第八話
「ほえー……でっかいわね」
「そうだなぁ……」
途中、何匹かの魔物との戦闘にはなったものの、無事目的の鉱石が取れるところまで上がってきた二人。
しかし二人が考えていたよりも巨大で、存在感たっぷりの鉱石。
取れるものなら取って見ろ、と言わんばかりに鎮座しているその様を見てアーシェルが剣を抜く。
「おい、何するつもりだ?」
「いや、何か見てたら無性に腹が立ってきたっていうか」
「わからんでもないけどな……これ、そもそも剣で切れるのか?」
どうあっても動くつもりはない、と言いたげに見える鉱石。
まさかこれをそのまま持ち出して、なんてことができるわけもなく、かと言って手持ちの採掘道具だけでどうにか出来るとも思えなかった。
「何か持っていく為の条件とかあるのかな」
「条件って……あんた、この辺のエピソードも読んだんじゃないの?」
アーシェルの頼みの綱と言えば、ここで未来を知っていると言っても過言ではない真宙の知識。
しかし真宙からしてみれば、原作にこんなエピソードはなかった、の一言に尽きる。
元々原作ではアーシェルは中盤近くまで一人で旅をしているはずで、最初に仲間になる魔導士が登場するのも随分と先のことだ。
時系列で言えばおよそ三か月ほど先の話で、途中の寄り道エピソードもなかったわけじゃないが、こんな風に鉱山へ、なんて用事もなかったのだ。
それが、真宙の登場によって大幅に変わってしまった。
(もしかして俺、アーシェルの邪魔してねぇか?)
その事実が、真宙にそんな考えを産ませた。
もちろん当のアーシェルは先ほどの出来事もあって、内心はウキウキで真宙の事を邪魔とも迷惑とも思っていない。
それどころか真宙をどうにかして手放さずに済む様に、と今までよりも態度を軟化させつつある。
二人の思惑が正反対の方向に動いている中、鉱石はただ鈍く赤い光を湛えていた。
そして。
「ねぇ、何か揺れてる気がするんだけど」
「……お前もそう思う? やっぱ気のせいじゃなかったのか。もしかして、お約束ってやつだったり……」
真宙がそこまで言った時、何処からか呻く様な声が聞こえてきた。
真宙の言うお約束の意味が、アーシェルにはわかりかねていたがすぐにその意味を悟ることとなる。
「え、ちょっと待ってよ……」
「おいおいおい……こりゃマジか?」
山の中腹よりもやや上に位置する、二人のいるフロア。
広さで言えば、テニスコート五面分強はあるだろうか。
ところどころに柱の様に地肌が残されているのは、山頂からの重さを支える為なのだろうが、これを避けながら戦わなければならないという悪条件。
そして何より、巨大な鉱石の後ろから現れたのは……。
「マジでいるんだな、ドラゴンとか……」
昨日覚醒したばかりの自分とアーシェルとで、どうにかなるのか。
ここは囮になってでも、アーシェルだけでも逃がすべきではないのか。
「あんたの考えてること、わかるからね」
「……勘の鋭いお姉さんは、苦手だなぁ」
真宙の言葉にアーシェルがショックを隠せない様子で唖然とする。
しかしアーシェルがどう思うにしても、自分の出現によって招いてしまった事態なのであれば、責任は取らなければならない。
先ほど貴重な薬も使わせてしまったという事もあり、真宙は剣を抜き、アーシェルの前に立ちはだかった。
「ちょっと、あんた一人で戦おうとか、絶対無茶よ!」
「バカ、お前はこの世界の救世主になるんだ。この世界が求めてるのは俺じゃなくて、お前なんだよ」
「そんなの知らないわよバカ! 絶対飲み込んでやらないから、そんな提案!!」
そう言い放ってアーシェルも剣を抜く。
絶対的な力の差が見て取れるくらいに、二人はドラゴンの前には矮小な存在だった。
そしてそれを感じ取っているからなのか、戦う前から既に二人とも言葉と裏腹に委縮してしまっている。
「待て。何か考え違いをしている様だな。剣を納めるがいい」
「……へ?」
「はぁ?」
何と、目の前の巨大な怪物は口を利いた。
人語を操り、二人にコミュニケーションをとってきたのだ。
「我は確かに、この鉱石を守っている。だが、お前たちの目的如何によっては譲ってやることも考えていいと思っているのだ」
野太く、しかしはっきりと聞こえる力強さを孕んだ声。
その声から悪意や害意と言ったものは感じ取れなかった。
「もっともお前の言う様にお約束というやつで、どうしても我と戦いたい、ということなら相手にはなるが」
「ま、待った。無駄な戦闘は俺の望むところじゃねぇんだ。そうだよな、アーシェル」
「…………」
ドラゴンがコミュニケーションをとってきた、という事実に飲まれて呆けているアーシェル。
真宙がしっかりしろよ、と言いながらアーシェルの肩をつつくと、漸くアーシェルは正気を取り戻した。
「え、ああ、えっと……そうね」
