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Black Sheep in the Cage  作者: 神谷アユム
7/18

その神の名は 二章 取引

「神」は言った。君は二つの道を選ぶことができる、と――


本編一話の二章です。序章、一章の読了を前提としていますので、二つの読了後の閲覧をお願いします。

 「天使のはしご」のマスターは五十がらみの男で、例の合い言葉を言うとすぐににこりとして、奥の部屋へと通してくれた。あまりにあっさりとした態度に、この奥で行われていることをこの男は知っているのだろうか、と怜司は疑問に思いながら、奥の部屋へ入った。中には一人の女性がいた。美しい黒髪、均整のとれたプロポーション、端麗な顔立ち。完成された美人だった。

「あなたが、今夜の『特別な』お客様? はじめまして、マリアです」

「藤村だ。僕はこういう文化に不慣れでね。そういう変わった名前は持っていない」

 これは嘘だ。怜司はまさに「こういう文化」をどっぷり利用して、事件を解決しているのだから。

 マリアはにっこりと笑い、大丈夫ですわ、と言った。

「こういう、いわゆる『偽名』が必要になるのは経営者側だけですの。会員様の情報は絶対外に漏れないように管理していますし、ご安心なさってくださいな。それでも、ご不安でしたら私が名前をおつけしますけど」

 結構だ、と怜司は答えた。女の様子を見るに、自分のことを知っている様子はない。真っ黒なルートで情報を手に入れる怜司の名前は、裏の世界でもたまに知っている人間がいる。知られているならただの客扱いはしてくれないはずだ。まず、第一関門はクリアか、と怜司は思った。

「それでは、こちらへ」

 彼女はそう言って、さらに奥のドアへと入ることを促してきた。怜司の中で、警戒レベルが上がる。場所はここではないのか。

「まだ奥があるのか? 紹介してくれた知り合いは、そんなことは言っていなかったが」

 はったりを使った。情報屋は「奥がある」としか言っていなかったので、半分本当ではあるのだが。それを聞いてマリアは、どこか妖艶に、微笑んだ。

「特別なゲストは一番奥へお連れするのが決まりなんです。さあ、どうぞ」

 そう言って、彼女は奥の部屋の扉に鍵を差し込み、回した。どうも外からの施錠が必要な部屋らしい。警戒レベルは最高域だ。そこで怜司は思い当たる。これは――罠か?

「さあ、どうぞ、藤村怜司警部補。あたし、あなたみたいなひと、ずっと待ってたのよ?」

 にたあ、と女が笑う。怜司の中で、警報音アラートが鳴り響く。場合によってはこの女を撃ち殺すべきか。怜司は腰の拳銃を抜きかけて――その姿のまま動きを止めた。

 扉の向こうには、実験室のような場所が広がっていた。いくつもの培養器に満たされた緑色じみた液体と、その中につけられた半円の物体、あれは――人間の、脳だ。

 その瞬間、部屋から怨嗟と懇願の声があふれた。人間だ、まだ体がある、恨めしい、うらやましい、もう嫌だ、殺してくれ、この場所から救ってくれ、怖い、暗い、わからない、助けてくれ、うらめしいたすけてくれもうやめてくれこわいこわいこわいこわい――!

 怜司の意識がかろうじて現実に引き留められたのは、女の哄笑が聞こえたからだった。

「あはは、待ってたの、あなたみたいな人……あなたみたいな、素晴らしく頭がよくて、ずるくて……ぶっ壊れてる人! みんなね、自分はおかしいっていうんだけど全然おかしくないの。殺そうとすれば命乞いするし、ちょっと世捨て人を気取ってみたい普通の人ばっかり。あんなふうになっちゃったらあの通りよ。だあれも我慢できないの。脳みそだけになっちゃって、体が無くなって、真っ暗な中で何も聞こえない世界に放り込んでしばらくして、聴覚と口を返してあげて、人が来たらそれを知らせるようにしてあげたら……みいんなあんな風になっちゃうの。あなたはどうなのかしら? あなたみたいなぶっ壊れちゃってる人はどうなの?」

