表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

第七話 恐怖の始まり(ガチ)


 時間は少し飛ぶ。

 いきなりのことで皆が呆然自失していた。それもそのはずだ。それは突然にやってきたのだ。


『あーあー。聞こえますか?』


 空中から男にしては微妙に高いハスキーボイスが聞こえてきた。この放送という機能は通常運営しか使われないものだ。定期イベントの内容やまたはメンテナンスの際に使用される。だが今回はそのどちらでもなかった。


『今このゲームをプレイしているみんなは各々それなりにゲームを楽しんでもらっていると思う』


 あたりにいるプレイヤーにも動揺の声が広がっていく。


『そんな君たちに最高のプレゼントだ』


 皆がうろたえる中、その声は着実に悪意を帯びていく。


『ただいまよりこのゲームは私菊池童(きくちわらべ)によって乗っ取られた。目的は至極簡単秘密とさせていただこう』


 簡単なのに秘密なのか。誰もがそう思っていた。気が付けば誰も動揺の声など上げてはいない。中には「またトラブルに巻き込まれた……」という嘆息した声と、「まあまあ、頑張りましょう。トウマさん」と励ます女性プレイヤーの声が聞こえてきた。


『さて、ここまで話したなら察しのいい方はお気づきだと思うが、解放条件。つまりこのゲームのクリア方法だが。実にシンプルかつ簡単だ』


 この勿体ぶった喋り方鼻につくなぁ。さっさと話してほしい。あとさっきの言い回しと微妙に似ていて鼻につく。


『このゲームをクリアする条件は、このゲームの中にいる私を見つけ出し、倒すことだ。逃げるし隠れるし出てきもしないだろう。つまり君たちはこの広大なフィールドの中で、私という一個人を見つけだし、戦い、勝利することが君たちの勝利条件だ!』


 だんだん興が乗ってきたようだ。声の抑揚が地味に大きくなってきている。こいつ面倒くさい奴だなぁ。


『諸君。励みたまえ、選ばれしものこそが私の前にたどり着くことができるだろう』


 そう言って放送は途絶えた。

 しばらく、そこには無の空間があった。風が流れる感覚もどこか虚しく、にぎやかなNPCの喧騒もどこかへ行ってしまったような感覚が皆に訪れた。近くにいたモアもライターも、ナナも僕の服を掴んで声が降ってきた虚空を眺めていた。何かの間違いであってほしいと願うように。

 そしてどこからもなく、怒りの混じった声で、


『ふっざけんなよ! なんで僕らはいつもいつもこんな事件に巻き込まれてんだよ!』


 という声が聞こえてきたことはなかったことにしようと思った。

 それよりもこれからどうするのか。このVRゲームに閉じ込められてしまった以上、彼の言うクリア方法以外でログアウトを行うのはリスクが伴う。このVR技術は五感を再現するという、特性上脳に特殊な信号を送っている。で、普段はそのリミッターはかけられているのだが、ログアウト、もしくは緊急時強制シャットダウンや、通常シャットダウンなど特定以外の方法でログアウトしようとすると、そのリミッターが誤作動を起こし、脳に電脳焼けという現象を起こす。

 電脳焼けとは、特定の個所に過電流を流し込みタンパク質を焼く現象だ。熱で変性を起こしたたんぱく質は元には戻らない。しかも、情報を脳から通じて体に伝える構造上人間の必要部分の近くに電極を置いているようなもので、下手をすれば一生障害を抱えて生きていかなければならないと言われることもある。

 通常方法でログアウトできないとなると強制シャットダウンしか方法がないわけだが、その強制シャットダウンはめったなことでは起きない。

 VR内臓の電源が切れそうなとき。もしくは地震等災害で、避難が必要な時。そういう状況か、アラーム設定でもかけてないと、まず強制シャットダウンは行われない。あとはまれに起こるだろうVRの強制アップデートの際の自動再起動ぐらいだろう。

 だが、この事実が公にしれれば下手にアップデートを受けることができなくなる。万が一のことがないとは限らないからだ。ログアウトのボタンとしての機能が奪われたのだとしたら、段階すっ飛ばしていけなくもない気がするが……。どちらにしても加速の起きている現状ではしばらくはこの事態は明るみに出ないだろう。


「ね、ねえヌイヌイ」

「あっ? 何?」

「怒らないで」

「……。ごめん少し熱中しすぎてた。何?」

「私たち大丈夫かな?」

「さぁ、普通にしてる分には大丈夫なんじゃない?」


 紛れもなく本音だった。VRの構造上の危険性は前のVRゲーム閉鎖事件から変わっていない。そしてそれらは一般常識として組み込まれている。

 つまり何が言いたいのかというと、VRのヘッドセットが何らかの形で誤作動を起こさない限り僕らの脳の安全は守られている。その安全を万全のものにするにはあのふざけた野郎を見つけて倒せばいい。そして権限を奪い取りリミッターを解除する。

 あとはとんとん拍子でどうにかなるだろう。


「とりあえず今後はどうする? 僕としては攻略を他の人に任せるとして、普通に遊びたいと思ってるんだけど」

「そうだねぇ、どうしたい? ライター?」

「私は遊びたいなぁ。どうせ攻略に参加したって大して貢献できそうにないし」

「私もかなぁ。あくまでアイドルだしっ!?」


 菜々美についいらだってチョップを食らわせてしまった。HPの減少などは見られないので特に痛いということはないらしい。こういうところの造りって割とシビアだなぁと感心する。


「アイドルとか笑わせんなよ。非常時だし、ゲームの本質からは外れすぎるな。普通に遊んでる分には特に文句を言われないかもしれないけど、アイドル活動なんかしてたら叩かれるぞ。しかも今は特にピリピリしてるんだからせめて、クールタイムを置け。二度とアイドルができない精神状態になるぞ」

