第二話第二戦第二の己
薙沢四雛はなんでも知っている。
言って仕舞えば天才なわけだが、その異名はぼくとキャラ被りするため、彼女を表現する言葉として正確なのは、全知全能ならぬ『全知全脳』であろう。世界の理すら知ることのできる把握能力。驚異的な才能を持つ脅威。全てをお見通しである神的な立ち位置。彼女に言わせれば、そんな自己を固定されるような才能は最悪なのだろう。
天才でありながら彼女は崇拝されることを拒んだ。褒め称えられることを嫌った。
それゆえかぼくは一度彼女に〝定期考査で、わたしはこの点数を取るから君はこの点数を取って一位になって欲しい〟と頼まれたことがある。ぼくとしてはその頼みを受けたのはただの失敗であったが、彼女にとっては安堵になりえた。
しかしそう簡単に周囲からの印象とは崩れず、後も絶賛を断り続けた。わたしは普通の人間だ、神なんかではない。そう言って、拒絶した。
「できればスタイルのない人間になりたかった」これが彼女の最後の言葉である。
「らしいらしいらしいってよお、勝手に自分を決めつけられるのは癪に触るよな」
威圧的に語る『万能』鏡原紫姫。その美貌からは考えられない罵倒じみた暴言――いや、それはただの暴言だ――暴力染みた暴言を吐く女である。
「天之川くん、今さっきわたしは言ったよなあ。勝手に自分を決めつけられるのは癪に触るってよ。それともなにか、あたしに喧嘩を売っているのかな?」
「まさか。ぼくは結理にすら敵わないのですから、あなたには刹那より短い時間で殺されるでしょう。……言ってしまえば、これも固定概念なのだけれど。まあ希望は限りなく低いですね。とにかく、少なくともここで喧嘩をおっぱじめるのはナンセンスですね。家を壊されてはたまったものではありません」
家。そう、ぼくの家である。なんでも、暇になったから遊びに来たらしい。ちなみに現時刻は夜中の一時である。迷惑過ぎる。
「そう釣れないこと言うなよ、天之川くん。わたしたちの間柄じゃないか」
「一方的に暴力を振るわれる間柄ですね、わかります」
「はははは、君は素直な人間だな。素直に答えてごらん? わたしより司沙ちゃんの方が好みかい?」
「どうでしょうね、ぼく好みの人間は新瀬結理くらいなものですよ」
神坂司沙。ぼくは一人暮らしをしていると言えば少しは見栄をはれるのだろうが、残念ながら、一人ではない。神坂司沙なるトンデモ少女が居候しているのである。これもまた迷惑な話だけれど。
「しかし君がロリコンであることに変わりないか」なにを言うか、子供は苦手だ。「そうじゃなくて、司沙ちゃんも結理ちゃんも幼児体型だからね。司沙ちゃんは天使で、結理ちゃんは人形といったところかな」
いや狙って幼児体型が好きなわけではない。試しに鏡原さんのロリっ子姿を想像してみたが、ただの暴力を羽織った幼女にしかならなかった。
「はははははは、貴様わたしの幼女姿を想像したな。まあ、それが固定概念って奴か、あたしは〝暴力を着た美人〟というイメージが、らしさがあるからな」
「自分で美人とか言わないで下さい」
設定だからね、開き直るさ、と彼女が応えたところで、当の幼児体型である司沙が明らかに眠そうに目をこすりながら二階の寝室から降りてきた。
「うるさいんだよ。何時だと思っているの、今」
「あたしは昼の十二時のつもりだ」
「ふざけないで。っと、あなたは鏡原紫姫。なにするつもり、わたしのあーちゃんに」
別におまえの所有物になった覚えはないけれどな。
「ほら、自分を勝手に決めつけられるのは癪に触るだろ? あーちゃん?」
「あなたまでそう呼ばないで下さい、それとぼくあの戯言遣いに若干キャラ被りしてるので本来その〝あーちゃん〟っていうの危ないんですよ。間違ってもあなたは〝あーたん〟と呼ばないよう留意して下さい」