「戦わずに済むなら、それが一番だよ。別に俺たち、戦闘狂なわけじゃねぇ。ただこれからの旅に、それなり強力な武器が必要だって考えになったから、ここまで来たってだけでさ」
「ふむ……どうやらお前たちは普通の冒険者とは違う様だな」
ドラゴンは興味深そうに真宙とアーシェルを見る。
元々持ち合わせた威圧感もあって、じっと見られていると気が気でない、というのは二人の共通認識だった。
「そこの娘……お前は精霊の寵愛を受けたのか」
「え、ええ……」
「お前は……この世界の人間じゃないな?」
「そんなことまでわかんのかよ」
「伊達に長く生きていないんでな」
人語を操る魔物。
そんなものに遭遇した経験がない二人からしたら、それだけでも驚きなのに素性まで一瞬で看破されるという離れ業に、もはや言葉がなかった。
「お前たち人間からしたら、魔物なんてどれも同じ、くらいに思っていてもおかしくはないかもしれんがな。実際には大きく分けて二種類の魔物が存在する」
「二種類……?」
「それって、ドラゴンとかスライムとかオークとか、って話じゃねぇのか?」
「たわけが。そんなもの、数えておったらキリがないわ。我が言っているのは、もっとこう……根本的な部分とでも言おうか。我はあの魔王を名乗る若造が現れるよりも遥か昔からこの世界におった」
「え……?」
驚きの声を上げたのはアーシェルだった。
それはそうだろう。
この世界を混沌に、絶望に引き込んでいる大元でもある魔王。
その魔王はアーシェルが生まれるよりも遥かに昔から存在していた。
そしてその魔王を討伐する為に、何人もの勇者が魔王の元へ赴き、二度と帰ってくることはなかったのだ。
その魔王よりも遥か昔から存在していた、となれば驚くのも無理はない。
「娘、お前の祖先も何人も殺されておったな」
「…………」
アーシェルは小さな頃から自身の血筋についての話を聞かされている。
自分が勇者の血筋であることはもちろん、そして祖先に当たる勇者たちがどうなったのか、と言った話についても。
道を誤れば、アーシェル自身も同様の運命を辿ることだってあり得る、という文句も必ずその際に聞かされた。
「そうなのか……?」
「こやつの血筋は勇者の家系よ。それ故に、こやつも生まれるべくして生まれたのじゃが……こやつの母に当たる人物が直系であるにも関わらず、力を持たずに生まれた。そこで勇者の血は途絶えた、と思われておったのだよ。ところが、お前は力を持って生まれてきた。所謂隔世遺伝というやつだな。おそらくは、この代で魔王を討伐もしくは止めるだけの力を持って生まれた……そう思われておるのがその娘よ」
「…………」
次々言い当てられて、アーシェルは更に言葉を失う。
一方真宙にしても、多少の知識はあったがここまで深く知らなかった。
アーシェルの母が勇者の血筋だったなどという話は、原作には出てこなかったからだ。
「そして小僧。お前が現れたことは、大きな意味を持っている。いずれはこの世界だけでなく、数々の世界がお前を必要とする日が来るだろうよ」
「はぁ……? 俺、ただの男の子なんだけど」
「黙れ、小僧が。ならば何故お前は力に目覚めたのだと考えている? 誰かの趣味や道楽でそんな力を授けられたとでも思っているのか」
「うーん……」
昨日からずっと考えてはいたことだが、こればっかりは真宙の中で答えが出なかった。
自分が力を持った理由。
ほしいと思わなかったわけじゃないし、力がなければ昨日の時点で二人は死んでいてもおかしくなかった。
そう考えれば、あって良かったというものではあるのだが、肝心の理由についてはわからずじまいだった。
「まぁ良いわ。これは後々お前も自分で身を以て思い知る。何より村の唯一の秘薬を……」
「ちょ、ちょっと待って! それは言わないで!! お願いだから!!」
先ほどの詳細を語ろうとしたドラゴンを、慌ててアーシェルが止める。
アーシェルの顔は真っ赤で、ダラダラと汗をかいている。
バラされたら生きてはいけない、とでも言いたげなくらいにアーシェルの焦り具合が伺えた。
「何慌ててんだ、お前。何かあったのか?」
「黙りなさい……余計なことはいいのよ」
「何だ、この小僧の朴念仁ぶりはよくわかっているだろうに。はっきり言ってやらんと、お前の気持ちは……」
「余計なお世話よ!! それより鉱石くれるの!? くれないの!? はっきりしなさいよ!!」
さっきまでの恐怖は何処へやら、アーシェルは威勢よくドラゴンに噛みついて行く。
「まぁ待てよアーシェル……まだ一個明らかになってねぇ部分あんじゃん。二種類に分かれる、ってどういう意味だ?」
「ああ、それか……いいだろう。話しておいた方が、後々お互いの為かもしれんからな」
ふぅ、とため息をつくとアーシェルも漸く話題が逸れた、と安堵した顔を見せる。
ドラゴンの口から語られたのは、アーシェルも真宙も想像していなかった、魔物への認識を改めざるを得ない様な内容だった。