第六話
「賞金稼ぎ?」
「ああ、そうだ」
翌日。
眠い頭を何とか目覚めさせて、先に起きていたアーシェルと合流した真宙は一つの提案を持ち掛けた。
現在逗留している村の範囲では、既に昨日真宙とアーシェルが討伐してしまったせいもあって、しばらくは大物が現れることもないだろうということを、昨日の祭りで聞いている。
なのであれば、ある程度大きな町を目指して賞金を稼いで装備を強化、というのが真宙の提案だった。
割高だった、アーシェルから手渡してくれた剣がどうこう言う話ではなく、これから先、最終的に魔王に挑もうと考えているのであれば戦力の増強は必須要項となってくる。
ならば金はいくらあっても困らないし、食事や休息のために節約をする手間などもある程度省けるのではないだろうか、と真宙は考えた。
「うーん……それもいいんだけどね。私の考えを話してもいい?」
「もちろん、いい意見なら大歓迎だ」
賞金、という言葉の魔力に一瞬アーシェルも飲み込まれそうになったが、アーシェルは昨日真宙に買い与えた剣にそこまでの耐久値がないことを知っている。
更に言うなら、真宙の服。
上質な生地を使っているものと見受けられたが、それでも戦闘向きではないこと。
そして見たところ着替えも持っている様子がない。
だとしたら、先にそちらを何とかするべきだし、真宙の武器も真宙の力に耐えうるものを用意する必要があるのではないかと考えた。
これから先も魔物とは遭遇するだろうし、昨日のオークの様な怪物と出会う機会だってないとも限らない。
戦力増強と金策を兼ねるということなら、アーシェルには一つ心当たりがあったのだ。
「鉱石?」
「ええ。あなたの剣はただの鋼。昨日見せたあんたの力が、全力でなかったとしたら……あの剣じゃきっと耐えられないわ。使い捨てにするにはちょっと高いし、それならそうそう簡単には壊れないものを作ってもらうのが一番じゃないかなって考えたんだけど、どう?」
「なるほどな……けど、その鉱石って、何処で取るんだ?」
「もう少し行ったところに、鉱山があるの。私の剣はそこの山で取れた鉱石で打った、と聞いているわ。昨日のオークの攻撃でも折れたりしなかったのは見てもらったと思うんだけど、魔力が宿っているらしいのよね」
魔力、と聞いて真宙は少し胸が躍るのを感じる。
もしかしたら、自分だけの武器というものを作ってくれたりするのかもしれない、と考えていよいよ自分がファンタジー世界に足を踏み入れたのだ、と実感を強めた。
「で、長く使える武器があれば買い替えの費用もかからないし、あんたの言う賞金稼ぎだってある程度効率的になるんじゃないかって思ったの。それに、その服……高そうだけど着替えとか持ってないでしょ? だったらそう言ったものも買い替えが必要なんじゃないかしら」
「確かにな……着の身着のまま来ちまったから、ちょっと臭いそうでどうしようとは思ってたんだよ」
「服に関しては村で買ってもいいかもしれないけど、まずはあんたの力も測っておきたい。だから、鉱山に行って鉱石を取ることを目標にしない?」
もちろん真宙に反対する理由などなく、二つ返事でその鉱山へ行くことを決意する。
村で用意してくれた弁当を持って、二人は村の入り口までやってきた。
「あ、そうそう。ちゃんと紙持った? どんなところでも用を足す必要がある場合だって考えられるんだし、ある程度はそこに入れておいた方がいいわよ?」
「紙……」
余分に持ってきた、というアーシェルから手渡された五枚の紙。
ザラりとした手触りで、刺激たっぷり、というイメージを真宙は持った。
腹を下したりしなければ、基本的にこれで足りそうだ、という予感はする。
真宙よりもアーシェルの方が何かと使う機会は多そうだ、と考えたが余計なことを言うとまた鉄拳制裁を食らう懸念がある為、真宙は礼を言ってその紙をポケットにねじ込む。
昔、瑠衣が遠足の時に真宙のカバンに詰め込んだポケットティッシュを思い出した。
「さ、準備がいいならもう行くわよ。山の中なら、強力な魔物が出てもおかしくないんだから」
割と恐ろしいことをさらりと口にしてのけ、アーシェルは先陣を切って歩き出す。
慌てて真宙も後を追うが、恐ろしいと思いながらも心が躍る感覚をごまかすことは出来ず、その足取りは軽かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……まだ着かないのか?」
