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第二話 クライム・アンド・シーク(上)

 潮風の香る港町。

 海にせり出すように広がる街並みは、赤茶けたレンガ造りの城壁でぐるりと囲まれ、白塗りの壁の上に城壁と同じく赤茶けたレンガの屋根瓦を並べている。

 翠玉のように透き通った海と併せて三色で締められた町は、観光地を名乗るだけあって、たしかに美しさを持っていた。


 そんな街を眼下に一望する高台。

 海へ向けて切り立った崖を晒す、峻険な岩山にへばりつくようにしてできたわずかな平地。

 数軒の家と一つの大きな建物が軒を連ね、淵のギリギリを攻めるように畑が作られている。

 遥か高みから落下してきた水が、中央の滝つぼに溜まり、淵へ向かう小さな川となって、さらに滝となって落下していく。


 ロンクとリルカの二人は、その極々小規模な集落の中の家を一軒借り、逗留していた。

 といっても二人はそこを定住の地に選んだわけではない。

 此度もまた、冒険者としての依頼に基づく旅だった。

 が、しかし……


 「いい景色ですねぇ……」

 「そうだなぁ……」


 二人はすっかり崖っぷちの村での生活に慣れ、借り家の窓辺で景色を眺めながら茶をすするようなのんびりとした毎日を送っている。

 彼らがここに来たのは、この岩山の上部に残る遺跡の調査を行うためだった。

 禁呪使いの一家に生まれ、捜索のためのノウハウや歴史などに対する知識を持つロンクと、聖職者として幼少期から過ごし、神話や古代の説話に対し造詣の深いリルカのコンビはそういった調査に強い。

 加えて、登る大変さもあり、危険も多い高山での作業を要求するこういった依頼は敬遠されがちだ。

 だがそういったデメリットは踏み倒すのがこの二人であり、むしろそんな依頼ばっかり受けているのもこの二人だった。


 そういうわけで山を登って村に着き、毎日さらに上へ登っては遺跡に通っていた二人だったが、山の天候は厳しい。

 風が吹けば危険性から住民に止められ、雨が降れば岩道が濡れて危険で、雨の後には岩が落ちて道を壊す。

 自然の脅威に阻まれ、調査は遅々として進まない。そのせいで滞在時間が伸びた二人は、すっかり村になじんでしまったのであった。


 「明日は晴れるかなぁ」


 ロンクは備え付けの安楽椅子に腰かけてゆらゆらと揺れながら茶をすする。


 「晴れないと困りますねぇ」


 布に干し草を詰めた簡易的なソファーに深く座ったリルカが返す。


 「そろそろ遺跡の中がどんなんだったか忘れそうだよ」

 「それは困りましたねぇ」


 リルカはソファー脇のサイドテーブルに手を伸ばして薬草茶の入ったカップを取る。


 「……お前もなんか婆さんみたいになってきたな」


 ロンクはあきれ顔で茶を飲んだ。


 「……あなたのお爺さんっぷりもなかなかですよ」

 「そうかもなぁ」

 「そうですよ」


 二人は視線をかわし、生ぬるい笑いを漏らしてから再び窓の外に視線を戻した。


 沈み始めた太陽が、眼下に見える白と赤の街並みをオレンジ一色に染めていく。

 海が夕陽を反射してギラギラと輝き、帆を張って帰ってくる芥子粒のような漁船たちが次々に港へ吸い込まれていく……。


 どことなくノスタルジックな景色をぼんやりと眺めながら、ふたりはゆったりとした時間を過ごしていた。

 

 しかし、そんな時間も長くは続かない。


 「おーい、入るぞー」


 そう言いながら村の子供がカギのかかっていない戸を引いて入ってくる。


 「……なんだあんたら、うちの爺様みたいになってんじゃねえか」

 「おう、俺たちにも自覚がないではないぜ」


 ロンクはけだるげに返す。

 リルカは手に持ったカップをサイドテーブルに戻した。


 「……それより、なにかありましたか?」

 「ああそうだ、うちの婆様から連絡だよ。『明日はこれまでにないいい天気になるよ。だが明日を逃すとしばらくは無理だろうねぇ』ってさ」


 子供は声マネをしながらそう告げ、「んじゃ、そんだけだから!」と言って出て行った。


 「……あー、そうか。一応準備はしておこう」

 「ですねぇ。やっとって感じですが……」


 二人は頷き合い、装備やら持ち物やらを点検しにかかる。

 自分の獲物である太い剣や白銀の鎚を磨き始めると、二人の腑抜けた目にも活力が戻り始めた。


 「……っし、これで明日の準備は万全だ」

 「……そうですね。随分と怠けていた気がします」


 武器を磨き終えた彼らはすっかりいつもの調子を取り戻し、ロンクの目には禁呪なるものは全て自分の手帳に記さんという貪欲なギラつきが。そしてリルカの目には飛び掛かる直前の獣のようだと評された隙を見逃さない鋭さが。

