表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第0話 ―常春の国で―

私、カロナ・ミツルギは急いでいる。

家への近道となる薄暗い路地裏を歩いていたところ、猫に財布をスられてしまったのだ。

猫はこの国では神聖な動物。

猫を飼えば死罪になったり、毛が生え変わる時期には猫の毛を祭事に使うほどに大切な存在。

でも今は違う。いくら相手が猫の中で一番神位の高いミケ猫だったとしても、財布をスるような泥棒猫は許しちゃだめなはず。


「ねえ、待って!その財布あたしの!」


しかし猫は振り返りもせず、たったっと軽い足取りで颯爽と走って行ってしまう。湿った路地裏を左へ右へ、どんどん奥へ。


「ちょっと…!どこまで行くつもり…!?」


いよいよ足が動かなくなってきた。走り続けた身体が悲鳴を上げ始める。


「はあ…はあ…ちょっと…待ってよ…お願いだから…」


息切れしつつも吐いた言葉に猫は歩を遅め、止まった。

そしてこちらを振り返る。

振り返ったミケ猫は朱色の瞳を持っていて、愛らしい容姿に反して冷ややかな目線をこちらに向けた。


「あっ、こ、こんにちは…?」

「……」


猫は黙りこくったまま、ゆっくりと咥えていた財布を置いた。


「えっと、返してくれるの?」

「みゃあ」


ぽつりと「良いよ」と呟くようにミケ猫は鳴いた。

そして私が財布を拾うのを、静かに見上げて待っている。


「お利口さんね、もう行って良いんだよ?」


しかし私がそう促してもミケ猫は静かに佇んでいる。

…もしかして、ドジな私を見守ってるのかな?

…そんな訳無いか。

私は置かれた財布を拾い、手提げ袋にしまった。それを確認するなり、ミケ猫はまた短く「んみゃ」と鳴いて、先を歩いて行く。

それを茫然と見つめていると、ミケ猫はまたこちらを振り返った。


「…付いて来て、って?」


頷くような動作をし、ミケ猫はまた歩き始める。

何かあるのかな?

後をついて行くことにした。



路地裏は迷路のように入り組んでいて、複雑な感じ。

塀が高いから、いつもここは日当りが悪くて気味が悪い。

まぁ、そのぶん他人と会わないから良いんだけど。


「ねえ、ミケ猫さん、あなた珍しい猫よ。ミケ猫なら皆教会で暮らしてるのに、あなただけ屋根無社(やねなしやしろ)なのね」


屋根無社、というのは屋根の無い社の猫。

つまり悪い言い方をすれば野良猫ってこと。

神位の最も高いミケ猫は教会に住む…つまり屋根有社(やねありのやしろ)であることが当たり前なのだけれど、この子は違うみたい。


「……」


まあ、返事が返ってこないのは普通か…


「ねえ、何処に向かってるの?あたし家まで帰れなくなっちゃうんだけど――」

「に」

「……」


「少し静かに」と注意されたような気がして、なんとなく黙り込んでしまう。


……しばらく歩いていると、行き止まりになっていた。そしてその行き止まりの壁には、扉が一つ。扉は少し開いていて、それこそ猫一匹が通れるほど。

ミケ猫はその扉の内側へ入っていく。そしてミケ猫が入ったと思えば、扉が大きく開いた。どうやらミケ猫が押して開けたらしい。

賢い猫だ…と感心していると、ミケ猫はまたその奥へ進んで行った。

赤い屋根の、クリーム色の外壁の家だ。

でも家にしては少し狭い気もする。


「誰かの家かな…?でも…猫を飼う事は死罪なのに猫が出入りしてる…まあいいや。

…えっと、お、お邪魔します!」


そう軽く挨拶し、部屋に入った。


部屋の中は暖かく、暖炉がパチパチと音を立てて燃えている。

暖炉のそばには机とロッキングチェアが置いてある。机の上には読みかけの本と、飲みかけの珈琲。ロッキングチェアにはジャケットが掛かっている。

壁には本棚がずらりと並べられていて、いわゆる書斎がここにはあった。

書斎を物色しようとしたところ、たとたとという軽い音がした。

ミケ猫が、部屋の奥の階段を登って行くところだった。

書斎は気になるけれど、ミケ猫の方が気になる。

何があるのかと恐る恐る階段を登る。


最後の段を登りきり、屋根裏部屋のような空間を見渡すと、一つだけの大きな窓にもたれる青年の姿があった。ミケ猫はいなかった。


「あ、あの、猫を飼う事は禁止…」

「ははっ、本当についてきたにゃ()()()な…」


青年は苦笑しながらそう声を上げた。低く落ち着いた声だった。

…待って、今ナチュラルに「にゃんて」って噛んだ?