 女が凄絶に笑む。実験動物を見る、残忍な科学者の目。どういうことだ、と怜司はかろうじて聞いた。

「だって、あなた三歳でお母さんが目の前で死んでるのに、泣きもしないで110番したんでしょ? そんなのぶっ壊れてるわよ。普通じゃないわ。あぁんなに同情されて、かわいそうかわいそうって言われたのに全部無視して、こっち側に入ってきて……まるで死にたいみたい。もし自覚してないなら教えてあげる。あなたは三歳からずうっと……死に場所を探してる。そんなのおかしいわよ。二十四年も死に場所を探して生きてるなんて!」

 黙れ、という怒鳴り声が出た。お前に何がわかる。無力な自分が何もできない間に母親を奪われた悲しみの、何が。誰に同情されようと、決して自分を見なかった父親への絶望の、何が。祖父を亡くした時の、自分はたった一人だという孤独の、何が。

 どうやら目の前の「女のようなもの」は、こちらの心を読むらしく、マリアは、わからないわよ、と怜司の心中の告白にそう答えた。

「なあんにもわかんないわ。あたしには……あたし『たち』にはそんな経験ないもの。だから今から調べるの。あなたのその頭から、その優秀な脳みそだけを引っこ抜いて、ずうっと、あなたがあんな風になっちゃうまで、ずうっとよ……」

 瞬間、怜司は銃を抜き、発砲していた。人に話したことなどない情報を、ひょうひょうとしゃべり続ける女。心中の警報音アラートは、赤い色をつけて告げる。この「女のようなもの」は危険だ。それに――怨嗟の声はまだ聞こえる。あれを聞いてしまった以上――この話が嘘だとも思えない。ここで仕留めるべきだと、本能が告げていた。

 確実に殺せる腹を狙ったはずだった。撃たれれば多臓器不全で死に至る場所を。しかし女は哄笑をやめない。耳障りな笑い声が止まらない。

「お前……!」

「そう、あたしはもうヒトじゃない。わかってたならどうして、ヒトを殺すためのところを撃ったりしちゃったのかしらね? じゃあ、さよなら、優秀な警部補さん。いいえ、ようこそ、かしらね。あっははははははは」

 女の哄笑。衝撃。胸に突き刺さったボウガン。女の後ろに見えた、昆虫のような、なにか。視界がゆがむ。ああ、僕だけ二階級特進だな、サイ。あの男、息子まで殉職させてざまあみろだ。死など、所詮、こんなものだ。

 テレビがぷつりと消えるように意識が飛んだ。それは永遠の眠りのはずだった。もう、十分だったはずだ――気がつけば、怜司は全く無傷で地面に倒れていた。あのバーではない。どこを見ても真っ白な空間。壁があるようにも思われないが、とにかくあたりは白かった。

「……死んだ、はずだ」

 声に出してそう言ってしまった。あのとき、確かに死んだはずだ。あの非現実的な出来事の嵐の中、ただ一つ現実的だった自分の死。

「そう、君は死んだのだよ、藤村怜司警部補」

 声がした。聞き覚えのない声だった。そちらを見ると、白いレースのような布地の向こうに、何者かの陰が見えた。その布地がどこから垂れ下がっているのかは、わからなかった。

「死んだのだよ。正確には、もうちょっとで君は生きたまま脳みそを取り出されて、あの下賤な虫の実験動物になるところだった。君が経験したものは、死そのものだ。君は死してなお、我と話しているのだよ。不思議だろう?」

「お前は誰だ」

 怜司は問うたが、相手は、聞かない方がよい、と答えた。

「我の名を聞いただけで発狂する者も、人間の中にはいると聞く。それに、聞いたところで所詮人間である君に、我のことは理解できぬよ。そうだな……我を『神』と呼ぶ者もいるそうだから、『神』と言っておこうか……君がここにいるのも『神』の気まぐれ、ただの遊びだ。このまま現実に戻してやってもいいが、君はなかなかに、希有な人間だから……あのまま、あの虫のおもちゃにしてやるのもいささか面白味に欠けると思ってね。神たる我は君と、取引をしようと思ってここへ呼んだのだ。『神』が人の子と取引をするなぞ、滅多にないことだよ。誇りたまえ。ここは此岸と彼岸の狭間とでも言うべき場所……そして君は、我と取引をするか、拒むか、二つの道を選ぶことができる」

