森の中
肥前文俊様主催の『書き出し祭り』に参加した作品を、読み切り版として書き直したものです。
初稿をお読みいただき、感想や投票までありがとうございます。
そちらでいただいたご意見を参考に、改稿させていただきました。
初めての一次小説になるので至らないところだらけですが、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
はあ…… はあ……
なんで俺はこんな場所にいて、どうして走らなきゃいけないんだ?
その答えはすぐ後ろから。
日常ではまず聞いたことのない、重量感たっぷりの音と声が嫌というほど分からせていく。
ドシン ドシン
もう何度目かの後ろを振り返って、俺は自分を追い駆けてくる存在を確かめる。
グルルルル……
見るからに硬い表面に鋭い牙が付いた口元。
指の先はこれまた鋭い鉤爪のように、何者をも切り裂くという意思を持つモノが四つずつ。
それよりもっと鋭いのは、俺を捕らえて離さないギョロっとした両目だ。
動くたびに地面が大きく揺れることで、ソイツがいかに重くてデカイかってことを物語っている。
ギャアアォォォ……
「うるせー、”恐竜モドキ”!」
咆哮に思わず耳を塞ぎながらも、視界と行く手を阻む厄介な木しかない森の中で。
俺はコイツに捕まらないようにと逃げ続ける。
俺は普通の、どこにでもいるフツーの男子高校生。
今日もいつものように学校に行って、授業を受けていたというフツーっぷりだ。
……だから今日もフツーのはず、だった。
俺がここに来る前は四限目が終わる頃、つまり昼飯の直前だ。
そんな空腹と眠気最高潮の時に、どう考えても普通の男子高校生が倒せる相手じゃないヤツの目の前に、勝手に呼んで放置とか何考えてんの?
ここに来てからは一時間近く走っているし。
腹が減っていることに嫌でも意識がいって、俺は食べられるはずだった弁当を思い出す。
久しぶりにおにぎりにしたって言ってたってことは、おかずは定番のウィンナーと卵焼きで。
彩りに野菜系もばっちり入っていて、メインはガツンと肉だろう。
唐揚げか、ハンバーグか、それとも……
ぐー、きゅるるるる……
恐竜モドキの声(鳴き声?……まあいいや)に負けないくらい盛大に森の中に響いていく俺の腹の音。
……どうして俺が呼ばれたのかも分からないが。
つまりあれか?何かあるのか?
例えば世界を救うとか、囚われの姫君を助けるとか。
そういうテンプレな王道な使命とかと、ちょっとだけ期待をしたりするけれど。
「制服に内履きな勇者はないな」
腰には太いベルトにポーチみたいな物が一つだけ。
これが異世界っぽい空気を醸し出しているが、アイツを倒せるナイフや爆弾が入っているとは思えない。
「……いや。爆弾だと俺も森も一気に燃えそうだから却下だな」
ベルトは走っていても動かないくらいに、俺の腰にぴったりと固定されている。
でもカチャカチャと音が鳴るから何か入ってることは確かなんだ。
それが何でどこで役に立つのかは、今のところさっぱり分からんけども。
……あーあ、追ってくるのが牛とか豚だったら良かったのに。
あんな外側が硬くて見るからにマズそーだと、さすがに食う気も起きねえよ。
そもそも解体する技術も道具も何もないから牛とか豚でも無理だけど。
ギャアァァァォ
「うるせーなあ……」
もしもテンプレ的な世界なら、最初から武器も持っていて魔法も使えたりしないか?
魔法なら、そうだな……。
例えば炎が出て、アイツを美味しいステーキの塊にしてくれるとか?……って鍋も食器もねえや。
しかも想像したら美味しそうで、余計に腹が鳴ってしまった。ぎゃふん。
ぐうぅぅぅ
「ちくしょう、腹減った!」
ギャアアアッ
「あーもー、しつこいっ」
アイツがミディアムレアの美味いステーキになれば食えるのに!
せっかくの異世界なら想像したものに変えられる魔法が使いたい。
それなら火加減も味付けも、思い通りに出来るってもんだ。
想像通りに変えられるなら、レモンバターと塩コショウが半分ずつ味付けしてたら最高じゃね?
それ以外の食べ方も出来るならしてみたい。
サックサクのメンチカツ、肉汁したたるハンバーグ。
じゅうじゅうの焼肉に、サッとお湯をくぐらせた熱々のしゃぶしゃぶもいいよなあ……。
調理器具も調味料もないのにとかは置いといて、俺はメニューを次々と浮かべていった。
……チリッ
「ん?」
しゃぶしゃぶなら胡麻ダレかポン酢かと考えていたら、右手のひらが熱を帯びたように一瞬熱くなった。
……気がした。
どこからだっけ?ああ、ミディアムレアってところからだ。
具体的な焼き加減に味付けまで考え出したら、そう、こんな感じで……。
ジリジリ……
今度はどんどん、ハッキリ分かるくらいに熱くなった右手を俺は思わず見つめてしまった。
……もしかして、マジで魔法っぽいものが使えるってこと?
