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その3

「グゥゥッ!ガウッ!」

「ちょっ、ちょっとまてっ!」


自分を押し倒してきた女の子は、今にも首元に食いつこうとしてきている。

強化魔法を事前にかけていたことで抑えることは出来ているが、普通の女の子にこんな力が出せるだろうか?


(そもそも普通の女の子はいきなり噛み付いてきたりはしないだろうけどなっ!)


【おー、モテモテね】

「やかましいわ!」

【まぁ安心しなさい、どうせすぐおさまるわ】

「すぐおさまるって何で言い切れるんだよっ!」

【だって、その子人間でしょ?だったら私のあげた特典が役に立つはずだから】

「っなるほど、たしかに…なっ!」


そういえばセレナから貰った特典はどんな人でも好意的に受け入れてくれるというもの。

今現在殺されかかっているこの状況は明らかにそれとは違う、ならば直にその効果が生じてもおかしくないはず。

…だったが、一向にその様子はない。むしろずっと抑えられててさっきより酷くなっていないか?!


「………って全然収まる気配ねぇじゃねーか!」

【あら~、おかしいわねぇ?】

「くっそ、仕方ねぇ……よっ!」


白々しい女神の声は無視しながら俺は食いついてくる女の子の顔を一度強めに跳ね除けた。その後すかさずあごに向かってすばやく一撃を入れる。


「せいっ!」


出来るだけ顔には傷がつかないよう、今出来る自分の最大限のコントロールで拳を放った。結果としてあごにかすったくらいで相手の意識を落とすことは出来たようだ。どさっと俺の上に倒れてくる女の子を抱えると、すぐに横にしてやった。


「ふぅ…ごめんな」

【やだ~!この男こんなぼろぼろの女の子に暴力振るったわ!】


頭の中では鬼の首をとったかのようにセレナがやかましく騒いでいる。


「うるせぇ!俺だって好きでこんなことしたか無いわ!ちょっと気絶してもらっただけだよ!」

【それならそれで催眠魔法でもかければよかったじゃない】


その言葉にはっとする。そういえば俺は魔法が使えたんだった。あいにくまだ完全には思い出せていないが、セレナの言葉でそういう魔法が存在していたことも思い出した。


「えっ、俺そんなのも使えたっけ?」

【えぇ、あなた魔法なら割と何でも使えたわよ?】


ケロッと新情報をはいてくるこの女神である。

聞かなかった俺が悪いんだが、ついてきてくれているならもう少し早く教えて欲しいもんだ。


「マジか…ってか早く言えよ…殴って申し訳ないことした…」

【だったらその子の介抱でもしてあげなさいよ、みたとこかなりボロボロみたいだし】

「だな…」


セレナの言うとおり、この少女は見るからにボロボロだった。

体のいたるところに擦り傷や打撲跡があり、足の裏も裸足で動いているためか、傷だらけになっている。

とても年端もいかない?少女の姿ではない。


「ヒーリング」


俺は覚えていた癒しの魔法を彼女へと使用した。

傷は見る見るうちに癒えていき、血色も良くなっていく。

寝息も少し穏やかになっているように聞こえる。彼女の淡い黄色の短髪に触れてみた。

少しくすぐったそうに身をよじる彼女をみると、疑問が沸いてくるばかりだ。


「どうしてこんなとこにいたんだろうな…」


見るからに普通そうな少女なのだが、彼女の衣服や体中の傷、そして力を取ってみても不思議でしかない。ましてやここは森の中、少女が一人でいるべき場所ではない。

一方でそんなことを考えている俺とは対照的なのが、セレナだ。


【さぁ?】

「さぁってお前なぁ…」

【神様だからって一々個人の行動や考え、その人生にまで目を向けてらんないわよ。というよりも、敢えて必要以上にはむけないようにしてんの。あんたは四六時中行動全て監視されて、考えてること全て見抜かれたいもんなの?】


