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練習しましょう

「おのれ……クソわんこ…………ぐぬぬぬぬ……っは!」


 自分の寝言と歯ぎしりで目が覚めたネネフィーは、見慣れた自室の天井にしばしぼぅっとする。


(懐かしい夢を見ましたわ……)


 バカンスを終えて1カ月余り。

 ロッシーニ領へと戻ったネネフィーは、普段と変わらない生活を送っていたのだが、


「今日もまた一日が始まるわ。ああ、アズ様に会いたい……」

 カーテンの隙間から入ってくる朝日に、ネネフィーは溜息を吐いた。


 昨晩、水鏡で二刻以上も互いのことを話し、あまつさえ去り際には鏡越しに口付けを交わした。

 それなのに、すでに今夜の水鏡での会話が待ち遠しかった。


「デビュタントまで後3カ月。私、我慢出来るかしら……」

 ネネフィーはベッドから降りると、手早く着替えて早朝の魔法訓練にとぼとぼと向かった。




 ガシャーン。

 ロッシーニ邸に併設された教会内。

 周囲に粉々になった魔結晶の破片が飛び散る。


「もう……無理かも……しれない」

 ネネフィーは祭壇の前に蹲り、悔しそうに唇を噛んだ。


「お嬢様……」

 朝から飲まず食わずのままずっとこの状態のネネフィーに、流石のジェンも見かねて声を掛けた。


「無理、無理よ無理。どうしても無理」

 ネネフィーは頭を掻き毟った。


「ああ……アズ様の、あの腰からお尻にかけた破廉恥なラインがどうしても表現出来ないっ!!」


 バカンスから戻って魔力制御が安定し始めたネネフィーは、アズベルトと会えない寂しさから彼そっくりの彫像作りに精を出していた。


 しかし、いざ作り出すとやれ腰の角度が気に食わない、やれ臀部の引き締まり具合に納得がいかない、やれ腕の筋が表現しきれない、と出来た作品をことごとく叩き割っていた。


「ダメよ、ダメよ! こんなのアズ様じゃない! アズ様じゃな~~い~~!!」


 ガシャーンッ!!

 ガシャーン!!


「お嬢様、こうなったらアズベルト様にお願いしましょう」

「え?」

 見かねたジェンの提案に、ネネフィーは驚いて顔を上げた。


「今夜、アズベルト様と水鏡でお話しされる際、彫像のモデルになって頂けるようにお願いするのです」

「え!? そそそそそんなこと、頼めないわ!」


 バカンスから帰ってきてから極度のアズベルト不足に陥っているネネフィーは、毎晩水鏡で顔を合わせるだけで興奮して鼻血を吹きそうになっている。


「ただでさえお顔を拝見するだけでいっぱいいっぱいなのに、服を脱いで、そのうえ生まれたままの姿でポーズを取ってもらおうなんて、図々しくてお願い出来ないわ!!」

「いえ、誰も裸とは言っておりませんが」

「はっ! でもそうなると、やはり私も脱ぐのが礼儀というものかしら? 相手にだけお願いして私が服を着たままなんて、淑女の風上にも置けませんわ!」

「今の話は無かった事にしましょう」


 水鏡の前でお互い素っ裸で対面するなど、変態のすることだ。

 ジェンはこれ以上話が変な方向に行かないよう、すぐに話を切り替えた。


「ひとまずお願い事は置いておいて、水鏡の前で緊張しないように練習してみてはいかがでしょうか?」

「なるほど? そうね。それじゃあ今から早速行きましょう」


 眠る前に会話が出来るように、水鏡は互いの寝室に設置している。

 思い立ったが吉日。

 ネネフィーはジェンと共に寝室へと向かった。



 部屋に到着したネネフィーは水鏡の前に座り、身だしなみを整えて大きく深呼吸を繰り返した。


「こほん、こほん。え~~アズ様。アズ様」


 いつもと同じように魔力を流しながら名前を呼ぶと、水鏡の表面が発光し始める。

 すると先程までネネフィーたちを映していた鏡の表面に、アズベルトの寝室が映し出された。


「あら?」

「どちらかが不在でも繋がるのですね」


 流石に本人不在のまま、勝手に部屋を覗くのは失礼だ。

 ジェンはネネフィーに水鏡の使用を止めるよう口を開くが、


「ううううううう……アズさまぁ……お会いしたいですわ……」


 ネネフィーは、水鏡に映る無人の寝室を見て余計に寂しくなったのか、鏡に向かって突進した。


 ビッターンッ!!