けれどそうやって、ぼーっとしたのがいけなかった。
俺は段差に気が付かずに走り続け、足元を思いっきりガクッと取られてしまった。
「痛ぅっ」
ズザァッと音まで聞こえてくるような、コントかよ!って突っ込みたいくらいにいい滑りっぷりの俺と。
恐竜モドキがやっと捕まえたとばかりに凶悪な(元々凶悪だけど、もっと凶悪な)ツラを向けて。
牙が並んだ大きな口を開きながら俺に近付いてくる。
おあつらえ向きに隠れるところは何にもない、ただ広いだけの場所。
俺はまだ立ち上がれていないし、目の前には今度こそと勢いよく加速し出した恐竜モドキ。
……ヤバイ。俺はこのまま黙ってコイツに食われるのか?
グルルルル……
「奇遇だな、俺も腹が減ってしょうがねえんだよ」
でも俺はお前に食われる気はサラサラない。
どっちかというと美味いステーキを想像してしまったから食う気の方が満々だ。
「それなら食われるのは、……お前の方だ!」
チリチリと右手が熱くなった感触を意識して、俺はさっき考えたことを思い浮かべていく。
ついでに美味しくいただいてやると決めて睨みつける。
ギャアアアッッッ
「……あ、ヤバイ。ガーリックステーキも最高じゃね?」
あの食欲を最大限にそそりまくるニクイやつを思い浮かべて、俺はニヤリと口元を歪めた。
美味しくいただけそうなら、三段階の味付けにして骨で出汁まで取ってやるぜ。
俺の五倍以上ある巨体と、鋭い牙を持ったヤツが襲ってくるというのに。
食うのはどっちだと言わんばかりに、俺は出てきた炎をソイツに叩きつけるように振り払った。
グギャアアアァァァ
「美味しく燃えろおおっ!」
どうせなら技の名前とか考えようぜ、俺。
考えた通りに美味しくなるのかも、そもそもちゃんと倒せるのかも分からないっていうのに。
俺の右手を離れた炎が、恐竜モドキの全身を包んでいった。
「ん?」
……あのさあ、さっき自分で言ったよね?
ここは見渡す限り木がたくさん生い茂っている森の中だって。
爆弾とかぶっ放したら、森どころか俺も燃えるって。
「……」
グギャアアアァァァ
「やべぇ水水っ!」
けれど恐竜モドキは燃え盛る炎に包まれながらも、その場から動こうとはしなかった。
炎を消そうと転げ回りもしないし、そもそも暴れる気配が全然ない。
……ただ立ったまま焼かれているっていう姿は、シュールというか何だか異常だな。
このまま上手い具合に焼けてくれればいいけれど、山火事にでもなったら俺の死因はマヌケじゃねえか。
やっぱり水を出そうかと考えたら、ふんわりと良い香りが鼻孔をくすぐっていった。
「マジで?」
どう嗅いでも、これはバターとニンニクの香りだ。
さらに外側の硬くてマズソーな皮は、黒焦げになってボロボロとはがれていっている。
ありえないけどこの恐竜モドキから美味しく焼けている香りがしてきているってことは、だ。
「食えるってこと?」
つまり俺が想像した味になってるってこと?
