19.緊張と喜びと
サワサワ
風が葉を揺らす。
ほのかな灯りの中、封筒を開けた。
中には何の飾りもない便箋1枚に一言。
『しっかりやんなさい』
たったそれだけ。
「ふっ、うっ」
でも、涙が出た。
あのお母さんが少しでも信じたのだ。
私はお母さんに頭を撫でられ抱きしめられた記憶がない。
だからといって、忙しくても遅刻しながら授業参観には来てくれたし、習い事もさせてくれた。ただアッサリしてる人なのだ。でも私は寂しくなかったかといえば嘘になる。
「あれ?」
封筒の隅が膨らんでいた。
逆さまに振るとコロンと出てきたのは、パールのピアス。
私はお母さんが、このピアスはまきがいいのよと言ってはとても大切にしていたのを知っている。
子供は親を選べないように、親も子供を選べない。
私は寂しい時もあったけど、お母さんの子供でよかったと今日、本当に思えた気がした。
「頑張る」
だから応援して下さい。
サワサワと葉の音が静かにする庭で私は呟いた。
「ヴィラスールの名のもとに誓いますか」
「誓います」
「上がって下さい」
ワー!
おめでとうございます!
アリヴェルちゃんとシャル君。
そして私とルークさんは、神殿で式を挙げた後、広場の以前舞をした場所に移動していた。
普通王族以外はお披露目をしないらしいけれど、この国の要となる名門公爵家、バーグ家と私、元使者とのダブル結婚でおめでたいという事で、皆の前に立つことになってしまった。
ワー!
シャル君が、皆に挨拶し終わり歓声があがった。
「次、カエデの番」
少し下がっていた私達の所に戻ってきたシャル君に前に行けと促された。
えっ?
聞いてないよ?
「私?!」
「だって使者様コール凄いし、一言話せば皆は納得するよ」
…ただでさえ苦手なんだよなぁ。
「大丈夫か?」
耳元でルークさんが話しかけてくれる。
そうしないと歓声の声で聞こえないのだ。
「…大丈夫じゃないけど、しょうがない」
もうこれで人前に出るのは最後にしよう。
私は諦め丸い珠がついている棒の前に立った。
これは、いわばマイクのような物で声が広範囲に届くらしい。物作り好きな魔術士ダート君作だと聞いて納得。
ルークさんも隣に立ってくれて、肩をポンポンしてくれた。
ちょっと緊張がほぐれたような気分になるから不思議。
使者様ー!
ワー!
私は深呼吸をして口を開いた。
「私は使者としてこの世界に来ましたが、その役目を終え力はいずれなくなります」
いすれは魔力ゼロの役たたずだ。
でもこの気持ちは変わらない。
「それでも、この国、この世界が少しでもよくなるように努力したいと思います」
綺麗な美しい世界。
もちろん、それだけじゃないのは知っている。
でも、私はこの世界、ルークさんの側で生きると決めた場所だ。
「皆さんの前で力を使うのはきっと、これが最後になります」
私は歌い始めた。
皆が幸せになりますように。
何故か周りが、またザワザワと騒いでいる。
皆が上を見ているので、私も歌いながら空を見上げた。
なんだろう?
空から何か降ってきていた。
最初は、ひらひらと少しだったのに、だんだんその量は増えてくる。
手に、頬に、触れる花びらは。
──桜だ。
花びらだけじゃなくて花も。
触れても消えない!
これ、本物の桜だ。
──ヴィラだ。
ヴィラとは、最後の夢での別れ以来会うことはなかった。
また、泣きそうだよ。
ありがとう。
頑張るから見ててよ。
私はヴィラにも聞こえるようにと願い歌った。
* * *
「いきまーす!」
私はブーケを思いっきり投げた。
「「キャー」」
「とりましたわ!」
「私が欲しかったのにっ!」
なんとゲットしたのはマリーさんだ。
珍しく満面の笑みで興奮している。
うん、団長さんとのゴールイン応援してます!
アリヴェルちゃんのブーケは、何故かあらぬ方向へ飛んでいきラウさんがゲット。
女性陣からのブーイングで流石のラウさんもタジタジだ。
広場でのお披露目の後、これから夜のお祝いパーティー前、束の間の休憩時間を使いブーケの争奪戦が行われていた。
この国では、ウエディングドレスなんていうのはなく、神殿ではシンプルなドレス、その後のお祝いの時には華やかなドレスを着るらしい。
もちろんブーケなんていうのもない。
しかーし!