「はははは、わかった。心得ておくよ、あーたん」
ぼくは彼女をぶん殴った。
本編とはほぼ無関係な雑談を終え、鏡原さんは帰宅(彼女も良い年なのだが、いったいどんな家に住んでいるのだろうか。ひょっとしたらマンション一軒丸ごと住居としているかもしれない。いずれ遊びに行ってやろう)、ぼくと司沙は就寝した。ちなみに、どうせ『万能』にはばれているのだろうが、元々居候を入れる予定はなかったので司沙はぼくのベッドで、ぼくは一階のリビングで寝ている。毎日懲りずに「寝よう、一緒に」と願われるが、毎日断っている。
翌朝、登校。三年S組は日常通り――普遍的ゆえの日常の意なのだが――個性のうるさい奴らが数人駄弁っている。とはいえ、無論ただ本を読んでいるだけの生徒もいる。
S組は特待生の中でも特に特別視されている者のクラスであるが、それゆえに出席せずとも文句を言われない。おおよそ、気が向いたら登校する、みたいな輩が多い。しかし今日は珍しい人物が欠席した。『全知全脳』である薙沢四雛だ。
ぼくは珍しい一日を半分過ごした。彼女に倣ってぼくも珍しいことをしてやろうと今日の昼食は結理を連れてS組教室で取った。普段しないことはしてみるものだ、初めてクラスの連中が世間話という一般染みたことをしていると知った。
「どうやらこの近くで殺人鬼が出没しているらしいな。知っていたか、結理。あいつらの話によれば、死体の状況は首切り死体。殺人鬼のあだ名は『首狩り』だそうだ」
「知らないわけがないわ」こっちはいつも通りのようだ。
相変わらずだなと相槌を打とうとした瞬間、打たれたのは水だった。教室のドアが加減なしに開けられたのだ。その音が反響し、結理を除く全員の視線を集めた。静寂が場を支配する。ちなみにその間結理は箸を休めることなく料理を口に運んでいた。
「天之川ああ!」とドアを開けた男が叫ぶ。驚くべきことにぼくの名前を。本当に今日は珍しい日である。
さて、ぼくがなにかしただろうか。と男の顔を見れば一発で思い出した。おまえか、と。しかしなぜおまえが、と。男の名は四十万康隆、通称『兼部マン』。現在二年生でチェス部オセロ部将棋部囲碁部に兼部しており、全ての部活において全国優勝を果たした天才。そんな有名人がぼくに何の用か。そんなことはすぐにわかった。
「おまえの所為で……! とにかく、もう一度おれと対局しろ、チェスだ」
汚名返上、というわけだ。ぼくは中学生の頃四十万康隆に勝っている。チェスで、勝率は一局中一勝なので百パーセント。〝一度でも一般人に負けたことがある〟という情報が広がれば株価が下がる一方である。
「断る。ぼくはあまり目立ちたくない」
「許さんぞ、これは宣戦布告だ。おまえが対局を承諾するまで何度も訪ねる」
「……わかった。チェス盤は持っているな? こそこそ対局しても仕方がない、野次馬を集めろ。誰でも良いから呼んで来い。あと十分で開始する」
受けて立とう。今後「汚名返上!」と参上されるのは鬱陶しい。結果、教室に大勢の野次馬が集まった。尚、結理は昼食を食べ続けている。これもどうせ彼女なりの嫌がらせだろうが、周囲の人間からは目の保養にされている。まったく、流石不幸にも幸運な人間だ。
「さて、コイントスで先手か後手を決めよう。ぼくが表でおまえが裏。誰か頼む」
「はいはーい」と野次馬の女生徒が手を挙げた。ポケットから百円玉を出し、空中に弾いてから手の甲でキャッチする。ちなみに表が〝100〟で表が〝花〟である。
「裏ですねー」と彼女が言う。つまりぼくが後手で四十万が先手。
尺の都合上全カット。結果、ぼくは再び勝利を収めた。
「あいつ、凄くないか、黒駒だぞ……」そんな野次馬が聞こえる。
