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第四話

「まぁまぁ、形にはなってきたんじゃない?」

「そ、そうかい……ありがとよ」


 途中休憩を挟みながらも、アーシェルと真宙の狩りは続いた。

 休憩は昼食をとってのものだったが、何しろ生まれて初めて剣なんてものを振り回す真宙は、初めはそれこそひどいもので、危うく魔物の餌食になりかけたりもしたし、この世界にきてアーシェルに出会っていなかったらと思うと真宙は背筋が凍る思いをしたものだった。


「軟弱なのね、やっぱり……うう……」


 真宙を揶揄しながらも、アーシェルは何処かもじもじとしていて、ぱっと見恋する少女に見えないこともないが、この時ばかりは真宙にも何となくの事情が理解できた様だった。


「見たまんま、俺は普通の男の子だったんだから、仕方ないだろ……それよりお前、顔色悪くねぇか? ションベンでも我慢してんの?」

「…………」


 ズバリ言い当てられて、アーシェルはふいっと真宙から目を逸らす。

 村にも便所はいくつか設置してあるが、戻るとなると多少の時間を要する。

 つまり。


「そこでしてくるから、あんたはここで待ってなさい。覗きに来たら、殺すわよ」

「だから、そんな趣味ねぇよ……。大体さっき一回……いや何でもない」

「…………」


 懐から紙を数枚取り出し、アーシェルは茂みへ。

 努めて意識しない様に、と周りをキョロキョロ見まわしたりしているが、人の小用を待つ、というのは何とも不思議なもので、真宙も徐々に催してくる様な感覚を覚えた。


「アーシェルはあっちでやってるんだったか。だったら、反対側の方がいいよな……」


 休憩の際に水分を取り過ぎたかもしれない、と後悔しながら真宙は不用心にもアーシェルがいる場所から100メートル以上離れた茂みへ行き、用を足す。

 体内の溜まっていた水分を吐き出し、もう少しで終わる、と言った頃。

 ふと茂みの奥の方から何かが動く様な気配を感じた。


「……お、おいおい……マジかよ……」


 イチモツを丸出しの状態で、あと数秒もすれば小便を出し切る、という段階。

 ここへきて真宙の視界に入ってきたのは二足歩行する巨大な豚の様な生き物――オークだった。

 心臓が緊張に跳ね、背中に嫌な汗が伝う。


 心無しかイチモツも委縮し始めている気がした。

 

(もう少し……もう少しで……オッケー。とりあえずしまわねぇと……出来るだけ音を立てない様に……)


 ひとまず丸出しの状態を脱して、なるべく足音を立てない様に真宙は一歩ずつ下がる。

 幸いにもまだ、オークはこちらに気付いていない。

 さっきまで戦っていたウルフだのスライムだのとは一線を画す戦闘力を持っていそうな、巨大な魔物。


 まだ夕方には少し間がある様に思うが、こんなものも出没するのか。

 目線を外さず、一歩一歩、真宙は元の道へ向けて戻っていく。

 一瞬だけ後ろを振り返ると、もう後数歩で抜けられるところまできている様だった。


「真宙ー? 何処行っちゃったの? あんたもおしっこー?」


 と、思ったところでアーシェルがスッキリした、とでも言いたげな声で真宙を呼ぶ。

 そしてその声に反応したオークが、その首を真宙に向けてきて、真宙とオークの目が合った。


(あのバカ!! 俺にはさすがに荷が重いぞ、こんなの!!)


