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詩など(連載詩集/その他)

戯曲『ヘルメースのいたずら』

作者: 檸檬 絵郎

私主催の「アートの借景」企画 参加作品です。




はじめに、戯曲を初めて読む方のために……



絵郎  どうも。



と書いてある場合、「絵郎」の部分は頭書きといって、「どうも。」というセリフを発する人物の名前です。

つまり、この場合、頭書きは読まずに「どうも。」というセリフのみを読めばいいことになります。


その他、状況などを説明するためのト書きというものも存在します。





では、お楽しみいただけるかな。

ヘルメースのいたずら         


人物

 レミ

 ユキノ

 マサル

 サトシ



   舞台上には、右記(/上記)の四人の人物がいる。

   また、喫茶店、もしくはホテルの部屋にあるようなテーブルと椅子がある。

   劇中に使用する小道具があれば、舞台上のどこかに置いてある。



 プロローグ


 レミ  レミ。

 ユキノ  ユキノ。

 マサル  マサル。

 サトシ  サトシ。

 レミ  レミ。

 ユキノ  ユキノ。

 マサル  マサル。

 サトシ  サトシ。

 レミ  レミ。

 ユキノ  ユキノ。

 マサル  マサル。

 サトシ  サトシ。


 サトシ 僕たち。

 マサル  四人の。

 ユキノ  ストーリー。

     このステージで。

 マサル  交わす。

 サトシ  ダイアログ。

 マサル 俺たちの。

 ユキノ  私たちの。

 サトシ  僕たち ——  

 レミ 嘘ばっか。

    ……。


 サトシ 僕の。

 マサル 俺の。

 ユキノ 私の。

 レミ  そう、それぞれの。


     ちょっとしたスピーチ、

      会話じゃない。

     何でもないことを、

      意味ありげに話す。

     すごく個人的なこと、

      それぞれの。

     自己満足ってやつ?

