恋の妖精・エルゥさま参上!
「ぎゃああああああ!!」
読者の皆様、開幕早々、大声を上げて申し訳ない。わたしの名前は、奥村柚香。花の16歳。高校2年生。
別段、可愛くも綺麗でもなくて、勉強は平均から少し上くらい。スタイルがいいわけでもなくて、内弁慶で外だと引っ込み思案、ちょっとオタク気味。好きなゲームはRPGから対戦アクション、乙女ゲームまで幅広い。
そんなわたしだって、恋はする。でも告白する勇気はなくて、出る様子もなくて。少女漫画的な超常現象でも起きない限り、その気はなかったはず……なんだけど。
「おいこらテメェ、妖精に向かってなんだその態度は」
「いやあああああ!!」
今日は月曜日、夕方17時。わたしは2階に自分の部屋を持っている。1階のキッチンに飲み物を取りに行って、戻ってきた。
その戻ってきたわたしの目の前に突如現れたのは、クマだかウサギだか判別がつかない微妙な形をしたぬいぐるみみたいな、日曜朝8時半からやってる女児向けアニメに出てきそうな、よくわかんない生き物らしきものだった。そいつは、短い羽根でぱたぱた浮きながら、ご丁寧に星型のステッキみたいなのを持って顔をしかめていた。眉毛はないはずなのに、なんで顔をしかめているのかがわかるのかというと、くりくりした目の間にしわが入っているからだ。
残念ながら、わたしは日曜朝8時半の魔法少女にも、深夜アニメ枠の魔法少女にもなる気もないし、僕と契約してなんちゃらとかでも言われたら蹴り飛ばす心づもりだ。
というか、そんな生物が、現実に本当に出ると思うのかという話である。そりゃ日曜朝8時半を心待ちに見ていた5歳のときとかだったら、信じられたかもしれない。だけど残念ながら、わたしはもうサンタクロースも将来の夢も諦観できるくらいの年齢になってしまっている。つまり現れた生き物が信じられない。いっそ気絶したい。泣きながら叫ぶしかできなかった。
「うるっせえんだよ、このキュートなおいらを見て叫ぶんじゃねえやい!」
クマだかウサギだかわからない生き物は、江戸っ子みたいな口調で怒鳴る。ガラも悪いし怖い。
「ガラ悪いいいい、いやああああ!!」
「このキュートな見た目で口が悪いのがスパイスになんだろうが!」
「いらねえよそんな無駄なキャラ付け! あ、ああ、アンタ何者!?」
なんでそんなファンシーな見た目でキャラ付けしようとするんだろう。とにかく両親がどちらも仕事に出ていないのが幸いだった。
わたしは必死にツッコミながら、腰が抜けてお尻歩きで後じさりするしかなかった。半端な生き物は、ドヤ顔をする。手足も短いくせに、腰なのか腹なのかよくわからないところに手をやって胸を張る。
「おいらか? おいらは、恋の妖精のエルゥさまだ! 」
「……恋のよーせええぇええ?」
響きからしては、とりあえず害がない……と信じたいのと、もう一つの考えが浮かんだ。
もしかしたら、誰かがイタズラでなにかラジコン的な仕掛けをぬいぐるみに入れ込んでいるのではないか、という考えだ。そうだ、悪質なイタズラに違いない。じゃなかったら、ぬいぐるみが浮いて喋るはずがない。そうに、違いない。そうすると、わたしの家に変質者が入ったことになるが、それについては考えないようにした。
「そーだよ。お前、誰に恋してんだ? 二次元? せいぜいモブキャラにしかしてやれねぇけど」
「モブは最高でしょ!? 壁でもいいけど!」
妖精(仮)のわりに、こいつ妙に現実っぽいこと喋る。
わたしは乙女ゲームをやるときは、自分を投影するんじゃなくて、主人公と攻略対象たちのやりとりにきゃーきゃーしたい派なので、壁でもモブでもその様を観察できるならそっちのほうがいい。
「その特殊な感覚はわかんねぇけど。二次元じゃねえってことは、……あー、アイドルとか俳優はなぁ、ハードル高くね? 身の程って言葉知ってる?」
本当にこいつ、口がとても悪い。誰かのイタズラにせよ、だんだんわたしは腹が立ってきた。
「ふつうにクラスメイトだよ!」
「なんだ、それを早く言えよ。どうせクラスでちょっとモテるやつだろ? ホント身の程知らずだよなー」
なんだか胸がいっぱいになるような言葉を吐く妖精(仮)は、くるんと回りながら、わたしの前に立つ。この二頭身、どうしてくれようか。
「グサグサ来ること言わないで。別にあんたに頼むなんて言ってないでしょ?」
「頼まれちゃいねぇ、でもお前は、願った。おいらたち妖精は、人間の願いを叶えなきゃなんねぇんだ。そこでお前は恋を叶えたいと願った。だから、おいらはお前の願いを叶える。悪い話じゃないだろ?」
たしかに、わたしは、好きな人に振り向いてというか、好きになってもらいたい。と願っている。でも、実際にそれが叶うなんて思っていない。たぶん、あの子はわたしのことを好きじゃないと思う。わたしは妖精から顔をそむけた。
イタズラにしても、どうやって仕込んだんだろう。窓も開いていないし、帰ってきたときには玄関のドアだって鍵がちゃんとかかっていた。かけるのも忘れてないはずだ。手口が巧妙すぎる。
早くこいつの正体を突き止めないと。そう思いながら、わたしは否定の言葉を口にした。
「だから、頼んでないって言ってるでしょ。まったく、誰のイタズラだろ。こんなぬいぐるみ」
「本物だよバーカ! なんなら触ってみろ、ほら、このふわふわマシュマロボディを! ほれ!」
言われるままに、わたしは妖精(仮)の両腕を無造作に横に引っ張った。確かにふわふわだが、温かい。生きてる? いや、機械が中に仕込まれていて、それで熱がこもってるから温かいんだ、きっと。と思っている間に、妖精(仮)は、さっきのわたしと同じようにぎゃあああと悲鳴を上げた。
「馬鹿野郎、真っ二つに裂く気か!? 信じらんねえ! 放せちくしょう!」
再三申し上げるが、本当にこいつ口が悪い。仮に妖精という存在があるとして、本当にこいつ妖精なんだろうか。妖精って言うのは、もっとこう、かわいい存在だとわたしは思っていた。じたばたと暴れるので手を離すと、ぽてっと床に落ちた。効果音までいちいちかわいいのが腹立つ。
「おお、いってえ、マジで裂けるかと思った……。お前はかわいい動物を、無慈悲にいじめる趣味でも持ってんのか!?」
あんまりな言いようだ。
「あんたが人の家に勝手に入るからでしょ。誰が仕込んだの?」
それからしばらくの間、妖精(仮)にわたしは、懇々と妖精の存在について、説教されることとなった。