第二話 クライム・アンド・シーク(下)
翌朝。
空は村のオババが予言した通りの快晴となった。山頂方向へ続く道の前で、二人は村人たちに見送られながら山を登っていく。
「よーし、さっさと登っちまうぞー」
「おー」
村より上の岩山は、さらに険しい道となる。
二人は岩場に手を掛けつつ、ハイペースで山頂へと登って行った。
「ほれ」
「助かります」
先に大きい岩に這い上がったロンクが手を伸ばしてリルカを引き上げ、時には逆に押し上げてから手を借りる。
悪路を行くことも少なくない旅の中で、二人はすっかり連携にも慣れてしまった。
拠点となる街を持たない流浪の身でありながら探索能力の高さを冒険者ギルドに高く評価されているのも、そういった連携の上手さもあってこそ。
多くを明かす必要がなくビジネスライクに付き合えるギルドは、彼らにとってもありがたい存在であった。
数時間をかけていくつかある山頂の内の一つ、遺跡の残された場所にたどり着く。
高山の気候のせいか今もくっきりと残る赤い線模様に彩られた石造りの神殿は、随所に施された稚拙ながら見事な彫刻とあいまって、静かな神秘性に満ちていた。
外壁に刻まれた横長の彫刻は、何らかの物語をベースにしているのかややストーリー性のうかがえるものとなっている。
ロンクは紙の上に簡単なスケッチで彫刻の絵を写していく。
リルカは長い巻き尺を当てて各所の寸法を測り、メモを取っている。
二人はそうして、しばらく作業を続けた。
「……そろそろ昼だな。休憩にしようか、おーい!」
太陽が真上に差し掛かったのを見て、ロンクはリルカを呼び寄せた。
戦いの様子が描かれている彫刻の前で難しい顔をしていたリルカは、ぱたぱたと走って戻ってくる。
「なんか面白いものでもあったか?」
リルカが何かを見つけたから彫刻を見ていたのだろうと推測したロンクは問いかける。
「……いえ、何かあったというわけではないのですが。少し気にかかる部分があっただけですよ」
リルカはあいまいに首を振る。
「ふむ、そうか。何かわかることがあるなら言ってくれ、書いとけばなんかの足しにはなるだろうからな」
「……そうですね。小さいことなのですが──変なところが挟まっていたんですよ。教会の史書に拠れば、存在しないはずの戦いが描かれているんです」
「ふーむ、なるほど」
ロンクは頷きながら手元のメモに文字を綴っていく。
「……ってことはリルカ、ここの絵がなに描いてるのかわかるのか?」
「あ、はい。それに関しては確実だと言い切れます。聖書と史書が今の形になった時期にすごく近いので、詳細な記述が残されているんですよ」
「なるほど。そうなるとこの遺跡の年代もかなり絞れるな」
「そうですね。それ以外の遺跡の構造とかに関してはロンクの方が詳しいでしょう。そっちは任せますよ」
「ああ、それに関してもだいたい似たような見積もりだ。裏付けができたと考えるべきだな。それよりだ、その変な場所とやらを教えてくれ。書いておくから」
「そうですね……まあ、見たほうが早いでしょう」
「ああ、そうだな」
リルカに先導され、ロンクは横長の彫刻の一部分の前へ歩いた。
「これです」
「ああ、これか……見えるところがほとんどないんだよな」
その部分は、ほかの彫刻面と比べ、非常に激しく損壊していた。
辛うじて見える部分には斃れた馬や壊れた戦車の車輪、折れた剣のようなものが見えるばかりだ。
たしかに、戦いの一場面を描いたもののように見える。
「……この遺跡の彫刻は、全部時系列順に並んでいます。創世とここの祭神──天と地の狭間のものたる山の神が生まれたゆえんについては簡潔にまとめられていますが、その後の歴史についての描写はしっかりしているんです」
「確かに、神話の部分は短いな」
「そうです。──話を戻しますが、この彫刻の前後には二つの戦いが描かれています。半冠王ジャグドの乱と、クリエムの防衛戦。これはモチーフがはっきりしているからわかりやすいですね」
「半分に割れた冠を被った王様と、城壁の前に立つ市民の女。確かにわかりやすいな」
「ですね。史書に拠れば、その間に戦いはないはずなんです。ですが、ここには戦いが描かれている……私が気になったのはそれだけです」
「なるほどね。ん、しっかり書いておいたからあとは学者の先生が調べてくれるさ」
「うん、それでいいですよね」
「ああ、飯でも食おう」
「いいですねぇ。お腹すきましたよ」
二人は入り口に戻る。
積んである背嚢から干し肉と村でもらったイモを取り出し、鍋に魔法で水を満たす。
携帯燃料の上に五徳を乗せ、火をつけてから鍋を乗せる。
雑に刻んだ食材を放り込み、塩やハーブをかける。
イモが煮えればそれでよし、野営の定番適当スープの完成だ。
「食えればいい」という精神は、今は遠きロリオール学園の生徒全てが知らず知らずのうちに教え込まれる知恵だ。
