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第3話 ―繰りの術―

「全く…」


何故彼女は操りの魔法に掛かっていたのだろうか…?

深まるのは謎ばかり。

操りの魔法というのは、優秀な魔導士でなければとても扱えるものではないのだ。


「…ありがとうございます…ミケルさん」

「またお嬢さんに暴かれたな…」

「寝室…ですか?…すいません…」

「お嬢さんのせいじゃないんだがな…どうしてこうなったのか…誰の仕業なのか…気になって仕方がない」

「…見つけたら…やり返してやりますよ」

「やめろやめろ、ただでさえ隙だらけのお嬢さんだ、返り討ちに遭うどころか蜂の巣さ」

「そうです…よね…っう…いてて…」


彼女は呻いた。頭痛に悩まされているようだ。汗ばむ額を拭ってやると、彼女はふう、と溜息を吐いた。


「しかし…頭痛やある程度の抵抗が働くならば…近くにその犯人がいるんだな」

「…逆に、ですか…?」

「ああ。操りの魔法というのは特殊な魔法が故に特性も不思議なのさ。使用者と受術者の距離が近ければ近いほど受術者に抵抗による頭痛、目眩、耳鳴りとその他諸々が強く起きる。」

「…ってことは…」

「間違いなく、俺らを知っている誰かだろうな」

「……リッツァさん…?」

「あいつが魔法を使うところはこの人生で一度も見たこと無いな」

「…なら…良いんですが…」

「そうだにゃ、お嬢さんの知り合いに魔法が上手い人はいるかい?」

「……」


彼女は静かに、思考を巡らせた。そしてゆっくりと首を横に振った。


「そうかい、じゃあ…――!」


ふと妙な気配を感じ、窓を睨んだ。…しかし誰もいない。


「…ミケルさん…?」

「…ああ、すまない、なんでもないさ。…少し外を見てくるが…待っていられそうか?」

「あ、はい…大丈夫だと思います…」

「分かった。くれぐれも俺の後を追わないことと、絶対に眠らないこと。いいな?」

「分かりました…お気を付けて」

「ああ、すぐ戻るよ」


そうは言ったものの、すぐ戻れそうにはない。



「強くあらねば…一人の可愛いお嬢さんの為に。」


自分で言ってから、笑ってしまった。これじゃあ俺は…お嬢さんの護衛だな。

書斎の一角に立て掛けておいた剣を手に取り、 曇り空の下に出た。

湿気が酷く、気が狂いそうだ。



「…さてさて、イタチはどこにいる?同族同士仲良くしようじゃないか?」


持ち前の嗅覚と聴覚で、イタチの後を追う。

イタチは古くから邪悪の象徴として伝えられてきた「七忌」の一つであり、中でも「陰謀」を司る。

猫は計画性のない動物であることと反対に、イタチはみっちりと計画を立てる傾向にあるとか。

…まあその分イタチが賢いということは認める。仕方のないことだ。


「しかし…直接手を汚さずというのは…汚い手じゃないか?…イタチ」

「何故分かった?猫」


塀を軽々跳び越え姿を現したのは美しい女人。黒いローブを身に纏っている。

…あれ、この女見覚えあるな?


「猫だからといって…日向に当たってぬくぬくしている阿呆とは違う。最高神位だぞ、慎め」

「あら酷いわ、貴方とは長い付き合いじゃない」

「ほう、貴様は何かを勘違いしているようだな。俺が貴様に近付いたのは貴様の監視の為だ、いつ仲良くしたと?」

「最低!騙したのね!?」

「騙し欺き蔑み嗤う、猫とはそういう生き物さ」

「…あの小娘は?誰よ?」

「うんにゃ、少なくとも貴様の百倍は優秀で可愛いのは確かだな」

「何よ、私よりあの小娘の方が好きって訳?!」

「んにゃ」

「何が『んにゃ』よ!このマヌケ!私のような大人のオンナよりも、あんな乳臭い子供の方が好きなのね?!」

「穢らわしい上に喧しいとはこれ如何に」

「…貴方を操ってあげても良いのよ?」

「ありゃりゃ、その様子じゃ怒ったな?」

「痛い目見るわよ、子猫ちゃん」

「生憎痛い目を見る余裕は無いのさ、お嬢さんを可愛がるのに忙しくてな。

御逝去遊んでもらおうか?」


憎そうにこちらを睨むイタチに、丁寧な「死ね」の一言を添えて剣を突きつける。


「へえ、貴方剣を始めたの?」

「才能、ってやつかにゃあ」

「あの小娘かしら?」

「残念、不正解だ」


憫笑を浮かべ、だっとイタチへ刃を突き立て突っ込む。勿論イタチの前では無謀だが、今は人同士だ。

イタチは小動物に部類されるであろう。俊敏なその身体が故に、人に化ければ動きづらくなるのだ。


「!」


イタチが身を捩る頃にはもう遅い。懐に入り込み柄で腹部を殴ると、鈍い音がした。


「っ!」

「武器を持たなかったのが運の尽きだったな」


思わずかました舌なめずりを視界に入れるなり、イタチは血相を変える。


「っく…私の武器は刃物じゃない…魔法よ!

