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教皇

 ある日の夜半、ミラー公爵家の裏門からひっそりと出発した紋章のない1台の馬車が、大神殿の裏口につけられた。


 ローブを目深に被ったアズベルトは、護衛騎士ジョエルを伴って早足でその馬車から降りると、案内役の神官に連れられて神殿内へと入っていく。


 時間が遅いせいもあってか神殿内は彼等以外に人はおらず、3人の足音だけが高い天井に響き渡る。

 アズベルトたちは脇目も振らず、最奥にある教皇の間へと向かった。



 帝都を一望できるこの大神殿は全能神リース教の総本山であり、教皇がその最高責任者の任に就いている。

 御歳200歳以上。

 魔力が多い為にかなりの長寿である教皇は、白く長い髭を片手で触りながら機嫌良さそうにアズベルトを室内へと招き入れた。



「これはこれは、アズベルト・ミラー公爵令息殿。お待ちしておりましたよ。回復されましたこと、心よりお祝い申し上げます」

「ああ。母上が世話になったね」


 アズベルトの言葉に、教皇はおやっと眉を上げた。

 側に控えていたジョエルも、驚いたように目を見開く。


 ルビリオン帝国で教皇といえば、今や皇帝と同等かそれ以上の権力を持つといわれている。

 公爵とはいえ、たかが1貴族の嫡男が敬語もなしに気軽に話し掛けて良い相手ではない。

 けれどもアズベルトは、まるで自分の部下に話すような口調だった。


「おやおやおや。アズベルト殿は未だ病が完治していない様子ですね。それとも後遺症で、少々おかしくなってしまわれたのですかな?」

 教皇は、長い髭を弄びながら面白そうにアズベルトに言い放った。


「茶番はいい。ケッペルフリート・ミッツァ」

「っ、これはこれは……」


 その言葉を聞いた教皇は気分を害した様子もなく、嬉しそうに手を叩いた後にアズベルトの前に跪いた。

 ジョエルはアズベルトの背後で息を飲むが、すぐに平常心を取り戻して無表情へと戻る。


「いやはや、ようやくお目覚めですか。我らが主、全能神リース様」

「殊勝な態度だが、お前がすると寒気がするね」

 アズベルトは、目の前に跪く教皇を見下ろした。


「あははは、これは手厳しい」

 教皇は笑いながら特に気にした様子もなく、アズベルトの言葉を受け流した。


 ネネフィーに助けられたあの日、アズベルトは記憶の一切を取り戻した。

 自らがリース神であること。

 この身体が、神下ろしの器であること。

 そして『ケッペルフリート・ミッツァ』とは、リース神のシモベの1人、時を司る神の真名であること。

 教皇はリース神の忠実なるシモベの1人であり、彼の側近でもあった。



「それより何だい、その姿は。いつからそんな趣味になったの?」

 アズベルトは教皇の姿に眉を顰める。


「人間という生き物は、年老いた見目の方が威厳を感じるらしく、この姿の方が何かと都合良く話が進むのですよ」

「ふ~ん。そういうものかい」

「そういうものです。ああ、すぐにお預かりしていた杖をお待ちしますので、そちらに掛けてお待ちください」


 教皇は立ち上がると、部屋を出て行こうとする。


「今はまだいい。この身体ではまだ神具を使いこなすことは出来ない。もう少し成長してからにするよ」

「そうですか……承知いたしました。では早速皇太子から継承権を奪還致しましょうか」


 教皇はうきうきしながら話し始める。


「……お前、以前はよくも引っ掻きまわしてくれたね。お蔭でひどい目にあったではないか」

 何を隠そう、アズベルトを皇帝にするべきだと声高に叫んだのは他でもない教皇だった。


「当然でしょう。この国はあなた様が造ったものです。創造主に返すのが筋というものでしょう」

「私は皇位など微塵も興味はない」

「存じておりますとも。しかし如何せん現皇帝とその一族がとにかく救いようがなく……まあミラー公爵家は例外ですが」