「あの、ミケ猫は…」

「さあ、俺は知らないにゃ()

「…貴方が飼ってるんじゃなくって?」

「いや?猫が猫を飼う訳ないだろ?」

「…猫が猫を飼うって…?貴方人間ですよね?」

「人も猫も…みかけによらにゃ()()って事さ」

「はあ?」


色白で、茶と黒が混ざった髪。朱色の瞳が私を笑っている。

思ってたよりずっと端整な顔立ちの青年。白い長袖のシャツに藍色のベストを着ている。(別に一目惚れしたとか、そういう訳じゃないよ!?)

そして消えたミケ猫はその名の通りの三毛で、朱色の瞳…

うーん、猫が人になるなんて聞かないしなぁ…


「その顔…まるで分かってない、って感じか」

「ええ、全く。」

「仕方ないにゃー…見せてやるよ」


いや…もしかしたらもしかするかも?


「…いや、その必要はないですよミケ猫さん」

「んにゃ?」

「貴方が私の財布をスったミケ猫さんでしょう?」

「おお、ご名答。

少し天然が入ってるかと思ったけれど間違いだったみたいだな。

そう、俺がさっきのミケ猫だ」

「ちょ…天然ってひど――はあぁ!?さっきのミケ猫ぉお!!?」

「喧しい」


さっき一鳴きされたように、黙り込んでしまう。


「う…でも猫が人になるなんて…」

「有り得ないって言いたいんだろうが、お嬢さん達が知らないだけだ」

「お嬢さん…!?」

「おっと失礼、つい。礼儀正しいのは好まないよなあ、今の人は」

「え、いや、その…」

「んで、()()()()()はどうして此処に?」

「えっと、その…先に自己紹介しません?」


にんまりと猫のように笑う背の高い彼に、私はそう言う。

さっきまで彼が私を見上げていたのに、今は私が彼を見上げている。


「ん、そうだな。あんたさんは?」

「あ、私はカロナ・ミツルギです。16歳の王国剣士です」

「へえ、王国剣士かい、しかも16でか。いやあ、凄いな。俺が殺しにかかったら負けちまうね」

「ええ、王への忠誠に反した罪で即座に首刎ねです」

「へへぇ、そりゃあ愉快だな」

「皆は怖がるのに、怖くないんですか?」

「いーや、人を怖いなんて思う訳無いだろ?!」


そう彼はケラケラと笑う。猫のような二本の八重歯が印象的だ。


「?」

「あぁ、自己紹介しよう。初めまして、王国剣士のお嬢さん」


そう良い、彼は私の手を取ってにこりと笑った。


「俺はミケル。ミケ猫獣人のミケルさ」


ミケルと名乗る青年はまだ小さな私の手と握手を交わした。

(ちぇっ、もっとロマンチックな挨拶を期待してたのにな…

まあ初対面だし仕方ないか…)


「ミケル…さん」

「おう、よろしくな、ミツルギ」

「苗字なんですか?」

「あぁ、名前の方が良かったか?」

「え、あ…」

「どっちだどっちだ」

「え、どうとでも…」

「…」


うーん、と彼は引き目に私をじっくりと見つめる。しかし一向に目を見つめたりはしない。

どこかで聞いた話だけれど、猫は喧嘩以外に相手の目を見つめることは少ないんだとか。

これも彼が猫であるからなのかな?

一度でもいいからちゃんと目を見てほしいなあ。


「…うん、名前で呼ぶ柄じゃないな。…お嬢さん。」

「えぁ…はい…」

「ってことで、よろしくな、お嬢さん」

「はいぃ…」


私に笑いかけ、ふと彼は窓の外を見た。窓の外は晴天だが、彼は「うげ」と声を上げた。


「お嬢さん、今日は早めに帰った方が良い。雨のニオイがする」

「それってつまり…雨が降るってことですかね?」

「んにゃ、そうだな。帰り道は分かるかい?」

「いえ…」

「そうだろうと思ってた。何処の通りが一番近い?」

「え?えっと…第三通りです」

「あぁ、酒場と賭博場のある…」

「カジノタウンですね」

「思いの外近いな」

「え?」


「こっちこっち、路地裏は塀の上を歩くのが主流だしな」

「ちょ…人の通る道じゃないですよ!」

「大丈夫、おいで」


彼は塀の上にひょいっと上がると、私に手を差し伸べた。


「う…王国剣士が他人の手を借りるとは…」

「王国剣士である前に…お嬢さんはお嬢さんだろう?」

「あぅ…ありがとうございます…」

「おうよっ。…さ、急ぎな。ここをまっすぐ行けば第三通りだ」


彼は真正面を指し示した。塀の上は以外に単純で、まっすぐ続いた細い道の先に見慣れた酒場が見えた。


「あ、あの!」

「うん?」

「また来ても…良いですか?」

「勿論。仕事に支障が出ない範囲で、な」

「はいっ!それじゃあ、さようなら、ミケルさん」

「んにゃ、じゃあまた」


にいっと彼は笑って、私に手を振った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