……ガサガサ
「ん?」
ガサガサ ガサガサ
キキッ キキッ
茂みからそろそろと俺の前に出てきたのは、サルっぽい鳴き声なのにサルっつーより……。
「タヌキ……が、近いか?」
丸っこいフォルムにくりっとした目。
手には鋭い爪っぽいものが黒く光っているところも、目の周りにある模様もタヌキっぽい。
それ以外にも何匹も集まってきて、良い香りの肉の前で大喜びしている……ように見える。
集まってきたのは小動物っぽい体格の奴らばかりだ。
危険がなさそうだからと、俺は炎が鎮まるまで待つことにした。
「そろそろいいかな」
野生動物らしいのに、そいつらは俺が手をつけるのをじっと見ている。
しかも並んで整列しているようにも見える。
……俺が切り分けるのを待っているのか?それとも毒味をさせようって魂胆だろうか。
「まあ、いいか」
腹の音がうるさくなってきたからと、俺は腰に付いているポーチを開けて中身を取り出した。
「もしやと思ったけど、マジだったか」
カチャカチャという音に聞き覚えがあって、あれかなーとか思ってたヤツがまんま入ってた。
……ある意味、必需品だけれども。
制服に似つかわしくない太いベルトに一個だけ付いていたポーチの中身、それは……。
「フォークとナイフってなんだよ」
ものすごく謎だけど、今の状況には似つかわしい物だ。
そもそも燃やすだけで切れてはいないから、熱々の肉にかぶりついて火傷するしかない。
それでも何でこれなのかと、ここに俺を呼んだヤツに訊きたい。
「明らかに攻撃用じゃねえじゃん」
プラプラと不満げにナイフを振っていたら、じいっと下から俺を見つめる無数の視線に気が付いた。
「……分かった。順番に待てよ」
キキッ シシシシ グェグェッ
サクッとナイフを肉に入れたら、ふわんとニンニクの良い香りと肉汁がじゅわっと溢れていく。
これなら期待してもいいかもしれないと、いくつか切ったらポイっと小動物たちに向かって投げてみる。
手で受け取るヤツ、葉っぱを皿代わりにして受け取るヤツ。
次々と俺が投げる肉をキャッチしては、どんどんと手元に積み重ねていく。
見た目がタヌキっぽいヤツは、自分の欲しい分を受け取ったら後ろに下がっていった。
……どんだけ食うんだよ。山盛りじゃねえか。
もっと欲しいヤツらは手を挙げて、こっちにも寄越せとアピールしているみたいだ。
「ほらよっと。そんで俺はどうやって食うかな」
グェグェッ
鳥みたいな鳴き声をしたリスっぽい動物が、皿代わりの葉っぱに肉を乗せて渡してくれた。
他のヤツらは俺と肉の塊を真ん中にして、囲むように座っている。
「じゃあ食うか!」
パンッと手を叩いて、目の前の良い香りの肉にフォークを突き刺した。
「おい、いつまで寝てんだ!」
「は?」
キーンコーン カーンコーン……
「……え?」
「昼飯の時間だぜ」
「よく寝てたなあ、お前」
目覚めたら教室にいて制服を着ていて。
森の中でもないし、動物たちもどこにもいない。
「どうかしたか?」
「いや、何でもねー」
あっさりと戻って来れたことに安堵しつつ、何だか納得いかなくて首を傾げる。
もしかして恐竜モドキに食われたら、案外簡単に戻って来れたんじゃねえの?
ぐー、きゅるるるる……
肉を食う直前で戻ったことを思い出した。……腹、減ったな。
「食うか」
「こっちはお前の弁当が朝から気になってたんだ」
「早く中身見せろよ」
「は?」
今日はおにぎりと定番のおかずで、メインはたぶん唐揚げのはずだ。
首を傾げて机の横を見たら、やけにデカイ袋が掛けてあった。
「デカッ!」
「……お前が持ってきたんだろ」
お重か何かかってくらいにデカいし、何より明らかに一人分の量じゃない。
開けた袋の上に乗っていた物を見て、俺はさらに手を止めた。
「おいおい。ナイフとフォークかよ!」
揶揄ってくる声も早く中を見せろという声よりも。
これはさっき肉を切っていたナイフとフォークだ。
……あれは夢、だったんだよな?
恐る恐る弁当の蓋を開けたら、そこにはニンニクの香りがする肉の塊が入っていた。
「うぇ!?誕生日だったっけ?」
「ステーキが弁当かよ!」
「こんなにデカイなら一口くれ!」
「いいぜ、一人では食えねえし」
「やりぃ」
「オレも!」
何だかさっきの続きのように、ワイワイとどこから集まってきて。
クラスメイトたちが次々とステーキを食べていく。
一番食っているのは全体的に丸っこい、真っ先に肉を取ったヤツだ。
……おい、その量はどう見ても一口じゃねえだろ。
何でご飯の上に山盛りにしてんだ、少しは遠慮しろ。
「このままだと全部食われるぞ?」
「分かってる」
まだ追いつかない現実の目の前の光景と、さっきまでの出来事が絡まって混乱してくる。
いくら肉の塊が目の前にあっても、ここは教室の中だ。
楽しそうに笑いながら肉を食べるクラスメイトたちに、小さく笑って今度こそ俺も食べようとフォークに肉を刺していく。
「うん、美味い」
アイツらも今頃、食べているかな。
俺が目の前で急に消えて、驚いていたりするんだろうか。
……というか、俺が呼ばれたのって小動物たちに餌を与える為とか?
「まあ、いいか」
次に呼ばれたら探検するのも良いかもな。
あの、森の中を。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




