おや、ネネフィーの様子が
「うん、それで?」
ソファーに隣同士座った2人。
アズベルトは機嫌良さそうにニコニコと笑いながら、ネネフィーの話を聞いていた。
「それで、アズ様に会いたいな~って思ったら、いつの間にか水鏡を通り抜けてこちらに来ることが出来たのです! こう、びたーんっと」
「びたーんと?」
両手を上げて倒れる真似をしたネネフィーの鼻先を、アズベルトがちょんちょんとつつく。
「もしかして、ぶつけたのですか? 少し赤くなっていますね」
「えっ?」
ネネフィーが鼻を触ろうとする前に、アズベルトは顔を近付けて鼻先にチュッと軽く口付けた。
「ひょっ!?」
驚いて顔を上げると、アズベルトが眉を下げて微笑んでいる。
「寂しかったです。ネネ」
包み込むように抱き締められ、ネネフィーはうっとりと目を細めて彼の硬い胸に頬を擦り寄せた。
「アズさま……私も寂しかったです」
トクトクと聞こえる鼓動に、自然と身体から力が抜けていく。
「私を慰めてくれますか?」
アズベルトがネネフィーの耳元で囁く。
「慰める? えっと……はい! 喜んで! ってあれ?」
気が付くとネネフィーはアズベルトによってソファーに押し倒されていた。
額や鼻先を擦り合わせてお互いの存在を確認しながら、何度も唇を擦り合わせる。
しっかり腰を抱え込まれて身動きが取れないネネフィーは、アズベルトに全てを預けて胸いっぱいに彼の香りを吸い込んだ。
(ああ……アズ様の魔力、いい匂い)
「ネネ、前から聞こうと思っていたのですが」
口付けの合間にアズベルトが囁く。
「……ん……?」
「そんなに私の魔力を吸って、どうするのですか?」
「っんふ!?」
ネネフィーは驚いてバチっと目を開ける。
見下ろすアズベルトの瞳は、強い光を湛えていた。
「最初は無意識なのかと思いましたが、どうもそうではないようですね」
アズベルトの言葉にネネフィーは押し黙る。
確かに最初は無意識だった。
しかしいつの頃からか、ネネフィーはアズベルトの持つ香りに誘われ、貪欲に求めるようになっていた。
それにハッキリ気付いたのは、バカンスが終わって離れ離れになった後だった。
ネネフィーはどうやって説明しようかと考える。
「教えてくれないのですか?」
「えっと、あの……」
「いいですよ。そんなに私の魔力が欲しいのなら、いくらでもあげますよ」
アズベルトはそう言ってネネフィーに口付けすると、空いた手をするするとペチコートの内に伸ばしていった。
「!?」
「沢山あげますよ。しっかりと受け取って下さいね」
アズベルトは耳元で甘く囁いた。
「……つまり……」
『流石にそれは……いえ……』
微かに聞こえる声に、薄っすらと目を開ける。
いつの間に運ばれたのか、ベッドの上で眠っていたネネフィーはゆっくりと身体を起こした。
ほの暗い部屋の中、アズベルトが水鏡で誰かと話している後ろ姿が見える。
気怠そうに身体を傾けて肘をついているその姿さえも色気を感じ、少し前の痴態を思い出してネネフィーは悶えた。
(しゅごかった……)
ネネフィーは、引き寄せたシーツをガジガジと齧る。
揺れる視界の中で、汗を滴らせながら自らの唇を舐めるアズベルトの姿。
その圧倒的な色気。
耳元で囁かれる息を多く含んだ低い声は、間違いなく全世界破廉恥大会でダントツの優勝であろう。
おまけに長い時間混じり合ったせいか、ネネフィーは身体の隅々までアズベルトの魔力を感じることができた。
(ああ、好き……)
ネネフィーは、ほっこり温かいお腹に手を置いてうっとりとまどろんでいると、
「……ああ、……ミッツァ……だろうね……」
アズベルトの会話の内容が聞こえ、ネネフィーは顔を上げた。
(……ミッツァ?)
