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輪廻の輪<フルール(ネネフィー)>

 目を閉じる瞬間、眉を下げて寂しそうに微笑む彼の顔が瞼に焼き付く。


 もう何度目だろうか。

 女は胸の痛みと共に、再び眠りについた。



 まるで奈落の底に落ちていくように、深い闇へと沈んでいく。

 最初は恐ろしくて縮こまっていた身体も、いつの間にか全てを諦めたように脱力し、どんどんと暗い底に沈んでいった。

 どれくらい沈んだのだろう、気が付くと女は見慣れた場所に立っていた。


 足首まで浸った生ぬるい水と、足の裏に感じる柔らかい砂の感触。

 女は目を細めて辺りを見回した。


 そこには案の定どこまでも続くほの暗い水辺が広がっており、目を凝らすと至る所にゆらゆらと揺れる人影が立っていた。


「また振り出し……」


 女は落胆した。

 彼女の名はフルール。

 厳密には、遥か昔フルールであった魂。



 後ろからやってきた何者かが、フルールのすぐ側を通り過ぎていく。

 皆一様に水辺の遥か先に見える光を目指して歩いている。


 その光は全ての源。


 光に近付くにつれて深くなる水位。

 浸かった場所から次第に溶けて流れていく。

 それに気付かずにそこに向かう者たちは、いつの間にか身体を無くし記憶を無くし、溶けて混じり合って遥か向こうの光へと吸収されていく。


『あの光を目指さなければならない』


 フルールもまた、内側から何者かに命じられていた。

 しかし彼女は動かなかった。


 今度こそ絶対にあそこには行かない。

 その信念だけが、彼女の足をこの場所に留めていた。


「行こう……」

 フルールは敢えて振り返る。

 そうして進むべき道とは逆の方に歩き出した。



 光が遠ざかれば遠ざかる程に辺りは暗くなり、足元も覚束ない。

 一歩一歩踏みしめる足も尋常じゃない程に重く、彼女は自らの足を引きずりながら歩いた。

 幸い足元には、まるでこれからのフルールの行先を照らしてくれているかのように僅かな光が点々とどこまでも続いている。

 フルールはその光に沿うように、力の限り歩いた。




 あんな顔、もう2度とさせたくない。

 自分が輪廻の輪から外れれば、きっとあの方は私を忘れてくれるだろう。

 どうか私の事など綺麗さっぱり忘れて、心穏やかに過ごして欲しい。


 私はもう生まれ変わらない。

 だからもう探さないで。

 いい加減私から解放されてほしい。 



 どれほど歩いただろうか。

 フルールは疲れ果て、座り込んで泣いていた。


 自分がどこを目指しているのか、何をしているのかさっぱり分からない。

 こんな状況がいつまで続くのか。

 輪廻を外れた魂に終わりはあるのか。



「会いたい、会いたいよう……リース様。怖いよう……」

 でも離れなければいけない。

 でも会いたくて会いたくて堪らない。


 フルールは倒れ込み、残された力で今まで唯一自分の足元を照らしてくれていた小さな光に手を伸ばした。

 すると、それは発光した白い薔薇だった。


「え……」

 彼女は驚いて身体を起こす。

 花弁に顔を近付けると、ほのかに懐かしい神力を感じた。


 ああ……。

 リース様の神力。


 フルールは唇を噛み締めると、勢いよく立ち上がった。


「行こう」


 こうして彼女は再び歩き出した。

 先の見えない暗く長い道ではあったが、その表情は晴れやかだった。


 ずっとずっと愛しています。

 私だけのリース様。

 さようなら。



 ふと、遠くで犬の鳴き声が聞こえる。

 それでもフルールは気にすることなく、発光する白薔薇を道しるべにずんずんと歩いて行った。


2022.11.26修正

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