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敵認定

 夜更け。

 ネネフィーはベッドの上でゴロゴロと何度か寝返りを打った後、おもむろにむくりと身体を起こした。

 部屋の隅に置かれているランプの火がほのかに揺れて、室内をほんのりと照らしている。


 昨夜に引き続き、アズベルトの部屋と繋がった扉はジェンによってしっかりと鍵が掛けられ、現在自室のベッドの上で1人きり。

 ネネフィーは素足のままベッドから降りると、毛足の長いふかふかの絨毯の上をとことこと歩いてバルコニーに出た。


 見渡す限りの広い敷地には、虫の声以外静寂に包まれ、所々転々と明かりが灯っている。


 ネネフィーはその場で目を細め、午前中に辿った魔力の地点を睨んだ。

 そこには王宮が建っているのだが、


「ちっ。見づらいですわ」


 大きな木や塀に邪魔され、いまいち王宮の全貌が見えない。

 ネネフィーは舌打ちしながら、一気に公爵邸の屋根まで駆け上がる。


 魔法で浮遊したとか、大きくジャンプしたとかそういった類のものではない。

 いわゆる猿のように壁に四つん這いになって、屋根まで這い上がったのだ。

 夜着のまま勿論裸足で。

 ジェンが見たら、間違いなく卒倒ものだろう。



 一気に屋根へと駆け上がったネネフィー。

 ミラー公爵邸はこの周辺では王宮に次ぐ大きさだった為、屋根上からはそれなりに帝都が見渡せた。


 夜といっても気温が高く、わずかな運動でもほんのりと汗ばむ。

 そんなネネフィーの前髪を、夜風が優しく揺らした。

 王宮を見つめる彼女の瞳は怒りの炎でらんらんと燃え、口角は不敵に片方だけが上がっている。


 ネネフィーは、午前中の一件を許してはいなかった。


(アズ様の敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵)


 ブツブツと呟きながら、どうやって敵を嬲ろうかとネネフィーは考える。


(1匹仕留めたけれども、きっともっといるはず。小さくて弱い生き物ほど無様に群れるって、お母様が言ってたもの)


 本音を言えば、王宮めがけて特大魔法をブチかましたいところではあるが、残念ながらネネフィーは攻撃魔法があまり得意ではない。

 怒りに任せてブチかましたは良いが、制御不能になって帝都に大穴でも開けてしまったなら目も当てられない。


(めちゃくちゃジェンに怒られちゃう~~)

 ネネフィーは別の手を考えることにした。


「う~ん。もう何発か雷落とす? ……あれ?」

 呟きながら王宮を見ていたネネフィーは、ごしごしと目を擦る。


「げっ……まずっ」

 何度瞬きを繰り返しても、王宮を覆う結界に小さな亀裂が見える。

 今朝、ネネフィーが落雷を放った際に割れたものだろう。


 すぐに気付く事が出来ない程の、小さい小さい亀裂。

 しかし結界石の製作者が見ればすぐに分かるだろう。

 急いで修復を試みようとするが、ネネフィーははたっと我に返った。


「別に直さなくてもいいんじゃないかしら? あ~んな弱々な結界、私が壊さなくてもその内きっと壊れるわ。あっ! そうですわ! 良いことを思いつきましたわ!!」

 ネネフィーは、意気揚々と王宮に向けて右手を上げる。


「ここと、ここと、ここね」


 結界に向け、まるで小石を弾くかのようにピンピンピンと親指と人差し指に魔力を込めて弾く。

 すると程無くして、王宮を覆っていた結界が見事に砕け落ちた。

 キラキラと砕け散った魔力の欠片が王宮に降り注ぐ。


「うんうん綺麗ですわ~。おまけにこれで、今朝私が作った亀裂を隠蔽することが出来ましたわ~!」

 ネネフィーは落雷による亀裂を綺麗さっぱり隠せたことにご満悦で、腕を組んで満足気に頷いた。


 余談ではあるが、大神殿で寝酒を嗜みながら水鏡で一部始終見ていた教皇は、ネネフィーの奇行に思わず飲んでいた酒を口から勢いよく噴き出し、しばらく腹を抱えて笑っていたのはここだけの話。