出よ!烈火龍ファイアーナ・ドラゴニアス!」

「我が剣に力を!清流水獣エルヴァノーラ・バニアル!」


魔法の扱い方は人それぞれ。しかし属性効果というものはある。

例えば現在、イタチが召喚したファイアーナ・ドラゴニアス。こいつはその名の通り火炎属性。

それに対抗して剣に宿させたエルヴァノーラ・バニアル。これは流水属性だ。

火は水を被ると消える。そのような自然的な有利不利は魔法においても同じ。

それを属性効果という。

そして、この状況下では圧倒的に俺の方が有利だ。


「焼き払え!」

「キシャァアアアアア!!!」


龍は叫び、火を吹いた。辺りが魔法の炎に包まれる。


「あつっ…

たかが龍一匹、斬り裂いて食らってやるさ。

死ねぇエエエエエエエエ!!!」


助走を付け、龍の喉元めがけ剣を構えて跳ぶ。

届く。思い切り剣を龍の喉に突き刺した。すると、剣に宿っていた水獣が荒れ狂い、龍は悶えた。


「グルォァアアアアアア!!!グァアア!キシャア!」


龍は段々と姿を崩し地に倒れると、蝋燭の火のように小さくなりやがて、消えてしまった。


「…俺の勝ちだな」

「ま、まだよ!まだ――」


申し訳ないが、余計な会話は不要なのだ。

そう笑いかけ、俺はイタチの腹部に剣を突き刺した。


「あ…あぁ…かはっ!」

「…済まないな、これも…常春に生きる猫の仕事なのさ」

「うぁっ…!はぁっ…あ…ミケル…」

「…名を呼ぶな」

「子々…孫々…呪って祟って…殺してやるわ…――」

「おぉ怖い。寒気がするな。

呪うことも祟ることも、ましてや殺すこともできないミケ猫に向かってそんな宣言とはイタチには珍しく無計画だにゃ」


死した女は、いつの間にかイタチの姿になっていた。

うむ、この大きさなら埋葬はできよう。




「戻ったぞ」

「…ミケルさん」


普段とは違って、静かなお嬢さんが俺を見て微笑んだ。

あぁ、無理をして笑う必要は無いのにな…


「大丈夫だったか?」

「ええ…先程よりもマシにはなりました。

でも…立ち上がろうとするとまだ激しい目眩がします」

「…そうか」


繰りの術による抵抗を抑える術はただ一つだという。

…術の使用者を殺すこと、それだけだ。

しかしあの女…結局誰だったのか分からず仕舞いだ。


「…なにか…見つけました?」

「いや、何も無かったさ。でも回復しているなら大丈夫だな」

「はい、このまま良くなれば良いのですが…」

「…雨だ」

「…また…ですか」

「あぁ、まただな」

「…雨が止むまで…此処にいても良いですか?」

「雨が止むまで、というのは誤りだな。

その状態から回復できるまで、だろう?」

「そう…ですね」

「そう焦ることはないさ。雨も長引くだろうし、ゆっくりしてくれ」

「…ありがとうございます」

「うんにゃ」


お嬢さんの元気が無いと、こっちまで辛くなる。

…元に戻るのを祈るばかりだ。


「…ミケルさん」

「?」

「貴方はどうして…私なんかに関わってくれるんですか?」

「お嬢さんが攫われたら危険だからな」

「嘘ついてますよね?」

「…じゃあ何だと思う?」

「えっと…分かんない…」

「ははっ、今はその方がありがたいな!」

「んー?」

「いや、まあ…

もう少しお嬢さんが大人だったら、なんて思ったりさ」

「…お酒の話ですか?」

「いや?…色々とな。お嬢さんこそ、よく俺を怖がらないな」

「私がミケルさんを怖がらないのはその容姿のお陰ですよ」

「あぁ…まあ人の方が楽というかなんと言うか。」

「ふーん…」

「…」


沈黙が訪れ、辺りは静寂になる。

まるで見えない防音の壁でもあるかのように、無音だ。


暖かい日が差し込む教会の祭壇には色鮮やかな祭りの装飾が並べられ、その空間を見るだけならば誰もが笑顔になっただろう。しかし教会は静かだった。

『お前は邪魔だ、穢れ多き魔の民だ』――


「――魔の民、とは…?」


いつぞやの悪夢のような何かが、通り雨のように不意に訪れては消えた。

まだ、残響が雨上がりの湿ったあの匂いのように残っている。

それは妙に現実感を帯びており、俺は思わず声を上げた。

幻聴…なのだろうか?


