第4話 ―七つの忌と一つの奇―
「はあ…はあ…」
土砂降りの中、彼から借りた傘も差さずにひたすら通りを走って行く。
彼は七忌から狙われている。理由は知らない。
でも彼は悪い事はしていないはず。
…じゃあ、七忌は何故彼の居場所を知っていて、彼に親しい人物だったのかな…?
「っ…はあ…はあ…」
「――れ」
「あの人…絶対怪しい…」
「止まれ!!」
「!!」
不意に後ろから怒鳴り声が聞こえ、びたりと止まってしまった。
後ろを振り向くと、奇妙な事に誰もいなかった。
「…気のせいかな…?…急がなきゃ」
再び走り出すが、怒鳴り声はもう聞こえなかった。
しばらく走り行くと、鍛冶屋があった。
「鍛冶屋…あああ!剣!お邪魔します!!」
「おう、ちょうど良かったお嬢ちゃん!剣直したぞ!」
「ああっ、ありがとうございました!」
「おうよっ――って、びちょびちょじゃねえか!」
「あー、はい、大丈夫です!それじゃあ!」
「リッツァさん!いらっしゃいますか?!」
青い屋根の戸を叩いて、そう叫んだ。雨音で掻き消されていなければいいけど…
……しかし待っても返事はない。
「リッツァさぁん!!いらっしゃいますかぁ?!開けてください!!私です!!」
もう一度そう叫んで戸を叩こうとすると、戸が開いた。
中からは眉をひそめるリッツァさんが出て来た。
「え、あ…お嬢さん?どうしてこんな時に?」
「すいません、少しお話を伺いたいんです」
「お、おう…とりあえず上がってくれ」
「あ、あの、床水浸しになっちゃいますけど…」
「ん」
リッツァさんは私にふかふかのタオルを手渡してくれた。
「あ、タオル…ありがとうございます」
「おうっ。んで…話って何だ?ミケルか?」
「まあ…そうですね。あの、ミケルさんは貴方にとってどんな方ですか?」
「俺にとって?そうだな…逆に、お嬢さんにとってミケルってどんな奴だ?」
「え、私?…面白い方ですよね。でも彼、七忌っていうのに悩まされてるらしくって…なんでしょう、七忌って」
「七忌は新しい平和の為の団体でもある。」
リッツァさんはソファに腰を下ろし、足を組みつつそう言った。
「え?でも七忌って猫にとっての天敵が集っているって…」
「それは誰かの噂だろ。まあ猫を殺すような過激派もいるって聞くしな」
「過激派…それが七つの忌なのでしょうか。イタチ、カラス、キツネ、タヌキ、ヘビ、サル、タカ…それぞれ獣人で、人々に紛れて生き長らえているとか…」
「ふうん…詳しいな。…何処でそれを聞いた?」
「え?」
唐突に声を低め、リッツァさんは私に問い詰める。
底光りするような眼が私を見る。
なんか…嫌な予感が的中したかも…?
「何処で、どの口からその話を聞いたんだ?」
「え、えっと…」
「うん?」
よし。逃げよう。
「おっ、お邪魔しました!!」
「え、おい?!」
ミケルさんの事をバラしてまた迷惑をかける訳にはいかない。靴も履きかけて傘を手に取り、戸を破る勢いで開き、思いっきり飛び出した。
「わー…!まずい事しちゃった!!ミケルさぁああああん!」
「お嬢さん」
「ぎゃあ!ミケルさん?!」
ミケルさんの名を叫んで走っていると、目の前に本人が佇んでいた。しかも傘をささずに。
「雨平気なんですか?」
「平気も何も…お嬢さんじゃあ何かやらかすと思ってな。見に来た」
「うう…迷惑かけないようにしようとしたのに…」
「で?何か成果はあったのかい?」
「剣の修理が済んだようで、剣を受け取って来ました」
彼は「ん?」と声を上げ、首を傾げた。
「…他に?」
「えっと、それは…」
「…まあ、とりあえず早く帰ったほうが良い事に変わりはないな。傘さして帰るんだぞ」
「はい、でもミケルさんも途中まで一緒ですよね?」
「俺は裏の道に入るからここでさよならだ」
「あ、そっか…ありがとうございました」
「んにゃ。気を付けて帰るんだぞ、特にキツネなんかにはな」
「キツネ…?」
首を傾げる私に、彼はふっと笑った。
「それじゃあ、またにゃ」
「はい…」
彼は私に手を振ると、猫になって走り去って行った。
…私も帰ろう。もう疲れちゃった。
彼から借りた傘をようやくさして、帰途についた。
…やっぱり、ミケルさんの命に関わる事だし、言った方が良かったかな…
でも、やっぱり言わない方が良いかも。
まだリッツァさんが七忌の一人って決まった訳じゃないし、もし私が言ったとしてミケルさんとリッツァさんの友人関係が崩れて殺し合いを始めたら…多分国が崩壊しちゃう。
ミケルさんはかつて王国イチの剣士だったし、リッツァさんもミケルさんの友人となると絶対強い。
リッツァさんは癖のあるブレードの使い手だし…
…うん、言わなくて良かった。
いちいち悩んでいる自分がバカみたい。
考えるのやーめた!
……いや、でも待って?
リッツァさん…いかにも七忌派っぽい事を口にしてたかも。
「七忌は新しい平和の為の団体でもある、か…」
ミケルさんを殺して平和になる…?どういうこと?
彼…七忌やその派の人達に何をしたんだろう…?
大量殺戮?
でも彼は私の知っている限りそんなことはしない人だと思う…
七忌に嫉妬されてるとか?
でも彼…
「…有り得る…!」
彼は剣技においては王国イチと言われたって…
うん、嫉妬されるのもおかしくはないよね。
…とりあえず今はそうしておこう。
帰る途中に雨足は弱まり、家に着く頃には快晴になっていた。