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皇女テレジア

 ああ、やっぱり素敵……。


 ダンスホールを颯爽と歩くアズベルトの姿に、テレジアは頬を染めながら口元を扇で隠した。


(6年ぶりくらいかしら? ずっと信じておりましたわ……)


 幼さの残る美しい少年だったアズベルトは、今や立派な紳士となっていた。

 逞しい身体と長い手足。

 記憶に残る美しい銀髪と翠の瞳は、更に輝きを増していた。


 自身の兄であるハミルトンなど足元にも及ばない美しさと神々しさ。

 過去、ほんの些細なすれ違いはあったものの、やはりアズベルトは自分の為に存在するのだとテレジアは改めて実感した。


 初代皇帝と瓜二つ。

 神と見紛う程の美しい見目。

 もしかしたら今日、跪いて自分に愛を告げてくれるかもしれない。


 テレジアは久しく感じていなかった高揚感に鼓動が早くなり、落ち着く為に一旦アズベルトから視線を逸らした。


 それにしても、彼がエスコートしている赤毛の令嬢は一体誰なのか。

 テレジアは、アズベルトの隣に立つ令嬢をじっと観察する。


 彼がわざわざエスコートする程の人物。

 皇族かそれに近い親族のはずであるが、テレジアは全く見覚えが無かった。

 初めて見る令嬢に首を傾げるもの、皇帝との会話を聞き逃さないようにと意識を再びアズベルトに戻す。


 その際、隣に立つ兄ハミルトンの表情をちらりと盗み見た。

 案の定、久しぶりに見る友の姿に彼の瞳も嬉しそうに輝いている。

 しかしそれとは反対に、母である皇后エミリアの手元からミシミシと扇の軋む音が聞こえてきた。


 テレジアは思わず息を吐く。


(困ったわ……。せっかくアズベルト様が回復しましたのに、このままでは以前と同様婚姻はおろか婚約さえも認めてもらえないですわ……。せめて彼の髪色くらい何とかしなくては……。また色を変える呪詛でも使おうかしら……でも体調不良になってしまったらまた婚約が伸びてしまうわ……)


 以前からエミリアは、アズベルトの髪と瞳の色をよく思っていなかった。

 だからこそテレジアはあの日、アズベルトに色の変わる呪詛入りのケーキを食べさせたのだ。



(望まない色を持って生まれてきた可哀想なアズベルト様。その色でなければ、素晴らしい人生を歩めたはず。私との婚約も、きっと皆に祝福されて結べたでしょうに)



『皇帝陛下の周辺に、あの色を置くことは出来ない』


 テレジアは幼い頃から何度も母エミリアにそう言われてきた。

 だが、逆に考えれば良い。

 あの色でなければ、側に置いて良いのだ。


 テレジアは、あの日の自分の判断は間違っていなかったと断言出来る。

(大丈夫。私は何色になろうともアズベルト様が大好きなのですから)



 エミリア曰く、次の皇帝はハミルトン。これは決定事項だ。

 そしてテレジアはミラー公爵家に降嫁し、アズベルトの妻として彼と共に皇帝となったハミルトンを支えながら生きていく。

 だからこそ、ケーキを食べて苦しむアズベルトを見て心の底から応援したのだ。

 辛い経験の後には素晴らしい私との未来が待っている。だからこそ、何とかこの試練を乗り越えて欲しいと。


 ケーキを食べてみるみる黒く変色していくアズベルトを見ながら、テレジアは嬉しさの余り口角が上がっていく。


(ああ、もう少し、もう少しで)

 ワクワクしながらアズベルトを見つめるテレジアの瞳は、どす黒い情愛でうるんでいた。



 今回ケーキに入れた呪詛は、色の変わる呪詛だけではない。 

 自分をもっとずっと愛してくれるおまじないを、更にケーキに込めたらどうかとエミリアに提案されたのだ。

 そしてテレジアはその話に飛びついた。


 勿論テレジアは、アズベルトが自分を好いてくれている事をしっかりと理解していた。

 しかし、自分が思う程にアズベルトが自分を想っていない。

 そのことをテレジアはいつも不満に思っていた。


 笑いかけても相槌のみ。

 話し掛けてもほとんど言葉を返してくれない。

 寡黙なところもアズベルトの良いところではあるが、やはり有り余る愛で自分を包んでほしかった。


 お互いが同じ熱量で愛し合う。

 テレジアは、物語の姫のように愛し愛される事を望んだ。


(ああ、がんばってくださいませ、アズベルトさま。もうすぐですわ!)


 倒れたまま動かなくなって運ばれていくアズベルトを見ながら、テレジアは嬉しさで胸がいっぱいになった。



 しかし予想に反し、アズベルトはなかなか目覚めなかった。

 倒れたまま寝た切りになり、学園も中途退学してしまった。

 ようやく目を覚ました後も、病に苛まれ、歩くこともままならず、暴れて手を付けられずにすっかり変わり果ててしまったと報告を受けた。


 その日からテレジアは祈った。


 どうか私の為に早く回復して。

 どうか私の為にもっと頑張って。

 どうか私の為に苦しみを克服して。


 そしてようやく今日、その願いは聞き届けられた。


 しかし……。




「私の婚約者でございます」


 久しぶりに対面した美しいアズベルトに見とれていたテレジアは、彼の口から紡がれた衝撃の言葉に目を見開いた。

 無意識にカタカタと扇を持つ手が震え、どす黒い感情が腹から這い上がってくる。


 紹介されたのは、年若い赤毛の令嬢。

 ネネフィー・ロッシーニ。


「許せない……」


 ロッシーニ家と言えば、辺境の田舎貴族。

 案の定、ぼけっとした貧乏そうな幼子で色気も何もない。

 テレジアはあからさまにネネフィーの外見を鼻で笑った。


 自分の方が断然アズベルトに似合う。

 自分こそがアズベルトの隣に立つ尊い存在。


 闘う前から分かりきった勝利に、テレジアは暗くほくそ笑んだ。


2022.01.02修正

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