      そうかもしれない。

      怒るなよ。……。

     たまにはいいかもよ、

      他人の満足っていうのも。

     笑ってくれてもいいし、

      怒らないからさ。




 第一歌


 レミ 泥棒の神様、

     へえ、そんなのがいるんだ、

     って思った。

    だとしたら、もしかして、

     こんなのもいるのかな、

    ピンポンダッシュの神様とか、

     スカートめくりの神様とか。

    子供の頃、やってみたいと思ったことはあったけど、

     やったことはなかった。

    だって、

     女だし、私。

    一度くらいはあったかな、

     男子に混じって。


    泥棒の神様。

     先に言っておくけど、私が泥棒したわけじゃない。

    泥棒は、中学で卒業、

     これは嘘じゃない。

    英語が苦手で、

     今は違うけど、当時は苦手で、

    優等生のノートをパクった。

     若気の至りってやつ。

    本当に英語が苦手で、

     ローマ字なら読めるんだけどね、って、

    いつも言ってた、

     どうでもいいけど。


 ユキノ ローマに行く、

      彼氏に会いに。

     私はまだ、学生だけど、

      彼は違う。

     商学部を出て、

      夢が諦めきれなくて、

     料理の勉強をしている、

      遠く離れた、ローマで。

     彼のことが好き、

      だから、会いに行く。

     夏休みを使って、

      ローマに行く。

     彼の姿を拝むために、

      彼の姿を拝むために、

     夏休みを使って、

      ローマに行く。


 レミ 泥棒の神様、

     その姿を拝めたのは、

    年明けだったかな、

     大学二年生も終盤ですよ、って頃、

     どうでもいいけど。

    なんとなく立ち寄った美術展、

     お金はなかったけど、

    コーヒーを買うのをやめて、

     チケット代に回した。

     毎晩飲んでたんだけど、飽きてきた頃だったから。


    泥棒の神様、

     その姿を拝めたのは、

    ギリシャ神話の絵だった、

     『パリスの審判』っていう。

    パリスっていう羊飼いが、

     三人の女神を前にして、

    彼女らのうち、誰が一番美しいか、

     ってのを判断する。

    パリスは、三人の女神のうち一人に、

     一番の証として、

    リンゴを渡す、

     そんな絵だった、

     どうでもいいけど。

    泥棒の神様は、

     絵の左端にいた。

    帽子には、羽があって、

     変な形の杖を持っていた。

    泥棒の神様、

     ヘルメースって名前なんだけど、

    可愛げのある、

     少年のような姿だった。


 ユキノ ローマに行く、

      彼氏に会いに。

     可愛げのある、

      少年のような彼氏、

      年上だけど。

     すごく楽しみ、

      そうなんだけど、

     やっぱり、

      一人じゃ怖い。

     言葉、わからないし、

      治安悪いし、

     っていうか、まあ、

      日本に比べればね。

     でも、行きたい、

      彼が好きだから。

     夏休みを使って、

      ローマに行く。

     彼の姿を拝むために、

      彼の姿を拝むために、

     夏休みを使って、

      ローマに行く。


 レミ 泥棒の神様、ヘルメース、

     ローマ神話になると、

    メルクリウスって名前になる、

     その英語名が、マーキュリー、

     まあ、ヘルメースって呼ぶことにするけど。

    その日の夜だった、

     美術展で見てきた、

    あの少年のような神様が、

     泥棒の神様だって知ったのは。

    家に着いてから、

     ネットで調べた、

    お湯を沸かして、

     家にあった最後のコーヒーを飲みながら。

    泥棒の神様、ヘルメース、

     商いの神様でもあるらしい、

    旅人の神様でもあるらしい、

     いろんなものを司ってる、

     まあ、それはどうでもいいんだけど。


 マサル ローマにいる。

      料理の勉強中だ。

     そう、ここで、

      一から勉強中だ。

     ピッツァ、

      カルボナーラ、

     イタリアンが好きだった、

      子供の頃から。

     中学時代の自己紹介、

      食べるのが好きです。

     高校時代の自己紹介、

      作るのも好きです。

     今の自己紹介、

      最近は機会がないけど、

     するとしたら、こうなる、

      一流の料理人を目指しています。

     夢を叶えるため、

      ローマにいる。

     部屋を借りて、

      一人で暮らしている。


 サトシ 一人でいる、

      そう、

     いつも、一人でいる、

      そんな子供だった。

     友達も多くなかったし、

      子供部屋で、

     ゲームばかりしていた、

      そんな子供だった。

     大学を出て、

      ちゃんとした職には就いたものの、

     この性格は変わらなかった、

      人と話す仕事じゃないし。

     たまにあったけど、

      話さなきゃならないこと、

     でも、苦手だし、

      頼れる上司もいない。

      頼りたい上司はいたけど。

     ふと思った、

      場所を変えよう、

     こんな僕でも、

      素敵な街に行けば。


 マサル ローマにいる。

      料理の勉強中だ。

     素敵な街だけど、

      ここには、誘惑が多い。

     ラテン系の女性が、

      街に溢れている。

     太陽は眩しく、

      出逢いに溢れている。

     そんななか、俺は、

      ひたすら、料理の勉強だ。

     そして、夜には、

      ひたすら、恋人を想う。

     星空なんかには目もくれず、

      時には涙を流しながら、

     ただ、ひたすら、

      日本にいる恋人を想う。


 サトシ 一人でいる、

      恋人はいない。

     異国だし、

      こんな性格だし。

     ピッツァ、

      カルボナーラ、

     美味しいけどさ、

      でも、一人だし。

     高望みはしない、

      出逢いを求めてはいる、

     嘘じゃないよ、

      高望みはしない。

      どうでもいいね、はい。

     ふと思った、

      出逢いって、何だろう、

     一体、僕は、

      何を求めているんだろう。




 第二歌


 ユキノ  ねえ、レミ。


 レミ  ん?


