ムア・トゥフトゥフと彼の最初の妻の話
2021-05-02
安価・お題で短編小説を書こう!9
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>>695
締め切りに間に合いませんでしたので、供養枠での投稿です
使用お題→『野良犬』『300年』『怪獣』『サーフィン』
【ムア・トゥフトゥフと彼の最初の妻の話】
「ねえ、トゥーレロ・ククー。お話を聞かせて」
焚き火の明かりが私たちを照らす。野良犬の遠吠えが夜空に響く。
「さてね。風がおしゃべりしているよ、カイアイオウア。細波が騒いでいるよ」
私は耳を澄ます。
何も聞こえない。
聞こえてはいないはずだ。私の隣で、薪の小さく爆ぜるのを、静かに眺める彼女にも。
「火の娘たちが歌っているよ。さあ、今夜は何を話そうか」
私は口を閉じて、彼女を待つ。
鼻から入った夜の空気に、私の魂が少しずつ溶けていく。
やがて、彼女の口が、ゆったりと開かれる。
「お話をするよ。だあれも知らない話だ。私が私のおばあさんから聞いて、私のおばあさんはそのまたおばあさんから聞いて、そのおばあさんはそのまたおばあさんから聞いたのさ」
それは私たちの物語。
「よくお聞き、カイアイオウア。これは遠い昔の話————」
* * *
天と地とが分かたれて、三百年ほどが過ぎた頃のことだ。サーフボードに乗った若者が一人、この島へと流れ着いた。お前もよく知っている、私たちの祖先、ムア・トゥフトゥフだ。
彼は幾人もの妻を得て、多くの子供を残した。ココヌイ・ハールーと、その子供たちのことは、何度も話したね。
だけどこれは知らないだろう。彼の最初の妻、トゥワル・テテアの話だ。
初めて聞く名前だろう? そりゃそうさ。話したことがないからね。
彼女は、トゥフが島の土を踏む前から、彼のことを見ていた。
最初の夜は——トゥフがこの島で過ごした最初の夜だ——丁度、今みたいに、静かな夜だった。
何事もなく朝が来て、昼が来た。トゥフはゆっくりと起き出して、波に乗ったり、魚を釣ったり、昼寝をしたりして過ごした。そうして、また、夜になった。
その夜——二日目の夜だ——少し風が出てきた。だけどトゥフは気にすることなく、朝まで眠りこけていた。
トゥフが目を覚ますと、面白いことになっていた。風の声は騒がしく、波は大きくうねっていた。
トゥフは、小さな子供みたいに喜ぶと、その日は朝から晩まで、波に乗ったり、魚を釣ったりして過ごした。
その夜、三日目の夜は、いよいよ嵐になった。さすがのトゥフも、この夜は一睡もできなかったと、そう思うだろう?
ところが現実はそうじゃない。よっぽど疲れていたのか、彼はぐっすりと寝入って、朝まで一度も目を覚まさなかった。
そしてとうとう朝になった。
私たちの祖先、ムア・トゥフトゥフが目を覚ますと、彼の寝ていた場所は、おかしなことになっていた。
木陰の地べたで、サーフボードを抱えて横になっていたはずのムア・トゥフトゥフは、新しくて立派な木の家の、大きな寝室に寝かされていた。
混乱した頭で、それでも彼は起き上がった。人の気配を感じて、部屋の隅に目をやると、そこには女が一人座っていた。
女が言った。
『あのような嵐の中、平気で寝ていられるなんて、あなたは恐れを知らない方なのですね。ですが、あのままでは風に飛ばされて、波にさらわれてしまうところでした』
女はトゥフの側まで寄ってきて、こう続けた。
『家を用意しました。今日からここが、あなたと私の家です』
その日から二人は夫婦になって、一緒に暮らし始めた。
女は働き者で、かいがいしくトゥフの世話をした。トゥフの方はと言えば、こちらもやはり悪い気はせず、女を喜ばせようと思って、とても熱心に働いた。
そうして毎日楽しく過ごしていたが、そんな幸せは長くは続かなかった。
ある日、漁に出た先で、トゥフはとても美しい娘に出会った。トゥフの妻も美しい女だったが、その娘の美しさは、太陽の輝きすらも霞んでしまうほどだった。
トゥフはすっかり恋に落ちてしまい、娘の方もトゥフを受け入れた。
丸々一日を二人で過ごし、日が沈む頃になって、ようやく彼は妻のことを思い出した。
急いで帰宅すると、彼の妻、トゥワル・テテアが、家の外で待っていた。
『ムア・トゥフトゥフ。すべて見ていましたよ。私を差し置いて、あんな女に現を抜かすなんて』
それだけ言うと、彼の妻は、八本足の大きなトカゲになって、彼を食い殺そうと襲い掛かってきた。
ムア・トゥフトゥフは、島中逃げ回った。彼の妻は、どこまでも追ってきた。
森の中を走っている時、トゥフは何かに躓いた。それは、彼の妻が家を建てる時に使った斧だった。
トゥフは木の陰に隠れると、妻が来るのを待った。彼女が木の横を走り抜けるのに合わせて、彼は斧を振り抜いた。
大きなトカゲの足が一本、宙を舞って地面に落ちた。トゥフは再び逃げ出した。
それでも彼女はトゥフを追ってきたが、彼は追い付かれる度に妻の足を切り落とした。
四本目の足が海に没した時、トゥワル・テテアは、ようやく諦めて、波の向こうへと去っていった。
* * *
「————海を渡って、隣の島へと泳ぎ着いた彼女は、それから二度と、トゥフの前に現れることはなかった」
踊る火の粉を見詰めたまま、彼女は続けた。
「トカゲだらけの島があるだろう? あの島さ。あそこの山の天辺から、今でもこちらの様子を窺ってるって話だ」
私は彼女の言葉を反芻していた。トゥーレロ・ククーは続けた。
「切り落とされた四本の足だが、地面に落ちた三本は、この島を流れる川になった。こんな小さな島に、少し大きな川が三本もあるのは、こういうわけさ」
白い煙が細長く立ち上る。誰かの声が聞こえる。
「海に落ちた一本は、あれはまだその辺を漂っているらしい」
これは私たちの物語。
「それで、サーフィンの上手なやつを見付けると、あの男がいるのかと思って、海の中から襲ってくるということだ」
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