「もう弱音吐いてる。一応男なんだし、力で言ったらきっとあんたの方が上なのにだらしないわよ」
「そんなこと言ったってなぁ……」
村を出てから二時間弱。
アーシェルの感覚としてはそこまで遠いわけでもないし、十分歩ける距離だ。
しかし真宙は現実世界において一般的な男子高校生であることに変わりなく、戦闘において絶大な力を発揮できる様になったとは言っても基本的な能力が向上したわけではない。
それでもこの世界に来る前よりは……つまり昨日よりは戦闘における心構えも変わっていて、アーシェルの身を第一に考えて立ち回ることが出来る様になっては来ている。
事実ここに来るまでの戦闘に関しても何度か危険を感じる程度の局面には瀕したものの、真宙の力によって切り抜けることが叶っている。
「ほら、そこに見えるでしょ。洞窟の入り口」
「洞窟って……え? 山じゃねぇの?」
「この山、外壁から登ろうとしたら飛龍のエサになるわよ。足場もほとんどなくて、登山できる様なところじゃないみたい」
「…………」
てっきりハイキングか何かをして、鉱石ゲットだぜ! という感覚で帰ってこられると思っていた真宙からすると、先に言ってくれよという感覚が強く、思わずアーシェルを睨んでしまう。
「何よその目。嫌なの?」
「そうじゃねぇけど……」
「洞窟とは言っても結構天井高いみたいだし、戦闘に関してはそこまで苦にならないレベルだと思うわよ。あんたが全力で攻撃して壁とか天井破壊しなければ、崩落の心配もないでしょ」
「簡単に言ってくれるなよ……」
真宙としては、まだ自身の力の制御が出来ず、気持ちが昂ってくればついつい加減を忘れてしまうこともある。
しかしそれは逆に言えば、力の加減を覚える機会でもあるということ。
アーシェルが考えていたのは、戦力の増強だけではなく力の制御を覚えさせ、状況に即した対処ができる様に出来れば上々であるという事。
場所によっては連戦に次ぐ連戦ということもあり得る上に、たった数回の戦闘でガソリン切れという様なことがあれば、アーシェルが一人で戦闘を行うも同然だからだ。
ただしこれは先に言ってしまうことで、真宙に先入観を持たせてしまう結果になることが懸念される。
だから肝心なところは伏せ、ある程度のヒントに留めておいたのだ。
「泣き言言ってても始まらないわ。私たちはこの後、各地で色んな戦闘をすることになると思う。だったらこういう場所でも戦える様にしといて損はない。私もあんたも、今ここで死んじゃうわけにはいかないんだから。そうでしょ?」
「…………」
アーシェルの言うことはもっともだ。
真宙の中で裏切られた感は拭いきれないが、進まなければ鉱石も手に入らず今の手持ちの武器でどこまでやれるかわからない状態なのであれば、前に進んで状況を良くすることが最善。
何よりアーシェルを守ると決めたのだから、こんなところで立ち止まっている場合ではないと、真宙は思考を切り替えた。
「それもそうだな、悪かった。とりあえずどこまで進めばいいのかわからんけど、行くしかねぇよな。せっかく考えてくれたんだから、俺も応えないと」
アーシェルから見て真宙は性別こそ男だが、何処か子どもっぽさの抜けないおぼっちゃまだと思っていただけに、真宙がもう少し駄々をこねることを想定していた。
そこに思わぬ前向きな発言が飛び出してきたことに目を丸くする。
「何間の抜けたツラしてんだよ。ほら、さっさと行こうぜ」
「間抜けですって? あんた、ここに墓標でも拵えてほしいの?」
「ば、バカそうじゃねぇし、そんなこと言ってねぇだろ。あまりにも呆けたツラしてっから……待て、剣に手をかけるな」
「あんたみたいなおぼっちゃまが、前向きな発言したのが珍しかっただけよ。覚悟が決まったなら行くわよ。……さっきみたいなこと言ったら、命の保証はしないけどね」
「……肝に銘じます」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「静かなものね」
「ああ……何か不気味だな、逆に」
二人が洞窟に入り、早くも一時間が経過している。
中は色とりどりの鉱石が放つ光のおかげもあって、松明などの明かりが必要ない。