「四十万、鬱陶しいから消えろ」ぼくは野次馬を手であしらいながら、彼に言った。そんなはずがないと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべる彼に。
「なぜだ、おれはあの頃から変わった。おまえの技量を上回ったはずなんだ」
「さあ、技量を上回れても運は上回れていない。そんなところじゃないのか?」
「運だと? チェスに運だと?」
ああ、二人零和有限確定完全情報ゲームにも運はあるとぼくは考えている。そうでもしないと信じられないのだ、ぼくは"負けようとしていた"のだから。後手という負けやすい状況、覇者という強敵を前にして、しかしぼくは負けられなかった。負けようと思えば負けられるが特徴のチェスで、負けられなかった。とはいえ、勝ちたくなければずっと同じ駒を往復させ、そもそのチェックメイトなどしなければ良い話だが、そうすると野次馬が、他ならぬ敵の四十万がそれを許さない。ゆえに、常識的なゲームはしなければならないのだ。
だからといって詰み直前の局面になること自体がおかしいのだ。ぼくは捨て台詞が如く呟く。また不幸になれなかったならぬ、
「また負けられなかった」
ああ、そうそうと捨て台詞の後にぼくは思い出して続ける。なんとも無様。
「四十万、おまえはやはりおまえらしい戦略で来たな。どこもあの頃から変わっちゃいないよ」むしろ、こちらが捨て台詞のようになっていた。
そして昼休憩が終わり、ぼくは授業に出なかった。
というのも、執行部の仕事が入っただけであって無断欠席ではない。唐突に結理が授業前の教室に再び登場し、その旨を伝えた。どうやらようやくぼくは幸運にも不幸の兆しが見えたらしい。不謹慎だが。
薙沢四雛が例の殺人鬼に殺されたという。
その首切り死体が今、目の前に寝かされている。今回は急遽結理が直々に――どうせ車を使ったのだろうが――死体を運んだという。発見場所は足立海未の同じように路地裏。死体安置所は保健室。もはやこの保健室、執行部の部室になりかけている気がする。
犯人は殺人鬼でまず間違えない。現場の状況も、死体の状況も、最近の連続殺人鬼の犯行に酷似している。殺人鬼は必ず犯行声明を残すというが、今回は〝⑨/6/13/⑥〟と記されていたようだ。目下警察は犯人が毎回異なってはいるものの必ず残す犯行声明を解読中だというが、今回は警察を呼んでいないので解読はぼくの役目になる。
「しかし、やはり不謹慎だけれど、今回はスローペースで良いだろう。犯人像が掴めているのだ、あとはその犯人が誰かを炙り出せば良いだけ」
結理が首肯する。さて、そろそろ一般生徒の一日も終わるところだ、帰るか。つくづく珍しい一日だった。その上少しばかりは不幸になれたと感じる。十分に満喫した、さあ司沙が待っているはずだ、帰ろう。
本当に司沙が待っていた。家でではなく、校門で。本当に珍しい。
「迎えに来たんだよー、ひっきー」
「司沙、確かにぼくはキャラ被りを気にして〝あーちゃん〟はやめろとは言ったが、その呼び方は著作権を侵害する恐れがあるからただちにやめろ。そしてなぜおまえはここにいるんだ、あまり学校は好ましくないんだろう?」
「じゃあ、どうわたしは呼べば良いの、天之川人良」
「そう呼べ、天之川でいいよ、とにかく他作品に類似するあだ名以外ならなんでもいい」
「天之川……だから、あなたのニックネームは彦星様」
ああ、もう良いよそれで。むしろおまえがぼくを呼ぶ分にはむしろお似合いだよ。
「ところで、そこの女性はどちら様だ? 司沙」
実はなにも喋っていなかったが、彼女の隣に女子高生と思しき人物が立っている。
「初めまして、葛飾羽紬です。神坂さんとは今朝知り会いました」