「……ごめんね?」

「いいよ。別に。僕はお前が心配だから言ったわけじゃない。母さんに何も言われたくないからだ」


 目を合わせずに顔をそむける。僕と彼女の関係は簡単で単純だが、思春期である僕と菜々美の間にはどうしてもぬぐえないものがある。一方的に僕が思っているだけだろうが、それでも気にするところはある。今彼女を守ってやれるのは自分だけだ。兄としての務めを果たさなければならない。


「シスコンだなぁ」

「シスコンねぇ」

「お兄ちゃんはシスコン」

「うっせぇ黙ってろ」


 ネトゲでリアルの話をするのは無粋だ。今はこの話をしたところで精神的にはあまりいいものではない。いつか、彼女たちに話せるようなら話しておく程度でいいのだ。


「じゃあ、今後の予定はレベル上げをしながら遊んでいくということでいいね?」

「「「おー!」」」


 というわけで僕らは一緒に行動することになりました。

 実は、レベル上げの途中であの放送が流れて一度最初の街に戻ってからいろいろしていたのだが、どうも街の様子がおかしい。

 というのも、女性の割合が異様に高くなっているのだ。というのも、もともと男性の割合が異様に高いMMOというジャンル。みんなの心のオアシス的な意味でいなうなってもらっては困るということで、男性パーティに所属する女性プレイヤーが排斥行為に合っているというのだ。もちろん、女性プレイヤーの中にもガチ勢と呼ばれる方々もいるが、実際のところそういうプレイヤーも差別も例外もなく排斥行為に合っている。


「これってどういう状況なんだろうなぁ」

「さぁ、でもよろしくない状況といえばそうなんだろうし、よろしい状況といえばそうなんだろうなぁってことしかわからない」


 まぁ、男が気合い入れて、女の子を守ろうとする状況は決して悪い状況ではないのだが……これはやりすぎだろ……女性プレイヤーの中にはつまらなそうな顔もしてるプレイヤーも多い。中には、今のパーティに縋り付こうとしているプレイヤーもいる。

 そんなパーティの一つが目に入った。


「お、お願いします! 頑張ってヒーラーをしますから! 何でもするから! パーティに置いて!」

「こ、困るんだよぉ……。俺らだって女子供をできるだけ危険な目に遭わせたくないし……」

「お願いします! あなたたちに見捨てられたらもうどこにも入れない!」

「いい加減にしてくれ! ガキだからこっちが下手に出てたら調子に乗りやがって! 面倒くさいんだよ!」


 そう言って、男は頼み込む少女に手を上げそうになっていた。周りの目もあるし、本人もばつの悪そうな顔をしていたから、良心が咎めたのだろう。


「悪いがうちでは置けない。お前の実力が俺らのパーティで釣り合わないっていうのもあるし、何よりもお前ヒーラーに向いてないよ。……さっきは悪かった。だから、しばらくは関わらないでくれ。もし、この騒動が終わったらまたみんなで遊ぼうぜ」


 そう言って、男はパーティの仲間と思われるプレイヤーのほうに戻っていった。そして、僕よりも幼いだろう少女は力が抜けたようにそこからゆっくりと歩き始めた。


「……悪いけど、ちょっと先に宿の部屋取っておいてもらえるかな?」

「いいよ~ん。ヌイヌイ口説いてくるの?」

「口説くかよ。ちょっと不安だから様子を見ておくだけ」

「私たちから言わせるとどっちも変わらない気がする」

「ひでぇ」


 とはいえ、そんなことを言われるのは学校では日常茶飯事だ。特定の女子を特別扱いするとしばらくからかわれるんだよなぁ……。おかげで、女子との距離のとり方を学んだというのはなんという皮肉だろうか。


「何泣いてるの?」

「いや、とりあえず行ってくるー!」

「ああ、お兄ちゃん!? どこへ行くのー!?」

「ナンパ」

「はぁっ!? 弥生姉に言いつけるからねー!」

「「待って!? ここにきてまだ女の名前が出るの!?」」


 はっはー。幼馴染(女)の名前だよー。どうせあいつゲームやってないだろうしゲームでナンパした程度で怒るようなやつでもないだろ。あとナンパじゃないっていうのも付け加えておかないといけない。


「お前もしあいつに言ったらアイドル活動なんかさせねえからな! ブログ炎上させるからな!」

「ヌイヌイも大人気ないわね」

「うっせー! あいつにどつきまわされるならそれくらいの覚悟をしとけってことだよ! ほんとやめろよな! やめてくださいお願いします!」

「「「ん?」」」

「条件反射ほんとやめろ」


 そう言いながら、彼女たちの姿が人ごみに紛れて見えなくなってしまった……。

 だが、お目当ての人物は見失わなかった。自称ヒーラーの彼女は僕よりも幼いだろう。多分七海よりも幼い。

 見た感じ一二歳程度だろうか。あの状況下で大人に見捨てられるということがどれだけの精神的ショックが大きかったのか想像に難くない。事実。ちょくちょく人と肩をぶつけたりしている。ふらふら歩いて自暴自棄なのもわかるし、単に彼女が低身長で周りに気付かれていないというのもある。謝罪もどこか空虚だ。


「とりあえず、自害とかしないか不安だな……」


 だんだん町の郊外のほうに向かっているのもそういう不安の一つだ。万が一のことがあれば、僕が彼女を止めなければならない。気配を殺し、名も知らない少女の尾行をするプレイヤー。その姿は何も知らなければまごうことなき変態だろう。事情を知っていても彼女たちは変態扱いをしてきたような気がするが……。

 そんなことを考えながら気づかれないように遮蔽物に身を隠し彼女の尾行を続けるのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