ネネフィーは聞き覚えのある懐かしい名前に小首を傾げた。
(ミッツァ、ミッツァ、ミッツァ……う~ん? すっごく聞いたことあるんだけど、誰だったかしら?)
思い出そうとすると、頭にモヤがかかる。
(ううう、モヤモヤしますわ……思い出せそうで思い出せない)
バカンスが終わってアズベルトと別れてロッシーニ領に戻ったネネフィーは、ずっと曖昧な感覚に囚われていた。
アズベルトから感じる懐かしい魔力の香り。
もうずっと昔から知っているような、そんな気持ちにさえなっていた。
ネネフィーが考え込んでいると、先程まで身体全体を覆っていたアズベルトの魔力が下腹部辺りからまるで何かに吸われるように減っていくのを感じる。
(え? 何?)
魔力の減少と共に頭の中のモヤも次第に晴れ、ネネフィーの頭の中で全ての記憶がカチリとはまった。
(はっ?! え? やばいやばいやばいやばい! え? ウソ! )
ようやく思い出した! という風な感動的な状況ではなく、むしろ何故今まで忘れていたのかと呆れる。
そして、その原因が日課の妄想であることにネネフィーは気が付いた。
(まさか妄想で作り出したリース様とのあれやこれやが、昔の記憶だったなんて……)
ネネフィーはようやく腑に落ちた。
改めて水鏡で話しているアズベルトの背中を見ると、物悲しいような、懐かしいような何ともいえない気持ちになる。
ネネフィーはしばらくの間、じっと彼の背中を眺めていた。
(それにしても……どうしてまた人間に生まれ変わっているのかしら?)
ネネフィーはしばらく確認の意味を込めて自分の腕や顔を触っていたが、何となくアズベルトとミッツァの会話が一区切りしそうな雰囲気だった為、手近に置いてあるバスローブを羽織った。
ベッドを下りると、とてとてとアズベルトに掛け寄る。
気配を感じて振り返ったアズベルトは、ネネフィーの姿を確認すると立ち上がった。
「起きたのですか?」
ネネフィーの身体を両手で抱き込むと、彼女のバスローブの胸元をしっかり引き上げて整える。
「飲んで下さい」
アズベルトは水の入ったグラスをネネフィーへと手渡した。
ネネフィーはそれを素直に受け取ると、グラスに口を付ける。
火照った身体に冷たい水が心地良く染み渡る。
しかしネネフィーはそんな事よりも水鏡の向こう側、ミッツァのことが気になり、アズベルトの身体の横から鏡の向こう側を覗き見た。
「ああ、ネネ、紹介します。水鏡の向こうにいるのがミッ……教皇シャルマン、様です」
アズベルトは言いづらそうにネネフィーに教皇を紹介する。
『初めまして、ネネフィー・ロッシーニ辺境伯令嬢。このような状況で申し訳ない。私はシャルマン。ルビリオン帝国の教皇として……』
シャルマンは長い髭を触りながら礼儀正しく挨拶するが、
「ぶぅーーーーー!!!!」
ネネフィーは彼の姿を見て、飲みかけの水を盛大に吹き出した。
「んぐぅほっ!げほっげほっ!!……んおぇ……」
「ネネ!! 大丈夫ですか?」
「んげほげほっげっほっ……」
アズベルトが優しく背中を擦ると、ネネフィーは次第に落ち着きを取り戻した。
「あ~~死ぬかと思ったですわ……けほっけほっ……」
「大丈夫ですか?」
アズベルトはネネフィーの口元を優しく拭った。
「はい、でも……だって、だって。ぶっくくくくくっ、おひげ、おひげが、お顔が……ぐぷぷぷっ……」
水鏡を指差しながら爆笑するネネフィーに、アズベルトは不思議そうに首を傾げた。
「ネネ、彼がどうかしたのですか?」
「だ、だってその声、ミーちゃんだよね!?」
「え!?」
『は?』
「あれ?」
驚愕の表情を浮かべるアズベルトと教皇に、ネネフィーはこてんと首を傾げた。
2022.11.30修正