「魔の民、って?」

「…さあ…俺にもさっぱり分からん。どうして口をついてこの言葉が出たのか、あれを聞いたのか。…否、思い出した…?」

「…ミケルさん」

「んん?」

「…多分、朝からずっと休まず過ごしたから、その…

疲れたんだと思います。少し休んでは…どうですか?」

「…休む…一体どこで?」

「ん」


お嬢さんは自身の足元をぽふぽふと軽く叩いた。

まさか、そこで休めと言うんじゃないだろうな?


「…そこで休めと?」

「猫の状態でならいけますよ」

「お嬢さんの足元で寝息を立てるのは――」

「じゃあ言い方を変えましょう。ここで、猫になって休んでください。必ず。」

「う…どうしてだ?」

「猫って、あったかいって聞きますし…あ、でも最高神位の猫に足は向けられない…」

「そうだろう?まあ安心してくれ、猫だからな」

「はい…」



…あぁ、頭が痛い。酷く痛い。

あれもこれも全部…お嬢さんのせいだ。


「…全く、憎めにゃい奴…」

「聞こえてますけど」

「!?」


慌てて身構えた…が、それは杞憂に終わった。お嬢さんが厚手のマントを羽織って、廊下に立っていた。


「そんな身構えないでくださいよミケルさん…」

「…盗み聞きは良くないぞ、お嬢さん。ほら、寝てろ寝てろ」

「歩ける程にはなったんですよ?」

「んん…頭痛は?」

「まだします」

「じゃあ目眩は?」

「…まだします」

「…悪寒は?」

「まだ――」

「寝てろって!」

「うう…だってミケルさん一緒にいてくれない…」

「はあ?一緒にいない方が良いんじゃないのか?」

「むしろ逆です、話し相手がいないと退屈ですもん!」

「あー…うん、じゃあ…」



一体…一体どうしてこうなったんだ?


「やっぱり可愛いなぁ…」

「…?」

「ミケルさん、眉間にシワが寄ってますよ」

「んみ?」


分かってる、でもどうしても分からない。


「――!んみゃああ!みぃっ、うにゃあ!」

「ちょちょちょ、騒がないで下さい!」

「…」

「どうしたんですかぁミケルさん」

「…」


くそったれ…悔しい。悔し過ぎる。

何故俺は…お嬢さんに撫で回されているんだ?

しかもこれじゃあ意志の疎通がままならないじゃないか!

…仕方あるまい。

ふん、と鼻を鳴らしお嬢さんの手から逃れると、サイドテーブルに置いてある鉛筆と紙をくわえてお嬢さんの元へ戻った。


「それは…何をするんです?」

「んみ」

「んー?」


両手で巧みに鉛筆を握り、文字を紙に書いていく。

『どうしてこうなった?記憶がない』

そう書き、お嬢さんに目配せをする。

お嬢さんは目を見開き、「おおお」と声を上げた。


「わあ、器用なんですね!

んあー、えっと、それはですねミケルさん、貴方が寝てしまったからですよ」

「に?」

「ええ、その椅子に座っていらっしゃいましたけれど…寝てしまうと猫になっちゃうんですねぇ」

「…」


まるで可愛いモノを見るような目で、彼女は俺を見る。

その瞳は海のように深く、夜空のようにキラキラと輝いていた。美しい青だ。


『寝顔を見るとは…流石に酷いぞお嬢さん』

「うーん、でも寝顔見る前にぽふんってなっちゃいましたよ」

「ふひゅう…」


思わず猫の姿で安心の溜息を漏らしてしまう。

こういう時に猫で良かったと思う。


「あー、溜息ー」

「にー」

『別に良いじゃないか、俺にだって見られたくないものはあるさ』

「うー…寝顔を見れないのが惜しいなぁ…」

『見る必要なんてないぞ』

「そんなこと無いですよ、私に癒しを与えてくれます」

『悪趣味』

「ちょっ…酷いです!悪趣味って…!

だってミケルさんみたいな方は初めてなんですもん!

気になるんです、貴方が!」

「んみ…?」

『だからといって男を同じ寝台に乗せるのはどうかと思うけどな?』

「は!そそそ、そんなつもりじゃ無いですよっ!勘違いしないでくださいっ!」


してやったり。彼女は顔を赤くし、俺から目を背けた。

よし、今の内。


「お嬢さん」

「!いつの間に…」

「そういえば、お嬢さんとはなんでもなかったな?」

「え?」


彼女は、自身に差し出された手を見て、目を丸くした。

そして俺の顔を見上げた表情のなんと間抜けなこと。

必死になって笑いを堪えた。


「ほら、友達始めの握手だ」

「わあ、良いんですか?」

「勿論」

「よろしくお願いしますね、ミケルさん!」

「こちらこそ。よろしくな、お嬢さん」


軽い握手ではあったが、彼女…カロナ・ミツルギにとってはとても貴重な握手であっただろう。

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