 ユキノ  ローマに行かない?


 レミ  行く。


 ユキノ  え……。


 レミ  お、今、やってんじゃん。


 ユキノ  何が?


 レミ  ルノワール展。行く?


 ユキノ  ……あのさ……。


 レミ  ……何、ローマ? ガチな話?


 ユキノ  うん。


 レミ  ガチな話か。何で?


 ユキノ  したよね、マサルさんが今、ローマに行ってるって話。


 レミ  何度も聞いてる、マサルさんと、遠距離恋愛続行中って話。


 ユキノ  うん。……それでね ——  


 レミ  会いたくなったわけだ。


 ユキノ  ……そう。


 レミ  で、何で?


 ユキノ  え?


 レミ  だから、何で?


 ユキノ  ……もう一年以上になるし……、お互い、というか、私のほうがだけど……、寂しいから……。


 レミ  知ってる。


 ユキノ  え。


 レミ  それは知ってるけど。


 ユキノ  うん。


 レミ  何で私が行くの? ユキノの彼氏でしょ、マサルさんは。


 ユキノ  あ……、それは……。


 レミ  一人じゃ怖いから。


 ユキノ  ……まあ……。


 レミ  ……行く。


 ユキノ  え?


 レミ  だから、行く。夏休みでしょ。


 ユキノ  ……いいの?


 レミ  懐かしいし、マサルさん。一応、パスポート持ってるし。


 ユキノ  ありがとう、レミ。


 レミ  ほとんど、ペーパートラベラーだけど。


 ユキノ  うん、ありがとう。


 レミ  ……。

  ……行く?


 ユキノ  え?


 レミ  ルノワール展。


 ユキノ  ああ。……あの、『睡蓮』の連作、だっけ?


 レミ  それは、モネ。


 ユキノ  あ……、そうだったね、うん。そうだった ——  



   小鳥が飛び立つ音。




 第三歌


 レミ さて、

     こうして、舞台は、

    ローマに移る、

     完全に。

    でも、

     ユキノはわかるけど、

    レミは?

     頼まれたからって、何でついてくんだよ、

     そう、つっこむなよ。

    何となく、

     気まぐれ、

    そんな気分になった、

     優しさとかじゃなくてね。

    でも、

     そんな動機、

    ドラマチックじゃない?

     そうかもしれない……。

    こうしとこうか、

     私がローマに旅立つ動機、

    出逢いを求めていた、

     それも、普通じゃない出逢いを。


サトシ 出逢いって、何だろう……。




 第四歌


 レミ  ユキノ。


 ユキノ  え?


 レミ  何、キョドってんの。


 ユキノ  だって ——  


 レミ  海外だから。


 ユキノ  ……まあ ——  


 レミ  初めてだから。


 ユキノ  うん……。


 レミ  マサルさん ——  


 ユキノ  どこ?


 レミ  いや ——  


 ユキノ  どこ、どこ?


 レミ  いや、来たんじゃなくて。


 ユキノ  え……、あ……。


 レミ  マサルさん、ここに来るんでしょ?


 ユキノ  うん。


 レミ  場所、間違ってないんでしょ?


 ユキノ  うん。……うん。


 レミ  なら、いいんだけど。


 ユキノ  あっ。


 マサル  おお、ユキノっ。


 ユキノ  マサルさんっ。


 マサル  久しぶり。会いたかったよ。


 ユキノ  私も。


 マサル  俺、ユキノのことを想わない夜はなかった。ああ、夢みたいな気分だ。


 ユキノ  私もそう、夢みたいな気分。毎晩ね、マサルさんの写真に言ってたの、神様のいたずらかなんかで、夢で会えますように、って。


 マサル  そのせいか、急に眠たくなるのは。こっちはまだ昼だっていうのに、神様が無理矢理、まぶたを閉ざそうとするんだ。


 ユキノ  ああ、そっか、日本とイタリアには、時差があるもんね。ごめんなさい、困ったでしょ。


 マサル  いいんだよ、やったのは神様なんだから。神様っていうのは、人間を弄んでも罪にはならない。


 ユキノ  そっか。でも、これは、いたずらとか、夢なんかじゃありませんように。


 マサル  ありませんように。……。

  ああ、島崎、お前も来てくれたのか。


 レミ  聞いてなかった?


