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帰り道<アズベルト>

「美しいね……」


 馬車内。

 分かれを惜しみながらロッシーニ邸を後にしたアズベルトは、ルビリオン帝国の帝都へと戻る道すがら、馬車の速度を落としつつ窓からロッシーニ領内の風景を眺めていた。


 緑豊かで広大な大地。

 家畜と共にのんびり歩く領民たちは、皆柔らかい表情をしている。


「帝都とは時間の流れが違いますね」

 アズベルトの斜め前に座っている側近兼護衛のジョエルも、同じように外を眺めていた。


「お話は上手くいきましたか?」

「ああ。来年のネネフィーのデビュタントに合わせて婚約発表、その1年後に婚姻の予定だ」

「おめでとうございます」

「ありがとう」

 アズベルトは柔らかくほほ笑む。



「それにしても、ネネフィー様は相変わらずでございましたね」

 彼女の言動を思い出したのだろう、ジョエルの口元が僅かに緩む。


「ああ、相変わらずのお転婆ぶりで安心したよ。ちっとも変わっていない」

 アズベルトは嬉しそうに笑う。


「覚えておいででしたか?」

「……5年前の話なら、どうだろう? 特にそんな感じはしなかったね」

「左様でございますか。確かにあの時とはアズベルト様はかなりお変わりになりましたから」

「体型もそうだけど、例の呪いのせいで私の体は真っ黒だったからね」

「はい。それに子供の5年はとても長いですから、覚えていなくても仕方がありませんね」

「まあ、別に覚えてなくても全く問題ないよ。そのうちタイミングを見て話すつもりだから」

「承知しました。あとこれを」


 ジョエルは内ポケットから1枚の紙を取り出すと、アズベルトに手渡した。


「なんだい、これは?」

「ハミルトン皇太子殿下が、ネネフィー様と運命の出会いを画策しているとの情報が入りました」

「運命の出会い……?」


 アズベルトは目を眇めながら、ジョエルから渡された紙に目を通す。


「デビュタント当日に隙を見てアルコール濃度の高い飲み物をネネフィー・ロッシーニに手渡し、第2庭園まで誘導した後に偶然を装って出会いを演出。その後、心を通わせて婚約に至る…………何だいこれは?」

 音読した後、アズベルトは苛立たし気にジョエルに尋ねる。


「ハミルトン皇太子殿下は自分の外見にいたく自信がおありのようで、それを活かしたネネフィー様との出会いの筋書きです」

「いや、馬鹿だろう。あれだけロッシーニに婚約の打診を断られて、まだ諦めていないのか?」


 過去、皇帝は自分の息子であるハミルトンと、ネネフィーの婚約をロッシーニ家に何度も打診していた。

 しかし、その全てをロッシーニ家にきっぱりと断られている。


「ロッシーニ辺境伯家の方々は手強くても、ネネフィー様個人なら落とせるだろうと踏んだのでしょうか」


 ロッシーニ一族は滅多に領地から出ない。

 しかも帝都から遠く離れている為に、偶然を装って会いに行くことさえも出来ない。

 だからこそ、帝国貴族が成人の際に必ず出席しなければならない帝都にある宮殿で開かれるデビュタントに狙いを定めたのだろうが。


 そうまでして彼等がネネフィーを取り込みたい理由。

 それはルビリオン帝国内の派閥問題にある。



 帝国には『皇帝派』と『教皇派』の二大派閥が存在する。


 皇帝派はその名の通り、皇帝陛下を主とした派閥でその筆頭はミラー公爵家。

 教皇派は大神殿に住まう教皇を主とした派閥で、その筆頭はロッシーニ辺境伯家。


 彼等は国内を二分する最大派閥である為、互いに尊重し、均衡のとれた関係を築いていた。

 しかしそのバランスも、ここ十数年でじわじわと変わり始める。

 そして今から5年前、決定的な出来事が起こる。

 皇帝派筆頭のミラー公爵家が突然『皇帝派』から『教皇派』に鞍替えしたのだ。


 これにより、何とか保っていた派閥のパワーバランスが一気に崩れ、今や国の政を決める中央協議会で、たとえ皇帝が決定した事であっても、教皇の賛同なしには話が進まない。

 それほどまでに2つの派閥には、歴然たる力関係が生まれていた。


 さすがにまずいと踏んだ皇帝は、自らの血筋に教皇派を入れようと躍起になり始める。

 そこで白羽の矢が立ったのが、教皇派筆頭であるロッシーニ家の令嬢ネネフィーだった。


「そもそもハミルトンにはマリアン嬢がいるだろう。……いや、彼女はあくまでも婚約者候補か」


 皇太子の婚約者候補であるマリアン・ストラード。

 彼女も教皇派であるストラード侯爵家の令嬢であった。

 ロッシーニ家に断られた後、ネネフィーのスペアとして皇太子ハミルトンの婚約者候補となり、早くから宮殿に上がり皇太子妃としての教育を受けている。


「今回、ネネフィー様を手中に収めることが出来たとしても、マリアン嬢との関係を続けるようです。明言されておりませんが、どうやらハミルトン殿下はお二方とも娶り、特に気に入った方を第一皇妃にするつも……」

 ジョエルが言い終える前に、アズベルトは右手で言葉を遮った。


「失礼しました」

 アズベルトの不興を買い、ジョエルは頭を下げる。


「いやいい。それでこのお粗末なハミルトンの計画に対して、皇帝陛下の反応は?」

 アズベルトは持っていた紙をペラペラと振る。


「静観しております」

 それはつまり、ハミルトンの計画に賛成しているも同然ということだ。

 権力にものを言わせ、教皇派の令嬢を2人も娶ろうとするなど。


「強欲だね。教皇派を馬鹿にするにもほどがある」

「ハミルトン殿下は、ネネフィー様がアズベルト様と既に婚約されていることをご存じなかったのでしょうか?」

「婚姻関連は教皇の管轄だからね。あいつの事だ、わざと伝えていないのだろう」

「ああ、そういうことでございますか」

 ジョエルは素直に納得した。


「今更足掻いても遅いだろうに。自業自得だ、愚か者どもが。ネネフィーは絶対に渡さない」

 アズベルトは吐き捨てるように呟いた。


 ルビリオン帝国の帝都と、ロッシーニ領。

 移動に要する日数は、往復で20日と少し。

 多忙なアズベルトがロッシーニ領を行き来するのは容易い事ではない。

 しかし彼は、この日の為にありとあらゆる手を使った。

 一族を巻き込み、教皇派を巻き込み。

 そしてようやく周辺が整ったのだ。


(5年もかかった……)


 アズベルトは自身の無力さに落胆せざるを得なかった。

 全てのことが煩わしくなり、いっそ全部壊してしまおうかと暗い考えに捕らわれ始めた頃、ようやく機会は訪れた。


 本音を言えば、すぐにでもネネフィーを拐っていきたかった。

 じりじりと焦がすほろ苦い想いに、アズベルトは内心舌打ちする。


 不意に窓から入って来る優しい風に乗って、嗅ぎ慣れた白薔薇の香りが車内に広がる。

 アズベルトは無意識に深呼吸する。

 ささくれ立った心が次第に落ち着き始める。

 アズベルトのその感覚に身をゆだね、ゆっくりと瞼を閉じた。


2022.11.3修正

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