ちょっとした出来事
次から次へと使用人たちに犯罪紋を押す騎士の流れ作業を尻目に、ジョエルとジェンは早々に地下を後にした。
現在ジェンは、ネネフィーの部屋で手早く荷造りをしている。
ジョエルは彼女の荷造りが終わるまで部屋の外で待ちながら、近付いてくる騎士たちに手早く指示を出していた。
「オックス家と言えば、確か水の神殿の管理をなさっている家系ではございませんか」
「そうです。それが何か?」
ジェンの問いに、ジョエルが答える。
「いえ、オックス伯爵様は、教皇派の中でも非常に温厚な方とお伺いしておりましたので、少々不思議に思いました」
「ああ、成程。そうですね」
ジョエルは頷く。
「確かにオックス卿はとても素晴らしい方です。ですので今回の件には関わってはいないでしょう」
「そうですか……それで、あの使用人たちはどうなるのでしょうか?」
「それは事実確認ですか? それとも同じ使用人として、彼等に同情しているのでしょうか?」
「同情はありません」
ジョエルの問いに、間髪入れずにジェンは答える。
「今回の件は私にも落ち度がありますので、彼等がどのような罰を受けるのか純粋に興味がありました。そもそも雇用主を裏切るなど使用人として言語道断です。おまけにお嬢様に嫌がらせなど、私は彼等が奴隷落ちしても何ら問題ないと考えております」
「そうですね、彼等はこれから全員オックス家に送り返します。ミラー家に忠誠を誓えない人間を、ここに置いておく必要もないですからね。その後はどうなるかは分かりませんが……焼きごてにはミラー家の家紋が入っていますので、今後は楽には生きられないでしょう」
ジョエルはクスリと笑った。
「彼等をこの領地から出して、大丈夫なのでしょうか?」
あの使用人たちは、長年ミラー家に仕えている。
昨今巷では、執事やメイドによる暴露本が出回っている。
ミラー家は皇族であり、しかも過去、皇太子関係の呪いで世間を賑わせている為、小さい噂ですらあっという間に面白可笑しく広まるだろう。
「情報の漏洩について心配しているのでしたら問題ありません。ジェン殿は、貴族の使用人になる際、契約書を交わすのはご存知ですね」
「はい」
「契約書は高位貴族になる程、遵守する事柄がこと細かく定められています。これが皇族になると契約書に加え、制約魔法が課せられるのです」
「仕事時に知りえた情報を外部に漏らさないようにする為ですか?」
「ええ。しかもその制約魔法は、一生解除する事が出来ません。流石に奴隷ではありませんので、従者契約魔法は行いませんが……。今回はそれが裏目に出たのでしょうね。まさかあの侍女長に、別に仕える主がいたとは……」
ジョエルは軽く息を吐く。
「今回、あの侍女長をすぐに処罰しましたが、尋問など行わなくても良かったのでしょうか?」
ジョエルは侍女長の言葉など一切聞かずに、まるで見せしめのようにあの場で彼女の首を落とした。
ジェンにしてみれば、それはとても効率的とは言い難かった。
「尋問ですか? それは何故?」
「いえ。誰の指示なのか、目的や理由などを聞き出した方が今後の捜査に役立つかと思いまして」
「時間と労力の無駄ですね。オックス家の者がミラー家に害をもたらした。その事実だけで十分です。その後の調査はオックス家が行なえば良いのです。我々が動く必要などありません」
なるほど、いかにも皇族的な考え方だとジェンは思った。
「終わりました」
そうこうしている内にネネフィーの荷物を全てトランクへと詰め込んだジェンは、一ヵ所に荷物を集める。
「では参りましょう。その荷物は後程護衛騎士が運びます。そのままにしておいて下さい」
そう言うと、ジョエルはジェンを伴って屋敷を後にする。
「馬には乗れますか?」
ジョエルは屋敷の前に用意された馬車ではなく、少し離れた所にいる2頭の馬を指差しながらジェンに尋ねた。
「嗜む程度には」
ジェンは答える。
先程から涼しい顔をしているが、どうやらジョエルは急いでいるらしい。
しかしそれはジェンも同じであった。
いかにアズベルトの命とはいえ、ジェンはネネフィーの側を極力離れることはしたくなかった。
勿論それは彼女に危険が迫っているとかそういったものではなく、自分がいないせいで周囲の誰かにとんでもなく失礼をかまさないか気が気でなかった。
「それは頼もしい」
ジェンの返答にジョエルは満足したように頷くと、二人はひらりと馬に跨り、自らの主の元に馬を走らせた。
ルビリオン帝国には、帝都にある大神殿を囲むように4つの神殿が存在している。
