18.皆優しいな。
「しばらく会わないうちに礼儀も忘れてしまったのかしら?」
ルイーズさんは、突然のルークさんの登場にもまったく動じず座っている私の隣に庇うように立っているルークさんを冷ややかな目で見上げた。見えないビームが飛び交いバチバチいっている。
こ、怖いんだけど!
いやいや眺めている場合じゃなかった!原因は私だ!私はルイーズさんに勇気をだし話しかけた。
「それは、やはり私はいないほうがよかったって事ですよね?」
でも、もう帰れないし、なによりルークさんの側にいたい。どうしたら受け入れてもらえるんだろう。私の頭の中ではぐるぐると回転し始めたが。
「いいえ。ルーク、あなた抜きで話をしたかったのだけど、来たのなら仕方がないわ。無駄に大きいのだから座りなさい」
ルイーズさんは、ティーカップに口をつけルークさんに言った。無駄にってちょっと可哀想。
それよりルイーズさんは、いいえと言った?
「私が言いたいのは、貴方は元の世界のほうが安全で学んだ事を活かせる仕事に就けたのではないかという事と」
テーブルに戻したカップの音はまったくしない。薄紫の目が真っ直ぐ私を見つめる。
「お母様の承諾は得ているのかしら?」
私のお母さん。
「いつこっちに喚ばれるか分からなかったので手紙は書いて置いておきました」
「話は?」
お兄さんが心配そうに聞いてきた。私は、つい苦笑してしまった。
「母は、こんな話、信じません。私の母は現実主義なので話しても冗談にしかとらないです」
疲れてるのにそんな話やめてくれと眉間にシワを作り言うだろうな。でも、それでも何も伝えないのもと思ったから手紙を書いた。
「ウチは、母一人、子一人なんですけど最近母に良い人ができたんです。その人に少し前に会いました」
この一人で生きていけるような強く独立している母の彼氏なんて、どんな人なんだと食事の席に出てみれば。
「物凄く穏やかな、悪くいえば頼りない感じに見える人でした」
でも話しているうちに、なんとなくお母さんが惹かれるのが分かる気がした。ただ穏やかなだけじゃなくて、なんだろう頭もきっと良いんだろうけど例えるなら。
「樹齢がかなりいってる木の様な感じの人でした」
シーン
あれ?隣のルークさんを含め皆が微妙な表情だ。まぁ、いいや。私は先を進める為にあえてツッコミをいれず話す。
「やっぱり母1人だと気になりますが良い人を見つけてくれたので少し安心してます」
やっぱり気にはなっていた。
「私は、お母さんを尊敬しています。小さい頃から仕事人間で寂しい時も正直あったし、こんな異世界なんて信じてもらえないだろうけど」
今すぐ寝なさいと言われそう。
「でも、お母さんが好きで、猫のルークも友達も大切で。それは、今もこれからも変わりません。一生会えないけど私は、自分で考え決め、今ここにいます」
そう。
私は、自分で選択した。
迷いはない。
「だから、ご迷惑かもしれませんがルークさんの側にいるのを諦める気はありません」
私は、ルイーズさんに一気に言いきった。
「カエデ、母は君を拒否している訳ではないよ」
「えっ?」
沈黙を破ったのはお兄さんだった。
「言い方がキツいからよく誤解されるが、ようはカエデが心配なだけだよ」
「私がですか?」
「ああ」
うんうんと頷くお兄さん。
「君は、成人しているとはいえ環境が全く違うだけでなく家族と二度と会えなくなり、この堅物と暮らすだなんて心配なんだよ」
「俺は、堅物じゃない」
ルークさんが口を挟むが、黙れとお兄さんに言われて口を閉ざす。
「むしろ、本当は娘がいないから、かなり喜んでると思うよ。ね?母上殿?」
「余計な事を言うのはやめなさい」
ツンと横を向くルイーズさん。あっ、でもなんか顔が赤い。その姿を見た瞬間、私は何故かいつもなら絶対しない行動をした。
「楓?」
急に立ち上がった私を不思議に思ったのかルークさんが戸惑いの声をあげたが、その時にはテーブルをまわりこみ、ルイーズさん達の前に無理やり立ち私はお兄さんとルイーズさんに一気に抱きついた。
「何を」
二人は硬直した。でも、ぎゅっとしたかった。ただお礼を言いたかった。
皆、私の周りの人はとても優しい。
「有り難うございます」
どこの奴ともしれない私を心配してくれて有難うございます。
泣きそうになりながら言った言葉は震えて小さくなってしまった。しばらくして、ルイーズさんは、軽く抱きしめ返してくれた。お兄さんは、頭を撫でてくれた。
「何か不安や困った事があったらすぐに言いなさい」
ルイーズさんがちょっとぶっきらぼうにそう言ってくれた。
「母上殿はきっとカエデのところに真夜中でも飛んでくるから気をつけて」
ニヤニヤしながらお兄さん。
うん、気をつけます。
去り際にルイーズさんは。
「ルーク」
「はい」
「貴方の取り柄は剣しかないのだから、しっかりカエデを守りなさい」
「はい、必ず」
「へぇ、命をかけてとは言わないんだな」
驚いたようなお兄さん。
「共に生きる」
「オマエ、変わったな」
「やめてくれ」
お兄さんが笑いながらルークさんの背中をかなり強く叩いたので、ルークさんは、少しイラッとした表情だ。
こんな表情をだすのも家族だからなんだろうな。
「カエデ、君も、もう家族だよ」
「触るな」
「加減しろよ!」
心の中が読めるの?お兄さんは、私に微笑みかけ頭を撫でてくれようとしたが、その手をはたくルークさん。
賑やかでなんか楽しいな。
*〜*〜*
あっという間に数日が過ぎ今日は結婚式前日の夜。私は居間から庭に出て、草むらに座って待っていた。
ブァンー
しばらくすると光の柱が現れ、その光はすぐに消え私の足元には、大きなリュックが一つ転がっている。
満月の青い光と花から飛ぶ光の中。持っていた灯りをリュックに近づけた。
あれ? 外側にある網ポケットに入れた覚えのない封筒が入っていた。引っ張りだしてみると、宛名が。
『楓へ』
それは、お母さんからの手紙だった。