これだけ明るいと魔物も潜むのが難しいのか、この一時間で魔物が襲ってくることは一度もなかった。
「まぁ、楽と言えば楽なんだけど……何だか拍子抜けよね。ここで取れる鉱石って、結構高いのよ。街から離れてるから、っていうのもあると思うけどそれだけじゃちょっと説明がつかないっていうか……」
「だとしたら、この先に何かあると見た方がよさそうか」
通常の洞窟と言えば、下に下って行くのが基本だ。
つまり地下に降りて行くはずのものだが、この洞窟に関しては採掘の為に人が掘り進めたもので、上へ上へと進む仕組みになっている。
山の頂上まで地上からおよそ2000メートル。
二人は約500メートル地点まで登ってきている。
階段も丁寧に作られていて、少しくらい暴れても壊れる心配はなさそうに見えた。
「……止まって。何かいるわ」
「ん?」
先を行くアーシェルが立ち止まり、右手を剣の柄に添え、左手で真宙を制する。
鉱石が放つ光の中、薄く、そして長く影が見える。
その影はゆっくりと動いている様だ。
「多分だけど、こっちの接近にも気づいてるんでしょうね。敵と見るべきだわ」
「いや待てよ、人間だったらどうすんだ」
「その時はその時考えたらいいわ。行くわよ」
言うなり剣を抜き、一気に駆けてその陰に肉薄したアーシェル。
慌てて真宙も剣を抜き、アーシェルの後を追った。
「はぁっ!!」
相手の姿を確かめることもせず、アーシェルは切りかかる。
この段になっても尚、真宙は敵でなかったら、などと考えていたが、アーシェルが切りかかった相手が目に入り、その考えは消えて失せた。
「……でっか」
昨日相手したオークよりも一回りほど巨大な体躯の魔物。
姿だけを見るならトカゲに近い。
しかし、四つん這いの体であるにも関わらず、全長はさることながら高さも昨日のオークがやや小さく感じられそうなほどの巨大さ。
アーシェルの剣を顔面に受け、血しぶきを上げながら呻くトカゲ。
赤い皮膚に蛇の鱗の様な模様を携えたその体を震わせながら後退していく。
「真宙、何してるの! 続きなさい!! 逃げちゃうじゃない!!」
「いや、でもよ」
逃げようという相手まで追い詰めて討伐するのは何となく抵抗が、というのが真宙の考え。
しかしアーシェルはここで仕留めておくべきだと言う。
「逃がして仲間でも呼ばれたらどうするの? 大勢で来られたら、こんな狭い場所で満足に戦えると思ってるの!?」
逃がすまいと必死で前足を中心に狙いを定め、アーシェルは斬りつけて行く。
そしてアーシェルの言葉を受け、真宙は考えを改めた。
(もしかしたら何処かに巣とかあって、逃がしたらそこに駆けこまれるかもしれない、ってことか。よく考えてるな……)
心の中で感心しつつ、剣を振ることでアーシェルへの返答とした真宙は、トカゲの背後に回り込むべく駆ける。
アーシェルの脇を抜け、飛び上がるとトカゲの背を踏みつけ、そのままアーシェルの反対側へと飛び降りるべく再び駆ける。
「がら空きだぜ、トカゲ野郎!」
「バカ! 調子に乗ってると……」
後ずさるばかりだったトカゲが、その動きを止めた瞬間に、アーシェルには嫌な予感が目に見えた。
そしてアーシェルの忠告が耳に入る直前、真宙は既に宙を舞っていた。
「な……!」
腹部を中心に、全身への衝撃を受けて吹き飛ばされた真宙が、背中を壁に打ち付けて激しく咳き込む。
アーシェルが見たのはトカゲの尻尾が鋭く振るわれ、真宙の体を薙ぎ払う瞬間だった。
止める間もなく駆け出し、トカゲの体を飛び越えて行ってしまったために、アーシェルにはどうしようもなかったと言えよう。
トカゲが真宙とアーシェルのどちらを狙おうか逡巡している隙を突いて、アーシェルは更に追撃を続ける。
「立てる!? 真宙!! 返事なさい!!」
「う……何とか生きてる」
「なら良かった……けど! 調子に乗るな化け物!!」
叫びながらアーシェルはトカゲの右目に斬撃を加え、一瞬トカゲが怯んだところで脇を抜け、真宙の元へ駆け寄った。
「無理に動かないで。こんなところであんたを死なせるわけにいかないわ」
「か、かすり傷だよこんなもん……」
「バカ! ……いいから少し休んでて。すぐに片づけるから」
アーシェルが言うのと同時に、怒りに燃えたトカゲが歩み寄ってくるのを背中で感じて振り返った。