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事の顛末

 大神殿の教皇の間。

 まつ毛にピリピリと心地良い痺れが走り、資料を見ていたアズベルトと教皇がほぼ同時に顔を上げる。

 立ち上がった2人はバルコニーに出ると、少し離れたところに建つ王宮を見下ろした。



 晴れ渡る青空の下。

 凝縮された魔力の塊が、紫の光を伴って王宮の一画に勢いよく落ちていく。

 僅かな時間差で地面を揺らすような轟音が辺りに鳴り響き、落ちた場所から煙が立ち上った。


「お~これはこれは」

 教皇はその光景を見て面白そうに笑う。


「美しいね……ネネの魔力は」

 アズベルトは手すりに頬杖をつき、恍惚な表情でその光景を眺める。


「天の裁きとでも名付けましょうか」

 教皇はふむっと考え込む。


「ふふふ、流石は私の乙女。的確に術師を仕留めているね」

「あなたがヘビたちを放置していたせいでしょう? しかし未だにちょっかいをかけてくるのですね」


 5年前、ミラー公爵家が教皇派に鞍替えしたことにより、教皇派は水面下でじわじわと勢力を伸ばしていった。

 今や皇帝派といわれる貴族は僅かしか残っていない。


 皇帝一家は帝国貴族から形ばかりの礼を取られ、腹の中では愚か者と蔑まれている。

 皇帝自らが議会や公の場で発言しようものなら、あからさまに辺りはしんと静まり、逆にその後の教皇の発言に貴族たちは賛同する。

 今や名ばかりの皇帝となり下がっていた。


「私たちの邪魔さえしなければ何とでも。そんなことよりもう帰るよ。ネネを労わないと」

 アズベルトは鼻歌を歌いながら教皇の間を出て行った。




 阻害認識の魔道具を発動した状態で大神殿から戻ったアズベルトは、ネネフィーに向かって両手を広げた。


「ネネ、ただいま」

「おかえりなさいませ」


 ネネフィーはアズベルトに向かってとてとてと歩くと、彼の胸にぽてっと到着する。

 そんなネネフィーを、アズベルトが優しく抱き締めた。


「ふふふ。お手柄だったのですか?」

 その言葉にネネフィーはパッと顔を上げ、キラキラした瞳でアズベルトを見つめた。


「はい! ヘビ遣いを退治しましたの!」

 褒めて褒めてと尻尾を振る子犬のようなその姿に、アズベルトはくすぐったそうに口元を緩めた。


「えらいですね」

 アズベルトはネネフィーの頭を優しく撫でる。


「はい! 治癒魔法が効かない程しっかりと焼きましたわ! 表面はこんがり、中は半生でじっくりと苦しむと思います!」

「ふふふ、ありがとう」


 ちゅっ


 アズベルトはネネフィーの頬にそっと唇を当てた。

(ほわわわわわ……ご褒美を頂きましたわ……)


 爽やかな香りと頬に感じる温かく湿った唇に、ネネフィーの胸がぎゅんと締め付けられる。

 突然苦しくなったネネフィーは、思わずアズベルトの肩口に頭を擦り寄せた。


(いい匂い……)

 どさくさに紛れてすんすんと匂いをかいでいると、


「……ネネ」

 びっくりする程低音で、アズベルトに耳元で囁かれる。

 ネネフィーが驚いて顔を上げると、想像以上に彼の顔が至近距離にある事に驚いて思わず顎を引く。

 しかし、アズベルトの顔はそのままゆっくりとネネフィーに近付き、そっと二人の唇が優しく重なり合った。


 ネネフィーは何が起こったのか理解出来ず、近過ぎてぼやけたアズベルトの瞳をじっと見つめる。

 こうしてしばらく2人が互いに口付けしながら見つめ合っていると、


「ん、ん。こほん、こほん」

 すぐ近くから咳払いが聞こえた。


 ネネフィーが我に返って振り返ると、そこには侍女のジェンを始めとした使用人や護衛騎士、ガルシア商会のヨーギまでもが申し訳なさそうにこちらを見ている。

 ちなみにステファニーは特に気にした様子もなく、優雅に紅茶を飲んでいた。


「あ……」

 彼等の存在を完全に忘れていたネネフィーは、恥ずかしさの余り一歩後ろに下がるが、アズベルトはそれを許さず、彼女の身体を素早く抱き上げ、そのまま近くのソファーにネネフィーを抱いたまま腰を下ろした。


「ひゃっ」

(お、お膝の上で抱っこですわぁあああああ~~)