「だろうね。よもやこの色を持つ者を害するなど」

 アズベルトはそう言うと、自分の髪の毛を指先で摘まむ。


「同じ色を持つ者はリース神の器である、と文献にもきちんと書き記したのですがね。もしかして現皇帝陛下は文字すら読めないのでしょうか? お可哀想に」

 教皇は鼻で笑う。


「そこまで言うならミッツァ、お前が皇帝にでもなれば良いではないか」

「それこそご免こうむります。私はここで、のらりくらりとあなたの目覚めを待つだけで十分です」

「相変わらず怠惰な」

「当然です。しかし……それにしても今回の乙女の転生は、やけにのんびりしておりましたね。前回からおよそ300年は経っております」

「輪廻の輪で何かあったのだろうか……。そのせいで、私の目覚めも遅かった」

 アズベルトは溜息を吐いた。


「お前が母上に『ロッシーニ家の乙女』について助言しなければ、会うのはもう少し後になっていただろう」

「そうなれば、あなた様は皇女テレジアにほだされていたかもしれませんね」

「下らない、あり得ない話をするな。この国が一体何の為に存在するのか知っているだろう」

「勿論ですとも。ここルビリオン帝国は地上の楽園であり、全能神リース様と最愛の乙女の為の神の遊び場です。過去も未来もあなた様が愛するのは乙女ただ1人」

「分かっているのなら下らない話をするな」

 アズベルトは教皇を睨む。


「ふふふ、申し訳ございません。しかし、今回はまんまと陥れられましたね。まさか呪いを体内に受けるなど」

「……若気の至りだ。しかし、そのお陰で乙女にも会うことができた。相変わらず愛らしかった」

 目覚めさせてもらった日の事を思い出し、アズベルトはうっとりと目を細めた。


「容赦なく口に手を突っ込まれていただけでしょうに」

「どうしてそれを……」

「ここから水鏡で見ておりましたので」

「……」

「まあ、あの方も相変わらずというか……。それで彼等に報復なさるのですか?」

「特に興味はない。だが私たちの邪魔をするようなら……容赦はしないよ」

「畏まりました。ただ……」

「?」

「私はあなた様の忠実なシモベではございますが、見ての通り結構な歳でございましょう? うっかり手が滑ってしまうことがあるかもしれませんが、その時はどうかご容赦下さい」

 教皇が真剣な顔でアズベルトを見る。


「……そうだね。逆に私はとても幼い。まだまだ未熟ゆえに気付かないことも多いだろうね。お互いの粗相は大目に見よう」

「ありがたき」

 教皇は深々と頭を下げた。


「はあ……。さすがに少し疲れた。そろそろ帰るよ」

 体力が戻りきっていないアズベルトは席を立つ。


「まだまだ成長段階の上、呪いで弱っております。ご無理をなさらぬよう」

「暫く身体作りが中心の生活になるだろう。ジョエル、今日の事は他言無用だよ」

「承知いたしました」


 二人の会話でジョエルは何となく事態を把握したが、顔には出さずに深々と頭を下げた。


 アズベルトは再びローブを被ると、ジョエルを伴って神殿を後にした。




 数日後。

 皇帝派筆頭であったミラー公爵家が、教皇派に鞍替えしたという話が帝国中を駆け巡った。


 帝国貴族たちは騒然とする。

 しかしそれと同時に、ミラー公爵家の嫡男であるアズベルトが、皇太子ハミルトンを庇い毒に倒れ、今もなお寝たきり状態で意識が戻っていないことを思い出した。


 公爵夫人は悲しみの余り大神殿に通い、毎日祈りを捧げており、教皇に救いを求めたらしい。

 そのせいで信仰心が強くなり、ついには教皇派に傾倒したのだろう。

 そんな噂もまことしやかに囁かれ始めた。


 全てが真実ではないにしても、全くの嘘でもない。

 世論はミラー公爵家に同情的で、皇族たちも後ろめたいからなのか特に妨害することもなく傍観に徹した為、ミラー公爵家はあっけなく教皇派となった。


2022.11.13修正

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