東西南北に分かれたそれらの神殿は、遥か昔から教皇派の貴族たちによって護られていた。
自らの領地に神殿を有している貴族の長たちは、頻繁に帝都にある大神殿に赴き祈りを捧げる。
教会とは違い、神殿は神が住まう神の為の場所。
神殿を護る者たちは、誰よりもその重要性を理解していた。
「ああ、オックス卿」
大神殿での祈りを終えて中央階段を歩いていたオックス伯爵は名を呼ばれて振り返ると、そこには教皇が数人の神官を連れてにこやかに立っていた。
「これはこれは教皇様。ご機嫌麗しゅう」
オックス伯爵はすぐに階段の端へと移動して腰を折る。
「よいよい、今日は卿にとっての試練の日だ。楽にいたせ」
「試練、でございますか?」
教皇の言葉に、オックス伯爵は不思議に思って顔を上げる。
「うむ。そなた、子は何人おったかのう?」
「子でございますか? 3人でございます」
突然の話題転換に首を傾げるものの、オックス伯爵は教皇に向けてしっかりと答えた。
「そうかそうか、それは幸甚。それならば、1人減ろうとも問題なかろう」
「? 1人減る、でしょうか?」
「さあさあ、早う帰るがよい。お前ならば選択を誤る事もなかろうて」
教皇はオックス伯爵に向かって数回手を払うと、そのまま大神殿の奥へと歩いて行った。
「……?」
しばらく教皇の後ろ姿を見ていたオックス伯爵だったが、一瞬の身震いと共に我に返ると、無性に嫌な予感がしてすぐに待機していた馬車へと乗り込んだ。
「出来る限り急いで領地に戻ってくれ」
御者にそう告げると、オックス伯爵は昼夜問わずに馬車を走らせた。
休憩もそこそこにようやく領地にたどり着いたオックス伯爵は、青い顔をした執事に出迎えられ、すぐに先導されて中庭まで連れてこられた。
何事かと訝しんでいると、そこには似たようなお仕着せを着た多くの人間が座り込んですすり泣いていた。
「何だ、こやつら。どこかの家の使用人か?」
「はい、まずはこちらをご覧下さい」
執事は、テラスのすぐ近くで放心状態になって座り込んでいる女性の腕を引っ張ると、その手の甲をオックス伯爵に見せた。
「犯罪紋だと? しかもこれは……」
オックス伯爵は、見覚えのある家紋に驚いて執事の顔を見る。
「左様でございます。昨晩ミラー公爵家の馬車がお越しになられて、『誠の主の元に使用人たちを返そう』と、彼等全員を下ろしていかれました」
「誠の主?」
「はい、確かにそう言われました。それから主にこれをお渡しするようにと」
執事は青白い顔をしながら、テーブルの上に置かれた両手で抱えられる程度の大きさの箱をオックス伯爵に見せた。
「……」
額に嫌な汗が流れる。
「あやつらは皆、ミラー公爵家の使用人たちなのか?」
オックス伯爵は、中庭に座り込む人々に視線を移す。
「はい、恐らくそれは間違いないかと。それと、何故か皆口を揃えて『ローリエ様に騙された』と申しており……」
ローリエとは、オックス伯爵の末娘の名である。
「ローリエに騙されただと? 一体どういう意味だ? おい、箱を開けろ」
「かしこまりました」
オックス伯爵に促されて執事が箱の蓋を開けると、そこには件の侍女長の首が鎮座していた。
「ひ! ひぃっ!! ……サ、サリー?!」
執事は驚いて箱を落とす。
その拍子に彼女の首が箱から飛び出し、コロコロと彼等の足元に転がった。
それを見て、庭の至る所で悲鳴が上がる。
ミラー公爵家から届けられた頭部しかない女性の名はサリー。
5年前までオックス家の末娘であるローリエの専属侍女として働いていた女だ。
現在は退職し、本人の強い希望でミラー公爵家の侍女長として働いている。
オックス伯爵は自身が推薦状を書いた為、そのことをよく覚えていた。
大神殿での教皇の言葉。
ミラー家の犯罪紋。
誠の主。
ローリエに騙された。
嫌な考えに行きついたオックス伯爵は、どさりと近くの椅子に腰を下ろした。
「……今すぐローリエを呼べ」
「ローリエお嬢様でございますか?」
「そうだ。とにかくすぐにローリエを呼ぶのだ!」
いつもは温厚なオックス伯爵が聞いたこともない厳しい口調で語尾を荒げた為、執事は一瞬呆ける。
しかしすぐに我に返ると、庭の隅で震えている侍女たちを呼び付けた。
「ローリエ様をお連れしなさい」
「ですが、ローリエお嬢様は現在神殿にいらっしゃいまして……」
侍女の1人が口ごもるが、
「だったらすぐに連れ戻せ!!」
オックス伯爵の怒鳴り声に、侍女はすくみ上る。
「引き摺ってでも連れて来い!」
オックス伯爵の怒号に、侍女たちは走ってその場を後にした。
2022.11.21修正




