第八話 早すぎた伏線回収
彼女たちに宿屋の確保をしてもらいながら、僕は尾行を続ける。
人がいない町の端のほうに来て、彼女は建物の中に入り込み座り込んだ。ここだと誰にも見えないだろう。少なくとものぞき込もうとしない限りは。
「はぁ~。これからどうしよう……」
ばれない程度に距離を取って聞き耳を立てる。ここしばらく、手作業でいろいろ作業する機会が多く、感覚や技能系のステータスが上がっていた。いやーピッキングと罠解除の基礎を習得しておいてよかった。この手の技能は意外と習得している人が少なく、技能系のステータスのプレイヤー平均はそこまで高くないらしい。一部とんでもないプレイヤーがいるというのはどこのゲームでも同じのようだが。
ああ、耳を澄ませると彼女のネガティブな嘆きが聞こえてくる。この盗み聞きにも地味にステータスが反映されているのがこのゲームの細かいところと言えるのだろう。
技能系、この場合DEX値。これがないとまず武器の使用に制限がかかることがある。例えば双剣や二刀流には、この値が高くないと武器二つ装備できない。他にも遠距離武器の命中クリティカルや、部位攻撃なんかの補正と意外と役に立つらしいのだが、無理やりにでも装備して使用していけば上がっていくし、遠距離武器に至っては敵の攻撃を紙一重で躱してゼロ距離で放つという本末転倒な戦い方をしているプレイヤーもいなくもないので、現状DEX値を上げることのメリットは武器の扱いやすさと、罠の解除程度しかない。いや、武器の扱いやすさは実のところほとんどプレイングでどうにでもなることから、そこまで重要視されていないというのが正しいか。実質罠の解除という程度だ。
現在の僕のDEXは廃人の方々のDEX値には遠く及ばない(廃人はそもそもDEXもこだわる)が、レベル70の一般プレイヤーの平均値の七割という序盤にしてはかなり、破格なDEXを持っているので、並の武器なら装備しても使える。
「はぁ~。これからどうしよう」
しばらくすると結局はこの言葉に尽きるらしい。何度か同じセリフを聞いた。
そんな状況があまりにも長く続くものなので、いつの間にか眠気が襲ってきて気が付けばタイミングを逃して完全に眠りこけてしまっていた。
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「だ……い…ぶで……」
「ん。……」
「だい………ぶ……か?」
「へ……?」
目を覚まして気が付くと目の前に先ほどの少女が目の前で僕の肩をゆすっていた。思ったより近い。
「ん? どうしたのこんなところで」
「それはこっちのセリフなんだけど……」
まぁその通りだ。だが、ここで何をしていたか悟られるわけにはいかない。……どうしようか。
「ああ、僕? 君がなんか心配で付けてきたんだ」
正直に言っちゃった……。嘘をつくのが苦手なのを直しておきたかった。
「ふーん。あれ見てたの?」
「あ、えと……うん……」
肯定するなよ。せめて否定しなさい僕。あまり傷つけてはいけない。
「あはは、変に心配でもさせちゃってごめんなさい。もう大丈夫です」
「あ、うん。こっちこそごめんなさい。あとをつけるなんて趣味の悪いことをしてしまって」
素直に謝罪です。そして、そのまま言葉を繋げる。
「あっ。うん。君さ、行く当てある? 見たところ女の子だし、うちの女子パーティどもと仲良くしてほしいんだ」
「えっ? で、でもいいんですか?」
「問題ない問題ない。多分」
「そんなアバウトなぁ……」
「確認してみるから、待ってて! ついでに来てもらうから!」
ここで連れていくとは言ってはいけない。理由は簡単。誰だって見知らぬ人にいきなりついていくわけがない。それが一番だが、今の状況で逃げられても困るというのがある。現在街の様子は相変わらず女性子供ハブり祭りだ。もちろん理由ありきで、それがある程度は正しいこともある程度理解できる。だが、問題として、この状況を作り上げるとことはのちに大きな溝を作りかねない。
