泥人形イミナ
あるえらい魔法使いが、実験を行った。
丸くて黄色いボールみたいなかまどから、煙突が一本伸びていて、そこからモクモク、煙が空へ。太陽も月も、煙で全部が隠れちゃって、見えなくなった。
その日から雨が六日間も降り続いた。しとしとと。本当に弱い雨だったから、洪水なんかは起きなかったけれど、もっとおかしなことになるなんて、まだ考えもしなかった。
ある朝の事、魔法使いの子ども、晴が外に出ると、朝日が昇っていた。やっと雨が止んだらしい。
「あー、やっと外で遊べるよ」
晴は外で遊ぶのが好きだったから、雨が続いて退屈していた。せっかくの夏休みなのに、家で遊ぶしかなく、雨が止むのを楽しみにしていた。けれど、
「あれ? なんだ、あれ?」
公園に行くと、予想通り雨でぬかるんでいて、砂場には泥が溜まっていた。
その泥が、もぞもぞと動いている。
晴がポカンとしている間に、スライムみたいに泥が集まって、赤ん坊くらいの大きさに固まった。その泥の塊が、ゆっくり晴に近づいて、手を伸ばしてきた。
「ア、ソ、ボ」
「……いいよ」
通りすがりのおばさんが驚いて逃げていくのも無視して、晴は泥人形の手を取った。
晴の父は魔法使いで、いろんな実験をするものだから、今更、不思議なことなんてなかった。晴は泥人形とサッカーをして遊んだ。
町中の泥が命を持って、国中の人が大騒ぎをした。けれど、動きはのろいし、人間を襲ってくるわけでも、何かを食べてしまうわけでもないので、少ししたら当たり前の光景になった。冬になれば雪が降るのと同じように受け入れられた。けれど、あえて近づこうとする人もいなかった。
「あ、あいつだよ。変人の子ども」
そう、指さされることにも慣れた。
晴は今日も、公園で泥人形と遊んでいた。
「ほら、パスだ」
「そこでシュート。上手いじゃん」
泥人形が蹴ったボールは泥だらけで、べとべとした。けれど晴は楽しかった。晴には友達がいなかったから。
「あいつの親、おかしいぜ」
「この泥が動いてるのもあいつの親がやったんだってよ」
「壁も汚くなるし、気味が悪いし、迷惑だわ」
「利益がない魔法なんて意味がないね」
その前からバカにされていた晴にとって、今更それがどうしたって感じだった。
「意味なんて、俺が作ってやるよ」
「イーミーナー?」
つい口に出た言葉を、泥人形が繰り返す。
「そうだ。お前の名前、イミナなんてどう?」
「イミナ、イミナ!」
名前を付けると、喜んでいるようで、イミナは跳ねていた。ぼたぼた泥を落としながら。
天気は曇り。雨は止んでも、湿気が多い日が続いていた。
いつものように、晴が公園に出かけようとすると、「晴」と呼び止められた。
「何? 父さん」
いつものように黒衣を着て、ひげを生やして、メガネをかけた父親がいた。
「最近、楽しそうじゃないか。友達ができたのか?」
「いや、父さんの実験で出来た泥人形と遊んでるけど」
「なんだって! 後悔するからやめなさい!」
まさか、遊ぶことを止められるとは思わなかった晴は驚いた。
「なんでだよ!」
「あれは、お前の遊び相手にするために作ったものじゃないんだ!」
「じゃあ、何をすればいいって言うんだよ!」
晴は走って家を出た。
今日はいつぶりか、日が出て暖かかった。
「それ、パス……どうした? イミナ」
いつものように、イミナと遊ぶ。様子がおかしい。ボールを蹴ったイミナの足が崩れた。
イミナを見ると、泥の体が乾いていた。
「イミナ? イミナ!」
「だから後悔すると言ったんだ」
父さんが走って追いかけてきていた。
「晴、これは実験だったんだ。泥を、命が無いものを動かせるかの」
晴はイミナに駆け寄ると、小さくなった頭を手に載せた。
晴の手の上で、「ハ……ル……」と呟いて、イミナは消えた。
「……父さん、俺は後悔してないよ。だって、最後に俺の名前を呼んでくれたから」
それは、人とコミュニケーションが取れる頑丈なロボットが作られたきっかけの物語。