それは二人も例外ではなかった。
「あぁ~、この雑な塩気がほっとしますねぇ……」
カップに山盛りぶち込んだスープをすすりながら、リルカは遠くの海を眺めて息を吐く。
「懐かしい味だなぁ……」
ロンクもそれにならってゆっくりと食事をする。
やや肌寒い高地の風に冷やされた体が、じんわりと温まっていくのを感じていた。
「……っし、続きやるぞー」
「おー」
二人は食後の休憩をしっかりとってから、作業に戻る。
外面の寸法測定がおおよそ終わったリルカは、彫刻の絵を写すロンクにくっついて手元を覗き込みながらあれこれと注釈をつける。
それにならって修正を挟みながらロンクが外周の彫刻を絵に移し終えた時には、もう空はすっかり暮れ始めていた。
「……ふぅ、やっと終わったか」
「お疲れ様ー」
ロンクが描き写し終えた紙を丁寧に折って鞄にしまい、手ごろな岩に腰かけて息をつくと、暇そうに彫刻を撫でまわしていたリルカがねぎらいの声をかける。
「今日は泊まりでしたよね?」
「そうだな、降りるのは明日にしよう」
「はーい。じゃ、準備しましょうか」
「おう」
二人は入り口付近に置いたままの荷物を担いで遺跡の中に入り、広間の隅に置く。
差し込む夕日でほのかに照らされた遺跡の中の暗がりは、外よりもなお丹念な彫刻や壁画で覆われているのがわかる。
ロンクは鞄から取り出した魔力ランプのスイッチをひねって点灯させ、床の上に置く。
大広間にぼんやりとした明かりが広がっていった。
「はー、中も凄いですねえ……」
リルカはランプの明かりに照らされた内壁の装飾を眺め、感嘆の言葉を漏らす。
「そうだなぁ。よくここまで綺麗に残ったもんだよ」
ロンクは石の床に座り込んで野営用の道具を出しながら同意する。
「……まあその分、ロンクの仕事が増えるんですけどね!」
「……お前が手伝ってくれたらもっと早く済むんだがな」
「私に描かせても紙の無駄ですよ?」
「よーく知ってるよ……」
壁画や彫刻の描き写しは、ろくすっぽ絵の描けないリルカには任せられない。
それゆえ遺跡調査の仕事はロンクの負担が大きめだが、そういった仕事を彼が避けることはない。
むしろ、そういう依頼を優先しがちなのがロンクだった。
なぜならば、調査の進んでいない遺跡には過去のものが多く埋もれていて、探せば古代の魔法──現在の魔術管理協会が把握していない魔術たる禁呪が記された書物がたまに見つかるからなのだ。
「……しかし、ここは建物以外なんもねえなぁ」
「ロンクには残念ですが、そうみたいですねぇ」
リルカは鞄から引っ張り出した寝袋の上に座り、天井を見上げている。
ロンクもつられて見上げる。
「……なるほど、天井にもあるわけだ」
「どうやって掘ったんでしょうね?」
「知らん。だがめんどくさいことはわかった」
ロンクは新しい紙を取り出して「内壁」と書き、簡単な見取り図を描いて壁に番号を振り、それぞれの壁ごとに四角い枠を描く。その中に壁の装飾を写せばいいという寸法だ。
「あ、ランプの明かりだけじゃ見づらいですか?光源の魔法が要るなら言ってくださいね」
「ありがとう、頼むよ」
ロンクはリルカの手を借りながら作業を進めていく。
そうこうしているうちに日はとっぷりと暮れ、あたりは夜になっていた。
「おや、もう夜ですよロンク。ちょっと外に出てみましょう」
「ん、なんかあったか?」
「いいからいいから」
リルカはロンクの手を掴んで神殿の外に連れ出す。
「ほー、綺麗なもんだ……」
「やっぱり山の上だと違いますねえ」
遮るもののない岩山の上、雲一つなく澄んだ空気の夜の空。
天を覆わんばかりの星のまたたきが夜空にちりばめられている。
「こういう景色を見ると、この生活も悪くないと思えてきます……」
「そうか?そりゃあよかった。俺は変な家の生まれだからいいが、リルカは教会育ちの箱入りだったんだろう?心配はしてたさ」
「心配はご無用ですよ。どうもこういう暮らしの方があっているようですし、私……」
「みたいだな。だからもう心配はしてねえさ」
「んじゃ、俺は作業に戻るぜ」とロンクは手を振り、神殿の中へ戻っていった。
リルカはひとり、星に埋もれた夜空を見上げる。
風がさざ波のような音を立てて抜けていく。
リルカはひとり、満点の星空を楽しんだのだった。
……翌日。
彫刻を写すため明け方まで粘ったロンクが帰りの岩道から寝不足でずり落ちかけてリルカが大慌てすることになったのも、明日の二人にはただの笑い話になるだろう。
今更ですが評価してくれると作者が喜びます。
アドリブ力をつけるため毎日書くぞ!という気概で一応毎日更新を予定してはおりますが、途切れた場合はネタが切れたり別のを書きたくなったりモンスターと戯れたくなったりおんまさん育てたくなったりした結果ですのでさげすんだ目で見てやって下さい。




