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第二話

「お兄ちゃん、そろそろ出ないと遅刻するよ」


 時は少しだけ遡る。

 真宙とアーシェルが出会う前の、真宙が暮らしていた現実世界と呼ばれる世界。

 真宙はまだ、この時平々凡々と時を過ごし、青春を謳歌……とまでは行かなくともそれなりに好きなことをして生きていられていた。


 一般的な高校生と違っていたのは、その社交性。

 友達というものをそこまで重要視せず、自身の時間を何よりも大事にする。

 それ故に周りからは変人扱いされていたが、忌み嫌われていた、というほどでもない。


 だから彼に危機感なんてものはなかったし、ただし相応の虚無感や何処か満たされない、退屈であるという思いはあった。

 人生にはある程度の刺激があっていい。

 そう考えながら日々を過ごし、やかましい妹二人に幼馴染二人に囲まれて過ごすこと16年。

 

 それでいいと思ってきたし、これからの人生に変化があるとすればそれはきっと、四人の女の子の誰か……とは言っても二人は正真正銘の肉親だから省くとしても、残り二人のどちらかとの仲が進展して、平凡な家庭を築いて……。

 それすらも叶わぬのであれば、別に構わなかった。

 楽しくて、それなりに満足できるのであれば、と。


 真宙は若くして達観しているつもりだったが、心の中では何処か燻っている様な感覚を持て余している。

 可愛い妹が一緒に家を出ようと急かしてくるのを、真宙は朝食の目玉焼きをかじりながら横目に見ていた。

 時計に目をやると、まだもう少しゆっくりしていられそうな時間ではある。


 しかしこの妹たちが急かし始めるという事は、あいつらもきっとそろそろ襲来するはずだ。

 真宙はそんなことを考えながら残り一口のトーストを口に放り込み、食器を流しに持っていく。


美幌みほろ、もうすぐあいつらくんの?」

「んー、来るんじゃない? 私は別に約束とかしてないけど。凜乃りのちゃんは? 何か聞いてる?」

「あたしも知らない。でもあのパンツの悪魔と美夕みゆうちゃんは呼ばなくても来るでしょ? あざとくお兄ちゃんのお弁当作って」

「あざといパンツの悪魔ってどんなだよ……一応幼馴染なんだし、もう少し仲良くだなぁ……」


 妹二人が双子。

 そして二人は見た目も性格も対照的。

 だからこそ真宙としても見ていて飽きないし、騒がしく思うこともあるがそれでも心地よさの様なものを感じる。


 パンツの悪魔呼ばわりされたもう一人の幼馴染の女子、神田瑠衣かんだるいは、凜乃の言う様な悪魔みたいな女ではない、と真宙は思っている。

 お互いに憎からず思うところはあり、凜乃が言う通り学校のある日は弁当を欠かさず作ってくる。

 風邪を引いていようとインフルエンザにかかろうと、ノロウィルスに感染していようと、お弁当を……後者二つの時はさすがに身の危険を感じて、双子が瑠衣を家に押し返したというエピソードもあったが、並々ならぬ拘りを持って瑠衣が真宙の弁当を作ってくれているということは理解している。


 その真意には全く気づいていない、鈍感を絵に描いた様な真宙ではあるが、そんな二人を微笑ましげに見つめる、もう一人の幼馴染の曽根崎そねざき美夕。

 二人の姉の様に、二人を見守ってきたが美夕も真宙と瑠衣と同い年。

 頑張って三人で同じ高校に行こう、と言い出したのは美夕で美夕の高い学力に付き合わされる形で受験期に地獄を見せられた真宙と瑠衣だったが、努力して良かったと今は思えている様だ。


 学校が変わってしまえば、幼馴染と言えど疎遠になってしまう、なんてことはよくある話でどんなに深い友情であっても離れてしまえばリセットされてしまうのは珍しくもない世の中だ。


「あたしの愛しいお兄ちゃんを取ろうとするんだから悪魔みたいなもんじゃん。あたし的にはお兄ちゃんと美夕ちゃんが結婚してくれたら、理想のお姉ちゃんが出来るのにな、って」