 マサル  いや、聞いてたけど、だけどまさか、本当に来てくれるなんて ——

  

 レミ  夢にも思わなかった?


 マサル  こうやって、実際に会うと、感慨深いというか ——

  

 レミ  嘘ばっか。


 マサル  え……。


 レミ  ……からかっただけです、二人とも、夢心地なんだろうな、と思って。



   この三人の笑い声。

   マンドリンの演奏が聴こえてくる。




 第五歌


 マサル  なあ、島崎。


 レミ  何です?


 マサル  なんか、不思議だな、思ってもみなかったよ、こんな状況。俺たちが、二人になるなんて。


 レミ  ……作られた不思議。


 マサル  え?


 レミ  こんな状況、私とマサルさんが二人きりっていう。これは、マサルさんが意図的に作った。


 マサル  ……。


 レミ  だったら、おもしろいんですけどね。


 マサル  あ……。


 レミ  (マサルの反応を見て)おもしろい。


 マサル  ……。

  ……なあ、島崎。


 レミ  何です?


 マサル  ……こういうことをお前に言うのも何なんだけど、お前しかいないから……。俺、心配なんだ、すごく、とてつもなく。考えたくもないけど、俺の心が……、ユキノのほうは大丈夫なんだ、きっと。それは確信がある。問題なのは、俺のほうなんだ。俺のほう、つまり、その……、心が離れるかもしれない、っていうのは。……怖いんだ、それは、俺が悪者になるとか、ならないとかじゃなくて、ただ単に、俺の心が離れるかもしれない、っていうのが……。ユキノとの出逢いは、二年前。お前たちが一年生で、俺が四年生。いろいろ迷ってた時期だったけど、そんな時期に、島崎、お前が話しかけてきた。私の友達が、あなたに告りたいんです、って、つまり、ユキノが俺に一目惚れした、って……。そう、ユキノにとって、お前はそういう存在だった。だから、俺にとっても……。で、何だっけ……、そう、悩んでる時期にユキノと出逢って、大切な存在になった。ユキノがいたから、むしろ積極的に悩めたというか……、そうして俺は、今、ここにいる。……だから、嫌なんだ、俺が、俺の心が……、ユキノから離れるかもしれない、っていうのが。考えたくもないけど……、怖いんだ、情けないよ……。

  なあ、島崎……、自分勝手でごめんな。


 レミ  ……。




 第六歌


 ユキノ  ねえ、レミ。


 レミ  ん?


 ユキノ  私、安心した。


 レミ  何に?


 ユキノ  心配だったの、一年も離れてたから。マサルさん、社交的だし……、誠実なのはわかってるけど、でも……、いい人だから……、いい人っていうのは、そう、誰に対してもね……。でも、安心した。日本に帰っても、私が、日本に帰っても、マサルさんの中には私がいる。マサルさんの中には私がいる、って、そう思えるんだよね……。


 レミ  ……、

  悪いことをする人って、絶対悪い人、ってわけじゃない。だから余計に怖いのかもしんないけど……。優しさとか、そんなんじゃなくて、気まぐれ、っていうのかな、人を許したいって思えるのは。全然気にしてませんよ、って振る舞うと、優越感? みたいなものもあるし……。


 ユキノ  それって、もしかして……、何か知ってるの? マサルさんのこと。


 レミ  ……。


 ユキノ  ねえ、レミっ。何か知ってるなら、教えて、お願いだから ——


 レミ  馬鹿。


 ユキノ  ……。


 レミ  からかっただけ。そんな顔して、安心した、なんて言うからさ。安心しなよ、大丈夫だから、マサルさんは。


 ユキノ  ……そうだよね……。うん、そうだよね、ありがとう。……そうだよね、ありがとう……、うん……。


 レミ  ……。




 第七歌


 レミ 泥棒の神様。

     ちょっとしたいたずら。

    命がけのいたずら?