 数々の荒くれ冒険者どもをビビらせてきた危険な輝きが、ばっちり戻っていたのだった。


 「じゃあ飯食って寝よう──とはいかねぇな」


 ロンクは剣を鞘に納め、立ち上がった。


 「そうですね。軽く体を動かしておきたいところです」


 リルカは鎚を壁に寄せて立てかけ、同じく立ち上がる。


 「そういうことだな。んじゃあ、表に出よう」

 「ええ、そうしましょう」


 連れ立って家の表に出た二人は、複数の家の入口に囲まれた村唯一の広場に出る。


 「よっしゃ、こい」


 ロンクはリルカの方へ向き直り、手を軽く開いたまま腰を落として構えを取った。


 「お手柔らかに──」


 リルカは自然体のままロンクの言葉に返し、頭を下げる──


 「──なんて、ねッ!」


 ──ように見せかけて素早く体を倒し、鋭い回し蹴りをロンクめがけて放つ。

 

 「へっ、ぬるいぬるい」


 しかしロンクもそれは読んでいた。普段の状態に戻ったリルカが彼に対してそんな殊勝な態度をとるはずもない。

 静かな踏み込みでリルカの懐に潜り込み、緩やかに振り上げた手の甲で迫りくる彼女の膝を軽く打つ。


 「くっ──」


 回転の内側を突かれたリルカはやや体勢を崩し、蹴り足を引いて地面に戻しつつ反対の右手で軽い打撃を放つ。

 しかしそれくらいでは懐に入り込んだロンクの防御を崩すには至らず、軽く払われる。

 だがそれで十分。彼女は既に態勢を立て直し、しっかりと構えを取っている。


 ロンクが動く。

 沈むような踏み込みでさらに距離を詰め、軽く拳を振るう。

 的確に受けづらい場所を狙ったその拳を、リルカは強引に打ち払う。

 拳が払われて微かに空いた胴の隙を彼女が見逃すはずもなく、高速の拳が寸分たがわずその隙間に向かって放たれた。


 「おっ、と──」


 手による受けの隙間を突いたその一撃を、膝を跳ね上げることで弾いたロンクは上げた足を素早く下げて踏み込みとし、低い位置からの拳でリルカの隙をつく。


 「──っせぇいッ!」


 しかしリルカもその反撃は読んでいた。

 力のこもった足払いが無理な姿勢の踏み込みゆえに不安定な軸足を刈ろうとする。


 「ほっ──」


 ロンクは足を引っ込めながら跳んで足払いから逃れ、空中で体勢を変えて蹴りを放つ。

 リルカは素早く後退り、ロンクが着地した瞬間を狙って構える。

 彼の足先が地面に触れる直前、リルカは豪快な踏み込みでロンクに迫り、全身のバネを乗せたストレートを叩き込む──


 「よっ、と──」


 ──が、ロンクはつま先が地面に付くや否やのところで電光石火の動きを見せ、彼女の正拳の更に下から貫手をねじ込み、ぴたりと首筋に添えていた。


 「……うん、こんなもんだな」


 ロンクは手を引いて一歩下がりつつ頷いた。


 「……はぁ。まだ届きませんか」


 リルカは拳を下げて溜息をつく。


 「ま、その辺は年季の違いってやつだよ。さすがに教会じゃあここまでガチガチの格闘術は教えてくれないんだろう?」

 「そうですよ。でも、ロンクの家は絶対におかしいと思います……なんで魔術師の家に代々続く格闘術とかあるんですか……?」

 「そこは……魔術師である前に禁呪蒐集家って考えがあるから仕方ねえんだ」

 「何回聞いても納得できませんよ、その論理……まあ、それはいいとして。まだまだお付き合い願えますね?」

 「もちろんだ。まだ体を動かしたりないよ」

 「では、いきます──」


 ……そして、二人は日が暮れるまで組み手をつづけ、夕食の用意を忘れた。が、組み手の様子を見ていた隣人に招かれて夕食を頂き、激励されたのだった。



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