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第一話 デンジャラス・タッグ(下)

 男たちを追って洞窟を進んだ二人は、開けた場所に出る。

 男たちの言っていた通りの稚拙な壁画に覆われた広い空間には、それとは不似合いな魔道器具が所狭しと並んでいる。

 さらに中央には黒い布がかけられた箱状の大きなものがいくつか並んでいた。

 先んじて部屋に入っていた男たちは、布の端を引いて引きずり下ろす。

 布の下から現れたものは、頑丈そうな金属製の檻と──中に納まった異形の猛獣たち。

 布を取り払われたせいか、床に丸まって寝ていた獣たちはむくりと頭をもたげて不機嫌そうにあたりを見回す。


 「へへへ、こいつらの戦闘力ならお前らだってただじゃ済まねえ。しっかり遊んでやってくれよなあ!」


 男は自慢げにそう言い、檻を締めている太いカンヌキのカギを外して放り投げ、一気に引き抜いた。

 そのまま檻の後方まで逃げ、さらに奥へ続いているらしい急造りの戸を背にしたままその辺に転がっていた木材で檻をガンガンぶっ叩いて回る。

 不愉快そうに音の発生源から離れようとした猛獣たちの巨体が檻の戸に触れ、蝶番が重量にきしむ音を立てながら開いていった。


 「じゃあな、餌代が浮いて助かったぜ!」

 「馬鹿野郎、機材壊れる方が高いんだよ!」


 男たちはなおも言い争いながら奥の扉の中に消えていった。


 低い唸り声が開いた檻の中から響く。

 軋みながらゆらゆらと動く檻の戸の陰から、ゆったりと獣たちが出てくる。


 それは、統一感のない群れだった。

 あるものは狼のような顔に、猪のような肉体。その額からは無数の小さな角が乱雑に生え、伸びすぎた牙のせいで閉じられない口からはだらだらとよだれが垂れ流されている。

 またあるものは猫のような胴体に、頭蓋の潰された猪のような頭。大きな角が三本ほど直線的に生え、盾の隙間から長槍を突き出した槍兵のような威圧感を出していた。

 他にも種々雑多な生物の特徴を残す猛獣が数匹いる。


 魔術により融合させられ、いびつな成長を遂げた人造生命体──合成獣(キメラ)だ。

 魔術管理協会は魔術による生物の改造、融合などを禁じてはいない。

 しかし、ともすれば生命の冒涜とも捉えられるそれらの魔術は世間からあまりいい顔をされるものでないことも事実だ。


 ともあれ、このような秘匿環境でこっそり行われていた実験が魔術管理協会の知るところにないであろう、非合法のものだということは容易に推察できた。


 「……哀れなものですね」


 ゆえに、追われる身であれ聖職者であるところのリルカにとっては、少なからず怒りを覚える行為だった。

 彼女は白銀の戦鎚を構え、異形と化した獣たちを見据える。


 「せめて、我が鎚で安らかに──」


 姿勢を低くし、戦鎚を地面すれすれに構えたリルカは、素早く獣たちに向かって駆けだし、魔力を全身と鎚に纏わせながら小さく呟く。


 『──聖なる力よ。我に悪しきものを払う代行の力を──』


 大きく腰をひねって鎚を後ろに振りかぶりながら、さら鋭く踏み込む。


 『【聖剛力呪(ストロング)】ッ!』


 そして、詠唱を締めくくる叫びと共に鎚を勢いよく振り上げた。

 魔術の光を纏いながら跳ねあがった鎚の頭が狼型合成獣の顎をカチ上げ、強制的に閉じられた口から砕け散った牙の破片が飛ぶ。


 悲痛なうめき声をあげながら激しくのけ反った狼型へ、振り上げられた鎚が素早く翻って振り下ろされる。

 鎚の纏う魔法の輝きが残像となるほどの速度の振り下ろしは、強烈なアッパーの衝撃から未だ立ち直らない狼型の脳天を正確にとらえ、強烈な運動力を以て狼型の頭蓋を食い破った。


 血液と脳漿を撒き散らしながら、顎下まで貫通した戦鎚は硬い地面に突き刺さり、ひどく損壊した狼型の頭を地面に縫い留める。


 残心をとる彼女の不動を隙と見たか、鹿頭の合成獣が角を立てて飛び掛かる。しかし、引き抜きざまのアッパーで迎撃されて吹き飛んだ。

 さらにその隙を突くように猪頭の合成獣がまっすぐ突っ込むが、ロンクが飛ばした魔法によって腹を撃たれ、よろけて止まる。


 「お前にばっかりいい恰好はさせねえぞ、ってな」

 「助かります」


 短く感謝を伝えたリルカは素早く踏み込み、体勢を崩した猪型の脳天へ鎚を振り下ろす。

 頭蓋を食い破るはずだった戦鎚の末端は、猪型の頭から生える太い数本の角に逸らされて角を砕き散らすにとどまった。

 地面に食い込んだ戦鎚の嘴を引き抜きながら、素早い振り上げを猪型の顔面にかすらせて牽制しつつ、リルカは少しだけ後退した。吹き飛ばされたダメージから回復した鹿型がじりじりと距離を詰めつつ、彼女を狙っている。