おそらく、この状況を作ることで『拒みにくくする』ということだ。ゲーム内の治安は一見維持できているようになるだろうが、きっとその正体は奴隷のような搾取だろう。子供は保護という形で奴隷のように働き、女性プレイヤーに至ってはセクハラの嵐に遭うことだろう。本来のそれに意図がなかったとしても、最終的にそういう風に雰囲気が流れてしまうかもしれない。中にはそれを見越したうえでそうなるよう行動を起こしている輩もいるかもしれない。
そんなことを考えていると、向こうからあの三人組が来た。
「あっ、この子パーティに加えたいんだけど問題ないかな?」
「「「知ってた」」」
行動が読まれてるのか……。表情が一気に抜けていく感じがした。
「別にいいんじゃない?」
「私は特にいうことはないよ」
「お兄ちゃん後で分かってるね?」
「で、全員異論はないようだけど……。ええと、名前聞いてなかった」
「「「おい」」」
「折角だし、ここで自己紹介をさせてもらいます。名前はヤヨイです」
「ヤヨイちゃんよろしく」
そして一瞬表情が固まった気がした。一度彼女の顔を確認するがよく見ればパーツパーツが似ていないこともないかもしれない。きっと他人の空似だろう。
「このパーティでは男も女もないからよろしく」
「うちの兄が変なことを言ったら教えてください全力でたたきのめします!」
「あはは、いいパーティですね」
「アハハそうでしょう? リアルの友達と妹なんですよ。なー、ナナ?」
「お兄ちゃんの妹のナナでーす」
「お兄ちゃんこと不知火です」
「同じ学校のモア」
「同じくライターです。よろしく」
「女の子ばかりなんですね」
「ああ、うち看護学校だから必然的にこうなったんだよ」
「わぁ、すごい偶然ですね。うちの幼馴染の男の子も看護学校に通ってるんですよ。ほんと、すごい偶然だなおい」
その口調の変化とともに、僕は草食動物のごとく脱兎と逃げ出す。
なんで、あいつがこんなところに! 呪詛のようなセリフを呑み込んで走る。ステータスはすでにAGIだけなら、レベル差のあるメンバーたちには負けていない。大丈夫だ。
「ふっ、逃げられると思ったか?」
「何!?」
一瞬でヤヨイに追いつかれて、左手を掴まれる。その瞬間天地が逆転して背中を叩きつけられる。
「ほ~う? 相変わらず節操がないようだな?」
「な、なんのことだかさっぱりですネ」
「聞いてたよ~? ナナからぜ~んぶ」
えっ。なんのことだと言いそうになり、ナナのほうに視線を向けると、戸惑ったような視線も感じられたが最終的に制裁完了と言わんばかりの顔をしていた。お前実はヤヨイと気づいていなかったな? というかさっきまでのキャラはどこ行ったヤヨイ。
「お前があんなに落ち込むとか意外だったわ。あと、猫かぶりすぎだろ」
「ふん。もともとアタッカーなのにヒーラーにさせられたんだ。やっぱ女の子といえばヒーラーだろって。おかげでキャラレベルはジョブとともに取り直しだし、あーあ攻略したかったなぁ……」
ひっくり返されたままマウントを取られているので起き上がれない。顔がぶつかってしまうというのもあるが地味に手も押さえつけているあたり抜け目がない。関節近くを抑えられると力をいくら込めてもてこの原理で力負けさせられてしまう。
「で、どうする? パーティに入る? 入らない?」
どっちにしても、彼女が行く当てもないのは事実。だから、手を貸したほうがいいだろう。というかアタッカーか。リアルを知っている身とすればまぁ当然の結果といえばそうか……。
そんなことを考えていると、他のみんなが走ってきた。
「大丈夫? ハラスメントでもしようとしたの?」
「この状況でそうとらえられるお前らの神経には脱帽だ。いや、そうでもないか。正確にはこいつ僕のリアルの知り合い。名前からして偶然の一致かと思ったけどそうでもない感じだし。というか本名でプレイしてたのな」
「適応速すぎんだろ……」
「看護学校というプリズンは僕を魔物に育て上げ……痛い! 痛いからやめて!」
マウントポジションからひたすら殴りつけてくるヤヨイ。ちびのくせに生意気な……。
「フーッ! フーッ!」
「はいはい。落ち着きましょうねー」
そう言いながら、モアはヤヨイを僕から引き離した。
