン嬢。どうぞこちらへ」

 アズベルトはハミルトンたちを完全に無視して、彼女に席を勧めた。


「まあ、ありがとう存じます。折角ですからお茶を用意しましたの」


 勝手知ったる王宮内。

 皇妃教育の為にほぼ王宮で生活しているマリアンは、連れてきた給仕に軽食とお茶をテーブルに並べるように指示した。


「感謝する」

「勿体ないお言葉ですわ」

 アズベルトの言葉にマリアンは優雅に腰を折った。



 温かい温室は心地よく、ガラスの天井からはたくさんの星が見える。

 アズベルトたちはハミルトンの存在など最初からいなかったかのように即席の茶会を始めた。


「それで、マリアン嬢。お心は決まりましたかな?」

 教皇が尋ねた。


「勿論ですわ。このような日が来ること、心から待ち望んでおりましたの。父も大層お喜びになっておりますわ」

「それは良かった」

「おまけに他の候補者の皆様にも嫁ぎ先を見繕って頂き、誠にありがとう存じます」

「彼らは皆、そなたらを誠に恋焦がれていた者たちだ。きっと大切にしてくれるだろう」

「まあ! 嬉しゅうございます、うふふふ」


 教皇の言葉にマリアンは頬を染めて軽やかに笑う。

 その高貴さと所作の美しさに、ネネフィーはぼうっとマリアンを見つめた。

(きれいなお姉さまだ……)


 一方、すっかり蚊帳の外となったハミルトンは、教皇とマリアンの会話を聞いて驚いた。


「マリアン、そなた何を言っておるのだ? お前が縁談だと? 聞いておらぬぞ」

 ハミルトンの声に、マリアンは心底面倒くさそうに溜息を吐き、それでいて無表情にハミルトンに視線だけを向けた。


「皇太子殿下。あなた様が先程おっしゃったように、私共はあくまでも婚約者候補でございます。殿下自らが愛を請う令嬢が現れた際は、潔く身を引くことになっております。ましてやそれが、ロッシーニ家のご令嬢とあらば尚のことでございます」

「……まだ決まったわけではない」

「いいえいいえ。先ほどのロッシーニのご令嬢への殿下からの愛のお言葉。私、しかと見届けさせていただきました。どうか殿下には、お心のままにお過ごしください」

 叶うかどうかは分かりませんが。


 彼女の最後の呟きは、ハミルトンの耳には届いていなかった。


2023.1.22修正

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