 文句を言っても仕方ない、そう考えて真宙は一気に林道へ出る。

 オークが真宙を追って、駆けてくるのが目に入った。


「アーシェル!! 逃げるぞ!!」

「は? あんた、何処行ってたのよ。ここで待ってなさいって……」

「いいから!!」


 真宙がアーシェルの手を取り、驚いたアーシェルがまたもや顔を赤くしながら事情を聞こうとすると、茂みから巨大な魔物が姿を現した。


「な……」


 全長二メートルを超え、横幅も一メートルはありそうな巨体。

 手にした頑丈そうなこん棒。

 そして村への道は、塞がれた。


 脇の茂みを抜けて行けば、イチかバチかで戻れる可能性はあるが何しろ真宙もアーシェルも、この辺の地理に詳しくはない。

 二次遭難などになる可能性を考え、茂みを通る案は二人の中で即刻却下された。


「やるしかなさそうね……」

「ったく、ついてねぇな……」


 この場合アーシェルも不用心だったと言えなくはないし、当のアーシェルもそれは自覚している様だった。

 迂闊の一言に尽きる、と言った様子のアーシェルを見て、真宙も言及することをやめた。


「泣き言言うんじゃないわよ。さっきあんた、私を幸せにするって言ったんだから」

「アホか! んなこと言ってねぇよ! 楽させてやるとは言ったけど!!」


 二人が夫婦漫才の様なことをしている間にも、オークは二人を追い詰めるべく一歩ずつその足を進めてくる。

 この魔物がさっきまで狩っていた魔物たちとはレベルが違うということは、アーシェルにもわかった様で、アーシェルは真宙の前に立ちはだかった。


「え、おい……」

「私が惹きつける。あんたはその隙に衛兵を呼んできなさい」

「バカ言えよ! 女一人置いてなんかいけるか!!」

「喚かないで。今の私たちが勝てる見込みはごく薄い。だったら少しでも勝率を上げられる方法を取るべきよ。違う?」

「…………」


 この時点でのアーシェルは、真宙の知る限りまだ序盤の序盤、一般人よりは強い、という程度。

 オークと言えば、それなりの知性を持った魔物で戦略を用いての戦闘もする。

 アーシェルを一人残してどうなるのか。


 そして真宙の知る限り、こんな流れは物語の中になかった。

 村までは走れば十分弱。

 その間をアーシェル一人で持たせるという話だ。


 片道で十分、往復にして二十分。

 とても無事で済むとは思えない。


「……よぉ。お前の方が足、速いだろ」

「え?」


 思わぬ真宙の発言に、アーシェルが思わず間の抜けた声を出す。


「だったらよ、お前が行ってきてくれよ。こいつを見つけちまったのは、俺のミスだ。それに……お前が行ってくれた方が勝率は上がるはずだ」


 青い顔をしながらも、剣を取り真宙はアーシェルの一歩前へと足を進める。

 この期に及んで真宙が混乱し始めているのだと、アーシェルは思った。


「ば、バカなの? 正気?」

「当たり前だろ……お前みたいな美人置いて行ったら、どんな目に遭わされるかわかんねぇんだからよ。それにお前は俺が守るって、さっき決めたんだからな」


 立ちはだかるアーシェルの肩を掴み、一歩前に出て真宙は剣の柄に手をかける。

 その細い肩から、アーシェルの緊張が震えとなって伝わってくるのが感じられた。

 勇者とか言われていたって、アーシェルが人並みに感情を持っていて、元々は普通の人間で、好んでそんな宿命を背負ったわけじゃないということも真宙は知っている。


 自身も望んでこの世界へやってきたわけじゃないが、それでもアーシェルよりも立ち位置は軽い。

 ここでアーシェルを死なせるなんてことがあってはならない。

 アーシェルには、何としてもこの世界を救ってもらわなければ。

 

 そうでなくては、真宙の知るヴェルアースはあり得なくなってしまう。


「合図すっからよ、そしたら全速力で走ってくれよ。こいつの初撃は俺が死んでも止めて見せるから」

「ば、バカなこと言わないで。そんなことさせる為に剣を教えたんじゃないのよ……?」

「いいから聞けよ。お前には宿命があんだろ? 俺にはそんなもんねぇ。だったらどっちが生き残るべきか、簡単な計算なはずだぞ」

「…………」


 この世界にとって、望まれているのは勇者の存在であって、異界人ではない。

 真宙がそう考えた時、オークがこん棒を振りかぶるのが見えて咄嗟にアーシェルを突き飛ばした。

 そして。


「っぐ……!」

「真宙!!」


 オークからしてみれば、手加減をしたであろう一撃を真宙は剣の刃、鍔元で止めて見せた。

 余裕のあったオークの表情から笑みが消え、徐々に憤怒の形相へと変わっていく。

 一方真宙は想像していたよりも強力な衝撃に、苦悶の表情を浮かべる。


「っち、押し切られそうだ……早く行け、もう合図なんてしてる余裕ねぇんだからよ……」

「あ、あんたこそ早く……」


 そこから離れなさい、と言おうとしたところでオークの様子が変わったことに気付き、アーシェルは身を固くする。


「グオオオオオオオオオオ!!」


 先ほどの一撃で沈黙しているはずの真宙に対し、明確な怒りを以てオークは一度、こん棒を引く。

 ほんの少しの切れ目が入ったこん棒を眺め、信じられないと言った様子で真宙を見る。


「今だ、行けよ!!」

「嫌よ!!」


 オークが振りかぶったこん棒が再び振り下ろされる刹那、アーシェルの全身が発光した。

 そして真宙の目にも止まらぬ速さで剣を抜き放ち、オークのこん棒を弾く。


「な……」

「え、何……何が起こったの?」

「いや、俺に言われても……」


 オークを含めたその場の全員が、目の前で起こった現実を理解できていない。

 アーシェルの信念が、覚悟が、決意が。

 眠れる力を呼び起こすに至ったということに、まだ誰も気づいていない。


『これでもまだ少し、あなたの力は化け物に及ばないかもしれないけどね』


 頭の中に響いた声に、アーシェルは辺りを見回すがオークと真宙以外の生物が近くにいる気配はない。

 そして先ほどの一撃を弾かれたオークが先ほどよりも更に激昂して、体に力をみなぎらせていく。


「逃げろ、アーシェル!!」

「!!」


 激昂したオークの、更に力のこもった一撃。

 受け止められるはず、と己を過信したアーシェルが取った行動、それはもちろん受け止める、だった。


「バカ野郎!!」

「っく……」


 剣が折れたりはしなかったが、それでもすさまじい衝撃にアーシェルが苦悶の表情を浮かべる。

 アーシェルの表情を見た真宙も、体の奥底に何か熱いものを感じて戸惑う。

 その瞬間、真宙の目には全てがスローモーションの様に映っていた。


(一人じゃ無理でも、もしかして二人なら……)


 オークのこん棒が振りきられるまで、あと一秒もないだろう。

 真宙は考えることをやめ、再び剣を構えてオークに肉薄した。


「ちょ、ちょっと!?」

「二人なら、どうにでもなる!!」


 アーシェルの剣の刃に真宙の剣の刃がぶつかり、火花を散らす。

 そして次の瞬間。


「グアアアアアアアアア!!」


 こん棒がほぼ真ん中から両断され、胸元に一筋の傷をつけられたオークが血しぶきを上げながら膝を付いていた。

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