 そこで「神」を自称する何かは言葉を切り、まるで人間の手に見える二本の指を立てた手を、布地の向こうからすかしてみせた。

「一つは、このまま我との取引を断って、あの虫の実験動物になる道だ。当然、事件は解決しないし、君の友人……犀川と言ったか。あの男が君の死を理由にあそこに乗り込んだところで、何も見つけられないだろうな。奴らは君が来たことによって、根城を移し替えることにしたようだからええ……残念無念、来世に期待するしかない結末だ。君は行方不明になる。これまでの四十二人と同じようにね。そして、脳が傷んで使い物にならなくなるまで、君に死は訪れない。死が訪れる頃には、君はもう正気を保っちゃいないだろうね。正直な話、今の状態で正気を保っていること自体、なかなかのものだよ。やはり君は面白いな、藤村警部補」

 そりゃあどうも、と、怜司は無愛想に返事をした。どうもこの「取引」の内容をすべて聞いて、選択をしないことにはこの空間からは出られないらしい、ということを直感で悟った彼は、おとなしく話を聞くことにしたのだ。

「そしてもう一つ……我はずっと、試したいと思っていたことがある。我はだいたい、この世にあるもののほとんどすべてに干渉することができるのでね……一度、人間から『死』を奪ってみたいと思っていたんだ」

「『死』を……奪う? 人魚の肉でもごちそうしてくれるのか?」

 怜司の言葉に、「神」はゲタゲタと下品に笑い、理解が早くて愉快だよ、と答えた。

「ただ、人魚を食らう必要は無いがね……君の『死』と『老』を奪い、今回の君の『死』を無かったことにする。我にはそれができる。一度、人の形をした化け物を作ってみたいと思っていたんだよ……でもそれは、不老不死を手放しで喜ぶような馬鹿じゃいけない。君のように、不老不死のなんたるかを理解できる聡明さを持つ人間があの虫の罠にかかるのを、我はずっと待っていたんだよ……君はまさに適任だ。ある意味聡明であり……ある意味では、ひどく愚かだ」

 どういうことだ、という怜司の質問に、「神」は答えなかった。答える代わりに、その「不老不死」の概要を教えてくれた。

「君はこの先、死ぬことはない。上半身と下半身が切り離されても、くっつければ三日ほどで元通りだろうね。もちろん、命に関わるような重篤な病気にかかることもない。寿命もなくしてあげよう。ただし、痛みや感覚を取り去ってしまっては、『人間』の体をなさなくなってしまうからね。それは残念ながら、消してはあげられない。刺されれば痛いし、殴られれば気絶する。ただし、死にはしない。あと、『老』もいただくから、君は二十七歳のまま、永遠に生き続けることになる。ただ、悲しくも我々のような実体を持たぬ者と違って、体を持つものの永遠には、どんなにその体を強靱にしてあげても限りがあってね……それが何百年後、何千年後になるか我にはわからぬが、いつか体の方は使用限界が来て朽ちるだろう。それでも君は死なない。朽ちる体の苦しみだけは耐え難いだろうから、それだけは消してあげよう。ただ、見た目はかなり恐ろしいことになるだろうけどね……そして、君の精神は、狂気を発してその正常を保てなくなり、摩耗して無くなってしまうまで、この世にとどまり続ける。実は『あの世』というのは存在するんだが……君はそこへは行けない。君がこの世からいなくなる時、それは君という精神の消滅だ」

 「神」は楽しそうにそう語る。怜司はそれを、無感動に聞いていた。一生が平均して八十年ほどしかない人間にとって、何百年、何千年は十分に「永遠」だ。そして最後は――「消滅」。そうか、もう母にも祖父にも会えないか、と、怜司はふとそんなことを考えた。