 鼻血が出そうなほど興奮したネネフィーだったが、


「詳しい説明をお願いします」

 アズベルトは至極冷静にステファニーに話し掛けた。


「そうね」

 ステファニーは頷くと、側に立っていた執事に先程あった出来事をアズベルトに説明するよう命じた。



「つまり、ここに来る最中、ガルシア商会の馬車が何者かに襲われ、同乗していたヨーギの孫2人が奴隷紋を入れられたと。それでその2人は?」

「使用人部屋のベッドに寝かせております。奴隷紋に関してはネネフィー様の御力で解呪出来ましたので、後遺症は残らないでしょう」

 執事が説明する。


「そうですか。ネネ、お手柄ですね、ありがとう」

「えへへへ」

 アズベルトはネネフィーの頭を撫でる。


「ずっと我が屋敷を監視していた者の仕業でしょうね。久々に商人を呼んだことで、何か動きがあると踏んだのでしょう」

「本当に忌々しい」

 アズベルトの言葉に、ステファニーは呟く。


 少し前、王宮に忍ばせていた使者から落雷の被害状況がおおまかに伝えられた。

 勿論その時、落雷が皇后エミリアのお抱えの魔術師に落ちたという事実もしっかりと伝えられていた。


「お下品でお里が知れるというものね」

 ステファニーは吐き捨てるように呟いた。


 この言葉には、属国であるゾール王国から嫁いできた皇后エミリアを侮蔑する意味が込められている。


「ふむ、愚か者の話はこの辺りにして、どうですか? ネネに似合う装飾品は見つかりましたか?」

「まあ! そうなの、これを見て頂戴」


 ステファニーは、ネネフィーの為に吟味した宝石の数々を嬉しそうにアズベルトに見せた。


 それは色、形、大きさ、どれをとっても一目で最高級品とわかる物ばかりだった。

 どう考えても一般に出回る代物ではない。

 アズベルトはチラリとヨーギに視線を向ける。

 すると彼は、その視線の意味に気付いてしっかりと頷いた。


 上位貴族にすら簡単に出回らないこれら最上級の品々は、ガルシア商会が皇帝陛下に献上する為の物だ。

 しかし今回の一件で、ガルシア商会は皇帝派から完全に手を引く。

 その意思を、今ここでミラー公爵家に表明したのだった。


 計画性の欠片もない愚かな行為が、帝国一の商会を敵に回してしまったのだ。

 まさに自業自得である。


「彼女は私の大切な人です。彼女の為に、また良い品が手に入れば持ってきて下さい」

「承知致しました。これは私共からミラー公爵令息様へ」

 ヨーギは深々と頭を下げながら、翠色と紫色の2つの石を差し出した。


「ふむ」

 アズベルトは、ベルベットの上に置かれたその石を観察する。

 直径1センチにも満たない石ではあるが、透明度もカットも申し分ない。

 何よりも、2つの石はネネフィーとアズベルトの瞳の色に酷似していた。


「ご回復、心よりお祝い申し上げます」


 世間一般では、未だアズベルトは寝たきり状態のままである。

 現在、阻害認識の魔道具を使って姿は変化しているものの、普段と変わらず生活している姿にヨーギは内心驚いていた。

 そして、来年デビュタントを迎える少女ネネフィーについて。

 明言はしていないものの、彼女がアズベルトの婚約者であることは間違いないだろうと、ヨーギは機転を利かせ、手持ちの中で彼等の瞳の色に似た一番高価な石をアズベルトに贈った。


 また、今のアズベルトの瞳の色は阻害認識のせいで赤色だが、彼がリース神の色を持って生れて来たことは周知の事実であった為、ヨーギは赤色の石ではなく、敢えて翠の石を選んだ。


「気に入りました。これを使って互いの指輪を作りましょう。デザインは……」

「お任せ下さい、数日後にはいくつかのデザイン画をお持ち出来ると思います」

「頼みましたよ」

「はい」

 ヨーギは深々と頭を下げた。


「楽しみだね、ネネ。お揃いの指輪にしようか」

 アズベルトは自分の膝に座るネネフィーの前髪を優しくすくう。


「…………」

「ネネ?」

「…………」

 話し掛けても微動だにしないネネフィーに、アズベルトは彼女の顔を覗き込む。


「どうしたの?」

「っえ!?」

 指先で頬を撫でられてネネフィーは我に返る。


「どうしたのですか? 何か気になる事でも?」

「えっと、いえ、そんな、全く、はい、全然……」

 ネネフィーはしどろもどろになりながら視線を彷徨わせる。


「ネネ、何か気になる事があるのなら、遠慮なく言って下さい」

「遠慮なく?」

「はい」

「それじゃあ……」


 その時、ネネフィーの後ろに控えていた専属侍女のジェンは、非常に嫌な予感がした。

 しかし、主たちの話に割って入ることなど出来るはずもなく、その場はぐっと耐える。


「あの、その、お尻があったかくて気持ちいいな~って。でもアズ様のお膝の筋肉? 硬くてちょっぴり座り心地が悪いんだなって初めて知りました!」


 ネネフィーはドヤ顔でそう言いながら、もぞもぞと尻を動かす。

 先程からアズベルトのお膝に抱っこ状態になっているネネフィーは、自分の尻に当たる彼の体温と感触に集中し過ぎて周りの会話を全く聞いていなかった。

(何せ、夢にまで見たお膝の上ですから! 仕方ないですわよね!)


「……」

「……」

「……」

 何とも言えない空気が室内に流れる。


「あっ。これはもしかして我慢するのが普通なのですか? せっかくの初体験なのに、申し訳ございません!」

「初体験……」

 アズベルトがネネフィーの耳元でぼそっと呟く。


「?」

 ネネフィーはこてんと首を傾げた。


「私の膝の上は座り心地が悪いですか? それならこれはどうでしょうか?」

 アズベルトはそう言うと、自ら足を開いてその間にストンとネネフィーを座らせ、後ろから両手を回して彼女の腹の前で手を組んだ。


「え……」

 先程よりも数段密着度が増し、ネネフィーは真っ赤になって混乱する。


「これならネネフィーの可愛いお尻は柔らかいソファーの上。しかも疲れたら私の胸にもたれかかることも出来ますね」

 ネネフィーは、アズベルトに背中から覆い被さられる。

 肩に顎を乗せながら話すせいで振動が伝わり、ネネフィーはくすぐったさに身体をすくめた。


「どうですか?」

「く、くすぐったいですわ!」

「そう? じゃあこれは?」

 アズベルトは調子に乗って、ふぅっと耳元に息を吹きかける。


「もうっ! アズさま!」

「ふふふ、可愛い」


 2人の時間はしばらく続き、室内に甘酸っぱい空気が充満する。

 見かねた執事が咳払いするのはもう少し先。


2022.11.20修正

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