彼女と司沙が出会った経緯を聞き終わった後、まずぼくは司沙の頭を叩いた。
「なにを、彦星様はするんだ」そろそろツッコミを入れた方が良いかと思っていた頃だからようやく説明できるが、おまえの話し方、今回に限ってはなにを言っているのかまったく理解できないぞ。ちなみに彼女の話し方の法則性は、単語が登場する順番がおおよそ英語の文法通りに並んでいる、というものである。
気を取り直して、ぼくは彼女を説教する。
「またおまえは喧嘩したのか。それで人をサボらせるなんて、迷惑甚だしいぞ」
「いえ、いいんです、どうせ遅刻してましたから、いっそ休める口実になって」
簡単に説明すれば、遅刻寸前大急ぎで登校をしていた葛飾羽さんの視界に突如、成人したチンピラ男性四、五人蹴散らしている、しかしボロボロの少女が飛び込んだ。これは大事件だと慌てて葛飾羽さんは少女司沙の怪我を手当てするために自宅へ招待。そしてなりゆきで学校をサボったという。ちなみに、葛飾羽さんが通う高校は桜麗学園ではない。
「それで、そんな学校をさぼったあなたがどうして違う学校に訪れることに?」
ええと、と彼女はぼくに問うた。
「薙沢四雛という人物を知りませんか?」
本当に……今日という今日は非日常的な一日である。
「ええ。同じクラスです。その薙沢さんがどうかしましたか?」ぼくは事情を伏せた。
「今日の放課後にこの学校の本を貸してくれる予定だったのですが、今日の昼前くらいに彼女から電話が来て、ごめん今日の予定は明日に延期で、とかまた後で連絡する、とか言って切られたんですよ。何かあったのかな、と怪訝に思ってれば、彼女にしては珍しくまだ連絡が来ていないんです。後で連絡すると言ったのに」
確かに、薙沢さんには二言はないし、絶対有言実行の精神を持っている。珍しいことだ。
「申し訳ないけれど、その会話をした携帯電話を貸してもらえないですか」
「え、彼女になにかあったんですか? ここにいないんですか?」
「薙沢さんなら今日は休みですよ、だから明日に延期したのだと思います」
ぼくは彼女のスマホを持ってパソコン部の元へ急行した。突然の来訪にパソコン部が驚いているが、今はそれどころではない。
「電話内容を復元して、聴かせて欲しい」
「はあ、突然の要求だね」パソコン部部長、高度なハック技術で有名な彼がスマホを受け取り、即座に復元させる。そして、音声を流す。プライベートなのでぼくだけに聞こえるようイヤホンをつける。
〈ごめん、今日本を貸す予定だったけれど、明日に延期できないかな〉
〈あ、うん。平気だよ。けどなにかあったの?〉
〈少し、急用ができてしまって。こんなわたしでごめん。後でまた連絡するね〉
〈え、ちょっと――〉
会話はこれで終了した。通話時刻は今日の昼休み前。確認するまでもないが、司沙の前での通話であろう。そして、これが生前の薙沢四雛の最後の声である。
しかし待てよ、この会話に――否、この……違和感が。
ぼくはあることを確認するためにあと三度ほど同じ通話をリピートした。そして、ああそういうことか、と理解する。
なかなかどうして、今日は本当に珍しい一日だった。
けれど。けれど、ぼくはぼくらしく呟く。
「また、不幸になれなかった」
全てがわかったとなれば後は解説タイムである。ぼくは結理も連れて校門まで舞い戻る。そして今回の謎――否、存在しない謎を解き明かす。
結理は珍しく現状を理解できていないようだった。しかし、どうせあと数秒で理解する。司沙は知能が残念な暴力系幼女なので良しとして、問題は葛飾羽さんである。
「否、問題は薙沢四雛である」
決して葛飾羽とかいう人物のことではない。