マリーさん達は、だいぶ前に私が日本での結婚式をこと細かに説明した時のことを完璧に覚えていたのだ。
その結果、私とアリヴェルちゃんは、なんとウエディングドレスを着ている!
凄く嬉しい!涙がでそうなくらいだよ。
二人ともAラインのふんわりドレスだけど、アリヴェルちゃんは、ノースリーブ。
胸元はレースで作られたマーガレットのような小花が縫い付けられ花の中央にはそれぞれ、本物のグリーンの小さい宝石がきらきらしている。後ろは紐で編んであり、腰の辺りには大きめなリボン。
若く可愛い彼女にピッタリだ。
私は、袖はないけれどアリヴェルちゃんのようなナイスなお胸ではないので、露出は少なめで色も真っ白ではなくアイボリー。
肩は透けているレースで、スカート部分も繊細なレースが施されている。派手ではないけど、これ、相当大変だったと思う。
で、髪には、ちょっと恥ずかしいけど密かに憧れていたティアラが!
なんとルークさんのお母さんが用意してくれたらしい。耳にはお母さんがくれたパールのピアス。
きゃーきゃー騒ぐ女性陣とそれを引きぎみに見ている男性陣。
いやーもう充分過ぎるほど幸せだ。
そして夜のパーティーが終わり、日付が変わる頃、いつもの借りている部屋に戻ってきた。
ルークさんが、お城の近くに新居を用意してくれているので、この部屋ともあと数日でお別れだ。
マリーさん達が疲れきった私をお風呂に入れてくれベッドに転がった。ふと着せられた服をみてみる。
なんか…。
「…いつもより薄くてピラピラしてる気が」
去ろうとしているマリーさんがピタリと足を止め振り返ってニッコリ微笑み一言。
「カエデ様、これからが本番ですわ」
パタン。
ドアが静かに閉まった。
「…いやいや!?」
ヤバい。
すっかり忘れてた!
どーすんの私!
「手さえろくに繋いだことないのに、すっ飛ばしすぎじゃない?!」
動揺してベッドから飛び起き、無駄に部屋を歩き回る。
ふとテーブルにグラスとガラスの瓶に入った薄い紫色の液体が目にはいった。
「とりあえず水分だ!」
グラスに注ぎ一気飲みした。
そして私の記憶はそこで途切れた。
…なんか背中が暖かい?
目をこすり開けた。
夜明けなのかまだ薄暗い。
「っギャ!」
「あんまりな反応だな」
超至近距離にルークさんの顔が。
飛び起きようとしたけど動かないっ。
片手は私の背中にまわされ、もう片方で肘をつきながらこちらを見ているルークさん。
「…もしや私、寝てました?」
「ああ。ぐっすりソファーで」
──確か水を飲んで。
ルークさんがテーブルに転がっている瓶を指差す。
「楓が飲んだのは酒だ。部屋に入った時には、ソファーでのびていた」
マリーさん!
やっちゃいましたよ!
私は、今度こそ、べりっとルークさんの腕をはがしベッドの上で正座をし頭をこれ以上はないくらい下げた。
「すみませんでした!」
「気分は?」
「スッキリです!」
私の頭を撫でながら怒りもせず体調を心配し聞いてくるルークさんは、とっても優しい。
つい余計な事を口走った。
「うんうん。私が安定してれば消えないし、急ぐことないよね!」
いきなり腕をひっぱられルークさんの胸あたりにぶつかった。
「ふべっ!」
鼻が痛い!
「それはどういう意味だ?説明してもらおうか」
「えっ、あの…う」
ドスがきいたルークさんに敵うはずもなく。
説明し終わると…何故か機嫌がいい?
よかった!
「えっと、じゃあまだ朝早いみたいだし」
私は安心し、また眠くなってきたので二度寝をしようといそいそ毛布をひっぱり、あれ?
腕をルークさんに掴まれた。
「今日は昼迄起こしにこない」
「えっと」
「ちなみに俺は一睡もしてない」
えっ?
「寝れるわけがないだろう?」
「あの…」
「何か問題が?」
笑顔が怖い。
く~わかったよ!わかりました!
目をつぶり一言お願いした。
「…お手柔らかにお願いします」
私の二度寝は叶わなかった。
後はご想像におまかせします!