「『神』とやら……恐れ多くも、質問を認めてもらってかまわないだろうか?」

 怜司の問いに、「神」はひどく傲岸な声色で、かまわない、いくつでも問うがよいと言った。

「まず、永遠に二十七歳のままだと言ったが……周りの時は当然流れる。そのとき、二十七歳のままの僕を、周りは不自然に思うはずだが……その辺はどうなっている?」

 それを聞いて「神」はまたゲタゲタと下品に笑い、案ずるに及ばぬことだ、と言った。

「君が永遠に二十七歳であることを不自然に思わせない程度の力は持っている。普通に生活する分には、君は怪しまれることなく永遠に二十七歳のままだ。ただまあ……物的証拠……たとえば、今撮った写真を、五十年や六十年経ってから見つけられてしまうとか、そういう場合は、ひょっとすると気づかれてしまうかもしれないがね。ただ、そんなに頭のいい人間はこの世の中にほとんどいない。だからまあ、そいつの方がおかしいと思われて終わりだろうね。我は『神』だ。それぐらいのことは造作も無い」

 怜司は納得し、わかった、と答えた。「神」は心配はいらない、と言った。

「君がこの取引に応じるというのなら、今回の事件はすべて丸く収めよう。あの培養液につかっていた四十二人も、それ以前に奴らが実験に使用した人間たちも……すべて返してやることにしよう。まあ、すでに『脳』が死んでしまった人間を生き返らせることはできないが……あと、犯人逮捕だけはあきらめてくれたまえ。あのマリアとかいう女は、あの虫の精神支配によって行動しているだけだ。支配を解けば死ぬだろうな。奴らに関しては私がどうにかする。犯人は不明、しかしながら行方不明者は全員帰ってくる……おぞましい記憶もすべて無い状態でだ。彼らは自分が誘拐され、監禁されたことしか覚えていない。悪い取引ではないと思うよ……化け物といっても、見た目が変わるわけでも迫害を受けるわけでもない。まあ、『死』がないということが人間にとってどういうことか、我らにはわからぬから……我ら『神』にとっては、という意味にはなるがね」

 そう言って、「神」は哄笑した。この「神」の思うとおりになるのは少々しゃくだが――確かに、悪い話では無いと思った。母や祖父に二度と会えないのは確かに寂しいが、おそらく地獄行きであろう自分は死んだところでもう会えるかどうかはわからないし――自分は、一人だ。周りの人間が自分より先に老い、自分より先に死んでいこうと、特に興味は無い。悪意と退屈に満ちたこの世界での暇つぶしが、その膨大な暇が、少しばかり伸びるだけだ、そう思った。

「……わかった。『神』とやら。僕は『死』と『老』をそちらに差し出そう。僕は……化け物に、なろう」

 「神」の哄笑が一段と高くなった。「神」はひとしきり笑ったあと、そうか、ならばそうしよう、と言った。

「そうだな、もう我と君が会うことはもうないだろうが……君のことは便宜上『ヴァンパイア』と呼んでおこう。不老不死の存在として、存分に我を楽しませてくれたまえ、ヴァンパイア、藤村怜司警部補。いや、行方不明者をすべて連れ帰るような手柄を立てれば、警部ぐらいにはしてもらえるかな?」

 「神」は歌うようにそう言い、そして布地の向こうから、怜司の心臓あたりをまっすぐ指さした。瞬間走る怖気。全身の体温が一瞬で奪われるような感覚。世界がぐるりと周り、怜司は一瞬、意識を失った。

 目が覚めると、まだ白い空間にいた。現実にはまだ帰れないらしい。手を、足を見て確かめてみたが、特に変わったことはなさそうだった。

「そりゃあそうだ。実際に怪我でもしてみないことには、君は自分の変化を実感することはないだろうねえ。『神』である我は滅多に人間に感謝などしないが……君の大事な『死』と『老』を、ありがとう、藤村警部補」

 そう言って、「神」はまた笑う。怜司は、こいつは間違いなく邪神だな、と心の中でつぶやいた。どうやらそれも「神」はお見通しのようで、そうだよ、と心中のつぶやきに答えてきた。