セレナの言うことはもっともだ。なんでもかんでもみられて大丈夫な人間などいないだろう。


「…そうだよな。悪い」

【気にすることなんてないわよ?なんてったって私は女神様、全知全能だからっ】

「うるせ」

【まぁ、今回は特別に私が観て教えてあげても良いんだけど、ちゃんとその子に聞いたら?】

「うぅ…」


セレナの言葉どおりに少女へ目を向けると体をよじりながら声を発している。

どうやら目を覚ましそうだ。


「よっ、気がついたか?」

「グゥゥッ」


先ほど争っていた?相手でもあるためか、警戒心は強いようだ。

姿勢は低くし、出来るだけ少女へと目線を合わせる。


「まぁまぁそんなに警戒してくれるな。ほらっ、これでも食べな?」


つかまっていた女性を村へ送り届けた際にどうしてもと言われて受け取っていた干し肉を、すっと少女に差し出す。


「ガゥッ!」

「うぉっ!…凄い勢いだな…」


と、同時に俺の手元へと少女は飛びついてきた。

そのまま手で干し肉を取ると夢中になって噛み付き始めた。


「ガッガッ」

「よっぽど腹へってたんだなぁ」


一心不乱に干し肉にかぶりついていた少女だが、あっという間に食べ終えてしまってぺろぺろと自分の指を舐めている。


「もう食べ終わったのか…早いなぁ」

「スンスン」

「ん?悪いな、もうないんだ」

「ガゥ!」

「おっ?」


まだまだ未練があるのだろうか、こちらへと匂いをかぎながら近づいてきた。

もう干し肉はないことを伝えるが、そのまま近づいてきて俺の指を舐め始めた。

獣ではなく勿論人なんだが、その仕草が自然すぎてそのまま受け入れてしまった。


「ガウガウ」

「うぇっ!!」

「ガウガウ~」

「おっ…おう…結構人懐っこいんだな、おまえ。ってこれだと完璧に獣扱いだよな…」


腕に頬ずりしたりする様はまさに獣のそれなんだが、人相手にそれはどうかと思う自分もいる。

だが、本人が満更でもなさそうなのがまたそれを続けさせてしまう。


「ガウ?」

「いや、お前がなにか話せれば良いんだけどと思ってな」

「ワタシと?」

「うんお前と」

「そっかー!いいぞー!」

「おー!これで普通に会話が出来るな!……って!お前話せるのかよっ!」

「あっ」

「あっ…じゃねー!」


これまで獣のように扱ってきた相手が実はちゃんと言葉を話せるという事実が急に舞い込んできた。

いや、嬉しいことではあるんだけど、正直突然のことで一瞬スルーしてしまった。

そして、頭の中ではしてやったりといわんばかりにうるさい声が木霊する。



【ふ…ふふふ…あーはっはっはっ!】

(笑ってんじゃねー!お前最初から気づいてただろ!)

【あったりまえじゃない!私を誰だと思ってんのよ?私は、全知全能なる女神様よっ!これくらいのこと見抜けるに決まってるじゃない!】

「ぐぬぬ…」


そう、そうなのだ。こいつはやはり女神。

さっきはあんなことを言っていたが結局俺を騙して楽しんでいただけの性悪である。

おのれ駄女神め…!


「…がう?」

「いや、今更猫かぶってんじゃねーよ!もうばればれだっつうの!」

「ワタシ猫じゃなくてウルフなんだけど…」

「そういう意味じゃねーよ!」

「えー、わかんなーい!」


会話自体は軽快なテンポで繰り広げられているが、いまいちかみ合わないので疲れる。

真面目に付き合っていてもしかたないので、とりあえず1つずつ聞いてみることにした。


「あー…もういいわ……で、何でこんなことしてんだ?」

「こんなこと?」

「だから、そんなボロボロの服着て獣みたいな真似して人襲ってんのかってこと」

「うーん……わかんない!」

「はぁ?」

「なんか気づいたらこんな感じで!よく覚えてないの!」

「お前…また俺を騙そうとしてるんじゃないだろうな?」

「もうそんなことしないよー!ご飯くれたし傷治してくれてるし!」


首を左右にふって必死で否定している。

聞けばこの少女はいつからここにいるかも正直よくわかってないのだとか。

そしてたまに森に来る人をさっきみたいに脅かして食べ物をとっていたようだ。


(おい駄女神)

【だれが駄女神よ】

(こいつ本当のこといってるのか?)