「んぎゃっん!?」

「…………は?」


 勢い余って水鏡に倒れ込んだネネフィーは、そのまま鏡をすり抜け、支えを失った身体が勢いよくテーブルに打ち付けられた。


 自分がどのような状態になっているのか分からないネネフィーとは違い、ジェンは驚いて目を見開いた。


「お、お嬢、さま……?」

 声に振り返ったネネフィーも、水鏡の向こう側にジェンがいることに驚いた。


 ネネフィーの上半身だけが水鏡の向こう側、つまりアズベルトの寝室にあり、下半身は元々のネネフィーの寝室に残っていた。


 勿論身体はしっかりと繋がっている。

 どういう原理かさっぱり分からないが、ネネフィーの身体は見事に水鏡をすり抜けてアズベルトの寝室に入り込んでいた。


 ネネフィーは茫然とするが、すぐさま我に返ると辺りを見回して小鼻をピクピクと動かした。


「こ、この匂い……間違いなく、アズ様の匂い……」


 視線の先には、いつもアズベルトの背後に映っていたベッドが見える。


 そこからの彼女の行動は早かった。

 ネネフィーはまるで獲物を狩る猛獣のように瞳をギラつかせ、勢い任せに床を蹴ると下半身もアズベルトの部屋に入る。

 それから、目にも止まらぬ速さでアズベルトのベッドにダイブした。


「……」


 鏡の向こう側で一部始終見ていたジェンは、呆気にとられている。

 その間ネネフィーは、ベッドに顔を埋めて何度か深呼吸を繰り返した後、素早く枕を両手で抱えると全速力で水鏡を抜けて、元のネネフィーの寝室に戻って来た。


 そのあまりの機敏な動きに、ジェンは終始ぽか~んと口を開けていた。


「や、やったわ、ジェン!」


 ネネフィーは達成感と高揚感に頬を染めた。

 はあはあと荒い息を上げながらも、奪ってきたアズベルトの枕に顔を埋めてすーはーすーはーと深呼吸を繰り返す。


「はぅ……アズ様の香り……」


 その後、我に返ったジェンから特大の雷が落とされたのは言うまでもない。




「返してきて下さい」

「え~~いやですわ」

「返して下さい」

「やだやだ」

「やだやだではありません」

「だってだって、久しぶりのアズ様の香りなの! 無理無理手放せませんわ!」

「お借りするのが悪いと言っているのではありません。無断で借りるのがいけないのです。お借りするのであれば、今夜にでもきちんと許可を取って下さい」


 ネネフィーは、ジェンの話を聞かないふりをしながら枕に顔を埋めた。


「お・じょ・う・さ・ま!! 返してきて下さい」

「……ジェンのケチ」

 ネネフィーは完全にむくれている。


「お返事は?」

「……はいはい分かりましたよ~だ」

「ハイは一回」

「……はい」

「宜しい。ではすぐに戻してきて下さい」

「えっ!? 今すぐ?! もう少し堪能させて。せめて今晩くらいはこれを抱いて寝たいわ」

 ネネフィーは枕をぎゅっと抱え込む。


「今すぐに、返してきて下さい!!」


 ジェンの恐ろしい剣幕に、ネネフィーは枕を抱いたままテーブルによじ登るとすごすごと水鏡に入った。


 そしてアズベルトの部屋に入ると、とぼとぼとベッドに向かって歩くが、諦めきれないのか何度も立ち止まってジェンの方を振り返る。

 しかし、その度にジェンは容赦なく首を左右に振る。

 ネネフィーは諦めて素直にベッドに枕を戻すと、しぶしぶ水鏡の前へと戻ってきた。


「はぁ……」

 しょんぼりしながら、四つん這いの状態で水鏡をくぐろうとしたその時、


 ガチャッ


 後方で扉の開く音が聞こえた。

 ネネフィーが何気なく振り返ると、そこには目を見開いたまま硬直しているアズベルトが立っていた。


「ひょっ!?」


 驚きの余り口から奇妙な声が漏れたネネフィーは、カサカサと虫のように両手両足を動かして急いで水鏡に飛び込んだ。


 そうして無事自室に戻った後、色々と後ろめたいせいか急いでベッドからシーツを剥がして水鏡に被せた。


「まずいですわ! まずいですわ!! まずいですわ!!! 現行犯ですわ! 見られましたわ!!」

 焦りながらも涙目でこそこそとジェンに訴える。


「大丈夫です、お嬢様。何をしていたのかまでは見られていません」

「でもでもでも!」


『ネネ』

 その時、水鏡の向こう側からアズベルトの声が聞こえた。


『ネネ、姿を見せて』


「ひ~~っ! どうしましょうどうしましょうどうしましょう。やはり枕を盗もうとした事がバレたのかしら!? それとも顔を埋めて匂いを嗅いだ事がバレたのかしら?」

 混乱しているせいか、結構な声量でジェンに言う。


「……たった今全てバレましたね。お嬢様」

『……ネネ』

 アズベルトが再び静かな声でネネフィーを呼んだ。


「お嬢様、ここは素直に謝りましょう。アズベルト様はとてもお優しい方ですから、きっと許して下さいます」

「げ、幻滅したり、しないかしら?」

「それは……………………分かりませんが」

「そ、そんな……」


『ネネ。私の声が聞こえていないのですか? それとも、私とは話をしたくないのですか?」


 寂しそうな声が水鏡から聞こえ、ネネフィーは堪らずシーツを剥がした。


『やっと顔を見せてくれましたね』

 水鏡の向こうでにっこりと笑うアズベルトに、ネネフィーは咄嗟に両手を合わせた。


「ごめんなさい、ごめんなさい。ほんの出来心だったのです!」

『ネネ。私は別に怒ってもいないし、幻滅してもいないですよ」

「ほ、本当ですか!?」

『ええ。それよりも聞きたい事があります』

「はい! 枕を選んだ理由は、一番匂いが付いてるかな~と思ったからですわ!!」

『いえ、その事ではなく、ネネはいつから水鏡を通り抜けることが出来たのですか?』

「たった今ですわ!」


 ネネフィーはえっへんと元気よく答えた。

 アズベルトは、後ろに控えていたジェンにチラリと視線を移すと、それに気付いたジェンはコクリと頷いた。


『そうですか。では色々教えて頂きたいので、今からこちらに来ませんか?』

 アズベルトは水鏡の前で両手を広げた。


「え? いいのですか?!」

『勿論』


 にっこり笑うアズベルトに、ネネフィーは急いでジェンの方を見る。


「承知しました。奥様にお伝えしておきます」

「ありがとうジェン! お願いね!」

 ネネフィーは満面の笑みで、水鏡に飛び込んだ。


『明日、一度連絡する』


 アズベルトの声がジェンに届いたとほぼ同時に映像が切れ、水鏡にジェンの姿が映し出される。


「……あれも一種の空間魔法なのでしょうか?」


 ジェンは首を傾げながら、アマリリスに報告するべくネネフィーの寝室を後にした。


2022.11.28修正

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