 『──鎖せ、足下の大地は汝の輩なれど杯干さず』


 ロンクは群と距離を保ちながら魔術を唱える。

 ちらりと振り返ったリルカと目配せで意思疎通をしながら、口を動かす。


 『──屍は毒を、望みては銀嶺の果てに差す極光』


 戦鎚を豪快に振るったリルカが鹿型の横っ面を打ち抜き、ねじくれ曲がった角を粉砕する。

 ロンクは胸の前に突き出した右手を大きく横に振って合図をしながら、詠唱を締めくくる。


 『──故に、虚天の裡に廻る四界の五気よ、ここに──【斉虐天環(マイアズマ・サークル)】!』


 瞬間、ロンクの目前の魔法陣から放たれた魔力の塊が合成獣の群れに着弾し、同時にリルカが大きく飛びのいた。

 一拍遅れて魔力の塊が炸裂し、黒色の瘴気となって広がる。

 その危険性に気づいた合成獣たちは逃れようとするが、瘴気を覆うように展開された結界に阻まれ外に出られない。

 その上、地面から生えだした魔力の鎖が合成獣たちをがんじがらめに縛り付け、行動の自由すら奪い取った。


 もはや、ロンクとリルカに見えるものは黒く染まった半球状の結界のみ。

 中の合成獣たちがどうなったのかなど、火を見るよりも明らかだった。


 「あいかわらずえげつない魔法を使いますね」

 「お前こそ、一撃で頭ぶっ潰しといて『安らかに』はないと思わないか」


 しばらくの沈黙が二人の間に流れた。


 「……やめましょう。この言い合いは何度もやりましたし不毛なのは知ってます」

 「……そうだな」


 二人は洞窟の奥へとつながる扉に視線を向けた。

 おそらく逃げ道も用意されているであろうそこから、おそらく男たちはもう逃げてしまっているはずだ。

 しかし、見に行かない道理もない。


 ロンクは扉に手をかけて開けようとしたが、内からカンヌキでもかけたのかガタガタ揺れるばかりで開く気配はなかった。

 彼は無言で扉の前からどき、リルカに扉を示してみせる。

 示されたリルカも無言でうなずき、鎚を構えた。

 高速の振り下ろしによって扉が破れ、木片が飛び散る。

 乱暴な開錠を受けて招かれざる客を拒む力を失った扉を、ふたりはくぐった。

 生活空間になっていたらしいそこには、粗末なベッドと地面に積まれた紙の束。端には火がつけられ、証拠の隠滅を図ったらしいことがわかった。


 ロンクは素早く腰のポーチに吊るされていた水筒を取り、中身をぶちまける。

 リルカも水の魔法を唱え、紙にぶっかけた。


 紙の火が消える。

 濡れた紙の山から焼けていなそうなものを取り上げ、ロンクは内容を見た。


 「……うん、思った通り研究結果の書類だな」

 「まあ、他に燃やしたいものなどないでしょうしね」


 リルカは薄汚れたベッドのシーツで戦鎚の汚れをぬぐいながら肩をすくめた。

 ロンクは紙の山の下に手を突っ込んで盛大にひっくり返した。


 「なにやってるんですか?」


 リルカは訝しげな顔をした。


 「ん、ちょっと探して……ああほら、あった」


 ロンクは山の底から取り出した数枚の紙を指で挟んでぴらぴら振る。


 「んん?なにがあったんです?」

 「アレだ、ここで開発してた魔法そのものについての書類だよ。核心の部分は持ってったみたいだが……これだけあれば俺には十分だ」

 「……はぁ。あなたの禁呪好きにも困ったものですね。私としてはこんな魔法は消えてしまった方が世のためだと思うのですが」

 「まあ、世の中の役に立つもんではないのは確かだよ」


 ロンクは頷いた。


 「だが、残しちゃいけねえという道理もないのさ。俺の一族みたいな禁呪バカが集めてるお陰で世に出ずに済んだ魔法だってあるんだからな。ま、これもその一つになるだけさ」


 あらかたの書類を漁り終え、ロンクは立ち上がる。


 「……うん、これでいいだろ。あとは燃しちまうか」

 「水かけちゃったから乾かさないと燃えませんよ」


 呆れ顔のリルカが突っ込んだ。

 ロンクは手をぽんと打ち、首をひねった。 


 「そういやそうだな、どうするか……?」

 「乾かすのも面倒ですしね……というか、あっちに残ってる機材はどうします?」

 「あー、それもあるなあ……」


 ロンクは天井を睨んで考え込む。


 「……じゃあ、こうしよう。適当な結界貼って侵入を防止しつつ、魔術管理協会に匿名で連絡。資料の回収と分析とついでに遺跡の保護までぜんぶやってくれるだろうさ」

 「ただの丸投げじゃないですかー」

 「じゃあリルカ、他にいい方法があるか?」

 「……ないですね!それでいきましょう!」

 「だろ?んじゃ、出口探して封じちまおう」

 「はーい」


 そうして二人はすべきことを済ませて遺跡を去った。

 後日訪れた魔術管理協会の調査によってにわかに遺跡が注目を浴び、村が遺跡への仲介点としてやや栄え始め、発見者としてもてはやされた古老が鼻高々になることなど、その時もうすでに遠方に立っていた彼らには知る由もないことだった。

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