「人は我を邪神と呼ぶ……そういえば、一つだけ言い忘れていたことがあったよ」

 なんだって、と怜司は「神」に向かって言った。「神」はまたゲタゲタと下品に笑って、君は「ヴァンパイア」だから、と言った。

「『ヴァンパイア』は『眷属』を持つものだろう? 君が現実に戻り、好きな人間……大切に思う人間を見たとする。その瞬間、君は喉の奥が干上がるような渇きを覚えるだろう。その相手を見るたびに、渇きはどんどんひどくなる……その渇きはいずれ、君の精神を蝕んで狂気へ浸すだろう。そうやって君が狂ってしまえば……もう君は相手をかみ殺すしかない。かみ殺して、その血をすすり尽くせば正常に戻れるだろう。もし君が相手を殺したくないというなら……殺す前に、定期的に一定量、生き血をすするしかない。まあ、死なない程度の量だ。しかし、君は『ヴァンパイア』だから……血を吸った相手は『眷属』になる。『眷属』は血こそ欲さないが……君と、同じ存在になる」

「僕と同じ存在……?」

 怜司が繰り返すと、「神」はそうだ、と楽しそうに答えた。つまりだ、と。

「君と同じ……『死』と『老』を我に差し出す存在となる。我はこれを楽しみにしているのだよ。君自身は……気づいていないようだからね」

 そうか、と怜司は無感動に答えた。この「神」が何を言っているのか、実際わからなかった。大切な人など、祖父を亡くしたあの日から、誰もいない。自分は一人で悠久の時を生き、そして消滅する。それだけの話だ。

「ちなみに、この話は『眷属』候補にしかできない。他の人間に喋ろうとすれば、我はすぐに気づいて君にペナルティを与えるだろう。それでは、さよならだ、人の子よ……いや、すでに君は化け物だったね。化け物の人生というのがいかなるものか、楽しませてくれたまえよ……ヴァンパイヤ、藤村怜司」

 その声が耳に溶けると同時に、また、テレビのスイッチが切れるように目の前が真っ暗になり、怜司の意識は失われた。

「……じ、怜司!」

 声だ。自分を呼ぶ、誰かの声。肩をつかまれ、揺さぶられる。怜司はゆっくりと目を開けた。どこも痛くもかゆくもない。気分も悪くない。ただ――目の前にいるのが陽人だと気づいた瞬間、事態は一変した。

 喉の奥の水分がすべて干上がってしまったような、強烈な渇き。怜司は無意識に陽人のネクタイをつかんで、自分の方へ引き寄せていた。早く、この渇きを癒やさなければ。首だ、そこが一番手っ取り早い。早く、この渇きを――

 その時、肩を押さえつけて引きはがされた。

「怜司? お前本当に大丈夫なのか?」

 陽人はかなり驚いた目をして自分を見ている。それを見て初めて、怜司は自分が何をしようとしたのかに思い至った。自分は、陽人から吸血しようとしたのだ! その間も、じりじりとした渇きは止まらない。体中が陽人の血を求めているのがわかった。まずい、このままでは――怜司はこのとき、彼にしては珍しく、かなり慌てて陽人を思いきり突き飛ばした。陽人が視界から消えると同時に、渇きも収まった。

「ちょ、痛い! お前どうしたんだよ!」

「うるさい! 近寄るな!」

 声を聞くとまた渇きが戻ってきた。怜司は陽人を振り払い、さっきまでは培養液に浸された脳が大量にあった――今は何もない空っぽの部屋を出、できるだけ早く陽人から離れた。 まさか――これが、「神」の言う僕の愚かさだというのか、と怜司は煩悶した。幼なじみの腐れ縁、自分のことを好きとか言い出すただの変人だと思っていたはずなのに。

 犀川陽人。確かに嫌いではなかった。でも、好きだと思った覚えはない。無いはずなのに――怜司は混乱していた。でも、次にしなければいけないことは、はっきりしていた。

ここがそもそもの始まりの「一つ目」になります。

そもそもの始まりの「二つ目」は、次話をどうぞ!

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