「というか、ナナはヤヨイがこのゲームやってること知ってたのか?」
「むしろ、このゲームは弥生姉から教えてもらった。理由は秘密で」
「で、弥生姉に言いつける――と」
……この際そのことはどうでもいい。どちらにしてもリアルの知り合いがここらで保護できたのは喜ばしいことだ。なら、ついでに聞いておいたほうがいいかもしれない。
「ねえ、みんな」
「何?」
「今、女性プレイヤーが軒並みパーティから外されるという状態が起きている。その状況を見て思ったんだけどさ」
一瞬、言い淀んでから言葉にする決意をする。
「君らの知り合いのプレイヤーにネカマを除いたリアルで知り合いの女性プレイヤーがいないかな?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「……できるだけ動向を把握しておきたい。君らも今の状況で忙しいだろうけど確認を頼む。ログインしてないなら、していないでいいんだ。僕はともかく、僕らは一度プレイヤー同士で集まってもいいかもしれない」
「何? 女の子増やしてウハウハハーレムってこと?」
「いうと思ったよ。だから言いたくなかったんだ」
実際彼女はこうやって冗談めかしているが半分以上は本気だろう。事実後ろにいるライターは冗談とは思っていない。
「何よ。僕に一体何をさせようというのかね」
「ねぇ、今現在リーダーに適しているのが一人いると思うのよ」
「はぁ。何?」
「ヌイヌイ。リーダーやってくれない?」
「えっ」
なぜ僕がリーダーなのか。その辺が気になって仕方がない。いや、この感じは半分くらいお遊びで言ってる感じだ。本気にしなくていい。モアはどことなく、本気と冗談の発言の境目は分からないが声音の差はどことなく伝わる。今のは間違いなく冗談だ。
「嫌だよ。僕がやるメリットを感じられない。第一君らでリーダーやればいいじゃない」
「実質の運営は私たちでやるからリーダーやってよ。ギルドっていうのを作ろうと考えてるんだけどギルマス一人しか設定できないからさー。現状このメンバーで希少価値の高いヌイヌイに頼みたいの」
「えぇ……」
本気で嫌だ。だが、名前を貸すくらいでどうこうというほどでもない。名前も貸すだけ、運営するは彼女たち。そして何より本名でないのだ。連帯保証人にもされることもないのだから深く考えすぎなのかもしれない。
「しょうがないなあ。わかったよ……。トラブルは基本的にそっちで解決してくれよ」
男が女性ギルドのギルマスとか嫌な予感しかしないから。
「わかってるよ。そっちは私たちに任せて」
「「えっ」」
ヤヨイとナナが同時に反応した。だよね。君たちもそう思うよね。今日会ったばっかりだもん。いきなり協力持ち掛けられてもそんな反応になるよね。
「個人的に兄貴のハーレムギルドっていうのが気に入らない」
「個人的にそこの馬鹿が看護師になろうとか言いだしてるのが気に食わない」
「お前らギルドに関心持てよ」
なんでヤヨイとナナはそこまで、僕に辛辣なんだ。リアルでの付き合い長いからか。
「「私がこいつより下なのが気に入らない」」
「素直に言ってくれてありがとう!」
直訳が思いのほか直球で来たので、精神をぐっさりと刺し貫いていった。ヘタにわき腹抉られるよりは軽傷と思ってしまうのは学問柄仕方がない。体に刺さった棘なんかは抜こうとすることで傷口が広がったり動脈が傷ついたり、抜くことで圧迫止血されていた分の血が出るかもしれないので注意。
心に刺し貫かれた棘はあえて放っておくことにした。今触れたら棘をねじってくる。間違いない。
「というか、私たちに直接関係ない人たちを助ける必要あるんですか?」
「それな」
ナナの言うことには同意する。安否の確認くらいならともかく、無関係の人間にこちらに所属するように迫るのはゲームの趣旨に反する。
「別に来るもの拒まず去る者追わずでいいんじゃない?」
「別に慈善事業だし。好きにさせておけばいいと思う」
「「「「じゃ、そういうことで」」」」
なんかギルドを作ることになった。
やっとここまできた。
テスト近いのでもちっとお待ち下せえ。(7月26日追記)