「何が隠蔽だ」


 背後からポコンと頭を叩かれて振り返ると、そこにはネネフィーの兄レイフィールが呆れた表情で立っていた。

 父親似の彼は、紺色の髪と灰色の瞳を持つ麗しい青年だった。

 この時間でも軍服を着ていることから、未だ彼が仕事中なのだと分かる。


「わ! お兄様、お久しぶりです」

 ネネフィーは殴られた後頭部を擦りながら、ぴょこんと膝を折る。


「敵かと思ってやって来てみれば、何やってんだよ、こんな時間にこんな場所で……」

 ぶつくさと言いながら何気なく王宮の方に視線を向けたレイフィールは、驚きの余りあんぐりと口を開けた。


「お、おいおい、ネネフィー。おま、まさか……」

「え~? どうされましたか~? お兄様~」

 王宮を指差しながら震えるレイフィールに、ネネフィーは明後日の方を向きながら口笛を吹く。


「それはそうとお兄様。お元気でしたか? お母様が心配されておりましたよ」

 レイフィールは12歳から領地を離れて帝都で学園に通い、卒業と同時にミラー公爵の側近兼護衛としての仕事に就いている。

 アズベルトと同い年であり、学園で非常に優秀だった為に皇太子ハミルトンの側近候補としても名が上がっていた。

 しかしレイフィールは自らその話を辞退し、ミラー公爵家に雇われることを選んだ。


「誤魔化すんじゃな~い~」

 レイフィールは、ネネフィーの両頬をびよーんと引っ張った。


「いででででで」

「お、ま、え、は! あれは何だ、あれは! いいから直ぐに結界を張り直せ!」

「え~絶対に嫌」

 ネネフィーはレイフィールから離れ、つねられてジンジンと痛む頬を擦った。



「敵に結界を張るなんてありえませんわ! 本当なら、あそこに特大魔法をぶっ放したいくらいですのよ! あ、お兄様お願い出来ませんか?」

「私は魔法剣士だ。広域魔法は専門外だ!」

「もう~! 役に立たないんですから!」

「何だって?」

「何でもないですぅ~」

 ネネフィーは、ぷいっとそっぽ向く。


「まあ、気持ちは分からんでもないが、考えてみろ。あんな所に魔法を打ち込めば、関係のない人まで巻き添えになるだろう。しかもアズベルト様が敢えて放置しているのだから、何か意図があるのかも知れない」

「う~ん。確かに……それはそうですけど……」

「だったらほら、今の内に直しておけ。爺さんたちが、明日の朝一で王宮に呼び出されてるんだよ。見付かったら大目玉だ」


 レイフィールのいう『爺さんたち』。

 それは帝都に住み、皇族用に加護の魔道具を作成しているロッシーニ一族の職人たちの事だった。

 勿論先程ネネフィーが壊した結界も、彼等が作った物だ。


「へえ~。それはそれで面白そうですわね」

「まあ、確かに」


 一癖も二癖もある彼等なら、きっとこの状況を大いに楽しむだろう。

 その様子を見たい気もする、とレイフィールは考えた。


「と・に・か・く・お兄様! 私は絶対に結界を修復しませんわ。アズ様の敵は私の敵。これは例えお兄様でも覆せませんわよ」

 ネネフィーの紫の瞳がすうっと細められる。


「はいはい。承知した」

 レイフィールは降参とばかりに両手を上げると、ネネフィーは満足気に頷いた。



「分かってもらえて嬉しいですわ。何だか怒りもどこかに飛んで行きましたし、私はこの辺りで失礼しますわ」

「そうだな。お前明日からバカンスだろ。楽しんで来いよ」

「勿論ですわ! それではお休みなさいませ~」

 ネネフィーは可愛く右手を振ると、するすると壁をつたって下りていった。


「お休み。ほんと良い妹を持って兄は嬉しいよ」


 四つん這いで降りて行く妹を見ながら、レイフィールは片手で顔を覆って大きくため息を吐く。


 それからレイフィールはネネフィーとは違い、軽やかにジャンプを繰り返しながら自室へと戻っていった。


2022.11.20修正

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