     そうかもしれない。

     まあ、平気でしょ。

    イタリア語の下に、

     英語も添えた、

     念のため。

    念のためっていうのは、

     相手が英語圏の人かもしれないから、

     っていうのと、

    私のイタリア語が、

     間違ってるといけないから、

     ローマ字には変わりないんだけどね。

    今日と明日、

     日付が変わる頃、

    下記の場所で、

     待ってます。

    可愛らしい、

     日本人の少女、

     島崎レミ。


 サトシ 一人でいる、

      そんな僕が、過ちを犯した。

     気まぐれ、っていうのかな、

      やけくそ、っていうのかな、

      きっと、後者だ。

     何をしたかって、

      日本人の観光客と思しき女性のバッグを盗んだ。

     

     でも、それは、

      罠だった、

     卑劣な泥棒を、

      おびき寄せるための。

     つまり、彼女は、

      わざとバッグを盗まれた、

     わざと隙を作って、

      まざまざと見せつけて、

      卑劣さと間抜けさがうまく調和した、泥棒ってやつにね。

     バッグに仕込まれていた手紙、

      つまり、バッグに入っていた手紙には、

     こんなことが書かれていた、

      イタリア語と英語で。

     こんにちは、

      泥棒さん。

     楽しみにしてます、

      会えるのを。

     今日と明日、

      日付が変わる頃、

     下記の場所で、

      待ってます。

     可愛らしい、

      日本人の少女、

      島崎レミ。

     

     これは、罠だ、

      泥棒を捕らえるための。

     目に浮かぶ、

      惨めな泥棒が。

     まんまと騙されて、

      屈強な男たちに囲まれてる、

     惨めで間抜けな、

      泥棒の姿が……。

     それでも僕は、

      行くことにした。

     理屈じゃないんだ、

      そうさせたのは。

     目に見えない力、

      神様の弓矢に射られたような。

     抗いようもないよ、

      僕なんかには……。

     今日と明日、

      日付が変わる頃、

     行くしかない、

      命がけだけど。




 第八歌


   木々のざわめく音。



 レミ  ハロー。


 サトシ  うわあっ……、びっくりした。


 レミ  日本人?


 サトシ  え、ええ……、日本人……、です……。


 レミ  ……。

  それ。


 サトシ  あ、はい、お返しします。……すいません、本当に……、申し訳ないです……。こんなこと、もう、しません。ので、もう……、どうか、許してくださいっ。


 レミ  治安がいいのは日本であって、日本人ではない。


 サトシ  あ……、ごめんなさいっ ——


 レミ  神様のいたずら。


 サトシ  え、あ……。


 レミ  何怯えてるんですか、別に怒ってないのに。


 サトシ  ……え?


 レミ  出逢いを求めてたんですよ。それも、普通じゃない出逢いを。


 サトシ  出逢い……。


 レミ  泥棒は悪いことだけど、その悪いことをする人が、悪い人とは限らない。罪を嘲りたおして、罪人を慈しみたまえ、ってね。


 サトシ  え……。


 レミ  ……警戒してます? 私のこと。


 サトシ  あ、いや……、むしろ、僕が ——  


 レミ  私に警戒されるべき、そうかもしれない。


 サトシ  あ、まあ……、はい……。


 レミ  もしかして。


 サトシ  え?


 レミ  いつもそんな感じですか? 例えば、彼女の前でも。


 サトシ  いないです……、彼女。


 レミ  人と触れ合うのが苦手。


 サトシ  まあ……、はい。それに、あなたとは、その ——

  

 レミ  よく、そういう言い方するじゃないですか、人と触れ合うのが苦手、って。結構いますよ、そういう人。でも、人と人って、本当に触れ合ってるっていえるんですかね?