「今日は珍しい一日を満喫できたよ。ありがとう、君に感謝するよ。けれど、できればぼくを不幸にして欲しかったな」
女子高生、葛飾羽紬は――もとい薙沢四雛は不敵に笑う。全て悟ったように笑う。ご名答と言わんばかりに笑う。感謝するように笑う。
「やはり君の眼は、いや耳は、かな、ともかく君を騙すことはできなかったようだね」
「結局、ぼくは不幸になれない体質だからね。どんなに負けようと思っても負けられないように。けれど今日は最高だったよ、薙沢さんは究極のエンターテイナーだ」
「ええ? なにを、わたしの彦星様は言っているの? 彼女の名前は違うの、紬とは」
ああ、違う、彼女の名前は四雛だ、とぼくは答える。
「参考程度に聞かせてもらえないかしら、謎解きの経緯を」
「謎なんてなかったんですよ。そもそも固定概念だったんです。ぼくは今回の事件にも、今まで通り、犯人がいて、謎があって、真実があるとばかり、つまり〝事件らしさ〟をそう考えていた。けれど今回はその固定概念から大幅に逸脱した事件であった。だから、ぼくも結理も気付けなかった。犯人も、謎も、なかったのだから」
勘違いをしていた。思い込んでいた。それが今回のぼくの汚点である。
「首切り死体は入れ替わりを疑え。この〝法則〟は守られたようだけれどね。君はどこかから拾ってきた首切り死体を薙沢四雛に変えて、最近有名な殺人鬼の仕業だと見せかけることで自分を殺害した。そして葛飾羽紬として生き返った。それが今日の昼前のことだ」
「ええ、でも、彦星様と紬はクラスメイトだよね? どうして彦星様はわからなかったの、彼女の顔が」
そう、それである。ぼくは気付けなかった。今でも信じられない。目の前で微笑んでいるこの女が、自分のクラスメイトと同一人物であるとは。結局、ぼくは彼女の〝らしさ〟を自分の中で作り上げていたのだろう。
「ただ、薙沢さん自身が以前言っていた通りだ。君はスタイルを持たない人間になりたかった。自分が嫌いで嫌いで仕方がなかったから、自分を捨てた。だから、別人のようにしか見えないのだ。このぼくの眼にも」
「あと、なに、あの通話は。わたしは見ていたんだよ、紬と薙沢四雛の通話を。しかも通話は残っている。なら誰、紬が話していた相手は、あのときの」
「録音を流しただけだろうよ。ぼくはそれに違和感を覚えた。だから気が付けたんだ。同じ場所で同じ人間が二つのスマホを使って会話をしているように、ぼくには聞こえた。それは録音であることを示唆している。そうすれば、この世界に薙沢四雛と葛飾羽紬が確立されるのだから、そこまでして手の込んだことをするさ」
「ご名答。君はやはり『天才』だけあるね」君に言われたら、その言葉は皮肉だ。
「この事件に犯人も謎もなかった。ただの、君の自殺演出なのだ。証明はできたと思う、薙沢さん、この後はどうするんだい」
「また学園に戻って勉強するよ。人騒がせ、ごめんね、天之川くん」
「ああ。それなら良かった。ではまた明日。最後に言っておくが、ぼくは絶対に君を褒めない。心得てくれ」
「それは感謝感激だね。心得ておくよ」
事件は幕を閉じた。
後日談。
ぼくは鏡原さんの家にお邪魔した。予想通り、だだっ広くて、派手な部屋である。もうこれ宮廷と呼んでいいのではなかろうか。
「今回のテーマはしつこいほどに『らしさ』だったが、こうしてわたしが後日談でオチを聞くのもこの作品らしさって奴なのかもしれねえな」
「そうかもしれませんね」
あまりメタ発言はよろしくないので控えて欲しい。
「さて、今回の後日談は手短に行こう。無駄な雑談はなしだ。まず、どうして薙沢四雛は自分が死んだことにしようと思ったんだ?」
「鏡原さん、あなたは知っているでしょう?」
「これはわたしの役目なんだ。知っていてもね。だからはよ、答えろ」