「またその話かよ……瑠衣だってああ見えて割と面倒見いいし、大体お前も瑠衣も貧乳同士なんだから仲良くしたらいいだぶふぉ!?」


 言い終える前に真宙の横っ面に、凜乃の肘がめり込む。

 美幌が悩まし気に頭を抱えるが、既に後の祭りだ。


「人間にはロマンとか夢とか、大事だって習わなかった?」

「そ、そんなの教えてくれる学校があんなら行ってみたかったわ……」

「ダメだよ凜乃ちゃん……狂暴だなぁ……」

「あの悪魔に言いつけたら、お兄ちゃんの傷がもう一つ増えるね」

「お前……何つー残酷なことを……」


 真宙の言う通り、控えめで細身の妹の肘は骨ばっていて鋭い。

 鋭く突き刺さり、強烈な痛みをこらえながら立ち上がり、真宙はカバンを手にする。


「そんなことよりお兄ちゃん、ちゃんと携帯持った? こないだ忘れて行って、大騒ぎしてたでしょ」

「あー、あれな……まぁ騒いだって言っても結局俺、携帯とか持っててもゲームくらいしかしねぇんだよな、よく考えたら」

「現代人の必須アイテムでしょ……誰からどんな連絡がいつ入るかわからないんだから、ちゃんと持っていきなよ」


 そう言って凜乃が真宙の携帯を真宙の目の前でひらひらとさせ、手渡す。

 それを受け取った真宙が制服のズボンに突っ込むのを見て、凜乃は満足そうな顔を浮かべた。


「……何だよ、俺が携帯持つのがそんなに嬉しいの?」

「嬉しいよ? あたしから手渡したものがちゃんと受け取ってもらえるんだもん」

「いや、これ元々俺のだからな? さもプレゼントしました、みたいな顔すんな」

「またまたぁ、そんなこと言いながら、嬉しいくせに」

「凜乃ちゃんは本当にお兄ちゃん好きだよね」


 完璧に血のつながった兄妹である凜乃の好意が、真宙にとって迷惑なわけではないが世間様の目は偏見に満ちているということもある。

 そう考えると真宙としてはやや複雑なところもあり、かと言って邪険にしたら今後の凜乃の成長にとってマイナスになる気がして、どう対応するのが正解なのか、真宙としても考えあぐねているところだった。


「美幌、おかしなこと言うな。あと凜乃も外でそういうの言わない様にな。後々辛い思いすんのお前なんだから」

「ふっ……そいつはもう、手遅れだぁ!!」


 得意満面と言った様子で、凜乃が親指を立てて真宙に微笑みかける。

 そんな凜乃を見て、真宙はため息交じりの苦笑を浮かべた。

 手遅れね……だとしても、それはもしかしたら今だけかもしれないし、今後も今みたいに懐いてくれているという保証はない。


 お兄ちゃん臭いから近寄らないで、とか言い出す日が来るかもしれないし、そんな日が来るんだとしたら今だけでも青春を謳歌してみてもいいのではないだろうか。

 そんな風に考えて、真宙は凜乃に向き直る。


「ふっ……そいつはもう、手遅れだぁ!!」

「いや、誰が二回言えって言ったよ。まぁそれはそれとしてだな、凜乃。お兄ちゃんがそんなに好きなら、チューしてやろうか」

「えっ!?」


 凜乃と美幌が一斉に真宙の方を振り返り、驚愕の表情を浮かべる。

 ただし凜乃は歓喜混じり、美幌はとうとう気でも触れたか、と言いたげな顔ではあるが。


「ずっと、望んでいたんだろ? こんな展開を。だったら踏み出す時は今だ……そうだろ? 俺は別に兄妹だって一人一人が男女であるということに変わりはないって思ってるからな」


 そう言って真宙が凜乃の前に立ち、両手でそっと肩を掴む。

 一瞬体を震わせ、凜乃が狼狽気味に真宙を見た。


「え、えっと……お、お兄ちゃん?」

「何だ、怖いのか? 大丈夫だ、俺に全部任せろ」

「ちょ、ちょっと……?」


 さすがにこれは良くない。

 そう思って美幌も止めなければ、と思うのに体が動かない。

 このままじゃ、目の前で禁断の関係が築かれてしまいそうなのに。


 そんな意志とは裏腹に、美幌の体は止めることを拒否していた。


「ほら、凜乃……目閉じろよ」

「え、で、でも」

「すぐ済むって」

「はわわわわ……」


 二人の背景にキラキラしたものが見えそうなほど、兄妹であるはずの二人の空間はピンク色になりかけている。

 恋愛関連にそこまで興味のなかった美幌から見ても、何となくロマンチックな空間な気がしている。

 ぎゅっと目を閉じ、その瞬間を待つ凜乃。


 そしてそんな凜乃の顎を左手でくいっと持ち上げ、真宙が顔を近づけていったその時。


「!?」

「!!」


 けたたましく玄関のチャイムが鳴り響いた。

 通常一回鳴らせば、よほどの事でもない限りは家主は気づくはずだ。

 しかし、そのチャイムは連打に次ぐ連打。


 朝の八時前という時間を忘れ去っているかの様な、それでいて日常の一コマというおかしな連打。

 

「おっと……邪魔が入っちまったか。続きはまた後でな」

「えっ……えっ?」

「そんな残念そうな顔すんな。まさかあいつらの前で兄妹が愛し合ってるとこなんて、見せるわけにはいかねぇんだから」

「真宙ー!? 迎えに来てやったわよー!!」


 外から聞こえる幼馴染の声に、とても実の妹に向ける様なものではないセリフを吐きながら、真宙は不満そうな凜乃の頭を軽く撫で、カバンを手にする。

 呆けていた美幌も我に返って慌ててカバンを手にした。

 不完全燃焼感の拭えない凜乃は頬を膨らませながらも美幌に続いてカバンを手にして、玄関へと向かう。


「んじゃ、気を付けて行こう。忘れ物ないよな?」

「…………」

「お前の方の忘れ物はまた埋め合わせしてやるから。機嫌直せよ、な?」


 再び不満そうな妹の頭を撫で、妹二人が家を出たのを見届け、真宙も玄関のドアをくぐる。

 朝日が眩しく真宙の視界を支配し、思わず目を細めた。

 そして。


「……ん?」


 再び目を開けた時、真宙が立っていたのは見たこともない森の中。

 そして足元から水音が聞こえてその気配に目をやると、唖然とした表情の美女が、目の前で全裸でうずくまって用を足していたのだった。

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