10.デュラス王子&ザスール
「もうすぐ帰ってしまいますね」
ザスールの言葉を無視し、書類に目を通していく。
「今度いつ会えるか分からないんですよ? そもそもご挨拶しないなんて礼儀に反してますよ」
知るか。
「まだ子供だなぁ」
バキッン
握っていた硝子のペンが折れた。
「お前は…俺に何を求めているんだ?」
「別に何も。事実のみ申し上げただけです」
怒りで立ち上がりかけた俺は椅子に座り直した。仕事はずっとはかどっていないのは、分かっている。
「まあ、成人されましたけど1度くらいガキ臭い態度をしても、いまさら誰も咎めませんよ」
俺は無言で立ち上がり、掛けたマントを羽織りドアへ向かった。
「青の間にいらっしゃいます」
足早に去る音。
王子が散らかした紙を束ねながら、つい呟きが漏れた。
「若いっていいよなぁ」
王子、貴方は少しも気づいていませんでしたが、私もカエデ様をお慕いしてましたよ。
以前いらした時に夕暮れのなかシャラリと髪飾りを鳴らし、風に美しい黒髪をなびかせ舞い歌い無数の光る金の泡を空へ飛ばす姿は、幻想的で一瞬自分の護衛の立場を忘れかけた。
極めつけは、その時頭に直接届いた言葉。
土が元気になりますように。
雨も降るといいなぁ。
人だけじゃなくて無理なのは分かってるけど、皆が幸せになれますように。
彼女が本当に思っているのが伝わってくる。
本来なら、そんな綺麗事をと思うがその時の俺はそうなればいいと素直に思えた。
自分に負荷がかかるのは身を持って知っているはずの彼女は構わず力を放出させた。
カエデ様は、あの騎士には本当にもったいない方だ。デュラス王子を選んでもらえたら、彼女は王子を公私共に支える良い王妃になるだろう。
あっそうだ。
「それは無理でもカエデ様に子ができたらその子と王子の子を結婚させるとか」
なんだか楽しくなってきたとニヤニヤするザスールだった。