「……。薙沢四雛は自分が嫌いである。そして彼女は『全知』ゆえになんでも答えられる。そんな彼女は迂闊にも鏡の自分へ質問してしまった。わたしは生きている価値はあるのか」
「はははは、そいつはやっちゃあいけねえことだな。鏡の自分に、わたしは誰、と問うてはならない。深淵に飲み込まれるからな」
「その通りですね。彼女はきっと価値などないと即答された――否、即答したのでしょう。それを受けて彼女は自分を殺害した。だが、正直、きっとそれよりも、近所の方々からの褒め言葉が嫌で嫌で仕方がなかったのでしょう、彼女の本当の目的は家から合法的に脱出し、あわよくば新しい『全知全脳』ではない自分に生まれ変わりたかった」
つまり、ぼくに見つけられても構わなかった。
「見逃しているじゃないですか。彼女は成功したんですよ。この事件は決して彼女がぼくに負けた形で終結したわけではない。ぼくは負けたんです。やっと。不幸とは言えないにしても。彼女の名前も所属する高校も変わっていないけれど、住居は変わった。そしてなにより、彼女の性格が、つまり『らしさ』が変わった。変わって、変わったままだ。つまり、実質彼女は自分自身を殺せたのですよ」
「わかっているよ、そんなこと。自慢話のように語るものでもない」
「オチを聞く役目と言ったのはどこのどいつだ、ああ?」
「冗談だって、そう怒るなよ、あーちゃん」
「……。そして最後にもう一つ」
最重要伏線のように登場しておいてまったく触れられることのなかった伏線。
「暗号だな」と鏡原さん。
「そう、暗号。あれ、結局解読すると、6は六番目のアルファベットf、13は同じくしてm、○で囲われた数字は記号扱いと捉えて、⑨は9番目のアルファベットi、⑥はその反転の!となる。つまり〝ifm!〟」
iは!の反転記号とすると、これはfmを強調している文章として見れる。
それで、fmの意味を考える。まあ、考えるまでもないけれど。
そう、〝find me〟――
わたしを見つけて。
「元々、彼女は学校をやめるつもりはなかったんですね」
「はははは、そりゃあやっぱり、昔の彼女らしくは、ねえよなあ」
今回のテーマは「らしさ」でした。
この回で言いたかったことは、「事件に謎と犯人があると考えるのは固定概念である」ということです。
では裏話。
今回は8500文字ありますが、一日(恐らく三時間程度ですかね?)で書き上げました。つまりあまり良く構想を練っておりません(前回同様に)。
しかし、今回は比較的わかりやすく書けたのではないでしょうか。
キャラについて。
四十万くんは「私立桜麗学園覚書」というプライベートで執筆している小説(身内ネタ申し訳ありません)からそのまま引用しました。
その作品の語り部は天之川くんではありませんから、その作品では「あの四十万って一回負けたことあるらしいぜ?」的な噂が流れています。
薙沢さんはようするに天才です。なんでも知っています。世界の理も。ただ、大の自分嫌いです。こういう性格の女性がいれば良いですね……と思ったものの、私のクラスメイトに似た人がいました(学年1位を取って、そんな自分が嫌で泣くって……嫌味も甚だしゲフンゲフン)。
司沙ちゃん(そろそろ、自分のキャラをくんさんちゃんで呼ぶのは気持ち悪いとは思うのですが……ご了承下さい。いかんせんフルネームを打つと面倒なのですよ)は大の喧嘩好きです。
どうして居候しているかなどは後の話に登場します。
ちなみに葛飾羽紬さんの由来は〝屍〟ですね。
次回は盲目の少女の話か、語り部が一時変わるか、のどちらかです。
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