【そうじゃない?実際もう騙したってしょうがないでしょ?目的がご飯の調達なら、それは達成されてるんだし】


確かにセレナの言う通りだ。これ以上俺を騙しても、俺はこのまま森を出て行く予定だしメリットがない。

命乞いの必要がないことも、傷を治していることから流石に分かっているはずだ。

そんなことを考えていると少女が俺の服のすそを引っ張ってきた。


「ねぇねぇ」

「ん、なんだ?」

「私をこっから連れてってよ!」

「はぁ?」

【あら?】

「私、何でこんなとこにいてこんなことやってるのかもわからないんだけど、そろそろここの生活も飽きちゃったし、お兄ちゃん良い人そうだから!」

「いやいや、何で俺が」

「お願い!!」

(何だよ、震えてるじゃねーか…)

【あんた、こんな子見捨てるの~?】


少女は頭を下げて必死で訴えている。

その手はかすかに震えていて、ここでの生活の怖さ、痛みがどれほど少女へと影響を与えているのか察せられた。

駄女神が茶々を入れようが入れまいが、そんな少女の頼みを無碍にするわけにもいかない。


「…わかった、わかったよ!連れてってやるよ!」

「ほんとう!」

「ただし!妙なことはするんじゃないぞ?」

「妙なことって?」

「それは…その…なんだ!」

「えー、ちゃんと言ってくれないとわからないよ~」

「えっ…」

「えっ?」

「えっちなこととかだ…!」


いっそ殺してくれ。


(俺は本当に何を言ってんだ!馬鹿か?馬鹿なのか?言うに事欠いてえっちなこと…とかあるかっ!)

【あはははははっ!この男何言ってんの!あははっはっ!もっと他に言い方あるでしょうに!こんなんだから前の世界で童貞のまま過ごしちゃうのよ!】

(う、うるせぇ!だ、だれが経験地ゼロだこら!大体、俺の記憶ないからってお前好き放題言いすぎだろっ!)

【私は事実しか言ってませーん!】

(このおんなはぁ…っ!)


全力で馬鹿にしてくる駄女神だが、実際問題自分の言ったことは確かにあほすぎるとは思う。

なんでこんな女の子目の前にして真面目にこんな馬鹿なことを言っているんだろう。

穴があるなら入りたいとはまさにこのことだ。

そんな俺の反応とは裏腹にきょとんとしている彼女は二の句をついで来た。


「えっちなことってなに?」

「ん?」

「だから、えっちなことって…なに?どんなこと?」


少女の発言に思考停止してしまう。

確かに見た目どおり?(俺の予想だと14くらいか?)な年頃だとしたらまだそういうことが分からない年なのかもしれない。

そもそも記憶喪失な時点でそういう記憶も消えていたとしたら分からないのも無理はないだろう。

だが、それを敢えて俺の口から言わねばならんのかっ!


「えーっと…」

「わかんないと守れないよぉ、なにしたらえっちなことになるの?」

「それは…だな……うん…」

「ねーねー教えてよー!」

「こ、こづくり?」

【あーはっはっはっはっはっはっはー!】


大爆笑する女神の声がうるさくて仕方ない。

だが、笑われても仕方ない返答なのが情けないところだ。


(頭の中でさわぐなぁっ!仕方ねぇだろ経験ないんだからっ!)

【にしたってこづくり…こづくりって…ぷぷぷ…あーははははっ!もう駄目ー!】

(くっそう…いつか覚えてろよこの駄女神め…)

「んー、わかった!じゃあこづくりはしないようにするね!」


苦肉の策で出た言葉だが、どうやらなんとなくは理解できたようだ。

仮に理解できていなかったとしても、もうこれ以上聞くのはやぶ蛇になりそうなのでいいことにする。


「お、おう」

「これからよろしく!お兄ちゃん!」

「あー、うん、よろしくな。えーっと…なまえは?」

「なまえ?」

「呼び名だよ、おまえのことを何て呼べば良い?」

「うーん、わかんないから決めていーよ!」

「なっ!」


どうやら名前すらも覚えていないらしい。

異世界に移る前の自分と同じようだ。

彼女もまさか異世界から来たのではないだろうか?

なーんてことを考えるが、それなら流石に俺みたいに女神が色々教えてくれているだろう。


「ねーねー!何て呼んでくれるの?」


それはともかく期待に膨らむ少女の目を曇らせるわけにも行かない。

彼女の風のような自由奔放さ、緑色の瞳からふっと思いついた言葉を口に出す。


「……シルフィ」

「シルフィ?」

「あぁ、シルフィでどうだ?」

「シルフィ…シルフィ……うんっ!じゃあ私はいまからシルフィ!」

「俺の名前はユキオだ」

「ユキオ……よろしくねっ!」

「あぁ、よろしくな」


こうして俺の異世界転移の初日は幕を下ろすこととなった。

旅の仲間が出来て嬉しいが、初日でこれならこの先どうなることやら。

まぁ、折角の第二の人生だ、楽しんでいこう!





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