 サトシ  え……?


 レミ  例えば、こうやって、手を握る。


 サトシ  あっ……。


 レミ  でも、接してるのは、手の皮だけで、中の肉とか、骨とかには触れてない。これで本当に、手と手が触れ合ってるって言えるんですかね?


 サトシ  いや、あ……。


 レミ  大したことじゃないんですよ、これ。だって、あんまり触れ合ってないんだから。


 サトシ  ……。


 レミ  だめ、もう少し。……大したことじゃないけどね、愚かな人間は、騙されるんです。こうしてると、寂しさがまぎれるような気がするんです。こうしてないと、不安になるんです。それは、愚かなことじゃない。……すみません、偉そうに。年上ですよね。


 サトシ  ……恐らく……。

  ……。


 レミ  ……。

  おもしろかった。ちょっとしたいたずら、命がけの。こんなことして、私が危険な目に遭う可能性だってあったんだから、平気だったけど。さようなら。……、おまけに、言ってあげますね、あなたみたいな人で良かった、って。


 サトシ  ……。



   木々のざわめく音。




 エピローグ


 ユキノ 日本に帰る、

      レミと二人で。

     彼氏に会えたし、

      確かめ合えたし。

     私たち二人は、

      何も心配ない。

     私たち二人は、

      何も心配ない。


 マサル 俺たち二人は、

      また、離ればなれ。

     太陽は眩しく、

      恋人を想うのは、夜だ。

     それでも、俺は、

      ローマにいる、

     ここまで来られたのは、

      ユキノのおかげだから。


 レミ ローマに来られたのは、

     神様のいたずら。

    泥棒に会えたのも、

     神様のいたずら。

    みんな、そんなもん、

     私たちなんて。

    だけど、それは、

     愚かなことじゃない。


 サトシ 愚かなことをした、

      泥棒なんてさ。

     だけど、何だったんだろう、

      あの不思議な出逢いは。

     これからも、僕は、

      出逢いを求めるのだろうか。

     そもそもの疑問、

      出逢いって何だろう。


 ユキノ ありがとう。

 マサル 怖いんだ。

 サトシ 一人でいる。

 ユキノ 安心した。

 マサル 離れるかもしれない。

 サトシ 恋人はいない。

 ユキノ 何も心配ない。

 マサル 大切な存在。

 サトシ 異国だし。

 ユキノ 私たち二人は。

 マサル 俺の心が。

 サトシ こんな性格  

 マサル 情けないよ……。

  ……、なあ、島崎……、自分勝手でごめんな……。

 レミ  ……。


     泥棒の神様、

      へえ、そんなのがいるんだ、

      って思った。

     また、あの絵を観たい、

      『パリスの審判』、

      美術展で観た。

     泥棒の神様、ヘルメース、

      可愛げのある、

      少年のような姿。

     どこに行ったら観られるんだろう。

      たぶん、

      どこかの美術館。


     泥棒の神様。

      ちょっとしたいたずら。

     愚かないたずら?

      そうかもしれない。

     だけど、私は、

      私たち人間は、

     愚かな存在じゃない、

      って思いたい……。






  —— 幕


『パリスの審判』

ピエール・オーギュスト・ルノワール

1913-14頃

ひろしま美術館所蔵

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― 新着の感想 ―
[一言] レミさん、それはいくらなんでも危ないよ、海外だよ? …とか。 サトシさん、それはいくらなんでもやばいよ? …とか。 いろいろ思いつつ、フィクション的な世界を楽しませていただきました。戯曲の作…
[一言] イタズラ心のある青春の戯曲でしたね^^ ヘルメスのちょっとした気まぐれで出会った二人なんて、なんだか不思議なロマンチックです(笑) 「パリスの審判」と出た時、ルノワールの絵かな?とピンと来…
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